レズカップルにお祝いされるのは好きですか? 7
ほぼ最終話。
エピローグと同時投稿なので読む順番に注意です
時は10月の下旬。文化祭が始まった。
小仙上高校の文化祭は二日間の日程で、両日ともに一般公開だ。
その代わり、二日目の終了時刻が一日目に比べてかなり早い。学内限定となるのはそれからだった。
体育祭では主戦場となった運動場は、今は文化祭実行委員会以外は立ち入り禁止になっている。
この制限が解除されるのは、二日目の一般公開終了時刻を迎えた後だ。
キャンプファイヤーをやるのだ。
学校正門から玄関口まで、多種多様な出店が並んでいる。殆どが2年生と3年生の出店で、一部は部活動で1年から3年まで混ざったものもあった。
客引きの声があちこちから聞こえる。迷惑防止条例など高校の文化祭という治外法権ではクソ程にも役に立たない。
誰しもが負けじと声を張り上げ、そのせいで隣にいる相手の言葉も聞こえないから自分たちも声を張り上げる悪循環。既に聞こえなくなって久しい夏のセミの大合唱の方がまだ聞き分けられるくらいだ。
玄関口から校舎に入れば、ここもまた喧しい。
出店と違って座ることが出来る。普段は教師が眠くなる呪文を日々開発し実施している教室は大幅な改造が施され、阿鼻叫喚の喫茶店になったり、出来の悪いお化け屋敷になったり、ミニゲームの会場になったりしている。
今年は、極稀に人の多さに疲れた人々が迷い込むような、展示物しかない空白地帯は見つからなかった。
では次は、特殊教室棟を覗いてみよう。
こここそは、文化系部活の総本山である。
実験の結果が所狭しと並んでいる。
日々愛情を持って育成されている動物が、見覚えのない大量の来客にストレスを蓄積していく。
部員全員の協力で生み出した、世界にわずかしか存在しない希少本を手ずから売っている。
日々の鍛錬の賜物、見事な筆さばきで成された芸術が並んでいる。
スマートフォンという誰もがカメラマンになれる時代に、写真を取る機能しか持たないカメラで日常を切り取る人々がいる。
将棋を、囲碁を打ち戦っている。
図書室は閉まっていた。
放課後はいつものように聞こえる音楽も、演劇の発声練習も、今日ばかりは聞こえない。
それらを発する者たちは、皆揃って体育館にいるのだ。
自分たちの出番を今か今かと待っている。
壇上こそは混沌の発生所。
大勢で合唱する者たちがいれば、少人数でライブをする者たちがいる。
大勢で劇を演じる者たちがいれば、一人落語を話す者がいる。
光が当たるのは壇上のみで、暗幕の下りた体育館は、自分の手元すらよく見えない。演目の予定すら分からない始末だ。
体育館を出て、今度は運動場の方に目を向けよう。
時間が来るまでは、立ち入り禁止にされた空間だ。
こちらは怨嗟の声が響いていた。
部室棟に忘れ物をしたから通してくれ。
キャンプファイヤーの資材がまだ届いていないんだけど。
着火剤が見つからないぞ。どこにやったんだ。
ゴミはこちらで回収しています。分別をお願いします。
風は既に冷たく、ベンチに座っていればあっという間に凍えてしまうだろう。
ゆっくりと本を読める場所が見つからない。図書室が閉まっているのは想定外だったが、よくよく考えれば当然だ。不特定多数が訪れる日に開く道理がない。
スマートフォンが着信したことを教えてくれる。ラインのメッセージ。内容は立川と早乙女のツーショット写真。コスプレ衣装だろうか、多分だけどドラキュラの格好をしている。よく似合っている。
そういえば、もうすぐハロウィンも近い。
「浅井クン」
聞き覚えのない声だった。見覚えのない男だった。背は浅井といい勝負だろう。だが雰囲気や髪色は浅井と真逆で明るく、人懐っこさが見て分かる。
「……誰?」
見知らぬ男が項垂れた。
「いや、去年の同級生でしょ? 覚えてない? イトーだよイトー」
そんな男がいた気がする。自称イトーが隣に座る。
「ちょっとまーその、自己満足だけど、謝っときたいと思って」
謝罪される覚えがなかった。
「部活勧誘だよ。オレがやり始めたせいかさ、誰もが浅井クンを誘えって感じになっちゃって」
ようやく思いだした。去年、一番最初に話しかけてきた男だ。そして、一番最初に部活勧誘を止めた男だ。
