レズカップルに押しかけられるのは好きですか? 3
水の音が浴室に反響するのを聞きながら、早乙女はもし浅井が覗きに来たらどうしようと考えた。
来るわけないと理性は言う。
浅井だって男だと感情は言う。
自分の後に浅井がこのお風呂を使うのだと思うと、奇妙な気恥ずかしさも這い寄ってくる。
こんな事なら先に入ってもらえばよかったと、今更ながらにそう思う。
のぼせそうになるまで考えたが、結論は出なかった。
当然ながら、浅井は一度も近付いてこなかった。
フローリングの廊下の冷たさが、風呂上がりの裸足に心地良い。
リビングを覘けばソファに座る浅井の背中が見えた。以前、家にはテレビがないと言っていたのを思い出す。本当にテレビがなくて、じゃあ彼はここで一人、一体何をしているのだろうか。
「浅井君」
目が合う。髪型は帰る時のままだった。お風呂に入る時に戻すとさっき話していたし、そのお風呂は先に早乙女が使ったから、これは当然の光景だった。
「お風呂頂きました。何してるんです?」
「本を読んでいた」
背中から手元を見れば、文庫本が見えた。身長に見合う大きな手がちんまりとしたものを持っていて、錯覚で文庫本ってこんなに小さかったっけと早乙女は思う。
私が一人悶々と考えている間、浅井君はリラックスして読書か……。
そう考えると腹立たしい。報復に、風呂上がりの女子が横にいる気まずさを味わえと隣に座った。
「学校でも目を見せるとかしたらいいのに。どうしてやらないんです?」
逃げられないように質問を添えて。もし無視するなり立ち上がろうとするなら、腕に抱きついてやって困らせてやろうと画策する。
「……普段の髪のこと?」
対応を続けてくれたことを嬉しく感じ、この程度で喜ぶんじゃないとも己を戒める。頷いて続きを促した。
学校でも、話しかければ同じように答えてくれるのだろうか。
「中学の時から、普段はああなんだけど」
「……筋金入りですね。じゃあ、なんでバイトの時だけ変装してるんです?」
変装だろうか、それとも変身だろうか。両方とも当てはまりそうだと早乙女は思う。変装という言葉に浅井は首をかしげていたが、
「……バイトを始める時に紗雪姉達が」
達、ということは安芸と暁もだろう。ひょっとしたら、今はもうやめてる人も含まれているのかもしれない。
「接客業の態度には雰囲気が暗すぎると、話し方とかは指導されて、髪型は毎回弄られるようになって」
当然だと早乙女は思う。5歳とか7歳年下の隠れイケメン男子高校生を好き勝手改造できるとなれば、当時はさぞかし盛り上がったに違いない。きっと度を超したのだろう。見事に学校での浅井が分からなくなるほどの魔改造が施され、変身した姿が謎の店員ヒルナシである。
「学校でもそうしたら、人気者になれると思いませんか?」
「……そうなのかな? いや、今まで自分でやろうという気も起きなかったけど、静かに本が読めなくなりそうだし、やらなくて良かったかも」
「こ、この真正根暗男……!」
今の浅井の言葉、絶対に本心からの言葉だ。
「せめてですが、話しかけられても無視しないようにしたらどうです?」
「……いや、早乙女。何か勘違いしているようだけど、俺が人を無視するのは、部活勧誘だった場合だけだ」
そうだっただろうかと思い返すが、浅井に誰かが話しかけていた記憶がない。もしかしてと思う。確認しよう。
「浅井君、2年になって教室で誰かに話しかけられたことは?」
「……地獄坂先生とか」
地獄坂光本人は、そう呼ばれるのを酷く嫌がる。光先生と呼んで欲しいと公言するくらいだった。しかし浅井のアンチフレンドリーさを考えれば、教師といえど名前呼びはしないだろうと早乙女は納得する。
「先生はノーカンです」
「……じゃあ、いない」
案の定だった。
「そもそもだ。そんなこと言っていいのか?」
どういうことだろう。
「もしだ。もし仮に、万が一にも俺が人気者になったとしたら、俺の弱みはなくなるぞ」
そこまでイフを強調しなくてもいいんじゃないかと早乙女は思う。
それはそれとて、弱みのことは言われるまで失念していた。
