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奇術師、押し潰される

 エスがフォルネウスを確認した頃、グアルディアとドレルは宿泊予定の宿の前へと到着していた。宿周辺には冒険者や兵士といった姿はなく、住人らしき者たちが建物に入り扉を閉める様子が見られるだけであった。建物の窓は、飛翔鮫の襲来が毎回のことであることを物語るように窓の外側を鉄格子で囲えるようになっていた。


「こんなところまで飛翔鮫が来るのかよ…」

「当然です。でなければ、あのような仕組みにはなってないでしょう」


 ぼやくドレルの横で周囲を見ていたグアルディアが周囲の建物の窓を指差し答える。窓の仕組み自体は宿へ来た際に確認済みだった。


「確かにそうか…。で、どうすんだ?」

「あなたは宿の裏手を頼みます。飛翔鮫程度であれば一人で問題ないでしょう?」

「当然だ。よっぽどあの森のやつらの方が厄介だしな」


 ドレルの言うやつらとは、人食いの森のモンスターたちである。実際の戦闘能力であればどちらも同等の危険度であるが、厄介な能力がない分、飛翔鮫の方が対処がしやすい。ドレルは、グアルディアに背を向け宿の裏手に向かおうとしたところで足を止める。


「お前の方こそ、ブランクがあるんだろ?やられんなよ。技術者の儂より始末した数が少なかったら笑ってやるからな」

「心配は無用ですよ。これでも鍛錬は続けてますので」

「そうかよ。んじゃ後でな」

「危なくなったらすぐ助けを呼びなさい。あなたはまだ王国のために働いてもらいたいので、すぐに助けに行きますよ」

「へいへい、よろしくな。英雄様」

「元、ですよ。裏は頼みました」


 ドレルの姿は宿の裏手へと消えていく。それを見送ったグアルディアは空を見上げる。そこには徐々にこちらへと向かってくる飛翔鮫たちが見えた。


「想像より数が少ないですね。エス様たちが間引いてくれているのでしょう。私も頑張りましょうか」


 そう呟き、数歩前に出たところでグアルディアの姿は掻き消える。消えたグアルディアの姿は一番近くにいた飛翔鮫の頭上に現れていた。落下する勢いのまま飛翔鮫の頭に踵落としを放つと、その衝撃により飛翔鮫は地面へと叩きつけられ動きを止める。落ちた先は道であり、石畳が砕けてはいるが建物への被害はない。落ちた飛翔鮫の背に降り立ち、グアルディアは次の獲物を探す。


「歳はとりましたが、まだまだこの程度相手に遅れは取りません。この数なら武器も必要ないですね。そうそう、エス様がヒレをご所望のようでしたので、傷つけないようにしないといけませんね」


 再びグアルディアの姿が消えると、他の飛翔鮫が叩き落されていった。

 グアルディアが飛翔鮫を落とし始めたのと同時刻、ドレルの目の前にも多数の飛翔鮫が近づいてきていた。


「ったく、めんどくせぇ。が、実験材料がいっぱいきたと思えばいいか。海に出てからテストは難しいしな」


 そう言うと、腰に下げたカバンから一本のハンマーを取り出し担いだ。明らかにカバンに収まりきるとは思えない巨大なハンマーだった。そのヘッドの部分は翠がかった銀色をし、柄の部分は濃い茶色で木製で、いわゆるミスリルと呼ばれる金属でできたハンマーだ。そして、それを取り出したカバンは、ドレルが監視の目を盗み制作した蔵一つ分ほどの容量がある、空間収納の魔法がかけられたカバンだった。


「ガハハ、やっぱりドワーフと言ったらハンマーだよなぁ。さて、ミスリルの力を試してみるか」


 ドレルは取り出したハンマーを掲げ、それを眺めながら呟く。ミスリル製の武器は多数の種類のものがカバンに収納してある。ドレルは自分の偏見からハンマーを選んで取り出したのだった。


