奇術師、出迎える
広場を抜け神都を探索し、夕暮れとなったためエスは教会へと帰る。入口の門をくぐると、そこにはマキトたちがいた。仲間たちと共に楽し気に話すマキトに声をかける。
「勇者君、誤解も解け仲直りできたようで何よりだ」
「あ、エス!てめぇ面白がりやがって…。でもまあ、ありがとよ…」
「改めて言うが、次からはサプライズには気をつけるようにな。フハハハハ」
「うるせぇ!」
エスに揶揄われ怒るマキトだったが、背後でアイリスとフィリアが笑っているのを見て頭を掻く。そんなマキトを軽くあしらいつつエスは教会内へと入り、夕食を済ませたエスは自室へと戻った。
翌朝からは実に退屈な日々が続いていた。アリスリーエルは時間の許す限り、チサトから治癒術だけでなく高位の魔法を教わっている。リーナは何か調べ事があるのか、毎日書庫へ通い詰めていた。サリアとターニャの姉妹は、ターニャの体調が回復してからは時折エスと一緒に神都を見て周っている。エスは、チサトに頼まれ牢にいる元キデンスの司祭の五感を戻したくらいで、神都の観光を続けていた。
それから十日ほどたったある日の朝、エスはマキトと共に訓練所へ来ていた。マキトの頼みで再び手合わせをすることとなったのだった。
「ほほう、以前の様な驕りがなくなったのではないか?」
「ろくに訓練もしてないくせに、俺の剣を簡単に避けるなよ…」
マキトは軽々と自分の攻撃を手に持った木剣で捌くエスに対し悪態をつく。前回の手合わせから訓練を重ね、既に実力は聖騎士の一位クラスになっていたが、未だエスに届かず悔しがる。相手をするエスはというと自分の身体能力だけでなく、奇術師として知識を利用し死角からの攻撃やフェイントを多用していた。剣技自体はカーティオから盗んだ技術を流用し、自分なりの戦い方を構築していたのだった。
「フハハハハ、勇者君のおかげで、だいぶ剣の使い方も馴染んできた、感謝するぞ。そうだな、お礼に一つアドバイスだ」
剣を交えつつ、エスはマキトに話す。
「勇者君、君の攻撃は馬鹿正直すぎる。だから、素人の私ですら捌きやすい。モンスター相手ならそれもよかろう。だが、対人を想定するならそれでは足りん。虚実を尽くしたまえ」
「虚実、だと?」
「そうだ、真実と嘘が混ざるから人は騙される。どちらか片方だけでは人は騙せんぞ」
「騙すってのは、引っかかる言い方だな…」
「君はスキルとやらと、武器の性能に頼りすぎている感が否めない。もっとも、私のような者を相手にしなければ、十分だとは思うがな…」
エスが知る限りの強者である『傲慢』のギルガメッシュや『強欲』のアヴィドのような七大罪の悪魔たちの王には届かなくとも、聖騎士第一位にいるカーティオやアエナとならいい勝負ができるのではないかと感じていた。
「もっと強くなりたまえ。私が面倒に巻き込まれないようにな。フハハハハ」
「おまえを守ってやる必要はねぇだろ!」
それからしばらく、二人は訓練を続け昼食の時間となった。
エスとマキトが訓練を終え食堂へと入ると、すでにお互いの仲間たちとチサトが席についていた。全員が揃っていることは珍しく、特にチサトは忙しいのか共に食事をすることは少なかった。
「今日は全員いるのだな。ふむ、食事は大勢の方が楽しいからな」
そんなことを呟くエスを無視しマキトは自分の席へと座る。エスものんびりと自分の席へと向かった。
「では、皆さん揃いましたので食べましょう」
チサトの言葉を合図に、皆が食事に手を付け始めた。しばらく食事を楽しんだ後、エスたちの方を見たチサトが口を開く。
「エスさん、食事が終わったら神都の南門へと行ってみてください」
「ん?何か面白いことでもあるのか?」
「面白いかどうかはわかりませんが、まあ、行けばわかりますよ」
「ふむ、やる事もそこまでないし行ってみるとしよう」
エスの答えを聞き、チサトは笑顔で頷く。エス自身も、自分が知り得ない何かをチサトが知っていて言っているのだろうと思っていたため、疑うこともなく了承した。
