番外編・レズカップルと修学旅行に行くのは好きですか?
孫氏曰く、勝敗とは戦いの前に決まっている。
それでは、修学旅行という戦いにおける、その前に決まっている勝敗とは何か。
勿体ぶるようなものでもないので、端的に言おう。
『班分け』である。
小仙上高校の学園祭は無事に終わった。世を儚んだ一人の青年が、燃え盛るキャンプファイヤーの中に突入する様な事件も起きなかったし、翌日に謎の転校生が現れることもなかった。
2週間後、2年生には京都への修学旅行が控えているのだ。教室はその話題で持ちきりだ。
誰と班を組むかとにぎわう中、優大は一人、どうしようかと考えていた。頭には先日貰ったカチューシャを付け、巨大な手には小さく見える文庫本を持っている。だが、文章は全然頭に入ってこない。
最初は、紬や疾風と一緒に組むことを無意識に思っていた。宿泊施設は男女別に出席番号順だから、班は男女混合でも問題はない。だが二人と組もうとすると、牧と小鳥遊とも一緒になるだろう。つまり、女が四人に男が一人。それは浅井といえども肩身が狭く、彼女たちも一人しかいない男に気を使いそうだ。それなら、教師から説明のあった『救済措置』に頼ろうかとも思っていた。
「優大、うちの班ね」
そう思っていたのに、疾風と紬が近付いてきて、あっさりとそう言ってしまった。
「女子四人だけの方が気楽じゃないか?」
「あぁ、優大君はそう考えたんですね」
疾風は少しかがみ、座る優大の耳元に口を近づけてきた。
「牧ちゃんと小鳥遊ちゃん、彼氏と合流させようと思うんです。向こうのクラスの手はずは済んでます」
なるほど、と浅井は思う。たしかにそれならいつもの三人組だ。もはや気兼ねするような関係ではない。
だが待てよ、とも浅井は思う。班分けに関する条件を浅井は思い出してみた。
班を組む際には同じクラスで組む必要があり、その人数は三人から五人まで、と決められている。
このうち前者はほぼ形骸化している。別のクラスの仲のいい連中と結託し、自由時間に複数のグループが合流するというのは、暗黙のうちに認められていた。
ただし後者、特に数が少ない場合については非常に厳しい。過去、二人組が認められていた時代に、盛る連中が現れたせいだ。つまり、三人目以降は羽目を外し過ぎないための「お目付け役」ということだった。
優大がこの辺りのことについて妙に詳しいのは、卒業生に話を聞く機会があったからだ。就職活動も無事終わり、バイトに復帰した二人の女子大生。
なお、浅井が先ほど考えていた『救済措置』とは、『特に仲のいい相手がいない奴ら全員集合! ~教師と自由時間に行く京都観光の旅~』である。全部書いてあるので特に説明は要らないだろう。本当にこんな名前であるが、余りに長いため、誰もかれもが救済措置としか呼んでいない。
「……それ、牧と小鳥遊は、それぞれ二人組で動くのか?」
「そうだと思いますけど」
「……ダブルデートにした方がいいと思う。三人組以上で組ませようとしてくるのは、教師が二人組を探しやすくするためだろうから。四人組なら目溢しされやすくなる」
「……なるほど、理にかなっていますね。分かりました。関係者全員に伝えてきます」
「市原と伊東の協力者にも、ばらけた後でも三人以上になるように伝えてくれ」
「ええ、それはもちろん」
そう言って、疾風はスマホ片手に去っていった。先ほど言った通り、関係者に連絡しているのだろう。紬と優大が残された。
「……優大ってさ、割とたちの悪い性格してるよね」
「そこは用心深いと言ってくれ」
残った二人で話を続ける。疾風がいないのだから、修学旅行以外の話だ。
「今どの辺?」
「ウォーカー大佐が宇宙人にロズウェル式ジャーマンスープレックス入れたところ」
「いいところじゃん。今読め。すぐ読め。早く最後まで読んで語り合おう」
「急かさないでゆっくり読まさせてよー」
「図書室にもう一冊あったと思うし、待ってる間に俺ももう一回読み直すかなぁ」
「それ、優大の方が先に読み終わりそう」
SF小説の話だった。
日付は修学旅行当日。特に問題らしい問題も起こらず、自由時間になった。
無事予定のポイントでランデブー。三つの班から四つの班に分離し、それぞれが予定していた観光名所を回るために解散した。