「ゴメン。迷惑かけた」
「気にしなくていい。伊東がやらなくても、どうせ誰かがやっていた」
そう答えると、伊東は大きな目を瞬かせて、そして笑った。
「浅井クン、やっと普通に話してくれたわ」
そう言って、伊東は立ち上がる。
「んじゃま、オレ行くわ。ほんとゴメンな。
あ、あと浅井クンも恋人達をあんま待たせんなよ」
彼が立ち去って行く途中で、見覚えのある人物と合流したのが見えた。クラスメイトの牧だ。その光景を見て、浅井はようやく伊東が誰か理解した。
牧がたまに話しているケンジって、あの男か。
家に帰れば紗雪がいた。今日と明日は仕事が休みだから、当然と言えば当然だろう。
そういえば、紗雪は文化祭には行かないのだろうか。
「うーん。私が行くと、委縮させちゃうかもだしね。
結構影響力あるのよ、私」
そう言って出てきた夕食は、オムライスだった。
陽葵は生前、文化祭をどう過ごしていたんだろう。
二日目の朝、浅井はそんなことを考え付いた。一度そう考えると、それを振り切ることが出来なかった。
玄関口から校内に入れば、昨日に負けず劣らない騒々しさだ。
陽葵が隣にいれば、はぐれないように手を握り、大声を出しながら話していただろう。
校舎の中も、相変わらずの人の多さだ。
陽葵はどこに入ろうとするだろうか。
喫茶店は入りたがると思う。普段は自分が接客する側だから。「ゆーくん、ちょっと執事服になってくれない?」と言ってそこの生徒を困らせたことだろう。
お化け屋敷にも入りたがるだろう。小さく悲鳴を上げながらも先へと進み、出た後で「ぜ、全然怖くなかったし」と言いながらも、最初から最後まで握った手を離すことはないのだ。
ミニゲームもやりたがる。「買った方がホットドッグ奢りね」と言って、浅井が勝ちそうになると「ゆーくん背が高いからハンデ!ハンデね!」と言い出すのは間違いない。
特殊教室棟に行けばどうするだろうか。
所狭しと並ぶ実験結果を見て目を回したかもしれない。
普段接することのない動物を見て大はしゃぎし、大きなストレス源になっただろう。
売られていく本を見て「ゆーくんも小説書いてみたくなったりする?」と訊いてきそうだ。
並ぶ芸術を見て、「今からサイン貰っとく?」なんていうかもしれない。
飾られる写真を見て、「ゆーくん私も撮って撮って」と言い出しそうだ。
将棋や囲碁は「ルールが分からないから別の所に行こう」と言う。
閉まっている図書室を見て「残念だったね」と微笑むのだ。
体育館は昨日と変わらず真っ暗で、陽葵の姿がよく見えない。
お化け屋敷を共に歩いた時は、あんなにもはっきりと見えていたのに。
大勢の合唱で、陽葵の声が聞こえない。
少人数のライブでも、陽葵の言葉が聞こえない。
大勢で劇を演じる者たちがいても、一人とて陽葵を再現できるものはいない。
一人落語を話す者がいても、もう陽葵を感じられない。
運動場に向かえば、キャンプファイヤーの骨組みが出来ていた。
テスト放送のマイムマイムが聞こえる。
陽葵とフォークダンスを踊ったことは、一度たりとも無かった。
チャイムが鳴る。放送が聞こえる。一般公開の終了を知らせる放送だ。
日が落ち、人が集まってくる。
月の夜が訪れる。
陽葵の声は、もう浅井には聴こえなかった。
陽葵の姿は、もう浅井には見えなかった。
伊東の言葉を思い出す。
恋人を待たせるな。
その通りだと浅井は思う。浅井の視線の先、炎が大きく燃え上がっている。
あの中に入れば、陽葵の声が再び聴けるだろうか。
あの中に入れば、陽葵の姿が再び見れるだろうか。
あの中に入れば、陽葵と、再び逢えるだろうか。
スマートフォンが着信したことを教えてくれる。ラインのメッセージ。立川からだった。
―――教室に来て
ドアを開ければ、教室に電気はついていない。しかし暗闇というわけではなかった。窓の外、二つの光源があるからだ。
運動場に流れるマイムマイムの音楽は、教室にまで聞こえている。
教室の中には、二人の乙女がいる。立川と早乙女だ。今回は、全裸でもなければ抱き合ってもいない。
「あ、来てくれた。良かったー」
「浅井君、どこにいたんです?
