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レズカップルにお世話をされるのは好きですか? 4

 息が、できない。


 浅井は無表情だ。


 一息に話している最中だった。肺の中、酸素はほとんど残っていない。

 ぶらりと浮かんだ身体には力が入らない。なんとか両腕で浅井の右腕をつかんでも、びくともしないどころか余計に力が強くなっている気がする。


 浅井は無表情だ。


 腕を必死に動かせば、袖がめくれ、浅井の肌に立川の爪が引っかかった。

 傷跡だ。

 大きな傷跡が、肘の奥から続いている。

 そういえば、と。命の危機にも関わらず、能天気に別のことを考えた。

 浅井はいつも、長袖を着ている。

 もう夏だというのに、学校でも、バイトでもだ。

 半袖の場合もあるが、それでも右腕は常にアームガードでおおわれていた。

 水着を買いに行ったあの日、上着を返す時に大きな傷痕が目についた。

 気になった。だけど、触れて欲しくなさそうだと思ったから何も聞かなかった。


 ()()()()()()()


 あの時は気付いたのに、なんで今回は気付かなかったんだろう。涙が出てくるのは苦しいからか、それとも浅井を怒らせてしまったことを後悔しているからか。


 浅井は無表情だ。


 この顔を、立川は覚えている。

 浅井に自分たちの関係を見られた日。浅井と自分たちが秘密を握り合った日。あの時、財布を取り出した時の表情だ。


 視界の端が暗くなっていく。



 手に力が入らない。




 意識が眠くなっていく。





 瞼が落ちるのが分かる。






 ()()()



 そして、唐突に地面に押し付けられた。


「ゲホッ! カフッガフッ!? バホッガホッ!!」


(つむぎ)ちゃん!? 大丈夫、しっかりして!!」


 早乙女だ。立川を守るように、上から覆いかぶさって立川の身体を揺さぶっている。

 目が開く。浅井の右腕は、もう喉を掴んでいない。呼吸ができる。


 浅井だ。浅井がどうなったのか、立川は無性に気になった。

 今はもう無表情じゃない。酷く動揺しているのが立川にも分かる。顔を真っ青にしている。左手で目元を隠すように覆う。困った時やどうしようもない時に浅井が見せる癖だ。

 よかったと立川は思う。あれはもう、元の浅井に戻っている。


 そして気付いた。早乙女はひどく錯乱していて気付いていない。浅井も多分、あの様子では気付いていない。自分のことなのに。こういう時は鈍い奴め。


「あ゛ざい゛」


 声がちゃんと出ないのが腹正しい。でも伝えないといけない。

 こうなったのは自分のせいなのだから。浅井を怒らせたせいだから。


「紬ちゃん!? どうしたの、ねえ!」


()()


 今度はちゃんと声が出た。右腕という言葉に、ようやく早乙女と浅井がそれを見る。

 最初は立川の右腕を見た。どうにもなっていない。

 次に早乙女の右腕を見た。どうにもなっていない。

 最後に浅井の右腕を見れば、どう見ても、曲がってはいけない部分で曲がっていた。


 なんで浅井、あれで平気そうなんだろ。




 綺麗に折れてるねー。整えるから伸ばすよー。結構痛いから我慢してねー。……君凄いね、大の大人でも痛がるのに全然平気そうだね。まず添え木ね。ギブスの固定は一週間くらい様子見てからだからその頃にまた来てね。この凄い傷どうしたの? 前も同じところ骨折したの? 三年前? その時のかー。それじゃあお大事にねー。


 病院から出ると、バイトの開始時間はすでに超えていた。

 今日のシフトは浅井と、珍しく安芸と、浅井に思い出せるのはそこまでで、あとはどうだったか分からなかった。


 スマホを取り出そうとしたが、持っていないことに気付いた。あの後、錯乱する二人が大慌てで病院に連れ込んだからだ。部屋に置きっぱなしになっていた。


「浅井君、今日は、というか治るまでバイトはお休みでいいそうです」


 早乙女が教えてくれた。目はまだ少し赤い。そういえば、途中で一度席を外していた。その時に連絡をしていたのだろう。


「ただ、紗雪さんが三人ともお店に顔を出すように、と」


「そうか。じゃあ行くか。……あ」


 気付いた。スマホもだが、財布もパスケースも持ってきていない。治療費は住所を伝えたら、次に来た時にまとめて払えば大丈夫だと言われたが。


「あ゛ざい゛~~~!!」


 立川が泣きじゃくりながら飛び込んでくる。今まで我慢していたようだったが、とうとう決壊の時を迎えてしまった。


「ごめ゛ん゛~!ボグッボグの゛ぜい゛でっげっがっ」


「すまない立川。落ち着いて泣き止んでくれ。何言ってるのか全っ然わからん」


「う゛う゛う゛~~~!!!」


 あと周りからの視線がすごく痛い。違うんです。これは痴情のもつれとかじゃないんです。本当です信じてください。

 今日はバイトがあるからと、先に髪をセットされていたのが地味に致命的だ。いつものように前髪で視線を隠すことができない。視線が顔に刺さるのをビンビンに感じてしまう。


「さっ、早乙女! 助けてくれ! 泣く子には勝てん!」


 そう救いを求めると、何故か冷たい目で返された。


「紬ちゃんに先に酷いことしたのは浅井君なんですから、今度は紬ちゃんに浅井君が酷い目に遭わされてください」


 自分でも言ってることに全然納得してない顔じゃないか。本当、誰かどうにかしてくれ。

ようやくサブタイトルの回収条件を整えれました

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