レズカップルに押しかけられるのは好きですか? 4
初めて、という言葉に、自分が酷薄な顔になったのが浅井には分かった。安心させようと思う。最初は痛いと思うけど、続けていくうちに気持ちよくなるから。そう言って、情けも容赦もなく最初から動かしていく。未経験者相手には、もう何人もやっているから慣れたものだった。
行為中に着信音が鳴った。早乙女が飛び跳ねたが、これは着信に驚いたのか、それとも今やっていることが原因だろうか。机の上に早乙女のスマホが無造作に置かれていた。画面には『立川 紬』の名前。
「……早乙女、出ろ」
「はぁ…はぁ…。で、でも……」
息も乱れ、瞳を潤ませた早乙女にスマホを渡すが、受け取ろうとしなかった。
「怪しまれる。早く出ろ」
渋りながらも通話ボタンを押したのを見て、浅井は元の位置に戻る。
「……もしもし、紬ちゃん。……うん、大丈夫だよ。……うん、浅井君もいる」
行為は途中だ。再開する。先ほどと同じ場所を目掛け、先ほどより強めに押し込んだ。
「んっ…! な、なんでもない。大丈夫。……うん」
動き方を変えようとすると、足を動かして抵抗される。それを押さえつけ、お仕置きとばかりにもっと強く押し込んだ。
「くぅっ!? ううん、ちょっとびっくりしただけでぇっ~~~!」
途中から、声にならない悲鳴になったのが分かった。ちょっと楽しい。今度はグリグリと、跡を残すかのように強くこすりつけてやった。
「あっ、だ、駄目っそこっ!」
『疾風!?』
電話の声が浅井の元まで届いてきた。しかし、それで動きを止めたりはしない。
「ご、ごめんね。ふっくぅっ……! な、何でもないの」
さらに場所を変える。経験からしてこういう女の場合、この場所は声を抑えられないだろうと浅井は思う。しかし、こういう時は躊躇うことなく一気にというのが浅井の信条である。
「ああーっ!? あさ、浅井君! そこダメ、ダメッ! ダメです痛い痛い痛い!?」
『疾風! 疾風-ッ!? こらーっ浅井ー! 何してんだお前ー!!』
「ダメッ! 本当に、本当にそこは痛いの! お願いだから浅井君!」
動きはそのまま上半身だけ動かし、浅井は顔を早乙女のスマホに近付けた。
立川に聞こえるように、大声で答えてやる。
「足つぼマッサージだ!」
そう、これは足つぼマッサージである。卑猥なことは一切ない。本当だ。嘘だと思うなら最初から読み直して確認してみてほしい。
―――ちなみにだが、早乙女が音を上げたのは肩こりに効く足つぼだった。
押し倒して顔を近付ければ、早乙女が目を閉じた。都合がいいとより勢いをつけて突っ込んでやる。
頭突きだった。
痛みに悶絶し、涙目になって困惑している早乙女に、この馬鹿めと言って説教までした。こうなることくらい分からなかったのかと。反省には痛い目が必要だよなと、次は手首ではなく足首を掴む。
ちょっと強く押してやっただけで叫び声が上がった。やめて離してと暴れるのを押さえつけ、なおもマッサージを敢行する。しばらく暴れておとなしくなったところで、あまり痛くないと見当をつけた場所を押してやった。
立川から着信があったのはその頃だ。
このマンションが完全防音でよかったと思う。
結局、肩こりに効く足つぼは早乙女がうるさ過ぎたので、途中からは優しくしてやった。
『覚えてろよ浅井! 明日だ!明日、必ず疾風の仇をとってやる!』
「一応言っておくが死んじゃいないぞ」
早乙女当人は、ゼイゼイと荒い息を吐きながらソファに崩れ落ちている。立川と話す体力すら残っていないようだった。
暴れ回ったせいで寝間着が酷く乱れていた。上のボタンは2つ3つと外れ、中に隠されているべき肌も丸みも大きく暴かれている。ズボンはずり落ち、その中の下着も大部分が見えてしまっていた。
派手すぎやしないかと浅井は思う。仮にも男がいる家に泊まるのだから、もう少し大人しいのを選んで欲しい。いや、それとも男がいる家に泊まるのだから派手な下着を選んだのだろうか。どれだけ考えても、女の思考は浅井に理解できるものではないと結論する。
電話を切って早乙女に近付けば、ひどい有様の顔が見える。涙の跡が残り、髪も乱れて頬に張り付いている。
「さて、早乙女」
しかして浅井は告げねばならない。まだ終わってはいないのだと。ここは折り返しなのだと。
「右足は終わったので次は左な」
その時の早乙女の顔は、とても見物だったと浅井は思う。
早乙女が浅井の責め苦から立ち直るには、幾ばくかの時間を要した。
