しみじみとぽんぽこ
——大狸と、それからその《茶色》が?
「ああ、あいつの首輪に付けてた術が反応するものだから、種の間に様子を見に行ったんだんだがな。まさか災厄の獣までいるとは思ってなかった」
——驚いたでしょうね。
「もちろん。大急ぎで招集かけて、うちの隊と戦闘補助ができる神官で出入り口を塞いだ。攻撃を仕掛けるまで、たいして時間もかからなかったんじゃないか?なにしろ、神官長がひどく焦っていた。まぁ、気持ちはわかるが。俺だって、背筋に汗かいたの覚えてる。そりゃそうだ、世界が滅びる云々の前に、こんなところまで侵入を許すなんてひどい失態だからな」
——それで、攻撃を?
「ま、他に選択肢はなかった。だから早々に戦力かき集めて、神官の補助がん積みで必死の戦闘だ。あんなレベルのモンスターに、真正面からぶつかれってのは悪夢みたいな指示だったよ。しかし、それが兵隊の仕事だしなぁ。ともかくやった」
——勝てるとは思っていなかったんですか?
「勝てるさ、最終的にはな。だがそれに至るまで、俺含む何人かは死ぬと思ったよ。全滅の可能性も、多少は考えてた。なにしろあそこには無数の神樹の種が存在して、それを食えばあいつは無制限に強くなれた。でも、逃げるわけにゃいかんのだから仕方ない。戦闘員集めて、必死で戦ったよ」
——苦戦しましたか。
「そりゃぁ、もう。結局、何人かは重症を負う羽目になっちまってよ。死人が出なかったのは、奇跡だ。神官は大抵治癒術持ちだから、生きてりゃその場で回復してもらえるからな。……とはいえ、何回も術をかけられた奴は魔力酔いですげぇことになってたが。まぁ、それは色々終わってからの話。えぇと、どこまで話したっけ」
——戦闘に入ったところからです。
「そうだった、そう。災厄の獣は、火を出すだろう?それが触れると、神樹の種が消し炭になる。だからとりあえず、そこから引き離すということになったんだ」
——室内でしたよね?
「そうよ、後から考えれば、正気じゃない。引き離したところで大して距離感は変わらないし、注意を引いた奴が逃げる場所だってほとんどなかった。最初はモルネイ……斥候の奴が囮になったが、あっさりと壁際に追い詰められた。んで、咄嗟に俺が攻撃して気をそらしたんだが」
——部下を庇ったんですね。
「ん、あー、結果的にはな。当時はそんなに、細かく考えちゃいねえ。反射的にやったことだしよ。それに結局、あれは失策だった。標的を分散させちまったし、慌てて飛び出した俺は逃げる準備もできてなかった。あそこで奴の攻撃に当たれば、ひとたまりもなかっただろうよ」
——でも、こうして今ご健勝です。
「災厄の獣が俺に襲いかかってきて、あわやというとこで茶色が加勢してきた。いや、その瞬間は茶色だとは気づかなかったんだが。とにかく、災厄の獣より一回り小さい同種が、災厄の獣の喉笛に食いついた。状況は理解できなかったが、俺たちはその好機に乗っかった。隙ができたあいつに一斉に攻撃して、とうとう奴の回復速度を上回り殺すことができたんだよ」
——その後、もう一体のモンスターが《茶色》であることに気がついたんですか。
「ああ、部屋中に満ちてた殺気がなくなって、全員がぽかんとしてた時のことだ。突然現れたもう一匹、毛皮が赤く燃えた方の獣とな、目があった。茶色とは随分と大きさも威圧感も違ったが、どうしてか眼だけは前と同じ色だった気がしたんだよ。向こうも、俺を見てた」
——どうなりました?