目論見はうまくいった。優大はそう思う。もし申請した人数と違うことを教師に見とがめられたら、「はぐれてしまったが、連絡を取ったところ別の班に拾われたらしい。同じ場所に行く予定があるから、その際に合流する予定だ」なんてことを言えば見逃してくれるだろう。
問題があるとしたら、それは優大の方だった。修学旅行の自由時間。優大は予期していない問題に頭を悩ませていた。
逆ナンだ。
旅行中の女子大生たちに写真を撮ってくれと頼まれる。
現地の女性たちに美味しい食べ物を紹介すると誘われる。
同じく修学旅行だろう女子高生たちにどこから来たのと尋ねられる。
助けてくれと紬と疾風を見れば、二人も男にちょっかいをかけられていたので急いで助けに行った。
「ちょっと、これは予想外でしたね」
「俺たちも別の班と合流したほうがよかったかもな」
「今言っても後の祭りだよねー。それにあっちは男ばかりだったしどっちもどっちかも」
三人で予定していなかった団子屋に入り、緊急の作戦会議を行うが妙案は浮かばない。どうやら文殊菩薩はご顕現なされなかったらしい。
尿意を催した。
「ちょっとトイレ行ってくる」
浅井がトイレから戻れば、二人は内緒話をするような距離で話していた。席を外している間はわずかな時間だったが、またナンパされていないかと心配したのは杞憂だったようだ。
「優大、いい方法思いついた」
「お、本当か。どうするんだ?」
「実践するんで出ましょうか。これなら大丈夫でしょう」
実践、という言葉に意味は分からなかったが、言われるがままに会計し、外に出た。説明するよりやって見せた方が早いということだろう。後になって、もっとちゃんと聞いておけばよかったと思ったが、この時点でそんなことは分かるはずがない。
右腕を紬に組まれた。前腕が胸の中に埋まった。
左腕を疾風に組まれた。二の腕が胸の中に埋まった。
「……は?」
「よし、これで大丈夫」
「完璧な案です」
「いや大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない」
主に優大の心がである。
質の異なる柔らかさが左右から感じられる。下手に動かすことも出来ない。
周りから見られている気がする。
紬と疾風、そのどちらを見ればいいのか分からない。
だが左右から引っ張られれば歩くしかない。歩く振動で腕が柔らかいものに挟まれ、そしてしごかれているのが余計によくわかる。別の意味で歩きにくくなりそうだった。
「あんまり照れないでしょ。ボクたちまで恥ずかしくなっちゃう」
「堂々としてください優大君。役得ですよ? ちょっとくらい触っても許してあげます」
そう言われると余計に動かせなくなった。頭の中で恋人のことを考え、罪悪感で己の分身が反応しないように必死に抑えるしかない。
誰もナンパされなくなったことに気付いたのは、随分と後になってからだった。
「あ~」
右側から肩を組まれた。
「さ~」
左側から肩を組まれた。
「い~」
後ろから脇の下に両腕を入れられた。
「「「く~ん!」」」
四人部屋のホテル、優大は同室の男三人に拘束されていた。
「……何だお前ら」
「ちょっと詳しくお話聞かせてもらおうか?」
「自由時間にさ、仲睦まじいご様子でしたねぇ?」
「カツ丼食えよ!」
当然だがカツ丼はない。
「立川さんとさ、早乙女さんさ」
「どういう関係なんよ浅井」
「いつの間にか呼び方も変わってるしさ」
「やっぱ付き合ってんの?」
「公認の三角関係なの?」
「もうやった? やっちゃった?」
「……取り敢えず放してほしい」
「言うまで放さねえ!」
「椅子に座っていたのが運の尽き! 立っていたら届かなかったぜ!」
「そんで浅井のって立川にちゃんと挿入ったの?」
そんなんじゃない。どっちも単なる友人だ。そう伝えても、三人の追及の手は緩まなかった。
「ていうかスマホ見て何やってんの?」
「あの二人と連絡してんの?」
「二人のエッチな写真とかあったりしない?」
優大が見ていたのは、自由時間に撮影した写真だ。スワイプして三人に見せていくが、紬や疾風の写る写真はなかった。
「何これ?」
「資料写真。帰ったらレポート課題あるだろ。忘れないうちに軽くまとめておこうと思って」
さらにスワイプして、アプリの機能で場所と簡単なコメントを入力していく。
