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レズカップルに押しかけられるのは好きですか? 5

 焼いてもいない食パン一枚をカフェオレで流し込めば、浅井の朝食は終了した。普段はもう少しまともな内容なのだが、昼も近く、同時に面倒だった。早乙女は何を食べたんだろうと訊ねてみれば


「えっと、食パンとジャムとヨーグルトに、あとは目玉焼きにベーコンです。浅井君の分はどうしようかなってなりましたけど、いつ起きてくるか分からなかったので」


 食べたものを指立て数えながら答える早乙女を見て、結構しっかり食べていると思う。好きにしていいと言った覚えはあるし、浅井が頼んだのも珈琲だけだ。用意されてなくても構わなかった。


「お休みの日は、いつもこんな時間に起きてるんですか?」


 眠気の残滓が欠伸になって口から出て行く。


「いや……ちょっと本がいいところだったんで、つい最後まで読んだらもう遅くてなぁ」


 本当だ。別に裸を見たこともある上にさっき押し倒したら受け入れられた同級生女子が一緒の家に寝ているせいかどうにも眠れなくて、どうにかしようと読みかけの本を開いたら、読み終わる頃には午前4時を回っていたということを言わないだけだ。そのくらいの見栄と分別は浅井にもあるのだ。


 普段の睡眠時間より2時間ほど短いが、若いし大丈夫だろう。


「それで浅井。ボクになんか言う事はないのか」


 仁王立ちで立川が立ちはだかる。当然ながら私服で、その姿がインプットされた浅井の脳は妙な方向にアウトプットした。

 すなわち、女子の私服姿を見たのだから、感想を求められていると考えた。


 立川の姿を改めて見る。白のタンクトップにデニムのショートパンツ。七分袖のジャケットは胸を強調するかのように乳の下へと回り込んで、その場所から下のボタンだけが使われていた。


 早乙女の姿を改めて見る。白のシャツに紺のロングスカート。立川とおそろいのジャケットは普通の着方をされている代わりに、スカートのウエストが長いタイプで、シャツの裾を飲み込み胸下まで伸びていた。


 シルエットは異なるものの、二人が同じ色で合わせてあるのはさすがに浅井にも分かった。どうやって同じジャケットで揃えたんだろう。立川が家から持ってきたんだろうか。しかし口から垂れ流されるのは、それ以上に気になった部分だ。


「……二人とも、胸を強調しすぎじゃない?」


 正直な男だった。以前、立川のバイト服姿の時には言えなかったのにすらりと感想が言えた。多分、二人が一緒にいたからだと浅井は思う。


「何言ってんのどこ見てんの何でそんなこと言ってんの!?」


 立川の顔が真っ赤に染まる。はて、自分は一体何を間違えたのだろうかと不思議に思う。


「……てっきり、私服の感想を求められているのかと」


「そんなんいらねーし! それはもう疾風とやったし!!」


 名前が出たので早乙女を見れば、両手を胸の頂点に置いてから下げる動作で、


「こう、布が垂れてると太って見えるんですよ。胸の下で絞りを入れないと」


「……太って見えるくらいなら、胸を強調する方を選ぶ?」


「太って見えてもいいとか、胸を小さく見せたいって人もいるでしょうが、私たちはそうじゃないです」


 そうか、と頷いた。


「あと、女の子の服を見た時はですね、悪いところを言うんじゃなくて、良いところを褒めるものですよ」


 そうかー、と再び頷いた。


「……上着に、それとアクセサリーもお揃いなんだな」


 色も形も同じネックレス。それに気付いた呟きは、立川に胸元を抱くように隠されて返事とされた。


「どこ見てんのサイッテー」


 女の子は理不尽だ。




 朝からひどい騒がしさだ。女三人寄れば姦しいというが、二人でも十分に姦しいと浅井は思う。

 いや、女が二人に男が一人。このシチュエーションに相応しい漢字を浅井は知っている。

 (なぶ)る、という。


 箪笥を漁られた。ボクたちだけ一方的に評されるのは不公平だと立川に言われて。

 頭を(いじく)られた。服に合わせてセットするのは当然ですと早乙女に言われて。


 昨晩の話題になれば、「紬ちゃんなら絶対に浅井君のマッサージなんかに負けたりしません!」などと早乙女が言うもので、つい立川も「こい浅井! お前の責め苦なんぞに負けるようなボクじゃないぞ!」と言ってしまった。浅井は遠慮なく足つぼを押し始めるのだが、なるほど確かに早乙女のように悲鳴を上げない。たまに息を漏らしているが「まだまだぁー!」「もっとこぉーい!」などとプロレスでもしているかのような声で挑発してきた。


