レズカップルに追いつめられるのは好きですか? 9
そういやバレンタインやんけ!ということで2話続けて投稿してます。
こちらは後に投稿したほうなので順番にご注意ください。
バックヤードを通りすぎ、紗雪が寝泊まりしている部屋まで立川は連れ込まれた。
ガチ泣きしていた。店内に誰も客がいなくて本当に良かったと浅井は思う。日頃の行いがいいせいだろうか。
……いや、いくら日頃の行いが良かろうと、同級生女子のおっぱいを至近距離で見るようなことにはならないと思う。
立川のフォローについては紗雪に任せるしかない。いくら何でも、目の前でおっぱいを見られた男に慰められて癒えるようなダメージではあるまい。紗雪なら悪いようにはしないはずだと、浅井は自分の保護者を信頼した。
シャワーを始めとした洗濯機なども紗雪の私室の方にあるのだが、浅井はそれらの恩恵に与るのを早々に諦めた。少なくともシャワーは立川が使うだろうし、そんな状況で男が近くにいても、安心して使えないだろう。
幸い、替えの私服などは更衣室に置いていた。今回は濡れた服を着替えられるだけでも良しとする。
しかしながら、もう一つだけ問題が残っていた。
「……あの、暁さん。そう見られてると着替えられないのですが」
更衣室にいるのはスタッフの一人である暁。もう一人の安芸と同じく小仙上大学の四回生で、やはり店長紗雪の大学時代の後輩で、やはり浅井コーディネーターの一人だ。
浅井のコーディネートは、安芸、暁、そして紗雪の三人が受け持っている。基本的に浅井、安芸、暁のうち誰か二人がシフトに入り、この時浅井がシフトに入っていたら、もう一人シフトに入っている方がコーディネートを担当する。開店している限り店長である紗雪は必ずいるので、何らかの理由で浅井が一人だけになった場合のみ、紗雪が代わりに担当するという形だ。
喫茶店Mondnachtは、スタッフが二人もいれば十分に回る。基本的に三人体制なのは念のために余裕を持たせるというのと、浅井のファッションが均一化するのを避けるためだった。
その暁が、着替えのために半裸になった浅井をじっくりねっとり見つめている。紗雪も私室に引っ込み、暁もここにいるのなら、今店の方には安芸が一人いるだけなのだが、果たして大丈夫なのだろうか。
「……ヒルナシも、女の子を泣かせれるようになったのね」
激しく誤解だと言いたかった。今から奥に乗り込んで立川をこの場に連れてきて「どうか誤解を解くのを手伝ってください」と土下座してでも頼みたかったが、それが叶うタイミングではないのは明白だった。
「いえ、それとも泣かしたのは浅井の方かしら」
その疑問には浅井も答えられない。答えを知っているのは、今はまだ話ができる状態ではないであろう立川だけだ。
溜め息が漏れた。
「多分、店長がどうにかしてくれますから。後で店長から聞いてください」
そうね、という言葉で返される。
「自分でどうにかしようとは思わない?」
おっぱい見た男がどうやってどうにかしろと?
そう言いたいが言えるわけがない。別の言葉でごまかした。
「もう着替えたいので、出ていってくれません?」
濡れた服をまとめてビニール袋の中に突っ込んだ。家に帰ってから乾燥機にかけることにする。
腹の奥にずしりとした痛みが走り、そういえば、と思い出す。制服の上着は、立川に貸したままだったのだ。
まぁいいか。梅雨はまだ先だし、しばらく上着がなくても平気だろう。
更衣室を出て休憩室に入ると、当然と言えば当然だが、誰もいなかった。
鞄の中から文庫本を取り出した。雨の中、浅井は立川のように鞄を傘代わりにはせずに腹に抱いて走ってきた。中の本が濡れないようにするためにだ。他にも教科書やノートを始め、濡れると困るものが入っている。鞄は防水生地のはずだが、ファスナーの隙間などから雨が入り込むのではないかと考えると、とても傘の代わりにする気は起きなかった。
本を開けば、栞を挟んだ位置でページが止まる。
雨はまだ止みそうにない。
立川が戻ってくるまで、あとどれほどの時間がかかるだろうか。
腹部の鈍い痛みが消えるのと、果たしてどちらが先だろう。
―――珈琲が飲みたい。
そう思って顔を上げる。休憩室に給水器は設置してあるが、さすがにコーヒーメーカーなどは置かれていなかった。
水で我慢するか。
安芸と暁に揶揄われるのを承知で珈琲を求めるか。
究極の二択だ。どうしようか。
そんなことで悩んでいると、休憩室の扉が開かれた。
紗雪だと思った。店の制服を着ていたからだ。
すぐに「あれ、紗雪姉縮んでね?」と思ったが違った。
今この店内において、この身長で制服を着てくるような人物の心当たりは、浅井には一人しかいなかった。
ばつの悪い顔で、立川紬がそこに立っている。
似合っていると浅井は思う。既に見慣れたはずの服だが、普段は学校の制服姿しか見れない女の子がそれを着ているとなると新鮮だった。
しかし、浅井はその感想を言ったりはしなかった。女の服を褒めることへの気恥ずかしさが一つ。恋人がいるのを知っているのに、服装を褒めることそのものが不誠実ではないかと思ったことが一つ。
じっと見つめていて、自分が無意識のうちに胸を見ていたことに気が付いた。
