レズカップルに押しかけられるのは好きですか? 1
二章になります。
よろしくです。
二章は文章配分をミスりまくったので、話数は少ないですが文章量が結構あります。
浅井は、早乙女を押し倒していた。
早乙女の両腕は抵抗ができないように頭の上、浅井の右手一本で拘束され、自由な左手がパジャマの裾から腹の上を撫でている。
浅井と早乙女以外には誰もいない。明日の土曜の夜まで、誰も帰ってこない。
左手が侵略するのは薄手のパジャマだ。まるでトンネルでも掘るかのように、早乙女の肌を掌の熱がじわりじわりと掘り進んでいく。胸が自重で左右に広がり、中央のボタンがはち切れんばかりに張っている。つまり、ブラジャーを付けていない。
それについ見惚れていると、気付いてしまった。
きれいな曲線を作る生地の中、一部が盛り上がっている。左右それぞれ一ヶ所ずつが。
喉が渇いているのに気付く。反射的に唾を飲み込めば、早乙女にも聞こえるほど大きく音が鳴った。
「あの……浅井君……」
名前を呼ばれて視線を上げれば、自然と目が合ってしまう。
早乙女の顔は茹でったかのようにが赤く染まっていた。
潤んだ瞳が、漏れる吐息が、ただひたすらに艶めかしい。
「私、男の人とは初めてなので、その……優しく、お願いします……」
なんでこんなことになってるんだっけ。
数日前のことを思い出そうと浅井は思う。
ほんの数日前だ。二週間前に見た早乙女の裸よりも、その記憶は鮮明だった。
教室の定位置、すなわち自席で取り出したるはSF小説の『第三種接近遭遇に緊張せよ』。浅井がここ最近続けて読んでいる作者の本だ。新刊というわけではない。しかし、これを含め、同作者の未読本がまだ何冊も図書室で浅井に読まれるのを待っている。
あとどれくらいで読み終わるかは視覚的にも触覚的にも分かる。数値ではなく感覚で残りがどれくらいか分かるので、浅井は電子書籍よりも紙の方が好きだった。これも今日中には読み終えるだろう。放課後、バイトの前にでも次の本を借りに行こうと計画する。
鞄の中には、同じ作者の本がもう一冊。その本も読まれるのを今か今かと待っているのだがそれはそれ。浅井は本を読める時間があるのに、読める本が無いのを忌避していた。だから常に、今読んでいる本と、まだ読んでいない本の最低2冊を持ち歩くようにしている。
この作者はSF、特にUFOに関する内容が多い。だからなのだ。昨日の早乙女の突飛な発言に、一昨日の立川の奇行への回答に、月の裏側の辺りに居るであろうUFOから宇宙人が電波を送ってきているのではないかという奇妙奇天烈な発想をしてしまったのだ。
タイトルの『第三種接近遭遇』とは、端的にいれば宇宙人との物理的接触を意味する。
果たして、宇宙のUFOから謎の電波を受信してしまった場合、これは第三種接近遭遇に含まれるのだろうか。浅井はそんなことを考えるが、答えてくれる相手は誰もいなかった。本の内容を話すような友人もいなければ、授業の質問に対しては心置きなく答えてくれる教師たちも「馬鹿なことを相談しに来ないで友人の一人でも作ったらどうだ」と説教しながら浅井が持ってきた本をその手から奪い、その角で浅井の頭を打ち付けようとするだろう。
浅井は真剣なのに。
あの二人はきっと宇宙人の人類調査サンプルとして選ばれてしまったのだ。エイリアンの電波で行動を誘導されている哀れなる同性愛者代表一般市民だ。
電波を受け取った自分も、恐らくは人類調査サンプルの一人として選ばれているのだと浅井は思う。同性愛者のカップルがその素性を知る一般人と接触した際に、この三名がどのような反応を返すのかという人体実験が行われているのだ。そのために今度は自分がサンプルに選ばれてしまったのだ。
きっとそうに違いない。
……そろそろ、現実逃避はやめようと思う。
戦わなくちゃ、現実と。
目を逸らすべきではない現実と言えば、それは昨日の出来事だろう。
立川と早乙女、あの二人が、何故わざわざ浅井がいる所でバイトをしようと思ったのか。
可愛い恋人が働く姿を見たい。しかし恋人だけ働かせるのでは筋が通らないので自分も働く。なるほど確かにおかしい部分はない。しかしそれなら自分と同じ場所でなくてもいいのではないだろうか。やはり一昨日に受信した電波が全ての元凶なのではないか。そうなると立川が転んだ時、ああも見事に空を飛んだのはUFOに搭載されているという反重力機関ディーン・ドライブの力によって一時的に立川が地球の重力から解放されていたのではないか。辻褄は全て合う。UFOは実在すると思うんだよ俺ぁ!