「そら、降りてこい!」


 ハンマーを片手で持ち、もう片方の手に腰に下げたブランダーバスのように銃口が広がった短銃を構えると、目に入った飛翔鮫目掛け撃ち放つ。撃った弾は飛翔鮫に当たりはしなかったが、飛翔鮫たちの注意を引くことには成功した。ドレルの姿を確認した飛翔鮫たちが口を開き、次々とドレルへ飛び掛かってくる。


「よっしゃ、きたきた!おりゃ、どっせぇい!」


 掛け声とともにドレルがハンマーを振り回す。振り回されたハンマーは近付く飛翔鮫たちの頭を次々と粉砕していった。


「ふむ、ヘッドに欠けもない。耐久性は申し分ないな」


 ハンマーのヘッド部分の状態を確認したドレルは、次々飛び掛かってくる飛翔鮫を同様に頭を砕き始末していった。グアルディアとドレル、二人の活躍により道の敷石が破壊される程度の被害はあったものの、宿周辺は綺麗なままだった。

 グアルディアとドレルが戦っている頃、マキトたち三人も多数の飛翔鮫と相対していた。次々に飛翔鮫を倒しながら、三人は移動していく。


「マキト様、あちらが押されているようです」

「わかった。行くぞ!」


 アイリスの示す方向にマキトは走る。そこでは冒険者らしき者たちが苦戦していた。


「斬り裂け!」


 冒険者たちにとどめを刺そうと口を広げた飛翔鮫へとマキトが掛け声と共に剣を振る。飛翔鮫までの距離は十数メートル、剣の届く距離ではないが、振りぬかれた剣の軌道から光が放たれ、飛翔鮫の首を切り落とした。その光は、聖騎士たちが使う技に似ているものの、白い光ではなく青白く光っていた。


「た、助かりました…」

「ゆ、勇者様?」


 自分たちを助けたマキトを見て、冒険者たちが声をあげる。


「気をつけろ、飛翔鮫はまだいるぞ」


 マキトの声に鼓舞され、周囲の冒険者たちは飛翔鮫の撃退へと向かった。周囲の冒険者へと声をかけるマキトの背後に飛翔鮫が降りてくるが、飛翔鮫はマキトに近づくこともできず地面へと落ちる。地面へと落ちた飛翔鮫の頭上には両手のナイフを頭に突き立てたフィリアの姿があった。