視線を外して、ようやく立川が丸いお盆を持っていることに気付く。その上に乗っているのは珈琲だ。カップの数は二つ。ミルクも砂糖もない。さっき珈琲を飲みたいと急に思ったのは、この香りのせいだったか。
「その、これ。……店長さんが、持って行けって」
「ああ、うん。ありがとう」
珈琲を受け取れば、立川は正面に座った。共に味わう。いつもと同じ味のはずだが、何か違う感じがする。雨のせいだろうか。
もう大丈夫か。そう聞きたいが、これはさすがに下策に過ぎると浅井は思う。大丈夫なわけがない。だから別の方向から聞くことにした。
「そういえば、今日は早乙女とは一緒じゃなかったのか」
「あ、うん。今日は委員会。遅くなりそうだから先に帰ってって」
一緒に帰るのを待ってれば途中で雨に降られずに済んだんじゃないか、と言いそうになった。言ってないからセーフ。質問を切り替える。
「店長はどうしてるか分かる?」
「え、あ。珈琲貰った時はお店の方にいたけど、今は分かんない」
「そうか。その服は?」
「制服とか乾かしてるのと、店長の私服はサイズが合うのがないからって貸してもらってる」
とかってなんだろう。まさか下着までそうしてるんじゃないだろうか。もしそうなら、今立川のあの服の下はそういうことなんだろうか。
さっき見た光景が頭の中によみがえる。駄目だ、意志の力ではとても抑えられない。もっと強力な何かによる封印が必要だ。
もしそうなら、先ほどから立川が尻の座りが悪いようにもじもじとしているのにも理解が及ぶ。さっき胸を見られた男の前で、今度はノーパンノーブラで喫茶店の制服を着て一緒に飲み物を飲んでいるのだ。けしからん。この店はいったいいつからJKキャ○クラ喫茶になったのだ。
ダメだこれ以上は考えるな。次だ、次の質問をするのだ浅井優大。
「その、トイレに行きたいのか?」
失敗した。この質問はアウトだ。これは「さっきからもぞもぞとしてるけどもしかしてノーパンノーブラなの?」と言っているようなものではないか。
「え、あ、いや。そういうわけじゃないんだけど」
頼む、立川。そこは正直に答えなくていいんだ。「ちょっとそうなんだけど、お店の方に行くと店員さんに間違えられそうだから行けないんだよね」とか言ってくれればバックヤード側のトイレを案内できるから。
「その、スカートが恥ずかしくて」
やはりノーパンか! そういう健康法もあるから気にしなくていいと思うよ俺は!
「いつもはスパッツ穿いてるからね。パンツだけだとなんか落ち着かなくて」
冷静になった。そうだよね、さすがにノーパンノーブラで男の前に出てくるわけないよね。
済まない、立川。俺を殴れ。力いっぱいに頬を殴れ。俺はお前を疑った。お前が俺を殴ってくれなければ、俺はお前の顔が見れない。
「その、浅井。さっきはごめんなさい」
何のことか本気でわからなかった。謝られるようなことをしただろうか。
「ボクを助けてくれたのに、その、お腹殴っちゃって」
「いや、あれはまぁ立川は悪くないと思う。俺の方こそ上手く受け止められなくて悪い」
「そこで浅井に謝られると、ボクの立つ瀬が無くなっちゃうんだけど……」
そう言うと、立川が勢いよく立ち上がった。
「よし、浅井。ボクを殴れ!」
「はぁ!?」
「浅井がボクを殴らないと、ボクはボクを許せそうにない!」
なんだか変な展開になってきたと、浅井は頭を抱えそうになった。さっき殴ってほしいと思ったのは浅井の方なのに。
立川が近付いてくる。隣に立ち、「さぁ浅井も立って」と起立を促される。
いつでもいいよ、と言って脇を締めて目を閉じる。顔を上に向けているのは、まさか殴りやすいようにとの配慮なのだろうか。大変言い出しにくいが、キスされるのを待っているようにしか見えない。
殴れるわけがなかった。かといってまさかキスをするわけにもいくまい。どうしよう、というところで浅井は天啓を得た。
宇宙からの電波を受信するかの如く電撃的なひらめきだった。
取り出したるは文明の利器スマートフォン。使う機能は迷わず写真機能。
躊躇うことなく撮影した。突然の電子音に「へっ? えっ!?」と立川が混乱して目を開けるがもう遅い。俺たちは同盟者だ。ならば情報は共有しなければならない。
「オムライス」のグループを開く。さっき撮影した写真を張り付ける。
通知が来たのが分かったのだろう。立川もスカートのポケットから自分のスマホを取り出した。浅井はスカートのあの位置にポケットがあることを初めて知った。
「なぁーっ!?」
奇声が上がった。
「ちょっえっ」
もう一枚撮影してまた張り付けた。
「何やってんの!? 何やってんの!?」
「立川、静かにしろ。店の迷惑になる」
襟首を掴んで揺らそうとしてくるが、体格が違い過ぎた。浅井は不動のままで、立川が自分の乳を押し付けながら上下に揺れ動く。その光景を撮影し、もう一枚追加した。
―――浅井君
そのメッセージに、立川の動きがぴたりと止まる。
―――くわしく
―――説明してください
―――いまわたしは冷静さを欠こうとしています
すでに冷静さを欠いていると浅井は思う。だって、明らかに文章の途中で送ってるし。
―――ずぶ濡れで雨宿りしてたのを店長が連れ込んで着替えさせた
―――俺だけ見て早乙女が見てないと後が怖いので写真を送った
さすがに空飛んだので受け止めたら泣かせたなどと、本当のことは言えなかった。
―――浅井君ナイスです!
