奇術師、新たな出会いをする
エスたちはサリアとターニャの二人と合流するべく、二人が向かった方角へと歩く。道すがら、飛翔鮫の背ビレを回収しつつ歩いていると、正面の方からサリアとターニャが歩いてくるのが見えた。二人にアリスリーエルが手を振る。
「あ、アリス!」
「ターニャ、行きましょ」
姉妹がこちらに走ってくるのを待ちつつ、エスは一つ思い出したように告げる。
「ふむ、そうだ!干物といえばいい出汁が取れるかもしれないな。ちょっとフォルネウスを刻んでくるので、ここで待っていたまえ」
「ちょっと、エス!?」
リーナの制止は届かず、エスの姿は消えてしまった。
「ほんと、勝手ばっかり!」
「ふふふ、すぐ戻ってきますよ」
肩を震わせるリーナにアリスリーエルが声をかける。リーナもそれは理解しているが、毎回勝手にいなくなることには怒りを覚えていた。
「あら?さっきまでエスさんもいなかった?」
「エス様なら、フォルネウスのところに戻りました」
「えぇ、何しに…」
サリアとターニャはフォルネウスが倒されたところは見ていない。しかし、フォルネウスがすでに倒されているであろうことは、先程までエスがここにいたという事実で察していた。
「出汁がどうのと言ってたわね…」
「刻んでくるとも言ってましたね。多分、出汁を取るためにどこかの部位を取りに行ったのではないですか?」
「ほんと、行動が読めないわね…」
大きくため息をつくリーナにアリスリーエルは苦笑しつつ周囲を見渡す。周囲の建物への被害はほぼなく、静かになったためか住人たちが外に出てきていた。遠くの方では、すでに飛翔鮫の解体をしている者たちも見受けられる。その様子から、この町の住人が今回のようなことには慣れていると窺い知ることができた。
そんな風に周囲を観察していると、何もない空間にエスが現れる。その肩には干乾びた巨大なヒレが担がれていた。
「おや、待たせてしまったかな?結構急いできたのだが…」
「そんなに待っていません。さあ、宿に向かいましょう」
アリスリーエルに促され、エスたちは合流したサリアとターニャと共に宿へと向かって歩き出した。
特に変わったこともなく、エスたちは宿へと到着する。宿の前では、グアルディアとドレルが何か言い争っており、それを遠巻きに見ているマキトたちがいた。
「勇者君たちも無事だったみたいだな」
「あの程度のモンスター相手ならな。それよりも、あの二人止めなくていいのか?」
「いつものことだろう?」
「まあ、そうか…」
神都から港町フルクトスへと至る道中、二人はことあるごとに言い争っていた。言い争いとは言ってもそのほとんどが、ドレルが文句を言いグアルディアがあしらうという流れである。それを思い出しマキトも納得する。
「とりあえず宿に入ろうぜ。ってそれなんだよ…」
マキトは今更ながらにエスが担ぐ物を指差し問いかける。
「これか?フォルネウスのヒレだ。干乾びてしまってるがな。フハハハハ、出汁でもとってみようかと思って持ってきたのだ。そうだ勇者君、これもしまっておいてくれ」
「ああ…」
エスが地面へと放り投げたフォルネウスの巨大なヒレにマキトが手をかざすと、ヒレはマキトの無限収納へと格納され消えてしまった。
「いやあ、荷物持ちがいると助かる。実に便利だ」
「誰が荷物持ちだ!」
怒鳴るマキトの声でエスたちに気が付いたグアルディアとドレルが、エスの元へと歩いてくる。
「おうおう、おまえら無事だったか」
「皆様ご無事で何よりです」
「グアルディアはともかく、ドレルも無事だったのだな」
「どういう意味だ!」
怒鳴るドレルを見て笑うエスにグアルディアが報告する。
「エス様、飛翔鮫のヒレを宿の厨房へと運び調理をお願いしてあります。宿の食堂へと参りましょう」
「おお!流石グアルディアだな、抜かりがない。まったく、どこかの煩いだけのやつとは大違いだな」
「儂もヒレを取ったわ。まあいい、腹も減ったし食いに行こうぜ」
ドレルの言葉にエスは頷くと、宿の扉に手をかける。だが、わずかに嫌な予感を感じる。その感覚を振り払うように首を振ると、エスは両手で扉を開いた。
「よっ!」
扉を開けた正面には見覚えのある少女が立っていた。その姿を確認したエスはそっと扉を閉めた。
「ふむ、グアルディア」
「なんでしょう?」
「他にヒレ料理の食べられる店はあるかな?」
「そうですね。海岸沿いに行けば見つかるでしょうし、向かいましょうか」
エスとグアルディアがそんなやりとりをしていると、宿の扉が勢いよく開かれる。
「ちょっと待てぇ!」
叫びながら出てきたのは、先程扉の先に立っていた少女であり、大食い大会で優勝していた少女であった。それと入れ替わるように、グアルディアが気づかれることなく、そっと宿の中に入っていった。
あいつ、面倒事を察して逃げたか?
