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レズカップルにお世話をされるのは好きですか? 7

 カゴを手に取ってすぐに、浅井は自らの失敗に気付いた。右腕は使えないので左手で持つしかない。そして左手が埋まるので商品を手に取ることが出来ない。毎回床に下ろさねばならないのが地味に面倒だった。


 時刻は10時に近い。もう食べなくてもいいんじゃないかと頭では思うが、腹の虫はそうは思ってくれなかった。何でもいいから早く食わせろとアピールに余念がなく、このまま横になってもシュプレヒコールで安眠するのは困難だ。


「ねえねえ浅井~」


 立川だ。コンビニ到着の直後に離れていったのが、何かを手に取って戻ってくる。大きさからしてお菓子だろうか。両手で、浅井にも分かるように顔の前に持ってきて商品を見せてくれた。


 コンドームだった。


 何持ってきてんだこいつと思うが、当の立川は首をかしげて疑問を呈した。口元がコンドームの箱で隠れている。実は笑っているんじゃないかと浅井は思う。


「コンドームって、スーパーでもこんなに高いのかな~?

 値段を見たの初めてだけど、枚数は少ないのに思ってたのより高くてびっくり」


「俺が知るか! ああもうカゴに入れるんじゃない!」


 なんでコンドームでお菓子をカゴに入れる子供とその親みたいなやり取りをしなきゃいけないんだ。


「え、でもエチケットっていうか、オトコノコって出さないと大変なことになるんでしょ? 浅井その手で出せるの?」


「そんなことまで手伝わなくていいから」


「まぁまぁ。疾風(はやて)には秘密にしておいてあげるからさ」


 早乙女は隣で聞いているのだ。秘密も何もない。

 さっきから無言なのが怖かった。



 もう一つの不便は、すぐに発覚した。財布から硬貨が出しにくい。


「……早乙女、代わりに出してくれ。いや、俺の財布からで」


 早乙女が自分の財布を取り出していたが、伝え方が悪かった。

 立川はまたどこかに行っている。今度は何持って来る気だあいつ。


「あ、お財布も変えたんですね。……あの」


 そう言って、財布の前で手が止まる。浅井には理由が分からない。


「……また怒ったりしませんか?」


 自業自得だ。

 宇宙からの電波が、そう教えてくれた気がした。


「……ああ、うん。もう大丈夫だから」




 会計も問題なく終わり、袋を手にレジから離れた。あとは立川が戻ってくるのを待つだけだ。


「早乙女」


 立川はまだ戻ってこない。


「あの時は、悪かった」


 いつの時かなんて言うまでもない。先のやり取りで二人は同じ日のことを思い出している。

 首を振られる。


「いいんですよ、もう」


 待っているのに気付いた立川が近付いてくる。


「話せるようになったらでいいんで、いつか理由を教えてくださいね」


 ああ、いつか。


 受け入れられる日が来れば。

 あの日が近付いてくる。

 もうすぐ3年が経つ。

 よりにもよって、あの時と同じ右腕を再び骨折しているのだ。


 この怪我だけは、宇宙からの電波によるものが原因ではないと浅井は思う。

 きっとあの星からのメッセージなのだ。同じようにしてやったんだから、今度はちゃんと受け入れろと。


 空を見れば、月の夜(モーントナハト)が広がっていた。







 浅井を風呂に叩き込んだ。二人は客なんだから最後でいいと言っていたが、女の風呂は長風呂だ。

 抵抗するなら三人で一緒に入ってやるぞ、と脅せばようやく従ってくれた。


 立川がいるのは浅井の部屋だ。着替えを持って行かないと。浅井で遊んでいたので、服や下着がどこにあるのかは知っている。男の子の下着がどこにあるのかを知っているなんて、いったい自分たちはどういう関係なんだろうと思うとおかしくなる。


 主のいない部屋にも関わらず、浅井の匂いが感じられる。


 騒ぐ声がお風呂場の方から聞こえる。きっと早乙女が突撃したのだろう。常日頃からいじられているにも関わらず、浅井の髪は実に状態がいい。いつか洗ってみたいと言っていた。もちろん単なる興味本位で、そこに恋愛的な理由は皆無だろう。立川だって興味があった。


 机の上に本が置いてある。分厚いハードカバーだ。タイトルは英語で読めない。中を開けばこれも英語で、これを見てしまった立川は自分の眼がつぶれてしまうのではないかと思う。英語で書かれた小説を読む高校生が実在したことに恐怖する。


 その隣に写真立てが二つ伏せられていた。今まで机の上を気にしたことがなかったので気付かなかった。


 見てみたい。

 あまりにも無造作に置かれていたので、立川はついそう思ってしまった。

 どうして伏せられているのか、その意図に気付くこともなく。


 一つ目には、紗雪の写真が入れてある。若いころの写真だろう。小仙上(こせんじょう)高校の制服を着ている。小仙上高校の女子制服はタイの色で学年が分かる。自分達と同じ2年の色だ。

 やっぱ付き合ってんじゃんこの二人、と立川は思う。ひょっとして、紗雪はこの服を着て浅井と致した経験があるのではないだろうか。


 首の奥がグズリと痛む。


 そんなわけがないじゃないか。何を考えているんだ。恥を知れ立川(つむぎ)

 胸が締め付けられて、一通り自分自身を罵倒する。心の中で浅井に謝った。


 もう一つには誰の写真だろう。この分だと紗雪と浅井のツーショット写真だろうか。それとも浅井の両親か。


「……え?」


 自分の目がおかしくなったかと立川は思う。もしそうなら、今日は泣きすぎたのがきっと原因だ。

 写真に写っているのは全部で三人。


 一人は紗雪だ。やはり小仙上高校の制服を着ている。タイは1年の色だ。


 もう一人は多分だけど浅井だ。見たことのない学生服で、制服を着た紗雪よりも背が低い。制服も着慣れていないようで、中学一年生の入学式の写真じゃないかと立川は思う。


 そして最後の一人、問題はこの一人だ。

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 ……違う。こっちが紗雪さんだ。


 だって年齢が合わない。浅井が中学一年生なら、紗雪が高校一年生なわけがない。

 最初に制服姿の方を見たからだ。そのせいで勘違いをした。

 よく見れば制服を着ている方は紗雪ではない。紗雪ではないが、よく似ていた。

 浅井と紗雪の家族構成はどちらも知っている。浅井が紗雪の家に世話になっていると知った時に教えてもらったからだ。


 もしかして、浅井はご両親を亡くしているのではないかと。

 時折見せる妙な激高は、そのせいではないのかと。


 結論から言えば、その考えは杞憂だった。二人とも両親は健在で、そして二人とも兄弟姉妹はいないのだと紗雪の方から教えてくれた。



 それでは、この紗雪によく似た女性はいったい誰なのだろうか。

 こういうのを何というのか、浅井に教えてもらった。

 まるで、狐につままれたような気分だ。




 命短し恋せよ乙女。

 宇宙からの電波は、立川(つむぎ)には届かない。

ようやく二章最終話のあとがきで言っていた通り、同棲編です。


立川や早乙女は浅井に恋愛感情がないっての、ここでようやく始めて明言したような……。

これ、もっと早く出すべきだったかなとは思うのですがこれだけ経過してなお恋愛には発展していないという意味でひとつ……。

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