レズカップルにお祝いされるのは好きですか? 5
Mondnachtのスタッフが増えた。
安芸と暁の復帰はいよいよ困難になったからだ。浅井の完治予定も理由の一つだった。
小鳥遊と市原は8月いっぱいという話だったが、継続して頼みたいという紗雪の要望を受け入れる形になった。
だがそうなると、浅井には一つ気掛かりが出来た。
「店長、この時間帯に入るの、全員同じ高校の2年なんですが」
「分かってる。分かってるわ……」
「修学旅行の時どうするんですか。全員いませんよ」
「その時は安芸さんか暁さんに助けてもらうわ。さすがに11月ともなればどちらかは余裕があると思うし。あ、でも3年生は受験が近いから来る人は少ないし、2年生も全員いないし。私一人で回せるかも」
「来年は受験で途中から全員いなくなりますよ」
「そこが問題なのよねぇ……」
頭を抱えていたが、浅井にもいい方法は思い浮かばない。
将来のことは将来の自分たちに任せることにした。
立川はそれをなんと表現するのか知っている。浅井に教えてもらったからだ。
問題の先送り、という。
将来、浅井は推薦で合格したので一応は解決の目を見るのだが、この時点ではそんなことを知る由もなかった。
二週間後のよく晴れた日曜日、セミの鳴き声を背景音に体育祭が始まった。
小仙上高校の体育祭は、全種目において学年の垣根がない。3年生の自由参加が認められているからだ。
3年生は「参加しとる場合かぁー!」と勉強に精を出すもよし。後輩が頑張る姿を肴にジュース片手に友だちと観戦に回るもよし。あるいは部活動を引退したにも関わらず「一丁揉んでやるか」と大人げなく短距離走に参加して、後輩たちから白い目で見られるのもよしだった。
「……暇だ」
そして浅井は、大変に暇であった。3年生以外の携帯電話や書物の類の持ち込みが禁止だからだ。
「いや、そこは仲間を応援しろよ」
「俺がそんなことをする人間に見えるか」
立川は浅井が熱烈な応援をしている姿を想像しようとしたが、全くうまくいかなかった。バイトの姿ならスムーズに出来たのだが。
今から変身させるか、と立川は思う。だがそうした所で中身が変わるわけでもない。というか下手すると女子にパニックが起こり浅井を中心に騒ぎが起こり、何かの拍子に浅井の怪我を悪化させるかもしれなかった。残念ながらこの案は却下だ。
「何出るんだっけ」
「私も疾風も全員参加の以外は男女別の二人三脚だけだね。疾風と一緒に走るよ。
障害物競走とかも勧められたんだけど……」
「だけど?」
「まぁ、その……、引っかかるからさ……」
そう言われて浅井の視線が下がって戻った。
「ああ、なるほど」
「どこ見た」
「いや、そんなこと言われたら見るだろ普通」
「ま、浅井ならいいけどねー」
ニシシと笑うが、それは決して嫌な笑い方ではなかった。スターターピストルの音が鳴る。二人の視線が運動場の方向へ向けられる。
「その早乙女は?」
「救護班だからあっちで待機中ー」
「それは立川も暇そうなことで」
「そうでもないよ。浅井といるからね」
浅井が立川を見た。立川も浅井を見た。立川の顔が赤くなっていくが、熱中症ではないだろう。
「……えっと、今のは変な意味じゃなくてね」
「無かったことにしてもいいぞ」
「えっと、覆水盆に返らず、じゃなくて、こういう場合はえっと」
「吐いた唾は飲めない」
「そうそれ! ……だから、取り消したりしないよ」
「……取り消してくれないと俺も恥ずk、あ」
「え、何?」
「次走るの、小鳥遊じゃないか?」
「あ、本当だ! おーい、たかちー!! 頑張れー!!」
視線の先、小鳥遊がこちらに手を振った。
スターターピストルが鳴れば、小鳥遊の独走だった。長い髪をなびかせながら、華麗にゴールテープを切る。市原は彼女の活躍をちゃんと見ていただろうか。
「うわはっや。やっぱ背高いと短距離速いのかな?
