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奇術師、野営をする

 岩殻蟹との遭遇後、特にこれといった問題も発生することなく、エスたちは港町への進んでいた。現在のブラススレイプニルの脚は六脚、馬車の性能もあり比較的揺れも少なく移動できる最速の状態だった。すでに日は傾き始めている。


「今日はこの辺で野営だな」


 ドレルはそう言うと、馬車を停めた。周囲はすでに荒地や岩だけの荒野というわけではなく、草花が生える場所も見受けられた。馬車から飛び降りたエスが伸びをしながら周囲を見渡す。


「やれやれ、馬車に乗っているだけでは体がなまってしまうな…」


 遠目にモンスターや動物らしき姿は確認できるが、こちらを襲ってくる様子はない。先に降りたエスを追うように、降りてくるアリスリーエルに手を貸す。サリア、ターニャの順で馬車から降りた後、マキトたちが降り最後にリーナが降りてきた。


「さあ、野営の支度をしましょ」

「サリア嬢ちゃんの言う通りだ。お前らも手伝え」


 薪を右脇に抱え、左肩に麻袋を担いだドレルが声を上げる。その背後を同じように麻袋を肩に担いだグアルディアが立っていた。ドレルに促されるまま、エスたちは野営の準備を進めていく。ここまでの数日、ほぼ毎日のように野営をしていたため、準備に手間取ることはなかった。

 野営の準備が終わり、焚火の側でのんびりとしているエスの元へ、サリアが近づいてきた。その手には包丁が握られている。


「エスさん、ちょっといい?」

「どうかしたのか?」


 サリアに呼ばれ、後をついていくと昼間に倒した岩殻蟹の脚が台に置かれていた。その傍にはターニャが立っている。サリアの持っていた包丁で気づいてはいたが、今日の食事当番はサリアとターニャだった。食事の準備は野営を始めた日から、当番制にしようと全員で決めていたのだ。


「これ、殻が切れないのよぉ。エスさんなら切れる?」


 そう言って、サリアはエスに手に持っていた包丁を渡す。包丁自体はありふれた鉄製の物だ。エスは手渡された包丁の背で岩殻蟹の脚を叩いてみる。すると、まるで金属をぶつけるような音が鳴った。


「いやはや、このファンタジーな蟹の殻はキチンではないのか。一体何でできているのやら…」


 エスはとりあえず、試しに切ってみようと包丁の刃を立ててみる。しかし、エスの力をもってしても、押しても引いても全く切れる気配がない。それどころか、包丁の刃がわずかにかけてしまっていた。


「フハハハハ、実に硬い。死んでも食べられたくないようだな」

「やっぱ、エスでも無理か」

「どうしましょう」


 蟹の調理方法を悩むサリアとターニャだった。そこにエスの笑い声に誘われたのか、マキトとアイリス、フィリアの三人がエスたちの元へと近づいてきた。


「何やってんだ?」

「おお、丁度いい!勇者君、ちょっと頼みがあるんだが…」


 エスは台の上の岩殻蟹の脚を指差す。


「これを勇者君の剣で切ってくれないか?そうだな、こう真っ二つな感じに」


 どう切るのかを、エスは指で示してみせる。横一線、台の上に横たわる脚をエスが口にした通り真っ二つにする軌道だ。


「ああ、構わんけどよ。その包丁で切れなかったのか?」

「切れていたら勇者君に頼んだりしないだろうに。もう少し頭を使いたまえ…」

「…こぉんの野郎!」


 馬鹿にしたような視線でマキトを見るエス、その表情を見てマキトは拳を握りしめていた。その握りしめた手から力を抜き、ため息をつきつつもマキトは腰の剣に手を伸ばす。


「…まあいい。その蟹は俺も食べたいし、やってやる」

「ツンデレというやつか?」

「うるせぇ!」


 マキト以外の者が台から離れると、マキトは剣を抜き構える。その刃に薄らとした光を宿し、台の上の岩殻蟹の脚を一閃した。包丁の刃を一切通さなかった岩殻蟹の脚は、エスが示した通りに綺麗に切り裂かれた。