昼食を終えたエスは、仲間たちと共に神都の南門付近を歩いていた。神都観光の時は、誰かがついてくることはあっても全員と言うことはなかったため、久し振りな感じを味わっていた。しばらく歩き、目の前には巨大な門が見えてくる。国内と通じる門であるためか、門戸は開いたままだ。
「さて、チサトに言われるがままに来たみた訳だが…」
辺りを見渡すエス、その耳に何かが物凄い速さで近づいてくる音が聞こえてきた。
「何?」
その音を聞き、リーナが声をあげ他の者たちは武器に手をかけていた。その視線の先では、門の向こう側をこちらに向かってくる土煙が見えていた。
「ふむ、何かがこちらに向かってきてるな…。どれ、見に行ってみようではないか」
「ちょっと、エスさん?」
「モンスターだったら聖騎士に任せとけばいいんだぞ?」
サリアとターニャがエスを止めるが、それを無視しエスは門へと歩く。その後を仲間たちが追った。エスたちが門に到着すると遠目に何か真鍮色をしたものが走ってくるのが見えた。
「なんだ?どっかで見たような…」
「あれ、人食いの森でドワーフたちが乗ってた物と同じような色ねぇ」
「形は、馬だな。六本足だけど…」
サリアとターニャの言葉に頷きつつ、エスは近付いてくるそれを眺める。見慣れない馬車を引いたその真鍮色の馬は、南門に近づくと徐々に速度を落とし、エスたちの目の前で停止した。
「おうおう、お出迎えご苦労さん」
ガハハと笑いつつ馬車から顔を出したのは、見覚えのある背が低く小太りで髭を蓄えた姿をしたドワーフのドレルだった。その頭をよく知る人物が叩く。
「いてっ!」
「アリスリーエル様に失礼ですよ」
ドレルを叩いたのはグアルディアだった。グアルディアはそのまま馬車から降りると、エスたちの元へと歩いてくる。
「皆さんお揃いで。よく到着するとわかりましたね?」
「チサト様が教えてくださいました」
「まあ、行ってみろと言われただけだがな」
グアルディアの答えたアリスリーエルの言葉を、エスが肩を竦めて補足する。そのエスの視線は真鍮色の馬を見ていた。
「ところで、その馬、のようなモノはなんなのだ?」
「おお、これか?」
エスの言葉にドレルが反応する。そのドレルが馬の背に触れると六本ある足の内、内側の足二本が体内に格納されていった。
「こいつは儂の新作、ブラススレイプニルだ!本来は脚が八本あってな、脚が格納式で普段は…」
「その話は後にしなさい。アリスリーエル様、エス様、船の準備が整いましたのでお迎えにあがりました」
エスたちの前で意気揚々と説明を始めたドレルを、グアルディアが押し退け船の準備が整ったことを告げる。
「ほう、ということはそろそろ出発か」
「そうですね」
エスの呟きに答えたアリスリーエルがエスの表情を窺うと、楽し気な笑みを浮かべていた。
「とりあえずは教会に戻るとしよう。もちろんその馬車で送ってくれるのだろう?」
「はい、皆さんお乗りください」
「儂を無視して話を進めんな!」
ドレルの抗議を無視するグアルディアに促されエスたちは馬車へと乗り込んだ。馬車の見た目は違ったが、内装は今までの物と変わりはないように見える。
「では、ドレル。教会へ向かいますよ」
「チッ、仕方ねぇ」
グアルディアとドレルが御者台に座り、馬車は教会を目指し進んでいく。
「これは前の馬車とは全く違うものですね」
「これ、全然揺れないわねぇ」
アリスリーエルとサリアが気づいたように馬車は神都へくるまで使っていた物とは別だった。普通の馬車であれば石などを踏み揺れるものだが、この馬車は一切そんな揺れを感じることはない。
「いくら神都が整備されてるからって、こんなに揺れないもんか?」
ターニャも不思議そうに馬車の床を見ている。
「サリア様、ターニャ様、この馬車も馬同様に特別製です」
「その通り、儂の技術の結晶だ!」
ドレルがここぞとばかりに説明を始める。