どう思います? 背が高くて足の速い浅井選手」
「陸上は詳しくないから分からんが、見た目通りストロークは長いからそうかもな」
「足が長いって自慢?」
「なんでだよ。そういう立川はどうなんだ。速いのか?」
「普通くらいかなー。でもあまり走りたくはないね」
「そうなのか? 得意じゃなくても走るのは好きそうなのに」
そう言われた立川は浅井から顔を背け、小さな声で答えを返す。
「……揺れて痛いんだよ」
再び、浅井の視線が下がって戻った。本人からの許可も出ているので今度は遠慮せず。
「そりゃ大変そうだ」
「全くだよ。だからもっと優しくしてね」
立川が言ったのは、普段から優しくしてねという意味でだった。
だが会話の流れ的に、浅井には「胸が揺れて痛いから優しくしてね」としか取れなかった。
「こんな場所で妙なこと言うな」
「はい? ……あっ!? 変なこと考えてんなよっ!」
その言葉と共に、立川の張り手が浅井の背中に叩き込まれた。その衝撃は右腕にまで伝わり、声も出せずに浅井は一人悶絶する。
「あ、ごめん」
復活には長い時間がかかった。
ピストルが三回鳴るだけの時間が経ち、ようやく浅井の意識が痛みから現実に帰ってくる。
「えっと、浅井、今日もお昼はパン?」
誤魔化したなこいつ、と浅井は思うが妙な勘違いをしたのは自分だし、そもそもこの右腕の骨折は自分が立川に手を上げたせいだった。叩かれても仕方がないと納得することにした。
「今日は弁当。紗雪姉が張り切って作ってくれた」
「あ、じゃあ今日も一緒に食べようよ。紗雪さんがどんなお弁当作ったのか興味ある」
「親とかはいいのか?」
「あはは、もう高校だよ。見に来たりしないって。精々中学まででしょ。浅井の親は来てるの?」
「見学している息子の何を応援しに来るんだよ。
ああ、でも紗雪姉は来てるはず」
「あ、私も見に行くって聞いてる。でもどこいるんだろ」
二人して運動場を見渡すが、それらしき姿は見えなかった。
紗雪の話をしていたせいだろう。立川は、あることを思い出していた。
お盆休みのこと、空手の大会で知った浅井優大という男の子のことだ。急に気になり始めた。
「……ねえ、浅井」
「なんだ」
「空手やってた?」
「……ああ」
「……そっか」
何を言えばいいんだろう。聞いたはいいが思いつかない。
「なあ、立川」
「何?」
「空手、やってたか?」
「あ、うん。……知ってたの?」
「盆にトロフィー見てたら思いだした」
「あはは、私も盆休みに。ひょっとしたら、同じタイミングで思いだしたかもね」
「かも知れん。結局一度も手合わせ出来なかったな」
「まあそういう大会だったしね。どっちが勝ったと思う?」
「分からん。……が、先取するのは立川だっただろうな」
「なんで?」
「当時の俺は『女の子が相手だなんて、怪我をさせたらどうしよう』なんて慢心しただろうからな。そしてその隙を付かれてから、やっと本気出すんだ」
「今の浅井からは想像できないや」
また少し、空白の時間が訪れる。浅井が投げるボールを変えようとしているからだ。
「なあ、立川」
「何?」
「暇じゃなくなったよ。立川がいるからな」
立川の顔が真っ赤に染まる。この野郎めという目で見てくる。立川がこうなることが分かっていて、そんな言葉を使ったのだと。
「……わざとだろ」
「当たり前だ。そうじゃないなら言えるかこんな台詞」
先ほどよりも短い時間だったが、浅井は再び悶絶することになった。
もう終わったことだ。だからこんな風に話せる。
空は蒼く、雲一つない。もしUFOが飛んでいたら丸見えだから、つまりこの空にUFOなんて飛んでいないのだ。
UFOが飛んでいないのなら、立川が考えていることをUFOが受信して、それを浅井に送るなんてこともないのだ。
『ボクの初恋相手、浅井だったんだよ』
もう、終わったことだった。
一気に体育祭イベント消化です
しょーがねーだろ怪我してんだから




