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奇術師、美味なる物を手に入れる

 神都を旅立ち数日が経ち、エスたちを乗せた馬車は見渡す限りの荒野を土煙を上げ走っていた。跳ねる馬車から振り落とされないよう、エスたちは馬車につかまっていた。周囲には村のような人が暮らしている場所はなく、動物やモンスターたちが自由に生きている。


「おい!もっと早く走れないのか?」

「馬鹿野郎!もう八脚だぞ。これ以上は無理だ!」


 声を上げたマキトにドレルが怒鳴る。ドレルの言う通りブラススレイプニルは現在、脚が八本になっており、脚の数で速度が変わるブラススレイプニルの最高速の状態だった。そんな二人だけでなく、エス以外の者たちも多少の差はあれど焦りを見せていた。それもそのはず、馬車の背後を巨大な芋虫のようなモンスターが気味の悪い口を広げ追いかけてきている。広げた口からは触手のようなものが何本も蠢いていた。馬車の速度とはほぼ同じくらいではあるものの、わずかにモンスターのほうが早い。


「あれは、いったいなんだ?何を食べたらあんなに大きくなるのだ?」


 暢気に背後から迫るモンスターを眺めながら、エスは首を傾げる。


「あれは、ジャイアントワームですね。なんでも食べてしまう荒野に住むモンスターです。馬車の振動を感知して負ってきたのでしょう」

「ふむ、やはりこの世界のモンスターや動物の名前の規則は意味不明だな。おそらくは世界を作ったという神のせいなのだろうが…」


 アリスリーエルの説明を聞きながら、動物やモンスターの名前のパターンがいまいち一定ではないことに疑問を覚え考え込むエスだったが、その思考をマキトが中断させる。


「そんなことより、何とかしないと全員馬車ごと食われちまうぞ」

「勇者君が倒せばよいではないか?」

「あんなデカいやつ、そんな簡単に倒せるか!」


 激しく走る馬車につかまりながらマキトがエスに答える。


「仕方がない。とりあえず芋虫君にはモルモットになってもらうとしよう」


 揺れる馬車の中で立ち上がったエスは徐に指を鳴らす。次の瞬間、馬車の背後を走っていたジャイアントワームは頭から真っ二つに避け、そのままの勢いで前に滑りながら、土煙を上げ左右に裂け倒れていった。


「…おい、何したんだ?」


 恐る恐るエスを見ながらマキトが尋ねると、エスはやれやれといった感じで首をふり答える。


「わからなかったのか?芋虫君が走ってくる正面の空間に亀裂を作ってやったのだ」

「空間魔法…。なんでそんな高度な魔法をあんたが使ってんのよ!?」


 エスの説明に驚き声を上げたのはアイリスだった。


「何故と言われても、使えるから使ったとしか言いようがないな。フハハハハ、自重で真っ二つとは実に豪快な最期だ。こんなものを見れるとは練習したかいがあったというものだ」


 危機を脱しゆっくり走りだした馬車の背後、体液を流しながら倒れているジャイアントワームの死骸を眺め、エスは笑っていた。


「やれやれ、誰だ荒野を横切る方が早いと言ったのは…」

「いや、確かに言ったけどよ…。あんなのが出るなんて知らなかったんだ…」


 ため息交じりに呟いたエスの言葉に、申し訳なさそうに答えたのはマキトだった。マキトが港町へなら荒野を突っ切る方が早いと告げると、ならそちらで行こうとエスが同意し現在に至っていたわけなのだが…。


「まあ、近道なのは間違いないとは思いますが…。村などがないのはジャイアントワームのようなモンスターがいるからでしょうね」

「そうだろうな」


 アリスリーエルの推測にエスが同意する。


「聖騎士たちは、こんなモンスターたちを駆除したりしないのか?」

「聖騎士の仕事は、悪魔から人を守ることだからな。モンスターを率先して狩るようなことはしてないな」


 エスの疑問に答えたのはマキトだった。マキトの言うように、聖騎士がモンスターを率先して狩ることはしない。それは冒険者などの仕事であると割り切っており、自国の民からの依頼などがない限り聖騎士は悪魔関連の問題に関してのみ動いていた。


「まったく、もう二日くらいで港に着くだろうが、できればさっきみたいなのに追われたくねぇな」


 そう呟くドレルは御者台でまだ見えない港町の方向を見ていた。

 翌日、ジャイアントワームのような危険なモンスターに襲われることもなくエスたちを乗せた馬車は荒野を走っていた。エスは未だ続く荒野の景色を眺めていた。巨大な岩があったり、枯れたような木があったりするだけで特に面白そうなものを発見できなかった。