また現実逃避してしまった。
多分、早乙女達に完全には信用されていないんだと浅井は思う。二人は浅井を見張るために、浅井と同じところで働こうと考えたのではないか。
そして、この二週間が平和だったのは、やはり中間テストが原因だろう。
単純に二人が学業を優先したという理由以外にも、浅井のバイト先は小仙上高校のスケジュールと連携して営業時間を調整しているという部分がある。
テスト期間が近付くと、その一週間前からは午後が休店になるのだ。学生にたむろされて飲み物1杯で何時間も居座られては利益にならないから、というのが表向きの理由だった。
当然、浅井もバイトは休みになった。
それはつまり、浅井がいないのだから見張りに来る理由もないということだ。
きっとこの平和だった二週間、あの二人はどうやって浅井優大を監視したり掌握したり隷属させたりするのかを毎晩ベッドの上で全裸でヌチュヌチュ絡み合いながら宇宙からの電波を受信してたり宇宙人に思考を誘導されたりしていることを自覚できずに画策したに違いないのだ。きっとそうだ。
どうしてと、どうして自分は安穏と平和を貪っていたのかと、今更ながらにそう思う。互いに弱みを握りあってさあ安心と、どんな平和ボケをしたらバイトして勉強して気に入った作者の本を読んで飯食ってうんこして寝るだけの生活ができるのか。
タイムマシンが欲しかった。
こんなことをやってる場合じゃないぞと昔の自分を怒鳴りつけ、一緒に頭を突き付けて相談相手になってほしかった。
真実をここに述べていいのなら、本当に、早乙女が一緒に働きながら立川の働く姿を見たいだけなんだが。
浅井が現実と妄想と現実逃避をミックスしてシェイクしたものを脳の中で生み出していれば、例の二人を含む四人組がいつものように集まっていた。ついつい耳を傾けてしまう。
「あそこのバイト採用されたってホント?」
左後方即ち教室中央部。声の主は確か、牧。クラスメイトの名前は、怒られた後に頑張って(一部だけだが)何とか覚えた。
「本当ですよ。ほらこれ写真」
「おっ、ホントにあそこの服だ。うわめっちゃエロイ。子供が見ちゃいけないエロさだわ」
「いやいや普通の服ですよ?」
「あんたらは分かってない。こんな二人してデカいおっぱいをアピールするようなポーズとりやがって。しかも胸を強調するデザインだしこの服。ウチへの当てつけか!?」
「いえ、その、言い訳させてもらえるなら、胸を避けてアンダー部分からボタンで閉めて支えてくれるので、こういうタイプは動きやすくて楽なんですよ。直接見えないんでボタン閉めるのはちょっと大変ですけど」
「……今のは効かなかったことにする。心が耐えれそうにない。
そもそもあんたらの身体がエロイんだよーだから何着てもエロイんだよー。これでキューイーイーでしょ」
「……牧、それを言うなら証明終了」
「そうそれ」
「……牧ちゃん、数学のテストに証明出てましたけど、まさかQ.E.E.なんて書いてないですよね?」
「……そこ、空白で出した」
「ふふふ、勝ったな。私はちゃんと書いて出した」
「紬ちゃんは内容間違えてたけどね」
「い、いや、書いただけマシでしょ!?」
「……立川、五十歩百歩って知ってる?」
「あーっと、何の話だったっけ……?」
「……誤魔化した」
「誤魔化しましたね」
「あんたらの身体がエロいって話」