這う這うの体で身体を起こせば、浅井の姿はすでにない。
なんて男だと早乙女は思う。確かに最初は痛かったが、だんだんとそれが気持ちよくなっていった。そして気持ちいいと思った直後に、全く別のところを押されて再び最初から始まるのだ。体の中で、臓器が絞られているような不思議な感覚があった。
そして今の自分がどういう格好になっているのかを確認すれば、立ち去っても仕方がないと思えるほどに酷い乱れ方をしている。上は最後のボタンでかろうじて残っているだけだ。ズボンは大丈夫だったが、これは折り返しの際に浅井の手で引き釣り上げられたおかげだった。仮にも乙女の下着が見えている状態に対して、ひどい仕打ちだと早乙女は思う。
いや、そうだ。今は下着だ。急いで確かめねばならない。
さすがにリビングで確認するわけにはいかないと思い、生まれたての小鹿のように足腰を震わせながら、時間をかけてトイレにたどり着いた。
鍵をかける。そうして下着の状態を確認すれば、すでに完全に用をなさなくなっていた。いや、それとも最後まで役割を果たしてくれたと表現すべきだろうか。いずれにせよ、断じてこの下着だけは浅井に洗わせるわけにいかなかった。
今更だが、結構派手だ。なんで自分はわざわざこんな下着を選んだのだろうと早乙女は思う。きっと気の迷いだったのだ。エレベーターの中で「彼氏の家にお泊りしに来た彼女」なんて言われてしまったせいだ。そのせいでブラジャーのことまで忘れてしまったのだ。おのれ浅井許すまじ。
―――ひょっとして、浅井がズボンを引き釣り上げたのは、この状態に気付いたからでは?
どうしてと、どうして気付いてしまったんだと早乙女は思う。それは下着の状態に気付いてしまった浅井に対してと、浅井がそれに気付いたのではないかということに気付いた早乙女自身への二つの嘆きが混同したものだった。
戦わなきゃ。現実と。
お風呂に入りたかった。股間のそれを黒歴史と共に流して忘れ去るために。
そうと決まれば動きは速い。先ほどより多少マシになった歩きで借りた部屋へ向かい、ボストンバッグを開く。予備のパジャマはさすがにないので、Tシャツと短パン。新しいパンティに今度はブラジャーまで忘れずに持って行く。
そしてかなりマシになった歩きでお風呂場に向かい、脱衣所の扉を開けた。
浅井がいた。
裸だった。風呂上がりなのだろう。髪のセットはすでに崩れているが、濡れた髪は雑に後ろ側へと流されていた。結構分厚い胸板が見えた。薄く割れている腹筋が見えた。
そして隠すものの無い局部が見えた。
「っきゃぁ~~~~!?」
扉を閉めて床に座り込んだ。考えてみれば浅井が風呂を使っていても全くおかしくないではないか。どうしてさっきまでの自分はそのことに頭が回らなかったのか。
見てしまった。
見てしまった。
見てしまった。
顔が熱い。今なら、あの時浅井が逃げ出したのにも理解ができる。超絶に気まずい。
そうしていると、背後の扉が開いた。
「風呂、空いたぞ」
裸を見られたことを、露ほども気にしていないようだった。
湯船に浸かる。顔が熱い。お風呂で血行が良くなったからではないと、そう思う。
リビングで浅井に押し倒されたことを思い出す。さっき見た浅井の裸を思い出す。
さっき浅井に撫でられた部分を、手が勝手に撫でていた。アレが、ここに、と思うと、手がその下に向かうのは止まらなかった。お湯を汚してしまうと思うが、浅井はもう使った後だから大丈夫だ。浅井が使ったお湯だと思うと大丈夫じゃない。
早乙女の二回目のお風呂は、一回目よりも随分と長かった。
逆上せなくて良かったと、早乙女はそう思う。
結局、早乙女は気付かなかった。下の方に目を取られたせいだ。
浅井の右腕、上から下へ肘を通すように走る、大きな傷痕に。
瞼を貫く光が浅井の意識を浮上させる。メインタンクブローと身体が言う。「あ、フラッシュ炊いちゃった」という声が直後に聞こえる。
重い瞼をどうにか開けば、立川がこちらをのぞき込んでいる。
なんでいるんだろうという思考は、眠気の波に流された。
「…………」
「あれ、浅井? おーい」
目の前で手を振られるが、眠気と重力には逆らえず、枕の上に頭が落ちた。頭が落ちれば瞼も落ちる。意識という名のメインタンクに、眠気という名の海水が再び注水されていく。海の底のような暗闇の中、二人の声が聞こえたのは分かった。
「紬ちゃん、浅井君は起きましたか?」
「うんにゃ、ダメっぽい」
「うーん、朝ごはんとか買いに行きたいんですが、どうしましょう?