「ふむ、素晴らしい。あれで調理できそうかな?」

「ええ、大丈夫よぉ」

「あとは任せとけ」


 問いかけたエスにサリアとターニャが答え、調理を再開する。それを眺めていたエスの元へ、剣を鞘に納めながらマキトが歩いてきた。


「これでいいのか?」

「ふむ、十分だ。それにしても、力を使ってまで切るとは、本当に勇者君も蟹が楽しみなのだな。フハハハハ」

「美味いものが食べたくて、って悪いかよ!」


 笑うエスに、マキトは怒りの表情を向けていた。そんな二人の諍いを止めるように、何かを切断する鋭い音が響く。音のする方、岩殻蟹の脚が置かれた台の方へと二人が視線を向けると、そこでは愛用の槍を構えたサリアが台に向かい立っていた。サリアの視線の先では、殻がついたまま食べやすい大きさに切り分けられた、岩殻蟹の脚が並んでいる。


「これなら切れるわねぇ」

「いや、姉さん。やりすぎだよ…」


 勢い余ってか、岩殻蟹の脚を乗せていた台にも槍による傷がついている。


「やれやれ、勇者君。皆に悪い影響が出ているようだぞ」

「…ああ、そうかよ…」


 剣で切れといったのはお前だろうに、そう言いたげな視線をエスに送りながらマキトはため息をつく。

 その後、食事を済ませたエスは眠る仲間たちの邪魔にならないよう少し離れた場所へと来ていた。野営のため、焼いたり煮たりと簡単な調理法だけだったが、岩殻蟹の脚は大変美味だった。眠る必要もなく見張りの交代までは暇なエスは、魔法なりの練習をしようと手頃な相手を探している。


「さて、丁度よさそうな相手はいないかな?」


 エスは周囲を見渡す。モンスターをちらほら見かけるが、そこそこ大型のものが多いように感じた。


「ふむ、アリスがいればどんなモンスターなのかわかるのだが…。まあ、ないものねだりをしていても仕方がない。とりあえず、あの大きな犬?猫?にしようか」


 エスの視線の先には、全長2メートルを越える犬の体に山猫の頭を持った生物がいた。アリスリーエルがこの場にいたのなら、それがグーロと呼ばれるモンスターであるとわかっただろう。エスは、無防備にグーロへと近づいていく。


「ふむ、犬のなのか猫なのか…。まあいい、一緒に遊ぼうではないか!」


 グーロは自分に近づいてくるエスを見つけると、唸り声をあげエスめがけて走り出す。エスはそれを笑みを浮かべながら眺めていた。

 そんなエスの様子を、見張りをしていたリーナとアリスリーエルが見ていた。


「なにやってんのよ。エスのやつ…」


 リーナの呟きを聞き、隣で同じように見張りをしていたアリスリーエルがクスクスと笑う。


「また、何かを練習しているのではないですか?」

「…でしょうね。妙な魔力の流れが見えるし」


 リーナとアリスリーエルの視界にはエスの周囲に見たこともない流れ方をする魔力が見えていた。ドレルの用意した結界の魔道具のおかげか、周囲にモンスターや動物が近づいてこないため、見張りのリーナとアリスリーエルはしばらくエスの戦いを眺めていた。この魔道具も完璧というわけではなく、例えば先のジャイアントワームのような強力なモンスターには破られてしまう。そのため見張りの存在は必須であった。

 二人が眺めている先で、ふとエスが腕を振る。次の瞬間、グーロが何かに吹き飛ばされるように後方へと転がっていった。


「え!?風魔法?」

「見た目は風魔法のようですが…。なんというか魔力そのもので殴ったようにも見えましたね」

「また、変なことし始めたわね」


 そんな二人の視線に気づいたエスは、二人の方へと手を振る。それに応えるようにアリスリーエルが小さく手を振っているのが見えた。


「見張りは暇そうだな」


 よそ見をするエスの背後にグーロが忍び寄った。足音も立てずに背後から頭に食らいつこうとするグーロの方へ、エスはぐるりと首だけで真後ろを向く。


「フハハハハ、君の接近など気づいてるぞ犬猫君」


 次の瞬間、グーロは顎を何かで下から突き上げられたかのように吹っ飛ばされる。首だけでなく体もグーロの方を向いたエスが両手を広げながらゆっくりとグーロに近づいていった。