「おまえたちが旅をしてると聞いてな。ちょっと思いついて作ってみた。なかなか乗り心地よくできただろ?」
「まったく、こんな頼んでいない物ばかり作って…」
「なんだ?今回は役に立ってるだろうが!」
御者台で口喧嘩を始めたグアルディアとドレルを無視し、エスは馬車の後方から街の様子を眺める。見たことも無い馬が引く馬車を見たせいか、街の人々が驚きの表情でこちらを見ていた。
「フハハハハ、ドレル。おまえの新作は注目の的の様だぞ?」
「当然だ!なんたって儂の傑作の一つだからな!」
「目立つ必要はないでしょうに…」
エスとドレルの会話を聞き、リーナがため息交じりに呟いた。それからしばらくして馬車は教会前へと到着した。全員が馬車から降りたのを確認したドレルは、胸元からこれまた真鍮色をした球体を取り出す。
「『格納』」
ドレルがそう呟くと、真鍮色の馬と馬車を囲むように幾何学模様の魔方陣が展開し球体へと吸い込まれていった。
「ほほう、これまた便利な物を作ったのだな」
「どっかのモンスター捕獲道具みたいに生物は入れられんがな」
「だから、あの馬だったのだな」
「それだけじゃないけどな。あの馬の脚には…」
「ですからその話は後にしなさい。エス様、チサト様に到着の報告を…」
再び説明を始めようとしたドレルを黙らせ、グアルディアはエスにチサトへの報告を頼もうとしたが教会から歩いてくる人物を見て言葉を止める。
「合流できましたね。それにしても随分と目立つもので来られましたね」
「ゲッ!最高司祭様自らかお出ましか。って嘘だろ…」
服装から最高司祭だと悟ったドレルがチサトの顔を見て声をあげる。
「ドレルも久し振りですね。そんなに警戒しなくてもいいではないですか」
「あんたは歳を取らねぇのか?」
「女性に歳の話をするなんて、相変わらずですね」
チサトはクスクスと笑っていたが、ドレルはチサトの姿を見て怯えたように震えている。
「なんだ?ドレルと知り合いだったのか?」
「ええ、この街の建物の造りなどで昔お願いしたことがありました」
「ほほう、あの不思議な建材はドレルが考えたのか」
「あ、ああ」
エスの質問に答えるものの、ドレルの表情から怯えは消えていなかった。それを不審に思いながらもエスは話を続ける。
「それでだ。グアルディアも合流したことだし、そろそろ出発しようと思うのだが」
「はい。ですが、明日になさってはどうでしょうか?いくらあの馬車でも夜までに隣の都市までは行けないでしょう?」
「そうですね。今日は教会の方に泊まらせてもらっても構いませんか?」
チサトの指摘通りドレルの特製馬車を全速力で走らせない限り、夜までに隣の都市へはたどり着けないことはグアルディアもわかっていた。全速力で走った場合、御者台ならまだしも馬車内の人の安全までは保障できないため、グアルディアは始めから神都で一泊する予定だった。それ故、チサトに宿泊の許可をもらうため尋ねた。
「構いませんよ。お二人の部屋もすでに用意してありますのでごゆっくりと」
「それは、ありがとうございます。ほら、ドレル、行きますよ」
未だ混乱しているような様子のドレルを引きずるようにグアルディアは連れて教会内へと入っていってしまった。
「やれやれ、ドレルに聞きたいことがあったんだが。まあ、明日でいいか。では、明日出発できるように準備をしておこうではないか」
「そうですね。ではチサト様、失礼します」
「はい」
アリスリーエルはチサトに一礼し、教会内へと入っていく。その後をリーナ、サリア、ターニャと続いていき、最後にエスが向かった。
「エスさん」
教会内へ入ろうとしたエスをチサトが呼び止める。振り向いたエスにチサトは話を続けた。
「ちょっとした依頼があります。あとで皆さんが揃ったら話しますね」
「ふむ、ここではダメなのか?」
「ええ、当事者たちがいるところの方が良いでしょう」
エスは意味が分からないと言った感じだったが、とりあえずチサトの言葉に頷き、教会内へ入っていった。