「ふむ、実に退屈だな…。昨日の騒動が恋しいものだ」

「あんな騒動、毎日あってたまるか…」


 エスの呟いた言葉を聞き、マキトがうんざりした表情で答える。退屈そうなエスの隣で同じように景色を眺めていたアリスリーエルが、一つの岩を指差してエスに話しかける。


「エス様あの岩、蟹ですよ」

「なに!?」

「岩殻蟹といって、強固な殻に覆われた蟹です。書物では大変美味だと書かれて、キャッ!」


 アリスリーエルの会話の途中で馬車が急停止した。突然の停止で倒れそうになるアリスリーエルをエスが抱きとめた。


「あ、ありがとうございます。…エス様?」


 アリスリーエルが無言のままのエスの顔を見ると、その視線は馬車の外を見ていた。


「どうしたのです?ドレル」


 ドレルと共に御者台に座っていたグアルディアが、突然馬車を停止させたドレルに問いかけた。前方には異変などなく、代り映えのしない荒野が広がっているのみだった。


「美味い蟹だとぉ!?」


 ドレルの呟きを聞き、グアルディアは何故馬車を止めたのかを悟った。


「そうか、美味な蟹なのか。それは是非とも食べてみたいものだ」


 抱きとめたままだったアリスリーエルを座らせ、止まった馬車から意気揚々とエスが飛び降りると、ゆっくりとアリスリーエルが指さしていた岩に向かって歩く。


「えっ!?マキト様?」

「マキト?」


 仲間たちの驚く声を無視し、エスの後をマキトが飛び降りてついてきた。


「なんだ?勇者君も蟹が食べたいのか?」

「こっちの世界に来てから食べてなかったしな。それに美味いならなおさら食ってみたい」

「ふむ、イイ心がけだ」

「おい、待て!お前らだけに任せておけん」


 そんなやりとりをするエスとマキトの側に、御者台から飛び降りたドレルが走ってきた。エスが馬車の方へと視線を移すと、他の者たちは馬車の中から様子をうかがっているだけだった。


「おや、皆は蟹は好きではないのかな?」


 そんな感想を持ったエスだったが、馬車に残った者たちは三人の突然の行動に驚き動けずにいたのだった。岩殻蟹へと三人が近づくと、地面が揺れ岩殻蟹が地面から這い出てきた。地表に出ていた部分は一メートル程度の高さの岩だったが、現れた岩殻蟹の大きさは高さが、三メートル程度あった。鋏部分の形状や全体的な見た目から、カラッパと呼ばれる種類の蟹に似ていた。


「フハハハハ、実に食べ応えのありそうな大きさだな」

「早速バラしてっ!?」


 剣を抜き薄っすらと光らせながら岩殻蟹へと走り出したマキトが、飛び出した勢いのまま地面を転がっていく。止まったマキトが顔を上げ背後を見ると、明らかに足を引っかけた格好をしているエスがいた。


「テメェ!何しやがる!」

「勇者君、まさかあの蟹を真っ二つにしようとか思ってないよな?」

「それで一発だろ?」


 エスとドレルはやれやれと首を振る。


「胴を真っ二つにしてしまっては蟹味噌が漏れてしまうだろうが」

「せめて脚を切断するくらいにしとけ、小僧」

「チッ、わかったよ」


 ドレルの小僧呼ばわりには苛立ちを覚えたマキトだったが、エスの言葉通り蟹味噌のことを考えてなかったと後悔する。


「さて、できるだけ身を傷つけないようにしたいものだが…」

「毒、では後で食べるから無理だな…」


 ドレルが腰に下げたガラス瓶に手をかけながら、岩殻蟹を眺める。


「ふむ…」


 腕を組みエスは考えていた。その間もじりじりと岩殻蟹はこちらへと近づいてきていた。殻が重いのかその動きは鈍重で、鋏が届く距離まではまだあった。


「んで、どうすんだ?多少傷がつくのは仕方ないんじゃないのか?」


 起き上がり、土汚れを叩き落としながらマキトがエスとドレルの元へと歩きながらエスへと問いかけた。


「そうだ、イイ力があるじゃないか!」


 エスはそう言うと、右手をこちらへ向かって歩く岩殻蟹へと向け一言呟く。


「生命を奪う」


 次の瞬間、岩殻蟹の動きが止まりその場に倒れた。


「おい今何した?」

「なに、【強欲】の力で蟹の生命を奪っただけだ。これなら傷一つつかないだろう?」


 慌てるドレルにエスは軽く答える。その内容にドレルは驚きと呆れの混ざった表情でエスを見ていた。


「まったく、美味い物食べるためだけにそんな凶悪な力使うのかよ…」

「なんだ、勇者君も先程、何か力を使おうとしていたのは私の見間違いだったのかな?」

「クッ…」


 エスの指摘した通り、マキトはスキルの力を使い岩殻蟹を真っ二つにするつもりで走り出していたのだった。何も言い返せず、マキトは黙ってしまう。


「さて、無傷で食料を手に入れられたわけだが…。どうやって運ぶ?」

「考えてなかったのか!?」


 エスの言葉に驚きドレルが声を上げた。


「なら俺が運んでやるよ。このくらいなら収納できるだろ」


 マキトが動かなくなった岩殻蟹に近づき手を触れると、手に吸い込まれるように岩殻蟹の姿が消えていった。


「どこへやったのだ?」

「俺のインベントリ、無限収納にしまっただけだ。料理するときにでも出すぞ」

「ふむ、では腐る前に食べるとしよう」

「ああ、その点は大丈夫だ。インベントリ内なら劣化しないからな」


 自信満々にそう答えるマキトを見て、エスは感心したように頷く。


「なんとも便利だな。勇者君、私の荷物持ちにならないか?」

「ふざけんな!」


 怒るマキトを軽くあしらいつつ、エスたちは仲間たちが待つ馬車へと歩いて行った。


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