つうじあえぬぽんぽこ
へっくしゅん。
「あ、やっぱり」
その辺のねこじゃらし的な植物で鼻をくすぐられ、はしたなくもくしゃみが出てしまいました。
ついでに小さな火の粉が飛び出て、ねこじゃらし的な植物の先端を焦がします。
すまぬ、罪もなき謎の植物よ。
どうしてふさの部分がしましまなのか、教えてほしかった。
両脇を後ろから持ち上げられて、黒く艶やかな後ろ足がぷらりと宙を泳ぎます。
人間というのは四足歩行をできない代わり、大きな図体を手に入れることにした生き物なのでしょう。
私なら速く走れる方を優先して、二足歩行はしませんけれど。
木には登ることができるので、そんなに困っていませんし。
ともかく、体重に比べ背の高い彼らにおもちゃにされながら、私は遠い目で考えました。
人間たちは私から火が出たことを不思議がっているようですが、私だって不思議に思っています。
げんこつ山で暮らしていた当時、そんな派手な技は持っておりませんでした。
突然火が吐けるようになって、驚いているのは私の方です。
しかし、残念ながら若干の心当たりはあります。
あの騒動から一夜明け、なんとなく微妙な雰囲気の集団の中。
体をねじって、大人間の手から抜け出しました。
着地地点が遠かったため、少し肉球が痛みます。おのれ人間。
昨日の騒ぎがあった場所へ、ゆったりと向かいました。
あまり速く動くと、背後で紐を持っているちくヒゲが引っ張るのです。
まったく、躾がなっておりませんね。
現場に近づくと、あちこちから焦げた匂いが漂います。
ほとんどは、私が発した炎が由来のようです。
昨夜の大狸がいたあたりは、ほんの少しの焦げ目と炎が触れた場所が、完全に消失しているのを確認できました。
私についてぞろぞろと来た集団たちが、ちょっぴり厳しい目つきで周囲を伺っています。
「モルネイ」
「敵の気配はしません……災厄の獣も、ここを離れたみたい」
赤毛が周囲を見渡して、そう言いました。
どうやら彼女は他の人間よりも、気配に聡いようです。
ま、人間にしてはという範囲ですが。
しかし、大狸の痕跡が目的なのではありません。
私の目当ては、地面にあるものです。
焦げ臭のせいで少し迷ってしまいましたが、無事発見できました。
幹が黒くなってしまった大木の下、無残に砕かれたどんぐりが。
「……これは」
私の動向を見守っていたヒョロ人間が、重々しく言葉を漏らします。
気持ちは、非常にわかる。
できれば傷ひとつない時に、どんぐりを発見したかった……。
とはいえ、私もいっぱしの野生動物。
他の生物と食事をシェアすることなど、何度もありました。
狼の食べ残しなんかには、よくお世話になったものです。
お肉は貴重なタンパク源……虫よりも可食部の多い……。
幸い、砕かれただけでどんぐりはそれなりに残っております。
鼻を近づけ一度嗅いだのち、ぱくりと口に含みました。
うぅん、ティスティ。
まろやかで濃厚で、鼻を抜ける自然の芳香が美味しさに拍車をかけて。
とにもかくにも、この世で一番美味しい味がします。
できれば、完全な形のどんぐりを食べたかった。口惜しや。
飲み下すと、腹の底がぽかぽかと暖かくなります。
これ、この感覚。
きょろきょろと辺りを見渡して、ちょうど良さげな猫じゃらし風植物を見つけました。
近寄って、鼻先でつつきます。
へっくしゅん。
「うわっ」
背後から、ちくヒゲの驚く声。
それはそうでしょう。
私が出したくしゃみは、先ほどよりも明らかに大きな火の粉を生みました。
どんぐりと私の関連性に気づいていなかった人間には、驚くべき事象です。
「神樹の種を食べると、魔力が強く……?」
ヒョロ人間が、神妙な面持ちで私を見つめています。
そんなに熱心に見られると、毛皮が焦げ付いちゃいそうですね。
「種って、そんな効能もあるのか?」
次いでちくヒゲが、きょとんとした顔でヒョロ人間と会話を始めました。
「いえ、近代種ではそんな現象は確認されていません。古代種でも、他の生き物でも」
「そんな効力があるなら、もっと前に種は絶滅してるだろうよ。こいつらだけの特性か?」
「おそらくは」
人間たちがごにょごにょと何かを話し合っている間、私はひとつの結論にたどり着いていました。
あの大狸は、やはり同族だったのでしょう。
人間が気づく前からどんぐりの力に気づいていたのか、はたまた美味しさに導かれたのか。
どちらかは知る由もありませんが、これであの異様な力にも説明がつきます。
おそらくは私よりも随分前にこちらへやって来た彼は、誰にも邪魔される事なく、思う存分どんぐりを貪ったのでしょう。
なんと羨ましい。そして妬ましい。
私の中で、怒りの炎が燃え上がり始めます。
同時に、毛皮の根元が熱を持つのを感じました。
「おいこら、茶色、やめなさい」
ちくヒゲの分厚い皮に包まれた手が、おでこの辺りを毛並みに沿って撫でます。
人間の表皮が熱される匂いがしたので、私はしぶしぶと自分の中の猛りを収めました。
「いい子だ」
未だぽかぽかの身体を、ちくヒゲがひょいと抱き上げました。
顔を見上げると、なんだか強張っているようです。
愛らしい私が突然発火したものだから、驚いたのでしょうか。
なんだか可哀想になってしまったものですから、そのじょりじょりの顎をぺろりと舐めてあげました。
不味い、えぐい、舌触りが最悪。
私の気遣いは通じたのか、ちくヒゲの表情がふと緩みました。
その顔のまま、ヒョロ人間の方に視線を向けます。
なんとなく一緒にヒョロ人間を確認してみると、彼はちくヒゲの比にならないほど、ひきつった|表情«かお»をしていました。
「そんなに、怖い顔せんでくださいよ、神官殿」
ちくヒゲが軽薄に声をかけますが、ヒョロ人間はひきつったままです。
もしかすると、彼は火が苦手だったのかもしれません。
「隊長殿……しかし……」
「大丈夫だ、この通りおとなしいもんだろう?」
そう言いながら、ちくヒゲは私の顎をくすぐりました。
ううむ、苦しゅうない。
「神官長は、俺たちに茶色の件を預けた」
初めて聞くような、低い声でした。
ヒョロ人間は細い肩をびくりと揺らし、何度か口を開けようとしたようです。
結局、彼の口から音声が出てくることはありませんでしたが。




