レズカップルに追いつめられるのは好きですか? 6
―――オトコに秘密の関係を知られた。
―――オトコに自分の裸を見られた。
―――オトコに恋人の裸を見られた。
今日はきっと、人生最悪の日だ。
立川紬はそう思う。
これまでの人生で最悪の日は小学四年生の時、他の同級生達より一足先に胸が育っているのが男子たちに発覚した日だ。
あの日から、立川紬の血みどろの戦いの日々が始まったのだ。
からかってくるクソ男子が現れたら鼻っ面に正拳一発。
生意気にも防ぐ奴には、続けて逆突きで腹か股間。
怯んだところで追い打ちに、再び顔面に正拳突き。
人呼んで、「血まみれつむぎ」の誕生である。
黒歴史間違いなしだった。
そもそも血まみれになるのは相手の男子であって、どうして自分が「血まみれ」なんて呼ばれていたのだろうか。今思うと謎である。
ともあれ、当時からセクハラ行為は問題になっていたので「少女の性的成長をからかった男子が報復で物理的制裁を受けた」となれば悪いのはすなわち男子であり、これは正当防衛であり、当時はまだ空手をやっていたことも追い風となって、立川紬は武闘派であると同じ学年の生徒達に知られていくことになるのだ。
不思議なことに怖いもの見たさの男子というのは多いもので、武闘派と知られてなおちょっかいをかけてくる馬鹿が後を絶たない。そして馬鹿は顔面を血まみれにされて「せんせーたちかわがーたちかわがー」と泣きべそかいて教師に助けを求めに行って、その教師からも、さらにはその教師に呼び出された親からも怒られるのだ。
ざまあみろ。
それではここで、浅井優大の通称である『暗黒門番』について説明しよう。
浅井本人は、自分がこの呼ばれ方をしていることを知らないと立川は思う。だってあいつ友達いないっぽいし。教えてくれる相手はいないだろう。
「浅井」という名前は出席番号1番を取るのに十分な条件を満たしており、去年に引き続き今年のクラス2年3組でも無事に出席番号は1番だ。そして出席番号が1番ということは、小仙上高校での初期配置席は廊下側の最前列が割り当てられる。
想像してみて欲しい。
教室の扉を開ける。中に入る。教室の中を見ようと視線を向けると、180を超える長身が椅子に座ってそびえ立っているのだ。浅井が門番と言われる由縁であった。
想像してみて欲しい。
視線は長い前髪で隠れており、どこを見ているのかもわからない。もしかして後ろにも目がついている妖怪なのではないかと噂する者まで現れる始末だった。浅井が暗黒と言われる由縁であった。
そしてここに、二つの言葉が奇跡の合体を成し遂げた。
これこそが、呼ばれている当人だけが知らないのに他の誰もが知っている浅井の通称、『暗黒門番』の全てである。
結果として、雰囲気的な入りにくさから教室前方の扉は他の生徒に使われることがなくなり、教師と浅井本人の専用扉となった。
そのせいなのだ。放課後の教室でセ○クスしようとした時に、前からなんて誰も入ってこないという無意識の認識が、後ろ側の扉だけ鍵を閉めて安心するという大ポカに繋がることになったのだ。
全部あいつのせいだ。
立川は今、やりたくもない宿題に向き合っている。
―――明日提出の宿題あるよ。ちゃんとやってる?
早乙女とラインをしていたら、そんな言葉を投げつけられた。
やっているはずがなかった。
二人の輝かしい未来のために進めているが、進捗は酷く悪い。
宿題の隣におわすは立川のスマートフォン。スマートフォンに映るは恋人とのライン画面。
進みが遅くて当然である。
早乙女とメッセージを送り合いながら宿題を進めていると、ついにその時がやってきた。
―――浅井優大さんへの友だち申請が受諾されました!
浅井の第一声は何だろうかと思っていたが、一向に何も送られてこない。まさか本当に裸の写真でも撮ってるんじゃないだろうなと不安になった。早乙女と浅井の3人でグループを作る。名前は思いつかなかったので、さっき食べた「オムライス」にした。
―――念のために言っておくけど浅井の裸とか送らなくていいからね
―――なんでオムライス?