「マキト、油断しない」

「フィリアを信じてたんだよ。ってあれは…」


 マキトの視線の先では灯台の周囲を乱舞し次々と飛翔鮫を屠っている光の鞭と、エスとフォルネウスの姿があった。


「あっちはあっちでとんでもないことになってんな。それにしてもフォルネウスまで出てくるなんて、ほんとに海龍に何かあったのか?」


 エスたちは知らないが、フォルネウスは海龍の領域に住むモンスターであった。それが遠く離れた港町まで来るということから、海龍に何かあったということは明確だった。


「あっちは任せても大丈夫でしょ。私たちはこっちをなんとかしましょ」

「そうだな。どちらにしろ海龍には会いに行くんだし、今は町を守るぞ」


 アイリスに促され、マキトは冒険者たちと共に周囲の飛翔鮫を撃退していく。マキトの参戦により、冒険者たちの士気は高まり被害を抑えつつ飛翔鮫たちを倒していった。

 同じ頃、サリアとターニャの姉妹は飛翔鮫を撃退していた。周囲には人はおらず家の壁に体当たりしている飛翔鮫を中心に倒していく。


「姉さん、きりがないよ」

「泣き言言わないの。ほら、あっちをやるわよ」


 槍を手にサリアは次のターゲットへと走り出す。


「待って」


 そのサリアの後をターニャが追うが、ふと灯台の方を見て足を止めた。


「ね、姉さん。アレ」


 ターニャの声にただならないものを感じ、足を止めたサリアはその視線を追う。そこにはフォルネウスの姿があった。


「あれは、フォルネウス。また、すごいのが来たわねぇ」

「暢気なこと言ってないで、助けに行かなくちゃ!」

「大丈夫よ。あれ、誰だと思ってるの?」


 そこでターニャはようやくフォルネウスと灯台の間、空中に立つエスの姿に気が付いた。


「あ…」

「だから大丈夫よ。私たちはこっちを片付けるわよ」

「うん」


 サリアとターニャの二人は、エスであればフォルネウスが相手でも問題ないと確信し、家を破壊しようとしている飛翔鮫たちの撃退に集中していった。

 リーナは周囲の飛翔鮫をほぼ殲滅し、積みあがった飛翔鮫の死体の山の上でのんびりと灯台とその奥に見えるフォルネウスを眺めていた。


「アリスもずいぶん変わった魔法を使うようになったわね。それにしても、まさかフォルネウスが出てくるとは思わなかったわ。まあ、エスがいるし大丈夫でしょ」


 リーナは周囲を見渡すが、すでに一帯は飛翔鮫の殲滅が完了していた。


「他のところも大丈夫そうね…」


 周囲を眺め、そう呟いたリーナはフォルネウスの前に現れたエスを見つける。


「はあ、エスが何かしでかさないか、不安ね」


 エスが何か問題を起こさないか心配しつつ、様子を見ることにした。

 アリスリーエルは飛翔鮫を殲滅し終えると魔法を解く。そして、エスの方へと視線を移すとエスが落下していくところであった。


「え?」


 次の瞬間、フォルネウスが吐き出した水が消滅し、続いてフォルネウスが一瞬で干乾びてしまう。


「これは【強欲】の力?」


 落下していったエスを見ると、エスは何もない空中にふわりと降り立つ。そして、笑っているのを見てホッとした。


「よかった。って、エス様!」


 アリスリーエルは声をあげる。目の前で干乾びたフォルネウスが、エスへと落下するところだった。アリスリーエルの目の前でエスは落下するフォルネウスの下敷きになってしまう。


「エス様!?」


 それを見たアリスリーエルは灯台から飛び降りると魔法を発動する。七聖教会で覚えた浮遊の魔法だった。焦る気持ちを抑えつつ、アリスリーエルはゆっくりと、横たわるフォルネウスの傍へと降りていく。


「早く、早く…」


 そう小さく呟きながら、アリスリーエルはフォルネウスの傍へと降り立った。フォルネウスの周囲を見るが、エスの姿は見つけられない。


「まさか…」


 アリスリーエルはエスが押しつぶされてしまったのではと思い、フォルネウスを動かそうと魔力を集中させる。


「待ちなさい」


 そんなアリスリーエルの肩に手を置きリーナが制止する。リーナはエスが押しつぶされる様子を見ており、それを追うように飛び降りたアリスリーエルを助けようとここまで来ていたのだった。


「リーナさん…」

「エスなら大丈夫よ。アリスも落ち着いて確認してみなさい。エスの気配は消えてないわよ」

「はい…」


 リーナの言葉を聞き、冷静さを取り戻したアリスリーエルは周囲の気配を探る。すると、場所まではわからないものの、確かにエスの気配を感じたのだった。


「エス様の気配、でもどこに?」


 アリスリーエルの言葉に応えるように、背後にあった石畳がガタガタと揺れると蓋を開くように持ち上げられた。


「よっと。やれやれ、土まみれになってしまったな…。おや?アリスにリーナ、こんなところでどうしたのだ?」


 地面から現れたのはエスだった。フォルネウスを受け止めるのも面倒に感じたエスは、地面に潜り移動していた。


「ほら、言ったでしょ?」

「はい。エス様、心配しました…」

「ほう、それは申し訳なかったな。私もちょっと手加減を間違えてしまったようだ。フハハハハ」


 体につく土埃を払いつつ、アリスリーエルに答えた。


「ふむ、これでは干物だな。見た目もあまり美味しそうではなくなってしまったな」


 エスは横たわる干物となったフォルネウスを見ながらそんなことを呟いた。それを聞いたリーナは肩を竦める。そして、周囲を見渡すと飛翔鮫はほぼいなくなっていた。


「どうやら、他の飛翔鮫たちも撃退できたみたいね」

「そのようだな。では、サリアとターニャと合流して宿に戻るとしよう」

「マキト様たちはよろしいのですか?」

「勇者君たちは勝手に帰ってくるだろう」


 そう言って歩き出したエスの後を、アリスリーエルとリーナが追いかけた。


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