奇術師、港町を守る
ステージの上では参加者の三人が一斉に焼き魚に手を付ける。しばらく眺めていると、肥満体の男が早々にリタイアしていった。
「ふむ、見た目的にあの男が一番食べそうだったのにな」
「そうか?それよりもアレ見てみろ」
ドレルは信じられないものを見たような表情を浮かべ、会場の方を指差している。エスはドレルの指差す方へと視線を移すと、少女が凄まじい勢いで焼き魚を食べていた。すでに半分近く骨だけとなっており、自分と同じ体積近く食べているにもかかわらず、その食べる速度は衰える様子はなかった。
「フハハハハ、一体どこに入っているのだろうな」
エスが言うように、少女の腹はあれだけの量を食べているにも関わらず、少しも膨らんではいなかった。しばらくして、大食い大会は終了する。結果は少女の圧勝、もう一人の男は半分も食べられていなかった。
「予想外の結果だったな。しかし、この世界にもこんな大会があるのか。実に面白い。他の土地にも変わった祭りがあるのだろうか?」
「わたくしが知る限りでも、たくさんのお祭りがあるようですよ」
「ほほう、では目的地が決まらないときは、祭りを目的にして決めてもいいかもしれないな。おや?」
優勝した少女に賞金や景品が渡されていた時、周囲が急に騒がしくなってきた。
「なんだ、何かあったのか?」
「マキト様、あちらを」
騒ぎに気付き、辺りを見渡していたマキトにアイリスが声をかける。エスもそちらに視線を移すと、港と思われる方で爆発音が聞こえた。それは魔法によるものだと、感じ取った魔力の流れからわかった。
「おやおや、喧嘩かな?」
「喧嘩であんな爆発は起こらないでしょ。なんかあったみたいね」
暢気に様子を見ていたエスとは違い、リーナは注意深く港の方を見ていた。
「どうする?行ってみましょうか?」
「それ、野次馬しに行きたいだけだよね…」
サリアの言葉にターニャは呆れたような声をあげる。サリアの言葉にエスはひとつ頷き、付近を慌ただしく走る厳つい男の腕を掴んで止めた。
「何しやがる!ってなんて馬鹿力だよ!」
男はとっさに振り払おうとするが、エスの握力からは逃げられなかった。
「いやはや、忙しいところすまないな。何かあったのかね?」
「あぁ?港に飛翔鮫の大群が来やがったんだ。豊漁祭じゃ珍しくもないんだがな。いつもより数が多くて人手を集めてんだ。わかったら、早く放してくれ!」
知りたい情報を得られたエスは、言われた通り手を放した。
「それはそれは、すまなかったな。情報をありがとう」
「ったく、なんつう力だよ…。そんな力があるなら、飛翔鮫の撃退を手伝ってくれ!武器も持ってるみてぇだし、あんたらも冒険者なんだろ?」
エスとグアルディアは武器など持っていないが、仲間たちは武器を携えている。
「ふむ…」
エスは顎に手を当て考える。そして、その様子を足を止め見ていた男に問いかける。
「その飛翔鮫というのは食べられるのかね?」
「えっ!?あ、あぁ一応ヒレは旨いとは聞いたことがあるな…」
不思議そうに答える男の言葉を聞き、エスは両手を広げ空を仰いだ。
「フハハハハ、それは素晴らしい。いいだろう、手伝おうではないか!」
「そう言うと思ったよ…。フィリア、すまないけど様子を見てきてくれ」
「わかった」
手伝うと言ったエスを見てため息をつくマキトだったが、自分だけでも助けに行くつもりだった。マキトは、フィリアに先行してもらい様子を見てきてもらおうと頼む。それをフィリアは了承し、港へ向けて駆け出した。
「ふむ、ターニャも一緒に行ってきたまえ」
「えぇ…。仕方ない…」
エスに言われ、ターニャが渋々といった感じでフィリアの後を追っていった。
「さて、我々も行こうか。どんな鮫なのだろうな。楽しみだ」