 本命。


 叫び声が上がった。驚くほど可愛くない声だった。

 やっぱり、こいつも肩こりには悩まされてるんだなぁと浅井は思う。早乙女よりも酷い痛がり方をしていた。


 昼前になると、バイトまでデートしてくるとの言葉を残して二人が出ていった。

 浅井はつかの間の静寂と平穏を噛みしめ、そして朝に洗濯機を回していなかったことを後悔し、バイト前に一通り掃除をしようと各部屋を回れば、早乙女が泊まった部屋にボストンバッグが一つ増えているのに気付く。



 見なかったことにしよう。







 バイト中は、特筆するような出来事は何もなかった。時おり紗雪がこちらを見ながらニヤニヤと笑う点以外は。


 CLOSEDの看板を下げてフロアの電気を落とす。さすがに今日までは地獄坂は襲来しなかったなと思えば昼の間に来たらしい。休日出勤ご苦労様。浅井は絶対に教師にはなりたくないと思った。だって、本を読む暇もなくなりそうだし。

 夕食は昨日の三人から四人に増えた。その増えた一人を見て、浅井は増えたボストンバッグを思い出した。きっと、あのボストンバッグは単為生殖で増えたんじゃないだろうか。世紀の大発見である。




 土曜日の夜だけは、浅井は一人では帰らないのが習慣だ。

 裏口に鍵をかけたのを確認する。紗雪と二人で表に出れば、いつもはいない二人が待っていた。


 女三人寄れば姦しい。浅井は無言で一人歩く。

 この一年間、毎週土曜は紗雪と共に帰っていた。その時は二人で何を話していただろうか。昨日も思ったことを再度思う。


 四人で歩いているのに、浅井は疎外感を抱いていた。あともう一人多ければ、浅井の隣で共に歩き、浅井と他愛もない話をしてくれたかもしれない。


 その『五人目』が()()いないのが、浅井は悲しい。







「浅井ー? おーい? 起きてるー?」


 名前を呼ばれて目を開ければ、こちらをのぞき込む立川の姿が見える。

 デジャヴ感。違うのはここが浅井の部屋ではなくリビングで、眠っていたのがベッドではなくソファーという点だ。

 何をやっていたんだっけと考えれば、紗雪の晩酌に付き合っていたのを思い出した。


 1人だけ部屋に戻ろうかとも考えていたが、紗雪が酒の勢いで妙なことを口走るのではないかと危惧していた。3人に弄くられている間、ひたすら居心地が悪かったのは覚えている。


 いつの間に寝落ちしてしまったのだろうか。そして紗雪は変なことを言ったりはしていないだろうか。


 立川の姿を見れば、寝間着から私服になっていた。昼に見たものとは違う。今から眠るというのに、なんで私服に着替えているんだろう。

 どれくらい眠っていたんだろうかと時計を見れば、短針は8時を表していた。

 おかしい。自分はいつの間に過去に戻る超能力を身につけてしまったのだろうか。


 そんなはずはなかった。カーテンの隙間から朝日が差し込み、お前は一晩中そうしていたんだと教えてくれる。体を伸ばせば毛布が落ちた。一晩で体に貯めこまれたストレスが、骨の鳴る音と共に出て行くのが分かる。