「真面目かよぉ!?」
「いや真面目君だったわ浅井」
「背も高くて顔も良くて勉強も出来て運動も出来れば彼女が二人同時に出来るのか……!?」
「だからそんなんじゃないって」
そう伝えてさらに写真をスワイプする。気付けば優大の拘束は解かれ、四人で一つのスマホを見ていた。一見すると異様な光景だ。
「でもよー、立川さんは男でも割と相手してくれるから分かるけどさ」
「早乙女は男相手だと当たりきついのにな。立川にちょっかいかけるような男だと特に」
もしかして、二人の関係を疑われているのではないだろうか。優大はそう思う。紬も疾風も、自分たちの関係と性嗜好が公になるのを望んでいない。だが、それを隠すために「実は二人と付き合ってるんだ」なんて方便を付くのは抵抗があった。
そんなことを考えていたのがいけなかった。
今回の旅行で撮影した最初の一枚だということに気付かず、さらにもう一枚スワイプしてしまった。
紬の写真だった。
Mondnachtの制服。エプロンを付けていないので、胸を強調するデザインがよくわかる。スカートを気にして両手で前を抑えているせいで前かがみになり、両腕に挟まれて胸がさらに強調されている。顔を真っ赤にして、しかしカメラ目線で撮影されている。
5月に撮影した写真だった。
疾風の指示の元、紬がポーズを取ったのを優大が撮影した写真だった。
浅井優大、会心の一枚であった。
「「「うおおおおおおおおおーーーーーーー!!!!?」」」
「何これ!? 何これ!?」
「これは言い逃れ出来ないだろ浅井ー!」
「おいビデオ見せろビデオ! ハメ撮りあるかも!?」
これ以上は他の宿泊客や社員に迷惑になる。そう思った優大は物理的に静かにさせることにした。
まず最初にと、先ほどから下品な発言が目立つ三人目をキュッと締めて静かにした。それを見た二人は、優大が何もしなくても静かになって震えていた。
余計な手間がかからなくなって大変結構。優大は本心からそう思った。
帰りの新幹線は、音もなく動き出した。少なくとも、優大にはいつ出発したのかを感知することは出来なかった。
新幹線の席は、宿泊部屋の時と同様に、男女別の出席番号順で座る。しかし、クラス内に限ればの話だが、席のトレードは黙認されていた。
だから今、優大は紬と疾風に再び挟まれているのは当然のことなのだ。
哀れにも男子の出席番号2番から4番は、牧達によって女子で引きめく魔境に点在する用に移動させられていた。ハーレムだぞ、喜べ。牧のその言葉を胸にして。
……やっぱこれで、付き合っていないっていうのは無理があるでしょ。
二人席の廊下側に座る牧は、三人席で仲良く話す優大たちを見てそう思う。
隣に座る小鳥遊も同感だろう。
紬と疾風が関係を秘密にしているのは知っている。ちゃんと友人をしていれば、しばらくすれば誰でも気付くだろう。だって、二人とも恋する乙女の瞳でお互いを見ているんだから。
でも、その関係性を良しとしない連中が大勢いる事も牧は知っている。だから、二人の本当の関係を騒ぎ立てそうな娘は、情報操作でもなんでもやってこのグループに入れないように奔走していた。
お互いが愛し合っているのに、それが女同士だからという理由だけで弾劾するのはおかしい。牧はそう思うのだ。
だが、優大は牧の同好の士だろうか。二人の関係を知っている風にも、知らない風にも見える。まさかカマをかけて藪から蛇を出すわけにもいかなかった。
紬と疾風が優大に向けているのは友愛か、それとも恋愛なのか。それが牧には判断がつかない。
優大が紬と疾風に向けているのは、多分友情だと牧は思う。いやらしい目で見ることはあるが、その頻度は非常に少ないようだった。他の男よりは確実に。牧が二人をそう言う目で見る頻度の方が高い程度に。
あの三人の関係がどういうものか、牧には気になって仕方がない。
優大たちを観測しているのは、遠い空に浮かぶUFOに乗っている宇宙人ではないのだ。すぐ近くにいる一人のクラスメイトだった。
牧の建前「異性愛者は異性愛者同士で、同性愛者は同性愛者同士で愛し合えばいいと思うの」
牧の本音「巨乳のあの二人の間に子供が生まれて、その子供の成長を傍で見守れば巨乳因子で子供の成長に比例してウチの胸も成長するかもしれないじゃん!!!」