「やれやれ、仕方ねぇ」
ドレルの声をきっかけに、笑いながら港へと歩くエスの後ろを仲間たちが追おうとしたところで、グアルディアが声をかける。
「ドレル、あなたは私と共に宿に戻りますよ」
「なんでだよ」
「飛翔鮫の能力からして、私たちの泊まる予定の宿が襲われる可能性がありますからね。せっかく金も払ってあるのですから、守りに行きますよ。野宿は嫌でしょう?」
「なんだ、てめぇその鮫のこと知ってんのか?」
「ええ。というわけで、皆さま、アリス様のことを頼みます」
グアルディアはリーナとサリア、そしてマキトたちに一礼すると、ドレルを連れて宿の方へと歩いて行った。その間にも魔法と思われる爆発音がする場所が港方面だけでなく、他の場所にも広がっていった。
エスたちは港へと歩いていく。それまで、商人や子ども連れの女性とすれ違った。それとは逆方向、冒険者や船乗りたちがエスたちを追い抜き、港へと走って行っている。時折、突き飛ばされ転んだ子どもや、女性たちに手を貸しつつエスたちも港へと急いだ。
「いやぁ、祭りに喧嘩は付きものだが、相手が鮫とはな」
「エス様、フルクトスの豊漁祭の時期は飛翔鮫が港に現れるのが恒例のようです。一説では、豊漁祭で振舞われる食材を目当てに来ていると言われてます」
「ほほう、なかなか賢い鮫ではないか」
「賢いとかいう問題か?俺も聞いたことはあるが、港以外が襲われるってのは聞いたことがないぞ」
「ふむ、つまりいつもと違うということか…」
そんな会話をしているうちに、エスたちは港へと到着した。すでに喧嘩というよりは戦争のような状況だった。視線の先で飛び回る鮫を見つけ、エスは歓喜の声をあげる。飛翔鮫はトビウオの体に、鮫の頭と背ビレを持つ姿だった。
「フハハハハ、この世界の鮫は実にアグレッシブなのだな」
「笑い事じゃないぞ!」
ターニャの言うように笑い事ではなかった。冒険者や船乗りたちの人数より飛翔鮫の数の方が多く、状況はあまりよくはなかった。今も目の前で鮫に咥えられ、海へと連れ去られる者がいた。
「やれやれ、せっかくの祭りなのに殺伐としすぎではないか?」
「そんなことより、助けに行くぞ!」
「私も行きます!マキト様」
走り出したマキトにアイリスが続く。その前方からはフィリアとターニャが戻ってきていた。フィリアはマキトたちと合流すると、そのまま飛翔鮫の撃退へと向かっていった。
「エス、どうも飛翔鮫の数がいつもの三倍くらいいるらしい。このままだと、被害が大きくなるぞ」
「ほう、人が減るのはあまりよろしくないな」
「そうね。ここは手を貸しましょ」
リーナはいつもの曲刀を両手に持つと飛び上がり、近くにいた飛翔鮫の首を切り落とすと、その体を足場に次の飛翔鮫へと飛び掛かっていった。
「ここは盛大に恩を売って、ヒレを使った料理とやらを誰かに作ってもらうとしよう」
「結局食い物が優先かよ…」
「ターニャ、私たちはあちらを助けに行きましょう」
「うん」
槍を取り出したサリアはターニャを連れ、リーナが向かった方とは別の方向へと走り出した。
「アリス、宿に戻っていてもいいのだぞ?」
「大丈夫です。わたくしも戦えます。それに…」
話をする二人に飛翔鮫の一匹が、口を広げ飛んできていた。エスはそれに気づいていたが、エスが何かをするよりも早くアリスリーエルの杖が光ると風切り音が聞こえ、それと同時に飛翔鮫の首が切断された。
「チサト様に教えていただいた魔法も、いくつか試してみたかったのです」
「フハハハハ、イイ趣味だな。いいだろう、では蹴散らすぞ」
「はい!」
「ひとまず、あそこがイイな」
「えっ!?きゃっ!」