「じゃあボクたち、帰るから」


 そうか帰るのか。まぁ明日は平日だしな。と考えたところで気が付いた。ボクたち。複数形だった。

 リビングにいるのは計四人。そして床には見覚えがある2つのボストンバッグ。


「紗雪さん、浅井君。お世話になりました」「浅井にはなってないけど紗雪さんにはお世話になりましたー!」


 紗雪のことを名前で呼んでいた。これは覚えている。昨晩の帰り道、プライベート中は名前で呼んで欲しいと紗雪本人が伝えていた。そして立川、今度隙を見て例の足つぼを押してやろう。


「早乙女も帰るのか?」


「ええ。……なんです? もしかして寂しかったりします?」


 嫌な笑い方を向けてきた。早乙女にもまた足つぼを押してやろうと思う。


「喧嘩して家出したって聞いてたが、もういいのか?」


「あれ、覚えてません? 昨晩、浅井君に話しましたよね?」


 言われて思い出した。紗雪が風呂に入っている間に、話せるのは今しかないと早乙女の方から相談してきたのだ。




 喧嘩の原因。志望校のランクが低いんじゃないか。お前ならもっと上を狙えるはずだ。確実性なんてものは二次試験の時に考えるものだ。そう言われて早乙女は激怒した。「(あき)れた父だ。共には住めぬ」と。

 しかしながら早乙女が志望校を低めに選ぶのは、完全に立川の成績が原因だった。立川はひどく肩身が狭そうにしていたが、それを見て浅井は自分の過去の発言を思い出した。


 ―――ただ、応援はするよ。


 有言実行。男に二言無し。浅井優大に无二打(にのうちいらず)


「よし分かった。手伝おう」


 気付けば、そう言っていた。「立川の勉強を見てやる。そうすれば早乙女もランクを下げなくていい」と。


 取り出したるは文明の利器スマートフォン。使う機能はインターネット。接続先は小仙上(こせんじょう)高校の定期考査結果閲覧ページ。


 小仙上高校の定期テスト結果は、ホームページで閲覧できる。誰でもというわけではなく、個人個人にパスワードが発行されているので、それでログインすることで閲覧できる形式だ。


 そうして浅井の過去の成績が表示されたものを見れば、立川は自分の目が潰れるかと思った。

 二年次一学期中間考査 全科目90点越え。順位は当然のごとく全て一桁。

 その下を見れば一年生の時の成績も表示されているが、どれもこれも似たようなものだ。満点を取っているものまであった。教師役としては十分だろと浅井は伝える。


 なんじゃこりゃ、と立川は思う。とても同じ人間のとる成績だとは思えなかった。

 なお、立川の成績は普通に全科目で平均点を下回る。浅井の成績と比べれば、ダブルスコアを通り越してトリプルスコアまでついている科目もあった。


「これはひどい」


 立川の成績を見て、思わず真顔で浅井が呟いていた。前言撤回って許されるだろうか。


 余談だが、小仙上高校は県内でも上位の進学校である。どうして立川の成績で入学できたのだろうか。


「高校受験の時は、疾風(はやて)のスパルタ教育でなんとか……」


「今はどうなんだ」


「ちょっと成果が芳しくなくて、私も悩んでるんです」


「……とりあえず、次の期末で様子を見ようと思う」


 命短し恋せよ乙女、だ。乙女と大学進学を考える学生には、無駄にできる時間などないのだ。




「ゆーくんが寝てる間に、『浅井君のおかげで解決したので、明日には帰りますね』なんて言われるんだもの。お姉ちゃんびっくりしちゃった。ゆーくんが成長していてお姉ちゃんも嬉しいわ」


 紗雪のその言葉で、過去から今に戻ってきた。

 見れば、二人とももう家を出ようとしている。


「二人とも、いつでも遊びに来ていいわよ。この子も出不精(でぶしょう)だから、外に連れ出しちゃってちょうだい」


 余計なことを言わないでほしい。


「……こちらで変装させてもいいですか?」


「勿論よ。どんどんやっちゃって。あ、その時は写メも送ってね」


 写メという言葉に女子高生が二人そろって首を傾げる。

 23歳が「え、嘘、写メってもう死語!?」と焦る。

 今日の朝は何を食べようか。とりあえず、まず最初に珈琲を飲もう。




 今日こそはと洗濯機を回して布団も干す。昨夜は早乙女達が同じベッドで眠ったらしい。変なシミが付いてなければいいなぁと戦々恐々としながら確認する。セーフ。大丈夫だ。あの二人の一般常識に乾杯。


