レズカップルに追いつめられるのは好きですか? 3
二人が待つ席に戻れば、配置が変わっていた。
先程までは二人で向かい合って座っていたのが、今度は隣同士になって座っている。
飲み物を二人の前に置けば、立川が対面を指差しそこに座れと伝えてくる。拒否権なんてものはない。エプロンを外して席についた。
二人は口を湿らせるが、浅井はとてもそんな気にはなれなかった。これから始まるのは裁判だ。被告人は浅井優大。原告 兼 裁判官 兼 死刑執行人は立川紬および早乙女疾風の二名。弁護士を呼ぶという人権は無視された。
第一声は裁判官、立川。
「よし、まず死んで」
「ごめん示談って知ってる?」
解決策が物騒過ぎた。待て、まずは話し合おう。
浅井は考える。二人がこの場にやってきたのは、おそらく浅井のことが信じられないからだ。浅井にとっては既に解決したことが、二人にとっては未解決だからだ。どうすれば信じてもらえるだろう。あの時、スマホで写真を撮って二人を脅して平和を守る道が正解だったのではないか。
出来るわけがない。それこそ全面戦争待ったなしだ。冗談抜きで殺されると思う。
「……どうすれば信じれてもらえる?」
何も思いつかない。お手上げだった。
「……どうしよっか、疾風」
「私たちも、まず浅井君を見つけなきゃって状態だったので、何も考えてないんですよね……」
前提条件を詰めていこう。そうするとまず最初に、浅井にはどうにも気になる疑問があった。これを聞くともう引き返せないぞと頭の中の冷静な部分が言うのが分かるが、多分もう、既に引き返せないところまで沈んでいるんだ。今更だった。
体を前に倒し、声を潜める。
「……二人は、付き合ってるのか?」
対応は曖昧だった。二人して、あー、とか、うー、とか言いながら、どうしようかと目を合わせて悩んでいる。
「……誰にも言わない?」と、浅井と同じように声を潜めて立川が問う。答えを言われたようなものだったが、浅井は真面目な顔で頷いた。
「教室でも言ったけど、誰にも言わない。話す相手もいない」
「ここの人達はどうなんです?」
早乙女の疑問も当然だったが、これについても答えは出ていた。
「気付いているかもしれないけど、俺はここでは体のいいおもちゃだよ。そんなことを言ったらまぁ……」
もし二人の関係を吹聴すればどうなるか想像する。どうしてそれを知ってるのかに波及し、どうやってそれを教えてもらったかに連動し、そして教室で何を見たかを自供することになり、そんなことになってしまえば、
「俺が酷い目に遭うと思う」
珈琲を飲めば目が覚めるくらいには確実だ。
その言葉で二人は逡巡し、互いの目を見つめ合い、早乙女が頷いて、立川が再び珈琲を口に含む。
飲み込んだ。
「付き合ってる」
そうか、と浅井は思う。
「何、悪い? 女同士でとか思う?」
そうだ、とは浅井は思わない。
「どうでもいい」
「……は?」
「二人が同性愛者だろうが異性愛者だろうが、俺にとってはどうでもいい」
大変だろうと浅井は思う。そういうのを理解しないだけならまだいい。排除しようとする人間すらいるのだ。だから二人が隠そうとするのも理解できる。浅井が理解できないのは、そういう関係を排除しようとする人間の方だった。
少数派と少数派が出会って、しかもお互いを好きになるのは、きっと奇跡のような確率ではないのだろうか。
命短し恋せよ乙女。真実の愛、という言葉を浅井は想う。あまりにも照れくさいので口には出せないが、こう伝えるくらいはいいだろう。
「ただ、応援はするよ」
二人の動きが止まったのを見て、つい変なことを口走ったかもしれないと焦りを覚える。
そういえば、と思う。もう一つ、気になることがあるんだった。
焦りは脳に腹痛を起こさせる。脳の腹痛は下痢になって、口から勝手に洩れてしまう。
「ごめん、今更なんだけど」
聞くにしても、もっとタイミングというものがあるというのに。
どうしてか、この男は妙に間が悪い。
「二人の名前、教えてくれない?」
二人の中で急上昇していた浅井の株が大下落を果たす。勢い良く上に登っていた反動も手伝い、ストップ安を軽々突き抜けなおも下がる。
だって、しょうがないじゃないか。
浅井はもう、この二人を応援すると言ったのだから。
名前くらいは今すぐ知りたい。
やっと浅井がメインヒロイン二人の名前を覚えてくれます