「俺は、動けなかった。茶色の方も、しばらくはそうだったよ。戦力は出し尽くした後で、他の戦闘員もどうすべきか判断しかねていた。時間にすりゃぁ、1分も経っていないだろう。だがまぁ、一生分の沈黙を味わったね。先に動き出したのは、茶色の方だったよ。いつになくしょんぼりした様子でな、一声吠えて突然目くらましの煙を出した」
——過去にも一度、森でやったやつですね。
「密室でやったからか、神樹の種を食い散らかしたからか、威力は段違いだったがな。ともかく、俺たちはその煙のせいであいつが逃げてくのを止められなかった。気づけばそこにはもう、災厄の獣の死体と俺たちと、ほんの少しになった神樹の種しか残っていなかったよ。呆然としたまま、それぞれで後処理をした。災厄の獣は、神官たちが必死で清めていたな。」
——神樹の種は、ほとんどが失われた……。
「あの件で感心したのはな、あのお高くとまった古代種たちがそれでも諦めなかったことだ。それでも神樹を絶やさないために、色々と研究してただろ?」
——神樹の種を苗になるまで育てるなど、新しい方法が出てくるきっかけでしたね。少ない種を確実に神樹まで育て上げるため、様々な技法をこらしたとか。
「ずいぶん苦労していたがな、結局あいつらはやりきった。今日この世界が安定しているのは、あの時に古代種と近代種が粘り強く頑張ったからさ。俺たちの意識も、随分と変わったように思う」
——はい、近代史の授業でも習いました。それまでは、古代種と近代種はあまり仲が良くなかったんですよね。
「今は混血なんかも増えてるが、当時は異端児扱いだったからな。いやまったく、いい時代になった。……話が逸れたな、茶色の話をしよう。その後、神殿や周辺をいくら探しても、茶色は見つからなかった。神官長なんかはいたくご立腹で、草の根分けてでも探し出せってな勢いだったのにも関わらずだ。首につけてた追跡付きのアクセサリも、騒動で焼き切れてたし、お手上げだ。ま、探訪分隊と神殿では探す目的が違ったんだが」
——目的?
「はは、ここの書き方は気をつけてくれよ。あけすけに書くのは、俺たちみんなが死んでからだ。なにしろ、神殿側からすれば茶色は二匹目の災厄の獣だった。報復的な意味でも、今後の神樹の種のためにも、何が何でも駆除するってことに決めたわけだ」
——探訪分隊の方々は、違う理由で?
「一応な。だが、茶色を守ろうと思って動いていたわけでもない。俺は、知りたかったんだよ。神樹の種を食い散らかしたあいつは、一体何者なのか。どういうつもりで倉庫に侵入していたのか、どうしてあの場で何もせず逃げ去ったのか。神殿側が茶色を捕まえれば、追求する間も無く退治だろう?だから、先んじられるわけにはいかなかった。しかし関係者が全員血眼で探しても、誰も探し出せなかった。まったく、あんなに呑気な奴だったのによ。そんな感じで、たしか一年ほど過ぎたか。探訪分隊は、再び種探しに戻っていた。茶色の目撃情報もなかったし、減った種を補充するのは急務だった。下手なところで根付かれると、地脈の様子がおかしくなる。瘴気の浄化効率も、考える必要があるしな。そんなわけで、茶色のことは気になりつつも忙しく仕事をしてた頃だ。ある日、自分たちが泊まった宿屋の扉の前に神樹が落ちていた」
——扉の前に、ですか。
「ああ、おかしな話だろう?国を挙げて捜索しているレアアイテムが、通りの手前に無造作にな。それも、俺たちが出てくる直前まではなかったらしい。誰に聞いても、たいした目撃情報はでてこねぇしよ。最初は俺も、首を傾げていたんだが」
——最初というと。
「あぁ、そんなことが何度もあった。宿屋、野営、たまにはトイレとか風呂とか。俺たちが目を離した隙に、ぽつりぽつりと神樹の種が置いていかれるんだ。何個目にかは忘れたが、流石に察したね」
——プレゼントの主を?
「他に心当たりもなかったし、時々茶色い毛が落ちてた。雨上がりの時なんか、足跡まで残してて……この詰めの甘さは間違いないだろうということになってな。大好物なのは変わってないんだろうな、よだれでベタベタの時もあった。どうにかして捕まえようともしたが、結局できなかったよ。あんなに、間抜けな生き物だと思ってたのになぁ。ともかく、そんなことが何度もなんどもあったので、神殿にそれを報告した。いつまでも、黙ってられる内容じゃなかった。最初は捕まえろと騒いでた神殿側も、色々試しても捕まらないので諦めたよ。で、その不定期にくる神樹の種が、かなりの数になったところで神殿も根負けした。受けた恩を黙殺しないのは古代種の美点だよ。二代目の【災厄の獣】は【神樹の聖獣】に呼び名を変えた。笑えるだろう、あの茶色がだぞ?あの、毛深くて足が短くてやることなすことちょっと間が抜けてた、あの茶色が!ともかく、こうして俺たちは功労者として記録され、茶色も聖獣として敬われるようになったわけだ。まぁ、あいつは多分何も知らないが」
——その後、《茶色》と接触はなかったんです?
「なかったねぇ。さみしいもんだが、もともと野生動物だからな。俺たちの都合に合わせようってのが間違いなのさ。神樹の聖獣についてはこれで全部だ。満足したかい?」
——ええ、やはり本で読むのと直接お聞きするのとでは、全く違う体験でした。本日は、貴重なお話をありがとうございます。
「いいさ、たまには昔を振り返るのも悪くなかった。土産にクッキーを持たせよう。あのメイドに付いて行ってくれ」
——はい。