エスはアリスリーエルを抱えると、目の前にあった灯台らしき建物の一番上へと登っていく。空中を足場とし途中襲ってくる飛翔鮫を蹴り飛ばしながら、エスは灯台の最上部へと到着すると眼下を見渡す。広がる海と街並みを見て、エスは満足げな表情を浮かべた。
「ふむ、絶景かな。さて、ここからなら魔法の射線も通るであろう?」
「そうですね。あまり威力が高いと他の人も巻き込んでしまいそうですが…」
「そこは加減するしかないな。こんな感じに」
エスが指を鳴らす。その瞬間、灯台周囲を飛んでいた飛翔鮫たちの首が切断され、地上へと落下していった。
「わたくしは、まだそこまでの魔力操作はできませんよ」
「できないのなら訓練するのだ。まあ、ああやって近づいてくるやつを落とすだけでも良いかもな」
エスの指差した先に、こちらに向かってくる飛翔鮫が一匹見える。アリスリーエルは杖をかざし魔力を集中させると、先ほどと同じ風切り音が響き飛翔鮫の首を切り落とした。アリスリーエルが使った魔法は真空の刃を高速で飛ばすもので、大抵のモンスターであれば簡単に屠れるレベルのものだった。ただし、それは単体相手の場合であり今回のような範囲制圧が必要な場面では力不足でもある。そこで、アリスリーエルは発動が早い先ほどの魔法とは別の魔法を選択する。
「これで」
アリスリーエルが使う魔法を見ようと、エスは一歩下がり様子を見る。アリスリーエルの構えた杖の先では光が集まると、そこから光の鞭のようなものが伸び周囲を薙ぎ払った。その光の鞭の軌道上にいた飛翔鮫たちは、光の鞭に切断され息絶えていく。そのまま、杖を振り光の鞭を使い飛翔鮫を次々と屠っていった。
「これでは私の出番はなさそうだな。とりあえず…」
灯台周囲の飛翔鮫はアリスリーエルの魔法で次々と数を減らしていた。エスは周囲の飛翔鮫を倒すことから、仲間たちのサポートへと思考を切り替える。
「アリスリーエルの周囲は問題なし、おっと」
エスがふと向けた視線の先、一匹の飛翔鮫を倒したリーナの背後に別の飛翔鮫が口を開き食らいつこうとしていた。リーナがそれに気づき振り返った瞬間、飛翔鮫の頭が何かに握りつぶされたかのように鈍い音を立て潰れた。リーナはそのまま、地上へと降り立つと灯台の上部へと視線を移す。ほんのわずかな魔力の流れから、先ほどの魔法がどこから放たれたかわかっていたからだ。視線の先で、エスがこちらに手を向けているのが見えた。
「あの距離から…。相変わらず、すごい魔力操作ね。まあ、鮫なんかに幻惑魔法なんてあまり効果がないだろうし、空間魔法を使うのはわかるけど…。あなた、肉弾戦でも余裕でしょ!」
灯台を睨みリーナは吐き捨てる。リーナの言う通り、幻惑魔法はモンスター等が相手の場合、効果が薄いことが多い。天敵の姿を見せたりする場合なら効果はあるだろうが、初めて見る生物の天敵などわかるわけもない。そんなリーナの声が聞こえていないにも関わらず、エスはやれやれと首を振った。
「せっかく助けたのに、あいつはなんで怒っているのだ?まあいい、他はどうかな?」
他の場所の様子を伺うと、サリアとターニャが次々と飛翔鮫を倒していた。マキトたちも問題なく飛翔鮫の数を減らせているようだった。
「ふむ、これでは私がやることがないな」
「エス様!」
光の鞭で飛翔鮫を倒していたアリスリーエルがエスを呼ぶ。エスがアリスリーエルを見ると、別の方を凝視していた。その視線をエスは追う。そこには、とても巨大な鮫らしき生物がいた。それは飛翔鮫と違い、見た目は鮫そのものではあったが、その胴の両側にはエイを思わせる幅広いヒレがついていた。そのヒレを鳥の翼のように羽ばたかせながら、ゆっくりとそれは近づいてきていた。
「また変わった鮫だな。エイなのか?」
「あれは、フォルネウス。かなり危険なモンスターです」