―――紬ちゃんの次に愛しています!
好感度が急激に上がりすぎて怖い。丁寧に辞退させてほしい。
―――怖いこと言わないで
―――浅井君もっと撮って送ってください!
―――委員会終わったら私もすぐ向かうので
―――それまで着替えさせないで!
早乙女の入力が恐ろしく早い。こちらが一文入力した直後に、怒涛の勢いでメッセージが送られてくる。しかもまだ委員会の最中らしい。どうやってこの速度で打ち込んでいるのだろうか。
「あぁー……」
立川が手を放して離れていった。乳を押し付けられる感触も離れたのを正直惜しいと思うが、早乙女が怖いのでその感情を握りつぶす。
「立川」
カメラを向ける。
立川は膝を立てて座り込んでいた。
「なんだよぉ~」
「その座り方だとパンツ見えてるぞ」
ちゃんと穿いていた。良かった。
浅井は頬を殴られたが、望んでいたことではあったので素直に受け入れた。
パンツが見えている写真は、さすがに撮影しなかった。
本日の降水確率は0%。1日中快晴である。
しかしてどういうことだろう。放課後、浅井がバイトに向かうと、昨日と同じ姿の立川に迎えられた。
さらには、立川と同じ制服を着た早乙女にも迎えられた。
おかしい。ひょっとして、この二人の上だけに超局所的大雨が発生したのだろうか。いや、まさかそのような超常現象に見舞われたわけではあるまい。
たぶん、どこかの誰かが店先の掃除にホースか何かで水を撒いていたら、二人に気付かず水をかけてしまったのではないか。それに気付いた紗雪が昨日と同じく二人を着替えさせたのだろう。きっとそうだ。
そう考えて、浅井は二人の姿を再度確認した。
立川は昨日と同じくスカートの裾を気にして、実はノーパンなのを隠しているような挙動をしている。
早乙女はニコニコと笑顔だ。悪いものでも食べたのだろうか。いやだなぁ喫茶店なのにそういう食べ物での騒動って。
どっちもよく似合っている。立川の姿は昨日も見たし、散々写真も撮ったが、それでも見飽きるものではなかった。早乙女の姿はやはり新鮮だ。学生服の姿しか見たことが無いせいだろう。
しかし何故だろう。何故かこの光景を見ていると、「昨日はいい目を見たんだから、ツケを払うときが来たんだぞ」と昨日の救世主だった宇宙からの電波が教えてくれた気がした。
「浅井君、昨日は素晴らしい写真をありがとうございました」
そうしないと後が怖い。ついでに言うとお礼も怖い。そのお礼は宇宙からの電波にしてほしいと浅井は思う。強く思う。
「それでですね、私、気付いたんです。こう、ビビッと!」
よもや、こいつも宇宙からの電波を受信したのではあるまいか。変なものを食べたのに続いて、変な電波を受信していなければいいが。
「ここで一緒に働けば、もっとこの姿を堪能できるって!」
あぁー……。
ようやくわかったのだ。この宇宙からの電波の正体が。
これは善意で送られたものではないのだ。この宇宙からの電波の送り主は、この二人の味方なのだ。
このふたりはきっとエイリアンかなにかなのだろう。そうでなければ宇宙人の重要な観察対象なのだ。『同性愛者代表』の。
電波を受信する。命短し恋せよ乙女、と。
本日の降水確率は0%。時により、月の夜には波乱が起きるでしょう。
――――――第一章 完
これにて1章は完結。お読みいただきありがとうございました!
バレンタインにちょうど区切りがいいしってことで今回は2話まとめて投稿でした。
2章も出来てるのでまた明日の21から投稿します。
2章はお泊り編です。