 ゆーくん、と呼びかけられる。この呼び方をするのは、今はもう一人しかいない。


「ゆーくんの部屋にあったの、リビングの写真立て?」


 昨晩、紗雪は浅井の部屋で寝たのだろう。金曜に早乙女が風呂に入っている間に退避させたのを思い出した。後で戻しておこう。


「そのまま部屋に置いてていいわよ。私もあまり帰れてないし。それにほら、また二人が遊びに来た時、毎回そうするのって大変でしょ?」


 そうかもしれない。いくら浅井が二人の秘密を知っているからと言って、浅井も自分の秘密を全て開け広げにする必要はないのだ。




 6月になった。


「心が折れそう」


 毎週末、立川と早乙女が訪ねて来るようになった。浅井先生の立川生徒成績改善教室だ。

 しれっと6月の土曜シフトが全部この三人組になっていたのは、もしかして紗雪の差し金だろうか。


「折れたら戻らんから、そうなる前に補強しておけよ。またデートでもしてきたらどうだ。この前みたいに」


「二人だけだとナンパがマァァァジウザい。余計折れそうになる。どうせなら浅井も一緒に行って~ナンパ避けになって~」


 バイト前に二人がデートに行ったのは、結局あの時の1回だけだ。その1回で思い知ったのだろう。

 それはそれとして浅井は出不精であった。デートに連れ添うくらいなら部屋の中で本を読みたい。


「教室で仲のいい連中いるだろ。彼女たちと一緒に行くとか」


「いや、ボクらの本当の関係知ってるの、浅井だけだし」


「気兼ねなくイチャイチャできるのはここでだけですよ」


 いちゃつかないでほしい。いや、べたべたと浅井を使って遊ぶくらいなら、好きなだけいちゃついてくれていいのだが。勉強中にまでそうするのは、それが成績が上がらない原因なのではないだろうか。


「まきちーはイトケンと毎週デートしてるから誘いにくいし」


小鳥遊(たかなし)ちゃんも最近忙しいみたいだしね。何してるのかまでは聞いてないけど」


 どっちかの家でやれと言えば、2人そろって肩をすくめたのが分かる。「「家が一番危ない」です」と力説された。


「家族がいないならいいんだけどねー。キスとかしてる時に急にドア開けられたらどうしようとか考えたくないでしょ。でも、『ちょっと疾風とセ○クスするから家出てて』とは言えないじゃん」


 女の口から急に「セ○クス」なんて言葉が出たのが妙に恥ずかしい。「いや、ここでもやるなよ?」と返すのが精一杯だった。


「大丈夫ですよ、キス以上は浅井君が見えないところでやりますから」


 全然大丈夫じゃなかった。単語1つで1人だけ恥ずかしがっているのを馬鹿馬鹿しく思う。隠しカメラを設置して脅すべきかと本気で考慮した。「ちょっと二人でお風呂借りますね」なんて言われた日には、浅井はどうするのが正解なのだろうか。


「……ふむ、こんなもんかな?」「ボクはいいと思う」


 正面に回られる。スマホで写真を撮られた。バイト前のヘアアレンジ。きっと紗雪に送るんだろう。


 そういえば、と浅井は思う。

 日付は忘れてしまった。例の作者の本曰く、6月のいずれかの日だったはずだ。


 UFOの日だ。


 6月には、UFOの日があるのだ。


 宇宙からの電波が活性化する。


 命短し恋せよ乙女!

 命短し恋せよ乙女!!

 命短し恋せよ乙女!!!


 宇宙人の活動が活発になるのに、今月は絶好の期間なのかもしれない。



 ――――――第二章 完

ちなみにUFOの日は6月24日です。全世界的に。いいね?


二章はここまで。お読みくださりありがとうございました。

三章は同棲編です。一泊したんだから同棲したってヘーキヘーキ!

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