探したんですけど全然見つからなくて」
そう言いながら浅井の手を取り、教室の中へと引っ張っていく。椅子に座らされた。
「なんだ急に。二人とも、キャンプファイヤーはいいのか?」
「いいのいいの」
「今はもっと大事なことがあります。
浅井君、目を閉じてください」
そう言って髪をいじられる。どうして今なのかは分からないが、言われるがままに目を閉じる。
いつものようにされるがままになった。
「うん、もういいですよ」
その言葉はすぐに聞こえた。いつもに比べれば、終了までの時間は遥かに短い。
目を開けば、視界が開けている。学校での浅井の髪型ではない、前髪を上げた状態になっていた。
頭に軽く締められる感覚があり、触ってみれば固い感触が返ってくる。この感覚は覚えている。三年経ってもすぐにわかる。
カチューシャだ。
「優大」「優大君」
名前を呼ばれた。
「「誕生日、おめでとう」」
―――ゆーくん、誕生日おめでとう!
そう言って、カチューシャを付けてくれたことを覚えている。亡骸と共に焼いたことも覚えている。
―――うん、やっぱりかっこいい!
そう言って、好きだと言ってくれたことを覚えている。陽葵姉は綺麗だって返したことも覚えている。
―――私とお姉ちゃんの前以外でしちゃだめだよ。三人だけの秘密ね。
そう言って、温かさで包んでくれたことを覚えている。流れる血に慌てたことも覚えている。
「ゆ、優大!?」「ど、どうしました!?」
二人の姿が歪んでいる。
その二人が慌てふためいたことで、ようやく自分が涙を流していることに気付いた。
顔を見られるのが恥ずかしいと思い俯いた。
そうして俯けば、二人の顔が見えないのが残念だった。
「あの、優大? 大丈夫? ボクたち何かしちゃった?」
「カチューシャ嫌でした? それならすぐ外しますから」
そうではない。二人は何も悪くはない。だが言葉に出すこともできず、ただ頭を振ることしかできない。
二人を抱きしめる。受け入れてくれたことが嬉しく、そしてこの想いをちゃんと言葉にしなければと思う。
「大丈夫、だから」
月の夜が窓から覗いている。
陽葵の名前と逆の意味。陽葵が死んだことを暗喩する名前。
―――陽葵姉。聞こえてるかな。俺、陽葵姉に伝えたいことがあるんだ。
「紬、疾風」
―――俺、友達ができたよ。
「ありがとう。最高の誕生日プレゼントだ」
―――きっと、二人とも親友だ。
これまで浅井と二人との関係をずっと書いてこなかったのがようやく書けてすっきり。
あと立川があのタイミングでメッセージ投げてないなら、多分浅井は本当に逢いに行ってます。
もう、ふらっと。
ちなみにすげー分かりにくいですが、カチューシャは、作中でさんざん言っていた「命短し恋せよ乙女」の伏線です




