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レズカップルにお祝いされるのは好きですか? 3

 そうだ、席替えする?


 地獄坂の何気ない一言で、教室は沸いた。一学期の間は一度だって行われなかった大イベントだ。高校生と言えどもまだまだ子供。出会いの機会は多ければ多いほどいい。大の大人だって合コンの席替えで大盛り上がりするのだ。高校生が喜んで何が悪いのだろうか。


 何よりもこの時、全員の心は一つだった。正確には、浅井以外の心がだが。

 やっと浅井があの席を離れる(前のドアが使える)、と。


 移動の直後、浅井の後ろから「黒板見えねえ!」という言葉が発せられた。浅井の後ろに座った生徒からだった。

 席替えによって浅井が移動した先は、よりにもよって中央最前列である。180cmを超える長身が、まるで城壁のように黒板への視線を遮っていた。暗黒門番から暗黒城壁への転職だった。

 結局、その時中央最後尾に座っていた生徒の意見具申で、浅井は中央最後尾に移動させられた。


 だから今、浅井の目の前にこの女生徒がいるのは自然なことなのだ。

 背は低く、胸は大きく、暑がりで、プリーツスカートにスパッツを合わせている。浅井がよく知る一人の生徒であり、浅井のことをよく知る一人の生徒だ。後ろからブラ紐が見えているのが目に毒だと浅井は思う。一ヶ月近くもの間、同棲でもしているような生活をしていたのに全然慣れない。


「よろしくね、浅井」


 立川(つむぎ)は、後ろを振り向いて笑顔でそう言った。

 浅井は頷くだけだった。




 浅井、ネクタイしてないじゃん?


 きっかけは、立川のその一言だった。

 ロングホームルームは少し早めに終わり、地獄坂の呼び出し時間の昼休みまではまだ少し時間があった。時間まで本でも読むかと思ったその矢先に言われたのだ。

 片手で結ぼうとしたがさすがに未経験の領分だ。努力はした。あえなく登校時間(時間切れ)となったが。

 三角巾で目立たないので気付かれないならそれでよし。もし教師にそれを指摘されたら、その教師に付けてもらおう程度に考えていた。


「持って来てる? 鞄の中? 出していい?」


 何をする気だ、と浅井は思う。


「私が付けたげる」


 それが悲劇の始まりだった。浅井は片手でネクタイを結んだことはない。そして立川はそもそもネクタイを結んだことすらない。


「え、あれ? ここがこうなって、ここに通して……あれ?」


「立川。もういい。気持ちだけで十分だ」


「いや待って。もうちょい、もうちょいで出来ると思うから」


 目の前でかがんでいるので、制服の胸元から深い谷間が丸見えだ。目線が吸い寄せられそうになるのが困る。

 そんなことをやっていると、立川を呼ぶ声が聞こえた。牧だ。


「あれ、いない? 声がしたと思ったんだけど」


「まきちーこっちー」


「え? どこ……うわっびっくりした! え、何やってんの立川?」


 椅子に横向きに座る浅井の腕の中、すっぽりと収まるように立川は収まっていた。牧が気付けなかったのも無理はない。


「いや、浅井がネクタイ結んでないからさ、結んでやってるとこ」


「家の人にやってもらわなかったの?」


「浅井ん家、週末にしか返ってこないから」


「ふーん。……なんで立川はそんなこと知ってんの?」


 立川の動きが止まった。それはもう見事にピタリと。

 汗が浮かんでいる。暑さのせいではないと浅井は思う。


「俺が教えた。同じことを聞かれたから」


 牧が目を(しばたた)かせる。よもや浅井から返事があるとは思わなかったからだ。

 ほぉーん、と気のない返事を返すが、牧の心の中は興味津々だった。思い出したのだ。そういえばこの二人、同じ職場で働いてたな、と。


「……浅井、普通に話せるんだね」


「……俺を何だと思ってるんだ?」


 暗黒門番です、と牧は心の中で答える。よもや間違っても本人には言い出せない。席替えで先程その職を辞してもいることだし、と。では元暗黒門番か。


「いや、なんか話しかけてもあまり会話が弾まないと思ってたからさ」


「ああ、人と話すより本の続きを読みたいから、その意見は間違っていない」


「思っててもそれ口に出すかねこの男は……。じゃあ今続けてるのは?」


「……この状態じゃ本が読めない」


 浅井の目の前には立川の身体がある。いくら立川が小さいとはいえ、確かにこの状態では読書の体勢にはなれないだろう。

 その言葉で何をやっていたか思い出したのだろう。立川の動きが再開する。あーあー間違ってると牧は思う。自分が出来ることを他人が出来ないでいると、ついつい手を出したくなる。


「立川、代わろっか」


「いや、私がやる」


 反射的にそう答えていた。牧の言葉を聞いた瞬間、牧が浅井にこういうことをするのは嫌だな、と思ったのだ。そう思った時には返事が口から出ていた。


「あ、いや、ほら。ここまでやって代わってもらうってのはなんかさ、悔しいじゃん?」


 言い訳だと立川は思う。どうにかして自分が続ける理由を捻出しようとしていると。どうしてそんな風に取り繕っているのか、自分でも気付かずに。


「んー。じゃあ教えてあげるから言う通りにしてみ。それならいいっしょ?」


 立川が承諾し、更に10分ほどの格闘を経て、ようやく浅井の首にネクタイが結ばれた。割と歪んでいる。まぁ初めてならこんなもんでしょ、というのが牧からの評価だった。


 昼休みのチャイムが鳴る。地獄坂からの呼び出しにはなんとか間に合った。いつの間にか早乙女が側にいて少し驚く。


 そういえば、と浅井は気付いた。

 こいつ、俺や早乙女以外のやつが周りにいる時の一人称は『私』なんだな、と。

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