「フォルネウス、鮫やエイに似た姿をした悪魔の名前だったかな。やれやれ、この世界を作った神は本当に手当たり次第にモンスターを生み出したのだな。少しくらいルールを作ったらどうなのかね…」
そう考えながらもエスは七聖教会で読んだ手記を思い出す。
「…まあ、神が死んでいるのであれば今更問いただせないがな…」
アリスリーエルには聞こえない呟きを残し、エスは空中を歩いていく。
「エス様!?」
「アレは私が引き受けるとしよう。アリスは周囲の者を助けてやりたまえ」
「わかりました。ご武運を」
見送るアリスリーエルに頷き返し、エスはフォルネウスの前へと進んでいく。エスの姿に気が付いたフォルネウスが威嚇するように咆哮するが、エスは気に留めることなくフォルネウスの前に立ち塞がった。
「知識と人望を授けると言われる悪魔も、この世界ではただの鮫とエイの混ざった生き物か。まあ、実現したファンタジーなどその程度なのかもしれないな。いやはや楽しい、実に愉快。このようなものが見れるだけで私はワクワクしてくるよ。だが、君のようなものが町に来られても迷惑なのだ。帰ってはくれないかね?」
エスの言葉など意に介さず、フォルネウスは突如速度を上げエスへと突進してきた。
「会話はできないか。本当にやれやれだ…」
突進してくるフォルネウスへと、エスは手をかざす。突進してきたフォルネウスは見えない壁にぶつかったようにその動きを止めた。エスは自分の目の前の空間を固定し、壁のようにしていたのだった。
「君の考えはよくわかった。では、排除するとしよう。ところで、君もどこか美味なる部位はあるのかな?」
エスは食べるつもりはなかったのだが、フォルネウスをまじまじと観察する。その視線にわずかにフォルネウスが怯んでいた。
「見れば見るほど、鮫とエイを融合させたような姿だな」
ふと、町の方を見るとすでに飛翔鮫は数少なくなっていた。それを確認したエスはフォルネウスへと視線を戻す。
「喧嘩は終わりだ。君も退場したまえ!」
徐に指を鳴らそうとしたエスへ向けて、喉を膨らませたフォルネウスが何かを吐き出した。それは高圧力が掛けられた水であり、このままエスが躱してしまったら、町が一部消し飛んでしまう威力をしていた。先ほど使っていた空間魔法は別の魔法を使おうとしていたため、すでに解除してしまっている。たとえ先ほどの魔法で防いだとしても、少なくとも自分の足元の家々には被害が出ると思われた。そんな中、エスは高速で思考を巡らせる。
躱すことは不可能、何より背後にはアリスのいる灯台もあるしな。時間もない、ただの水であればいいが…。
エスは指を鳴らすつもりだった手をフォルネウスへと向ける。
「水…。いや、『水分を奪う』!」
その瞬間、エスは空中で制止することができず地上へと落下していく。【奇術師】の力を消し【強欲】の力を発動したからだ。【強欲】の力はエスの宣言通り、フォルネウスが吐き出した水を一瞬にして奪い去る。吐き出された水がすべて消えたことを確認し、エスは素早く【強欲】の力から【奇術師】の力へと切り替えると、地上に激突する間一髪のところで空中で制止した。
「フハハハハ、大成功!…ん?」
自分の周囲が突然暗くなり、エスは驚き上空を見上げる。そこには落下してきているフォルネウスの体があった。その巨体をよく見ると、まるで干物のようにカラカラに乾燥していた。
「なるほど、咄嗟すぎて力の加減をしくじったようだな…」
エスは【強欲】の力の加減を間違い、フォルネウスの体にある水分すら奪い去っていた。そのため、干乾び絶命したフォルネウスがエスの上へと降ってきていたのだった。そのことに気づいた時にはすでに遅く、フォルネウスの体は下にいたエスを下敷きにし地上へと落下した。