たしかにそうだ。浅井が人気者になれば、当然いつでも連絡を取りたいと思うものが現れる。さすがに友人相手にそう言われれば、浅井とて連絡先を交換もするだろう。早乙女達が握る浅井の弱みは、名目上は部活の助っ人に浅井をいつでも呼び出せるということだ。しかし浅井と連絡先を交換した相手が増えれば、当然ながらこの弱みは失われる。
実はヒルナシの時点で連絡先を欲しいと散々言われているのだが、一年前の教育のおかげで、ヒルナシがそれを教えたことは今までなかった。少なくとも、立川と早乙女以外には。
しかしそうなると困るのは早乙女達だ。何も思いつかないので、素直に白旗を上げることにする。
「……浅井君、その時は新しい弱みを教えてくれませんか?」
「そんなものはないし、仮にあっても教えるわけないだろ」
「ですよねぇ……」
言ってみただけだったが、何故か考え込んでいる。
「……ああ、いや、そうだな」
「えっ、もしかして本当に教えてくれるんですか?」
「ああ、今弱みがないなら、今から新しく作ればいい」
言っている意味が分からなかった。
両方の手首に感触があった後に、掴まれているのに気が付いた。
何をしているのか分からない。弱みを今から作るという言葉の意味が、遅れて脳に浸透して、
───押し倒された。
掴まれた両手首は頭の上。あの一瞬でどうすればそうなるのか分からなかったが、右手だけで拘束されていた。
「えっ、ちょ、浅井君!?」
腕を動かすがびくともしない。浅井の身体が足の間に入り込んでくる。足を暴れさせて抵抗しても、左手一本で簡単に抑えられ、股に割り込まれてしまった。
「新しい弱みだよ。立川にも言えないような、ね…」
切れ目で見られて、身体がぞくりと震えてしまう。薄く笑っているのを見れば、悪ふざけだとはとても思えなかった。
そうなって、ようやく浅井がさっき言ったことを理解できた。
「て、店長は大丈夫って言ってたのに……!?」
「ああ、紗雪姉ならそう言うだろ」
「えっ」
「俺、一度も紗雪姉には手を出してないし」
左手がパジャマの裾から入ってくる。空気の冷たさと手のひらの暖かさを無意識で比べて、おへその辺りがぞわりと震えてしまう。内臓の奥が泣いた気がする。変な声が口から洩れたのが、ただただ無性に恥ずかしい。
「なぁ、ちょっと油断し過ぎだ。……それとも、本当はこうされるのを期待してたのか?」
左手が上に登って来る。手のひらが触れたところだけが、細胞を作り替えられたように熱を持っていくのが分かる。
今になってブラジャーを着けていないことに気が付いた。普段、寝間着の時にはブラジャーを着けないのだ。ここに来るまでの間には、男の子の家に泊まるのだから寝る前までは着けておこうと思っていたのに。家に着く頃にはすっかり頭から抜け落ちていた。
薄手のパジャマの上からでも、胸の一部分が膨れているのが見て取れる。気付かないでいて欲しいと、ただそればかりを願う。
どこを見ているのかに気付かれて、視線を向けられてしまった。触れられてもいないのに、見られているだけでますます硬くなって行くのが自分でも分かる。もし今両方を同時に強く抓られると、情けない声で鳴いて一瞬で達してしまうのではないか。絶対に気持ちいい。そんなことを考えてしまった自分が信じられない。
顔から火が出そうだ。
息が荒くなる。
浅井が喉を鳴らしたのが聞こえる。
恋人に心の中で謝罪する。もう駄目だと。今晩、きっと汚されてしまうと。でも、これは浮気じゃないのでどうか許してほしいと、みっともない言い訳までもが出てきてしまう。
「あの……浅井君……」
目が合う。
男なんてと今まで思っていた。だけど、浅井なら受け入れてもいいと、滅茶苦茶にされることで得られる快楽を刻まれてもいいと、そんなことも思ってしまった。
覚悟を決めた。
「私、男の人とは初めてなので、その……優しく、お願いします……」
襲われるわけがないと理性では言っていた。
浅井だって男だと感情では言っていた。
男のモノに興味が無いのは、本当だった。
だけど、浅井のモノに興味がないというのは、それはきっと、嘘だった。
浅井の言う通りだ。本当は、心のどこかで期待していたのかもしれない。
浅井が顔を近付けてきたのに、目を閉じることで返事とした。
この作品は健全なR-15作品なのでワッフルワッフルしながらお待ちください