「魔法で起こす事象が、その魔法の属性というなら、さしずめ無属性魔法といったところか」


 エスは魔力を集中し、ぶつけることで物が動くことを七聖教会にいたときに学んでいた。火魔法や風魔法といった魔法よりも、純粋に魔力をぶつけるという方が、強い魔力を持つ悪魔である自分にとっては楽だとわかり、エスは練習を繰り返してきた。そして、実用レベルに達したと判断したため、今回実験を行っていたのだった。


「しかし、適性の魔法よりは魔力の消費が激しいのが難点だな。その辺は訓練ということで納得しよう。まあ、さほど私にとっては影響の無いことなのだがな!フハハハハ。さて、練習に付き合ってくれてありがとう犬猫君。そろそろ帰ってもいいぞ?」


 近づくたびに見えない何かに殴られたグーロは、不用意にエスに飛び掛からなくなっていた。警戒し唸り声をあげ、エスが近づくと後退りしていた。


「ほら、殺しはしないから逃げるなら逃げたまえ。おっとそうだ!」


 エスはポケットから布を取り出すと目の前の地面に広げる。それに驚き、グーロは後ろへと飛び退いた。


「実験に付き合ってくれたお礼だ。美味しいものをあげよう」


 エスが布を上空へと放り投げると、布があった場所に殻が取られ身だけとなった岩殻蟹の脚が二本置かれていた。警戒し近づこうとしないグーロにやれやれと首を振り、エスは背を向けると仲間たちがいる方へと歩いて行った。エスが十分に離れたのを見たグーロが、ゆっくりと岩殻蟹の脚に近づきそれを咥えようとした瞬間、飛び跳ねるように後ろへと下がる。


「フハハハハ、動きはまるで猫だな。いやぁ、驚かせてすまなかった。驚かせるのは性分なので勘弁してくれたまえ」


 離れたはずのエスが目の前に現れ、グーロは警戒する。耳は寝てしまい、尻尾も丸まっていかにもおびえる猫といった様子だった。


「では改めてさようならだ。安心したまえ、今度は驚かしたりしないからな。フハハハハ」


 そのままエスは宣言通り仲間たちの元へと歩いていく。

 リーナとアリスリーエルの元へと戻り、腰を下ろしたエスがグーロの方を見ると、未だ警戒しつつ岩殻蟹の脚の匂いを嗅いでいる姿が見えた。


「やれやれ、驚かしすぎたかな?」

「モンスターまでからかってんじゃないわよ」


 リーナがため息交じりに言うが、エスは気にする様子もなく笑っていた。


「それにしても、先ほどエス様が使っていたのは風魔法なのですか?」


 エスとグーロの戦いを見ていて疑問に思ったことをアリスリーエルが問いかける。


「いや、あれは風魔法などではない。純粋に魔力を使って犬猫君を殴っていただけだ。あまり威力を上げてないから、犬猫君からしたら軽く殴られた程度だろうがな」

「まったく…。魔力で直接殴るなんて、できるとわかってても誰もやらないわよ…」


 馬車の方から声が聞こえ、そちらを見ると起きてきたアイリスとフィリアが立っていた。


「あら、もう交代の時間?」

「そのようですね。では、エス様おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 アイリスとフィリアの二人と、入れ替わるように馬車に向かうアリスリーエルたちを見送り、アイリスとフィリアの二人と他愛のない話をしつつ夜を過ごした。

 翌朝、出発の準備を終えたエスたちは馬車に乗り込み港町を目指していた。周囲の景色はすでに荒野ではなく一面緑色の草原が広がっている。モンスターの姿も少なくなり、ちらほらと遠くに小屋のようなものも見えていた。


「このペースなら夜には着きそうだな」

「ドレル、油断しないように。まだ、村が作られるほど安全な地域じゃないようです」

「わぁっとるわ」


 御者台から聞こえるドレルとグアルディアのやりとりを聞きつつ、エスは流れる風景を楽しんでいた。


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