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そこのぽんぽこ

前略(ぽんぽこ)


私は今、ちくヒゲの夢の中にいます。

周囲は真っ暗で、寝台の上でだらしなく寝るちくヒゲと、私しかいない空間です。

夢枕に立つのは少々高度な技ですが、狐狸妖怪の基本的な技でもあります。

未だ夢の中での覚醒をしていなちくヒゲは、ベッドの中で目をつむったままです。

局地的にもじゃもじゃな頭を前足でつついて、意識が落ちてくるのを促します。

「んご……がっ、なんだぁ?」

どうして、こんなに騒々しく寝ることができるのでしょうか。

人間は皆そうなのかとも思いましたが、この間の赤毛は静かなものでした。

ちくヒゲという個体が、特に煩いのでしょう。

彼一人だけ寝床が別なのは、リスクを分散させるためのものかもしれませんね。

おでこに肉球の跡をつけたちくヒゲが、瞼をゆっくりと押し上げました。

むくりと体を起こした彼の顔は、ずいぶんと崩れています。

なんと残念な、寝起き姿。

「茶色ぉ、まだ夜だ……ん?」

確かに夜には違いありませんが、ここが暗いのは夢の中だからです。

それも、私がある程度抑制した。

人間がいつも見るような荒唐無稽な夢の中では、いまいち情緒に欠けますから。

「どこだここは」

真っ暗な景色を見て、ちくヒゲがぼさぼさの頭をかきました。

くぁ、とあくびもしております。

できることならば、もうちょっと神妙な態度の奴の夢枕に立ちたかった。

ヒョロ人間だったら、少しはマシな光景になったでしょうか。

しかしこの群れの中では、ちくヒゲが一番偉そうなのです。

枕元でちょんと座る私の頭をひと撫でして、寝台から降りるちくヒゲ。

ゆっくりと歩き出すちくヒゲの後ろを、とてとてと付いて行きます。

距離に意味などないので、さっさと夢を動かしていきましょう。

彼が歩いて行く先に、一本の木を生やします。

それから、目につくように枝から実を落としてやりました。

もちろんのこと、例のどんぐりです。

走り寄って、ぱかりと口を開けます。

「だーめだ」

首根っこを掴まれ、引き戻されました。

しかし、ここまでは想定内。

いがみ合う私たちの陰が、むくむくと立ち上がります。

我々をはるかに超えた身の丈である、大狸の出現です。

「なんだぁ!?」

驚いたちくヒゲが腰に手をやりますが、そこに武器はありません。

用心深い彼は寝台に剣を置いていたものの、持ってくるのは忘れておりましたからね。

この大狸は、ちくヒゲの記憶から作り出したもの。

毛皮の模様がわからないほど黒いそいつが、吠え哮りました。

ちくヒゲが私を抱えたまま、背後に飛び退きます。

大狸は見向きもせず、地面に転がったどんぐりにかぶりつきました。

当たり前のように大きくなって、その体に青く光る毛皮をまといます。

ここはちくヒゲの、夢の中。

現実には考えられないペースで、大狸は強化されて行きます。

轟々と燃える青い火の玉が、我々の周囲に舞いはじめました。

「こりゃまずいぞ……」

焦るちくヒゲの腕から、じたじたともがいて抜け出します。

まったく、夢の中ですら力が強い。

真っ黒な地面に四本の足をつき、火の気を寄せ付けない木を睨みつけました。

再度、あのどんぐりが落ちてきます。

それを今度こそ、私が口にしました。

あぁ、虚しい。

夢の中で食べたって、味なんてしないのですから。

しかしながら、これも計画のうち。

私は凛々しい吠え声を上げ、自身の体をかっかと燃やしました。

木々には無数のドングリがなっており、それを私と大狸が競うように食べます。

武器も持たないちくヒゲは、私たちの行いを為す術もなく見守っていました。

やがて、私と大狸が同じ大きさになりました。

二体して大きな声で吠え、口の大きさで強さを誇示します。