すぐに返信が返ってきたが、早乙女からだけだった。浅井からの返事はまだない。既読はついているので読んではいるんだろう。
―――今日の夕飯
―――名前を思いつかなかったから随時募集中~
―――私も思いつかないしそれでいいかな
今ここに、立川と早乙女の関係を浅井が秘密にする同盟『オムライス』が発足した。記念すべき最初の1歩である。
それはそれとて、浅井からのメッセージは未だに何一つ来ない。
まさか既読スルーかこいつ、と立川が戦慄する。既読スルーは女子高生界隈では最も重い罪だ。もしこの界隈が国家になったら外患誘致罪、国家転覆罪に加えて既読スルー罪が三大極刑大罪として並ぶことになるだろう。外患誘致罪と国家転覆罪はこの話題の時に早乙女から教えてもらった。賢さが一つ上がったと思う。
そんなことを考えていたら、あの男がついに動いた。
―――秘密は守る
それだけだった。口下手かよ。
その後も他愛のないことを話していくが、浅井の返答は大体が生返事だ。そしてとうとう、
―――風呂入ってくる
の言葉を最後に、既読履歴すらつかなくなった。
魔が差すとは、こういうことをいうのだろう。
浅井の裸を想像した。風呂なんて文字を見たせいだ。立川の想像の中では、シャワーを頭から浴びている浅井が、当然のことながら完全に裸で、顔に当たった水が鎖骨を通り、意外としっかりしている大胸筋を伝っていき、そして見事なシックスパックが見えて、さらにカメラはその下の、普段は下着に隠されているまるで凶器と見紛うような
そこから先を、立川は全力で頭を振り回して追い出した。
顔が熱を持っているのがはっきりと自覚できた。
全部あいつのせいだ。
妄想上のモノを忘れるために、立川は恋人のことを考えることにした。
当然のように裸を連想する。裸に打ち勝つには裸しかないのだ。場所は放課後の教室。今日の焼き増しだ。
誰もいなくなるのを見計らってから、今度は後ろだけではなく前の扉の鍵もちゃんと閉める。少しだけ過去の失敗から妄想を修正してから、最初は軽めのキスを数度。お互いの身体を撫でるように触り合っていけば、自然とキスが激しくなった。そうなれば、もう次は相手のボタンに手をかけてしまう。
ブラジャーが見えた。今日の早乙女がどんな下着を付けていたかは、立川の脳裏にしっかりと刻まれている。そうしてお互いに服を脱がしあう。立川は暑がりで、シャツの上から上着を着ることは稀だった。立川の方が一枚少ないのを、早乙女は焦らず待ってくれていた。
スカートが落ちる。今度は立川の方が1枚多い。スパッツだ。その下まで共に脱げないように、丁寧に早乙女が脱がせてくれた。自身の湿りはスパッツにまで浸透していた。
お互いの身体を守るのは、もう2種類の布切れだけだ。互いに腕を背中に回してホックを外す。さすがにパンティは同時には脱がせ合えないので順番に脱がせた。紐パン、検討しようかな。
目が合った。キスをして、目を開ける。
浅井が隣にいた。オールバックの銀縁眼鏡。当然のように全裸だった。視線を下げてみると、雄々しく猛々しく屹立している凶器が目に映る。
だぁ~かぁ~らぁ~~~!!!
なんでだ。なんでこの男は現実だけではなく妄想の中でも邪魔をしてくるのだ。立川は一人身悶える。
電話が鳴った。飛び上がる程驚いて、机の天板に膝を打ち付けてしまう。
痛みに涙目になりながらも画面を見れば、『早乙女 疾風』の名前があった。
「も、もしもし?」
『こんばんは、紬ちゃん。なんか声変だよ?』
「ちょっとさっき、膝をぶつけちゃって」
大丈夫かという心配の声に、平気平気と返しておく。内心はひどく焦っていた。浮気の瞬間を目撃されたような後ろめたさがあった。
『今日は焦ったねー』
現在進行形で焦っているのは自分の方だ。
「うん。お互い我慢が足りなかった……」
だけど言い訳も聞いてほしいと、立川は誰に言うでもなくそう思う。
仕方がない。そう、仕方がなかったのだ。連休中はお互いの家の用事があって、短い時間しか会うことが出来なくて、久々に学校でゆっくりと話すことが出来たのだ。
数日分の性欲がムクムクと音を立てて湧き出てしまうのは、健全な女子高生としては普通のことだと立川は思う。
『それもだけど、浅井君の最後』
そう言えば、と思い出す。あの態度の豹変。あれは結局なんだったのだろか。
「ラインの感じは、多分もう怒ってないと思う」
『えーそうかなぁ……。すごく機嫌が悪そうに見えたんだけど』
「もし本当に機嫌が悪いんなら、浅井みたいなのは既読スルーすると思うよ。あれ多分、浅井のデフォルトだよ」
『そうだといいなぁ。「まだ怒ってる?」って聞けるわけもないし』
「あ、そっか」
やっとわかった。きっとそうだ。浅井は口下手なのではない。不機嫌でもなければ、ましてやまだ怒っていたわけでもない。
「気まずいんだ」
『あっ……、あぁー……。そっか、そういうことか』
早乙女も納得できたのだろう。安堵する言葉が聞こえてきた。
最後は和やかに終わりそうになっていたのを、突然怒りそうになって場の空気を最悪にした本人なのだ。
そのうえで喧嘩別れのように解散した。気まずいと思って当然だった。
そうして一安心できたら、ムラムラしてきた。
恋人との前戯を思い出している最中に、その恋人からの電話が来たのだ。今まで蓋をしていたものが暴れそうになっているのが自覚できた。
致す直前だったのだ。あの男が乱入してきたのは。
つまりあの時から、ずっとおあずけをされているのだ。
知識としては知っている。しかし、電話越しにというのは初めての経験だった。
「あー……。その、ねえ、疾風」
『なぁに、紬ちゃん?』
「結局さ、そのさー……」
口ごもる。言え、と思う。
「今日はさ、出来なかったじゃん」
言えた。言えたのなら、次は誘うだけだ。拒否されると怖いけれど、それでも一緒に昂りあいたいという気持ちが勝った。
『…………うん』
「その、ね……。電話でだけどさ」
『うん』
「……教室の続き、しよっか?」
『…………うん』
受け入れられて安堵する。それと同時に、抑えていたものが膨れ上がり、蓋は壊れたぞさぁ暴れさせろと溢れ出てくる。
しっかりと部屋の鍵がかかっているのを確認する。
部屋着の上から胸を触ると、思っていたよりも大きな声が漏れた。
今日は途中からのスタートなのだ。既にエンジンは一度温められている。エンジン音が大きくなり過ぎないように、気を付けなければならない。
お互いに電話の声を使って、自分で自分の身体を慰めていく。
いつも一人でするのとは、全く別の気持ちよさだった。新感覚というか、新体験というか。
普段より昇り詰めるのが速い。もう、来る。
来た。
波が過ぎれば、互いに無言になっているのに気付く。電話からは荒い声だけが聞こえる。きっと、向こうも同じように達したのだろう。
夜はまだ始まったばかり。
命短し恋せよ乙女、だ。