奇術師、豊漁祭を見物する
港町までもう間もなくというところで、エスたちは野営をし夜を過ごしていた。そのまま進んでいれば、今頃港町に到着していたが夜間に到着したところで宿が取れる保証もなく、町の門も閉まっている可能性があることからもう一晩外で過ごし、翌朝向かうこととなった。
特に変わったこともなく翌朝を迎え、エスたちは港町へと向かう。町を囲むモンスター対策の外壁が見えてきたところでドレルが馬車内に声をかけた。
「おい、町が見えてきたぞ」
声を聞き、馬車内から御者台の方へと顔を出したのはエスだった。
「ほほう、あそこが例の港町か。ところで、町の名はなんというのだ?」
「確か、フルクトスと呼ばれていたかと」
エスの疑問に答えたのは、エスの横から同じように顔を出したアリスリーエルだった。
「フルクトスで合っています。流石、アリスリーエル様です」
そう言ってアリスリーエルを褒めたのは、ドレルと共に御者台に座るグアルディアだった。
「エス様、アリスリーエル様も馬車内へ。そろそろ町の門に着きますので…」
グアルディアに促され、町の外壁を眺めていたエスとアリスリーエルは馬車内へと戻る。馬車はすでに外壁近くへとたどり着いており、馬車の前方には町へ入るためたくさんの人が並んでいた。エスたちが乗る馬車は、その列の最後尾へと並んだ。
「なんだ、他国とはいえ王族が一緒なんだし横から行けばいいんじゃないのか?」
馬車の中で商人や旅人と同じように並んだことを不思議に思ったマキトが呟く。
「旅を楽しむためにも一般的な旅人と同じようにするべきであろう?」
「そうは言ってもよ…」
マキトは馬車から外を見渡す。同じように並んでいる商人や旅人たちはエスたちが乗る馬車を興味深げに眺めていた。それもそのはず、金属の馬が引く馬車など見たのは初めてなのだから無理はない。
「こんな馬車じゃ、どう考えても貴族のような金持ちだと思われるだろ?」
「そうですね。少々目立っていますし、衛兵のところへ行ってきましょう。ドレル、そのまま並んでいてください」
グアルディアが御者台から降りると、馬車の後方からマキトも飛び降りた。
「俺も行く。この国なら俺も顔パスだからな」
「では、マキト様も同行をお願いしましょう」
笑みを浮かべたマキトの言葉をグアルディアは了承し、二人は列の脇を通り門の方へと歩いて行った。マキトの姿に気づいた商人や一部の旅人が騒いでいるが、何を言っているかまではエスたちにはわからなかった。
しばらくして、グアルディアとマキトが戻ってくる。その背後には、二人の衛兵らしき姿が見える。
「ドレル、町へ行きますよ」
「へいへい」
御者台へと上りながらグアルディアがドレルへと伝える。マキトも馬車の後方から馬車内へと入った。付き添ってきた衛兵に案内され、エスたちを乗せた馬車は列の横を通り港町フルクトスの門まで来た。身分証明も必要とされず町へと入る。
「ふむ、身分証明も要らないとはいささか不用心ではないか?」
「それは俺が乗ってるからな」
町へと入る馬車内で疑問を口にしたエスに答えたのはマキトだった。
「衛兵に俺が乗ってる馬車だって言っただけだけどよ」
「勇者様御一行であれば身分証明の必要はない、と衛兵の方が言ってました。とりあえず宿へと向かいましょうか。マキト様、どこかいい宿はご存じないですか?」
「そうだな、小僧案内してくれや」
「小僧って言うな!」
グアルディアと交代しマキトが御者台へと移動すると、ドレルに宿の場所を案内し始めた。宿への道中、道行く人たちが馬車を興味深げに見ている。その視線対してドレルもマキトも平然とした表情で宿を目指していた。マキトは元々、勇者ということで人目に触れてきていたから慣れていたが、ドレルは性格上気にもしていないだけだった。馬車内のエスたちも、理由はそれぞれとして人目にさらされること自体、ただ一人を除いて気に留めたものはいなかった。
「なんで、こんなジロジロ見られてるのに、みんな平気なんだよ…」
呟いたのは周囲の視線に居心地悪くしていた一人、ターニャだった。
「ステージに立ったら人の視線はこんなものではないぞ?」
「わたくしは、王城で慣れました。ここ数年は人に会ってませんでしたが…」
「私も同様です」
「俺たちも勇者なんてやってる手前、人目は慣れたな」
エスは奇術師をしていたため、人目には慣れていた。アリスリーエルとグアルディアも王族とその関係者である以上、人目にさらされる機会は多かった。マキトたちは、勇者という肩書のため、どこに行っても人に囲まれることが多い。そのため、多少の人に見られる程度で動揺することはなかった。
「でも、なんで姉さんもリーナも平気なんだよ」
「私は舞踏家、踊り子よ?エスと同じで人目には慣れてるわ」
「私は、気にもしてないわねぇ」
「…姉さん」
リーナもエス同様に人目に慣れていた。サリアは、その性格ゆえか一切人目を気にしていなかった。
「おいおい、ターニャの嬢ちゃん。儂はスルーか?」
「ドレルは、気にしてなさそうだし…」
「どういう意味だ!?」