エスがそんなことを考えていると、目の前まで歩いてきた少女が怒鳴る。
「この超絶美少女なあたしが待っててやったのに、なんで扉を閉めるかな!?」
「いやいや、自分で自分を超絶美少女とか言う不審者を見たら避けるであろう?」
「なんだとぉ!」
わなわなと肩を震わせる少女を見ながら、エスは笑っていた。しばらくし、少女はため息をつくとエスへと問いかける。
「あんた奇術師よね?あたしのこと覚えてないの?」
自分のことを知っているような少女を見てエスは首を振る。薄々気が付いていたが、面と向かって確信する。目の前の少女がほんのわずかに感じていた悪魔の気配の主であることに。それに気づかぬふりをしつつ、エスは少女に答える。
「知らないな。なんだ、新手の逆ナンかね?それとも怪しい宗教の勧誘かな。どちらにしろ間に合ってるので他を当たってくれ」
「違うわ!」
エスを睨む少女の肩をリーナがそっと叩く。不意に肩を叩かれ、ビクッと肩を震わせた少女がリーナへと振り向いた。
「久し振りね、ミサキ。あなた、なんでこんなとこにいるの?」
「あれ?リーナも一緒なんだ。ねぇ、なんか奇術師変じゃない?いつものことだけど」
「彼ね、転生者の魂が宿ってるのよ」
「マジで!?」
ミサキと呼ばれた少女はリーナの言葉に驚き、勢いよくエスへと振り向く。
「ほほう、君はミサキと言うのかね?ふむ、その名前、君も転生者か?」
「その通り」
「その気配に転生者か…」
エスが考えていると、宿の中からグアルディアが出てきた。
「エス様、宿の前では迷惑になりますので広めの部屋を用意してもらいました。お話はそちらで」
「そうだな。場所を変えるとしよう」
エスの言葉に皆が頷き、宿の中へと移動する。その最後をミサキが着いていくが、ふとグアルディアの顔を見て足を止める。
「あれ?あんたどっかで見た気がするんだけど…」
「初対面ですよ。どうぞ、ミサキ様も皆様とご一緒に」
首を傾げつつもミサキはエスたちについて宿に入っていく。そのあとを扉を閉めたグアルディアが続いた。その後、グアルディアに案内され、部屋へと入ると各々好きなように寛いでいた。部屋にはテーブルが一つ、それを挟むように大きなソファーが二つ並んでいる。所謂、応接室のような内装であった。ソファーにはマキトたちが座り、エスは立ったままだった。最後に入室したグアルディアが扉を閉めたところで、ミサキがエスへと話し始めた。
「早速だけどさ、あんた転生者だって言っても前の奇術師の記憶は受け継いでるんじゃないの?」
「ふむ、読み書きに不自由はない程度の記憶は受け継いでいるな。あとは力の使い方かな?いやぁ、途方に暮れることなく生活できたから非常に楽ではあったな。フハハハハ」
「そういうことじゃないくて!ってほんとに何も覚えてないの?」
「そんなことより、君は何者なのだね?リーナとも知り合いのようだし。まずは自己紹介したまえ」
「あっ!」
そこで何かに気づいたような表情をしたミサキがエスの仲間たちを見渡す。自分に注がれる視線から警戒心を感じ取ったミサキは、いずまいをただし皆へと自己紹介を始めた。
「あたしはミサキ。転生者にして世界の美食を求める者よ!」
「そして、唯一存在する『暴食』の悪魔よ」
「ちょっとリーナ!」
咄嗟にリーナの口を塞ぐミサキだったが、周囲の視線がそこまで変化していないことに驚き戸惑っていた。
「なんで?『暴食』の悪魔だよ。七大罪の悪魔とか聞いたら普通、驚いて逃げ出さない?」
エスの仲間たちやマキトたちは苦笑いを浮かべていた。
「今更、よねぇ」
「もう、ね」
サリアとターニャがそう呟くと笑いだしてしまった。それにつられ、マキトたちも笑いだす。
「なになに!?どういうこと?」
わけがわからないといった様子で狼狽えるミサキにリーナが説明を始めた。
「私たちね、七大罪の悪魔たちとは散々出会ってきてるのよ…」
「えっ!?」
「あなた、他のやつらに何も聞いてないの?」
「だってぇ。あたしは食べ歩きするのが趣味だし…」
リーナから視線を反らし、エスを見る。
「ほら、あたしは自己紹介したよ。今度はそっちの番」
「ふむ、そうだったな。私は奇術師エス、ファンタジーな世界を満喫するため旅をする者だ」
ミサキの紹介を真似するようにエスが自己紹介をする。
「ところで、悪魔の気配を消しているのは理解できるのだが、他の七大罪の悪魔たちと違って君は平和に過ごしているのだな」
「あたしは美味しいものが食べたいだけなのよ!実際こんな力要らなかったんだから…。まあ、寿命もなくなって趣味を長々満喫できているからそこは感謝してるけど」
その言葉に、妙な親近感を覚えたエスはふとあることに気づいた。
「そういえば、その話し方。もしかして…」
エスは懐から一冊の本を取り出す。古ぼけたその本を見たミサキの表情はみるみる青くなっていった。それは、こっそりと持ち出していた七聖教会の禁書庫で見つけた転生者らしき人物の書いたであろう日記であった。その書かれた内容とミサキの口調が似ていたため、エスがかまをかけてみたのだ。
「それ…」
「これは君の物ではないかな?」
「中を見たのかぁ!!」
エスが手に持つ本を奪い取ろうと伸ばしたミサキの手は、本をすり抜け空をきる。
「なっ!?」
目の前にいたはずのエスはミサキの背後に移動している。
「いやはや、所有者と証明してもらえないと返せないな。なんなら音読でもしようか?」
「ヤメテクダサイ」
そう言ってミサキが土下座をした。それを見かねたアリスリーエルがエスをたしなめる。
「エス様、いくら何でもやりすぎです!」
「ふむ、確かに。申し訳なかったな。いやぁ、ターニャと同じで揶揄いがいのあるタイプだったので、つい、な」
「「なんだと!」」
エスの言葉を聞き、声をあげたのはミサキとターニャだった。