レズカップルにお世話をされるのは好きですか? 9
浅井は久々に、実家の自分の部屋に戻っていた。
以前に戻ったのは正月だが、あの時はずっとリビングのコタツの中で本を読んでいた。そのせいで、余計に久しく感じられる。
ベッドに座る。足側を見れば何度も増築されているのが見て取れる。
中学一年生の誕生日、好きだと告白された。お祝いだと、3つ年上の恋人とこの場所で交わって互いの初めてを交換した。知識も何もなくて、ただその気持ちよさに夢中になった。
多分、それが原因だろうと浅井は思う。その後から急激に背が伸びたのだ。性的経験による成長ホルモンの増進。背が伸びたなと言われるたびに、性交を思い出して恥ずかしく感じた。
棚を見れば、過去の栄光が形になって並んでいる。
トロフィーだ。並んでいるのは全部で四つ。学年・男女別の県内大会優勝トロフィー。
空手で取ったものだ。小学四年生から四年連続で優勝したことを示すトロフィーがそこに並んでいた。
浅井優大に无二打。師が使っていた浅井への褒め言葉を思い出す。
虚無の栄光だと浅井は思う。
だって、一番肝心な時に、何の役にも立たなかったんだから。
立川が思い出したのは、紗雪とよく似た女生徒の写真だった。
「私もちらりと見たことあるけど、紗雪さんには姉妹もいないって言ってたし、従妹とか?」
「もしかして、浅井の彼女じゃないかなって思わない? 3コ上なら今大学生だし、遠くの大学とか」
「ああ、だから紗雪さん、浅井君は私たちに手を出せないって言ってたのかもね」
立川達の入学と入れ違いに卒業してしまったのなら、見かけることがないのも当然だ。
だから二人は今、二年前の卒業アルバムを調べている。
立川がコンドームを持ってきた時、値段なんか知るかと言ったのを思い出す。
嘘だ。大嘘だった。中学一年生のちっぽけな小遣いで買ったのだ。こんなに高いのかと戦々恐々としたのを今でも覚えている。この部屋を探せば当時買ったものが見つかるんじゃないかと浅井は思う。自分が妊娠させてあの人の将来を滅茶苦茶にしてはいけないと、一丁前にそんなことを考えていたのを思い出す。
馬鹿じゃないか。
それらしき人物はすぐに見つかった。
3年3組。当時の担任は地獄坂光。奇遇にも自分たちの担任教諭だ。
顔写真が並んでいる。このクラスには「あ」から始まる人物がいなかったのだろう。「い」から始まっている。
出席番号1番。
今泉陽葵。
自分の目がおかしくなったのではないかと立川は思う。もしそうなら、きっと勉強のやりすぎだ。
3年生のクラスなのに、たった一人だけ、今泉陽葵は2年生のタイを結んでいる。
馬鹿じゃないかと浅井は思う。
もし浅井が陽葵を妊娠させていたら、あんなことにはならなかったかもしれないのに。
将来が滅茶苦茶になってもいい。
それでも、生きていてくれる方が浅井は嬉しかった。
右腕が痛む。幻痛だと浅井は思う。3年前に骨折した時も何も痛みを感じなかったのだ。
3年前のあの日。
居眠り運転のトラック。
浅井は急に突き飛ばされた。
地に倒れ、赤い血が広がる中心にいる陽葵が見える。
右腕は折れているのに、痛みなど露ほども感じられない。
立川たちは集合写真を確かめてみる。
3年3組の卒業式集合写真。クラスメイト全員が写る写真がある。
ただし、今泉陽葵だけ、やはり彼女だけは2年生のタイを付けて、右上の窓枠で微笑んでいる。
そしてやっと、自分たちが誰を調べていたかを理解出来た。
紗雪が姉妹はいないと言った意味を。
あんな広い部屋に、浅井が入学するまで一人で暮らしていたことの違和感を。
浅井の部屋に写真があった理由を。
紗雪がどうして、浅井は大丈夫だと太鼓判を押したのかを。
立川は唐突に思い出した。浅井優大の名前。どうして忘れていたのか。立川はその名前を知っている。
空手だ。学年・男女別の県内大会で、立川は四年連続で優勝している。小学四年生からの快進撃だ。そして男子の部の優勝者も四年連続で同じ人物で、いつも自分と同じくらいの背丈の男の子だった。
彼の名前は、浅井優大だ。
三年前の県大会。身長が伸びず勝率に悩み、もう空手をやめようかと思っていた矢先。あの男の子に相談してみようかと思っていた。去年も自分と同じくらいの身長だったからだ。でも彼は、エントリーすらしていなかったのだ。
それを知った時、立川の心はそこで折れた。それを慰めてくれたのが早乙女だ。その時から、二人の秘密の関係が始まったのだ。
三年前、だ。
だから浅井は、三年前に大会に出ていなかったのだ。
右腕が痛む。もはや幻痛などではないと分かる。
頭では理解していた。自分の恋人は、浅井の目の前で死んだのだと。
心では理解していなかった。自分の恋人は、浅井の目の前で死んだのだと。
ひどく痛む右腕が、3年前のことを克明に思い出させてくれていた。
月の夜はまだ見えない。陽葵を忘れないための名前。陽葵と逆の意味を持つ名前。だが確かに、浅井は月からの声が届いていた。陽葵の声で、今度はちゃんと受け入れてね、と。
ああ、やっと―――。
浅井優大の心は、今泉陽葵の死を受け入れることが出来たのだ。
命短し恋せよ乙女。
人の心は、人の命は、たやすく手折られてしまうのだから。
――――――第三章 完
これにて三章も終了です。
伏線の大部分を一気に回収回。
伏線ってちまちま回収するパターンと一つの設定に対して、貼りすぎてせいで網を引っ張るみたいな感じでごっそり回収するパターンあるよね。私は後者の方が好きです。
四章はまーなんというか一言でまとめるのが難しいというかまとめ編って感じです