「……いえ、バイトの話でしたよね? あとそれ上からエプロン付けるので大丈夫だと思います」
「あ、そうだったそうだった。よく採用されたねって聞こうと思ってたのよ。去年、うちのガッコから何人もバイト希望に行ってんだけど、全部蹴られてるらしいし」
「そうなんですか?」
「そうそう。別のクラスとか三年の間でももう噂になってるよ。うちの生徒が採用されたって」
「……昨日の今日ですよ?」
「だからじゃない? 特定されていつ三年に呼び出されてもおかしくないよ? 一体どうやったの?」
「どう、と言われても……一昨日に、『ここで二人で働きたいです』って言ったらその場で『採用!』って。あ、でもバイトするには担任の許可がいるからって言われたんで、即日じゃなくて昨日からですが」
「……経緯が分からない」
「一昨日、急に雨が降りましたよね」
「あー、……そうだっけ? 覚えてないわ」
「……覚えてる。短い間だったけど凄い降ってた」
「それでですね、運悪く雨で濡れた紬ちゃんがお店の前で雨宿りしてたら連れ込まれたらしくて、服を乾かす間にあそこの制服を借りて」
「そうなん?」
「うん、まぁ、そう」
「迎えに行ったらそれがもう、とてもとても可愛くて」
「まぁ写真見りゃそれは分かる。お持ち帰りされてもおかしくないわ」
「そうなる前に、顔面殴ってケーオーしてみせるよ」
「やったれやったれ。血の雨見せたれ。それで?」
「ここで働けば何度でも見れるのでは、って思った時には」
「二人で働きたいと言ってた、と?」
「はい」
「はいじゃないがな」
「うーん……。詳しいこと、今日にでも聞いてみますね」
「教えてくれたらこっちでも情報流しとくわ」
「はい、よろしくお願いします」
あの後そんなことになっていたのかと、浅井は遅れて知ることになった。
早乙女の来店と入れ違いに、浅井は一人帰ったのだ。三人だけで同じ場所にいるのは気まずかった。
あと、立川には注意しておかねばならない。さすがに店で流血沙汰は勘弁してもらいたい。
このことは職場でよく言い聞かせなければと、放課後の予定が一つ追加された。
浅井は知っている。
知っているからといってあの場に乱入する気は微塵も無かったが、バイト増員の理由には心当たりがあった。
安芸と暁だ。二人とも大学四回生で、つまりは卒論と就活のダブルパンチ。去年と同じ頻度のシフトは無理だろう。去年は今の人数でも十分回っていたので、当時は増員することも無かったのだ。
テスト明けにでもバイト募集の張り紙を出すと、紗雪が言っていたのを覚えている。
恐らくだが、早乙女の提案はその寸前だったのだろう。
それにしても拙速に過ぎる。せめて一言くらいは相談して欲しかった。
しかしあの店は紗雪のもので、単なるバイトに過ぎない自分が文句を言うのも憚られた。
採用を迷っている状態ならともかく、決定したことに対して、浅井は何も抵抗する気はなかった。
紗雪が決めたのなら、浅井はそれを手伝うだけだった。そうしようと決めていた。
チャイムが鳴る。
担任の地獄坂がいつも通りに目の前の扉から入ってくる。各々好きな場所にいた生徒たちが自分の席に戻っていく。それらの音と声を聞きながら思う。
慣れないことはやるものではない。
開いた本は、1ページたりとも進んでいない。
写真をインスタなんて読む若者文化、今まで知りませんでした……