決着がつかなければ、次は直接的な戦いです。

こちらに向かってくる牙をひらりとかわし、相手の前足の付け根を噛もうとしてギリギリで避けられました。

その光景は、さながら怪獣決戦。

しばらくの間、互角の戦いが続きます。

周囲の地面が焦げ付いて、凹んだり崩れたり。

しかしお互いに決定打に欠け、自体は膠着状態に。

というか、これは私が操作している夢なので。

これもいわゆる、八百長試合ではあるのですが。

ちらりと、ちくヒゲの様子を見ます。

やや離れた場所で、彼は目を見開いて我々を眺めていました。

ああもう、人間は察しが悪くていけない。

言葉が通じない中で連携するのは、本当に難儀します。

大狸からの、体当たり。

それを利用して、どんぐりの木に体をぶつけました。

いくつかの木の実が、地面に転がります。

ちょ〜っとだけ私が操って、それをちくヒゲの足元まで誘導しました。

ハッとしたように、彼がそれに視線をやります。

いいぞ、あと一歩。

どんぐりへ向かう大狸に、体当たりをして妨害。

私たちが争っている間、ちくヒゲはずっと戸惑っているようでした。

ええい、人里住みの化け狐ですらここまで分からず屋じゃありません。

私が操作する大狸に、首元を噛ませます。

うう、非常に屈辱です。

ともかく狼が肉を引きちぎる時のように頭を振らせ、その勢いで私はちくヒゲの近くにぶん投げられました。

地面が薄く煙を上げ、私は哀れっぽく息を吐きます。

「おい、大丈夫か茶色!」

きゅうぅん。

子狸だった頃を思い出して高い声で応じれば、ちくヒゲは困り果てた顔をしました。

まったく、まだ理解(わか)りませんか。

私は近くのどんぐりを口に含み、わかりやすく力を増して見せました。

よろよろと起き上がり(もちろんこれは演出というやつです)、大狸に向かって威嚇の姿勢。

そこでやっとハッとした様子のちくヒゲは、地面のどんぐりを集め始めました。

大きな両手にこんもりとどんぐりを積み、私の口元に持ってきます。

「茶色、ほら食え!」

ようやっと、私たちは理解し合えたようです。

私はちくヒゲの手からどんぐりを受け取り、一気に噛みしだきます。

めきめきと体を巨きくした私は、凛々しく空に向かって吠えました。

それから、非実在大狸に大量の火の玉をぶつけます。

赤い炎に包まれ、苦痛の声を上げながら大狸はついに倒れました。

我々の、勝利です。

「やったな、茶色」

ええ。

側の木には、まだどんぐりがあります。

両前足をかけて揺らすと、二つ落ちてきました。

一粒は、私の口の中に。

もう一粒は、ちくヒゲが拾うのを見守ります。

「くれるのか?」

こくり。

再び、二つのどんぐりが落下してきます。

ちくヒゲに一つ、私に一つ。

何度か繰り返していると、ちくヒゲは要領を得たようにどんぐりを私に分け始めました。

目的に達したことで、胸毛が満足感に膨らみます。

少々手間取りはしましたが、これでちくヒゲにもちゃんと伝わったでしょう。

「おい、お前どうしたんだ?」

ことが終われば、こんなつまらない場所に長居するわけもありません。

というか、ちくヒゲよりも先に目覚めなければ、永遠にこの夢の中です。

すかすか味のどんぐりなど、もう食べ飽きました。

よいですかちくヒゲ……今夜のことは、努努(ゆめゆめ)忘れてはなりませんよ……。

そんな気持ちで、私はちくヒゲの夢からお暇いたしました。

明日の朝には、彼も心を入れ替えて私に接することでしょう。

いまから久々に食べるどんぐりが楽しみで、心が浮き立ちます。

ちくヒゲの夢から脱出すれば、そこはまだ深夜。

だらしなく寝る彼の布団の中で、私は丸くなって自分の夢に浸るとしましょう。

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