ターニャの言葉に対し怒鳴ったドレルだったが、ドレル以外は笑っているだけだった。しばらくして馬車は一軒の宿へと到着する。
「ここだ」
「ほほう、なかなかいい宿じゃねぇか」
馬車から全員が降りると、ドレルが馬車を魔道具に格納した。
「相変わらず、実に便利な道具だな」
「便利にするために道具を作るんだろうが。道具を作って便利にならないとか、何のために作ってるのかわからんだろ?」
「まあ、その通りだな」
「では、部屋を取ってまいりますね」
「俺も行く」
エスとドレルが話をしていると、グアルディアがマキトを伴い宿へと向かった。待っている間、エスは街並みを眺めていた。見た目は白く神都の建物と同じような素材でできているようだった。
「この町も白いのだな」
「ああ、神都ができた後に作られたらしいからな。神都と同じ造りなんだろうよ」
「海沿いで白い街並み、まるで前世の地中海を思い出させる風景だな」
「確かにそうだな。こっちは石灰なんて一摘みも使ってねぇけどよ」
エスとドレルが他愛のない話を続けていると、宿からグアルディアとマキトが出てくる。
「お待たせしました。部屋を取りましたので中へ。ただ、部屋数が少ないので部屋割りをしないといけませんね」
「それと、どうやら豊漁祭をやってるらしいぞ。そのせいで、宿の空き部屋がほとんどなかったんだ」
「ほほう、豊漁祭だと!」
マキトが口にした豊漁祭という言葉にエスが素早く反応した。
「イイな。地元の祭り、実に旅の醍醐味ではないか。早速見物に行こう!」
「そうですね。お祭り、楽しそうです」
早速祭りを見に行くというエスに、アリスリーエルが同意する。
「そうだな、手荷物も少ない。馬車も格納済み、実に楽な旅だ。このまま見に行くとしよう」
エスが言うように、旅の荷物に関してはマキトの無限収納に納められている。そして、馬車もドレルの魔道具で格納済みなため、かさばるものは何一つなかった。
「でしたら、私は宿に残っていましょう。部屋割りは、決めておきますので問題があれば戻った後にでも変えてください」
グアルディアの言葉に、エスたちが首肯する。
「んじゃ、行ってみようぜ。俺もここの祭りは久しぶりだ。確か港の方でやってるはずだぞ」
「では、案内を頼むぞ勇者君」
マキトの案内で、エスたちは港へと向かい歩いていた。港に近づくにつれ、行き交う人が増えていく。徐々に、道の脇には屋台が現れ始めていた。屋台の売り物を眺めてみると、港町らしく魚介類を使った料理に貝や珊瑚のようなものを使ったアクセサリー、海のモンスターの素材と思われる甲殻やヒレを売っている店もあった。
祭りの賑やかな雰囲気にエスの仲間たちも心を躍らせる。そんな中、アリスリーエルがエスの腕を掴み、道の先を指差した。
「エス様、あちらで何かやっているようですよ」
アリスリーエルが指差す方をエスも見てみる。そこでは、大きな舞台のような場所に人がたくさん集まっていた。舞台上では数人が立っており、観客に紹介されているようだった。その舞台の上部に掲げられていた看板を見てみる。
「どうやら、大食い大会のようなことをしているようだな。それにしても、アリスもずいぶん楽しそうだな」
「あ、す、すみません」
エスに言われ、アリスリーエルは無意識にエスの腕を掴んでいたことに気づくと、頬を赤らめ掴んでいた手を放した。
「謝ることはない。祭りは楽しむものだからな。面白そうだし見に行ってみるとしよう」
「はいっ!」
エスたちは、大食い大会を行っている舞台へと近づいていく。その時、エスにリーナが囁きかけた。
「エス、気づいてる?」
「ああ、いるな。勇者君たちは、どうやら気づいてないようだ」
エスの視線の先では、楽しそうに屋台を覗くマキトたちがいた。エスとリーナが感じたのは、気を抜いたら気づかない程度、ほんの僅かな悪魔の気配だった。気配が弱すぎて一体どこに気配の主がいるのかわからない。
「どうしようもないな。警戒はしておくとしよう」
「そうね…」
二人は警戒しつつも、舞台上を仲間たちと共に眺める。大会はすでに決勝のようで、設置されている三組の椅子とテーブルに出場者と思われる三人が座る。一人は、いかにも海の男といった風貌をしていた。もう一人は、どう見ても肥満体としか言いようのない太った男。そして、最後の一人は、黒髪のショートヘアで細身の少女だった。どう見ても場違いなその少女は、期待に満ちた目で料理が運ばれてくる方を見ている。そんな少女の視線の先で、最後の料理が運ばれてきていた。
「フハハハハ、凄まじい料理だな」
その料理は、一般的な大人と同じくらいの大きさをした焼き魚であった。
「しかし、一体どうやって調理しているのだろうな。普通に焼いて中まで火が通るのか?」
「火魔法でも使ってんだろ。というか、あの嬢ちゃんにアレが食えるのか?体の倍はあるぞ」
ドレルが言うようにスレンダーな少女の体と比べ、運ばれてきた魚は倍ほどの大きさがある。それを少女は満面の笑みで眺めていた。口元は今にも涎が垂れそうだった。それとは対照的に他の出場者二人は、少々青褪めた表情をしている。
そして、大食い大会の決勝が始まった。