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レズカップルにお世話をされるのは好きですか? 8

 火柱が上がった。

 早乙女の目の前でだった。一瞬で消えたのは幸いと言える。


「あさ、あああさいくん……」


 突然の恐怖に早乙女は涙目だ。無理もないと浅井も思う。髪などに燃え移ってないのを確認して一安心した。

 油が跳ねて火に落ちたんだろう。初心者ならたまにやらかすと早乙女をなだめた。……もっとも、浅井は火柱など立てたことはないが。


 火が消えなかった時にはマヨネーズを投げ込むのが正解だったろうかと、浅井は記憶の引き出しを漁り始めた。




 立川に勉強を教えるのに合わせて、早乙女には料理を教えることになった。

 浅井が料理を出来ない以上、レトルトや冷凍食品、あるいはインスタント麺に頼るしかない。それか外食だ。


 前者の三つは早乙女が拒んだ。

「そんな栄養バランスを考えない食事を(つむぎ)ちゃんには食べさせられません……!

 胸が(しぼ)んで背が伸びたら、浅井君に責任が取れるんですか?」

 と。


 最後の外食は浅井が拒んだ。

「外に出る暇があれば何問解けると思ってるんだ」

 と。


 早乙女が料理中なら、立川が早乙女に逃げることも出来ないだろうという目論見もあった。


 三人全員に利があるのだ。


「……あれ、ボクの意見は?」


 ……三人全員に利があるのだ!




「……なぁ、バイトに行かないのに髪をセットする必要はないんじゃないか」


「私たちのストレス解消です」「ボクたちのストレス解消」


 少しは飴も必要か、と浅井は諦めた。




 浅井が解き方を記述していくのを見て、ようやく立川が気付いた。


「……あれ、浅井って左利きだったっけ?」


 そんなはずはない。今までは右手で文字を書いたり箸を使っていたと思う。そういえばご飯は左手で食べてる。あまりにも自然に食べてたから気付けなかった。


「ああ、右腕がこうなるのは二度目。前に書けるようになったんだ。箸だって使えるよ。

 三年ぶりだけど、意外と使えるもんだな」


「ふーん。じゃあ二学期はじまっても、ボクたちがノートを取らなくても大丈夫かな」


「自分の成績の心配してろ」


 あっかんべーだ。

 半分は安心して、半分は残念だと思った。

 そう思った後に、いったい何が残念と思ったんだろうと内心で首をかしげていた。




 二人が解放されたのは土曜日だった。紗雪が帰ってくるからだ。

 そして日曜日にまた合流し、紗雪は月曜朝の仕込みのためにまた泊まり込みに向かった。

 夏休みなのに大人は大変だと立川は思う。ついでにもう一つ思ったことがある。


「ねえ浅井。昨日は紗雪さんにお風呂で洗ってもらったの?」


 ノーコメント、と言われた。答えているようなものだ。この正直者め。




 三人は殆ど一緒にいた。数日に一度、浅井が図書室を目当てに学校へ向かうので、その間だけは二人のハッスルタイムだ。浅井は一応釘を刺してはいたのだが、残念ながらその釘が刺さっているのは(ぬか)だった。

 そんな生活が二週間続いたが、空白期間が訪れる。

 お盆休みだ。


「浅井君と紗雪さんも実家に帰るんですよね?」


「ああ。立川達にも用があるかもだし、課題は出さないでおくか」


「た、助かった……」


「やっぱり少し出しておくか」


「やめろ~! やる時間があるかも怪しいんだぞ~!」


 それもそうか、と発言を撤回した。


「そうだ浅井。学校の図書室ってまだ開いてるかな?」


「うん? ……確か、明日まで開いていたはずだ。

 でもうちの図書室、参考書なんかは置いてないけど」


「誰がそんなもん借りに行くか!?

 浅井さ、暇さえあれば本読んでるじゃん。この家テレビないし」


「まぁ、そうだな」


「面白いのかなーって。なんかお勧めある?」


「ほう!」


 凄く嬉しそうな笑顔だった。

 5月に知り合ってすでに3ヶ月が経つが、こんな笑顔を見るのは初めてだ。

 こいつこんな顔で笑えるんだな、という新発見だった。


「それなら四月から気に入っている作者がいるんだがな、ああ、名前はスマホにメモしておけ。忘れたら司書に俺の名前を出して聞けば教えてくれると思う」


 そして怒涛の勢いで話し出した。こんなに話をするのを見るのも初めてだ。

 こいつこんな風に話せるんだな、という新発見だった。




 そして翌日。

 立川と早乙女は揃って学校にいる。制服に袖を通すのも久々だった。

 今日は浅井とは会えなかったが、紗雪から本日の浅井コーディネート写真が送られてきていた。上手い、と二人共に思う。年季だろうか。それとも本気度の違いか。

 早乙女達にとって浅井の髪は玩具だが、紗雪は浅井本人をそういう風に見ていない。そんなことは2ヶ月も一緒に働いていれば否が応でも気付ける。

 だが果たして、当の浅井は紗雪の気持ちに気付いているんだろうか。というか紗雪もよく自分たちが止まることを了承しているなとすら思う。

 嫉妬しないんだろうか。

 それとも自信の表れか。

 まさか自分たちの関係に気付いているから余裕があるのでは、というところまで疑心が沸いて、そこまで疑うものではないなと思い直した。


 浅井の言う通り、図書室は開いていた。司書もいる。図書室に来ることは滅多にないから、どこに何があるのかすら分からない。素直に場所を聞こうと思う。


 その瞬間、立川は忘れていたことを思い出した。


 浅井のことを考えていた。


 紗雪のことを考えていた。


 そして図書室なら、あれがあると思ったのだ。

 立川は、浅井に教えてもらった作者の名前とは別のことを聞いていた。


「卒業アルバムって、どこにありますか?」

三章は次回で終わりになります。

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