紬ちゃん、ちょっと残ってもらっていいですか?」
「ア゛~~~~……」
地獄の底から響くような音が出た。発信源は浅井の喉だ。
「適当に……くっていぃから……」
浮上した意識が再度落ちようとするのが分かる。完全に潜睡する前にもう一つだけ。
「あとコォヒィ……たのみゅ……」
「ボクも飲んでいい?」
「すきにしろ……」
そして再び、浅井の意識は眠りに落ちた。
目覚めるには、それからさらに30分程の時間を要した。
欠伸を噛み殺しながらリビングに入れば珈琲の香りが迎えてくれた。どうやら最後の頼みは聞き届けれられたらしい。
時計を見れば午前9時を過ぎたところ。いつもの起床時間より3時間以上遅かった。
「んっ……ちゅっ……はぷ……んふぅ……」
「ふちゅ……ん……はふ……んちゅっ……」
そして、ソファの上で濃厚なキスをしている二人の女子高生を発見した。
「……ここはラブホじゃねえぞ」
「珈琲の味、するね……」
「それでも、疾風の味は分かるよ……んっ」
両手を組み合い、再びキスに没頭していく。立川の方から身体を傾ければ、早乙女もそれを受ける。ソファの影に埋もれるように、絡み合おうとしていた。
「ここは! ラブホじゃ! ねえぞ!」
致される前に頭を掴んで引き離すのに成功する。起きるのがあと30分遅ければ全裸で致しているところに再び突入していたかもしれない。悪夢再びである。
「あっちょっ、何すんだよー!」
「恋人の語らい中に無粋ですよぉ……」
「うるせえ黙れ盛るな雌猿ども。やるなら外出てやれ外で」
「そんな危ないこと出来るわけないじゃん」
「ここは安全にいちゃつける絶好の場所なんですよ、分かりますか?」
「分かんねえし分かりたくもねえ」
二人から離れ、コーヒーメーカーの中身をマグカップに移し替えた。
「あ、そうだ浅井。珈琲なんだけど」
そこまで聞いた直後、立川の「あ」という声と共に口を付ければ、猛烈な苦さに舌と鼻を蹂躙された。一発で目が覚めた。眠気の残る脳が強制的に覚醒させられた。
漫画のように噴き出しそうになるのをかろうじて堪えるが、かと言って飲み込める気もしなかった。
「ほらベーってしなベーって!」
言われて今どこにいるかを思い出す。流し場に吐き出した。
まさかこれは昨晩の報復だろうか。なんて恐ろしい方法をとるんだこの女。悪魔か。宇宙からの電波にそそのかされてこんな暴挙に出たのではないか。
そんなことを考えていれば、当の立川が申し訳なさそうに顔を出し、両手を顔の前で合わせて拝んでくる。二の腕に挟まれてタンクトップから覗く胸の谷間が強調されていた。まさか、許してもらいやすいように計算してそうしているのではとすら浅井は思う。
「その、ごめん。分量まちがった。ボクん家のと同じ感覚で淹れたんだけど、そしたら凄く濃くなった」
「そういえば紬ちゃん、今日は珍しくカフェオレだね。いつもはブラックなのに」
「……わざとじゃ、ない?」
「いや、さすがに珈琲でそんなことしないし。ていうかボクも最初ブラックで飲んで同じ目に遭ったし」
立川が殊勝な態度で、恐る恐る聞いてくる。
「……浅井、怒った?」
「……いや、わざとじゃないならいい。おかげで目も覚めた」
「えっと……、浅井もカフェオレにする?」
「……頼む」
二口目は、普通に飲める濃さだった。
二章でやりたいことはだいたいやったので、あとは三章に向かう流れになります。
次で二章は終わりです。




