奇術師、披露する
エスは独り、大通りを歩く。時折、道沿いの店舗で商品を眺めつつ歩いていくと、正面から子どもたちの楽し気な声が聞こえてくる。何があるのかと思いエスは声のする方へと行ってみることにした。
「ほほう、ここは公園か」
しばらく歩いたエスの目の前には、広々とした公園のような広場があった。元の世界にあったような遊具は無いものの、芝生の上で子どもたちが走り回っている様子が見える。賑やかな声を聞きながら広場の中へと入っていく。
「実に元気があってよろしい。それにしても、鬼ごっこのようなことをしている子から木剣を振ってる子までいろいろだな。ボールを使っている子はいないのだな…。この世界にボールのようなものは無いのか?」
そう思いながら広場を歩き、木剣で素振りしている子たちの側を通る。素振りをしている少年少女たちは、トレーニングをしている様子だった。そんな少年たちの様子を眺めていると、エスの姿に驚いた少女が声をあげる。
「き、奇術師!なんで、ここに…」
「おや、君は…」
声のした方へと視線を向けると、薄い水色のワンピースを着た見覚えのある顔があった。その声の主の表情は険しく、あからさまに警戒しているのがわかる。その声に驚いたのか、素振りをしていた少年たちは手を止めこちらを見ている。
「子どもの多いここに何しに…」
「確か、セレスティーナだったか。聖騎士見習いの君がこんなところで何をしているのだ?ふむ、あれか、非番というやつか」
気安く話すエスに対し、セレスティーナは先程まで素振りをしていた少年たちを庇う様に、エスと少年たちの間に立つと腰に下げた剣へと手を添えるが、その手は僅かに震えていた。自分一人ではエスから、ここにいる少年たちを守ることができないと感じ、その表情に絶望感を浮かべる。庇われた少年の一人が、セレスティーナの震えに気がついたのかセレスティーナの前に飛び出し木剣を構えた。
「セレス姉ちゃんを虐めるな!」
「おぉ、元気な少年だな。慕われているようだなセレスティーナ。少年、誤解しているようだが私は君たちの大好きなお姉ちゃんを虐めているつもりはなし、虐めるつもりもないぞ?」
「えっ!?」
「ただ散歩していて通りかかっただけだ。セレスティーナもそんなに警戒しなくてもいいだろうに…」
やれやれと首を振るエスだったが、セレスティーナは剣に添えた手を離さなかった。
「ふむ、どうしたら信じてもらえるのか…」
顎に手をあて空を見上げながら、誤解を解く方法を考える。エスが考えてる最中、セレスティーナの背後で少年少女がセレスティーナを心配そうに見ていた。
「そうだな、この状況は私としても実に好ましくない。というわけで…」
エスが徐にポケットに手を入れると、セレスティーナが僅かに剣を抜く。そしてエスがポケットから何かを出すと、少年少女たちの視線の高さに自分の視線を合わせるようにしゃがみ、取り出したそれを見せた。
「へっ?トランプ?」
「ほほう、この世界でもトランプと呼ばれているのだな。まあ、言葉の関係はそろそろ慣れてきたな…。私はカードと呼んでいるが、たいして重要な事ではないな。フハハハハ」
エスは慣れた手つきでスプリングをしてみせると束ねたトランプを、セレスティーナの前に立った少年を手招きしトランプを手渡す。
「では、まずは定番。このトランプに何も仕掛けがされてないことを確認してくれないかな?他の子たちも一緒に見てみるといい」
少年が恐る恐るトランプを受け取ると、他の少年少女たちとトランプを確認し始めた。それを見てセレスティーナがようやく剣から手を放すが、警戒を解いてはいない。
「どうかな?ただのトランプであろう?」
エスの言う通り、取り出したのはただのトランプだった。奇術師の力で生み出し、使えるかと思ってポケットに入れたままだったのを思い出し利用しようと思ったのだ。元々は、エスが転生前の技術を鈍らせないために練習用に用意していたものだ。このトランプ自体には何も特殊な仕掛けはない。しばらくトランプを見ていた少年少女たちがエスへとトランプを返す。
「ただのトランプだったであろう?」
「う、うん」
手渡してきた少年が頷くのを確認し、エスは笑みを浮かべる。受け取ったトランプをオーバーハンドシャッフルと呼ばれるシャッフルをしながらエスが話す。
「私はね、君たちのような元気な子どもたちの警戒した顔など見たくはないのだよ。というわけで、一つ奇術を見せてあげよう」
エスは笑みを浮かべたまま、手に持つカードでファンを開くと少年の前に差し出す。
「では、私に見えないように一枚選びたまえ。お友達には見せてもいいぞ。口に出してしまうと私にもわかってしまうからな、静かにみんなで見るのだぞ」
少年は少し迷った後、一枚を選ぶと一緒にいた少年少女たちに見せていた。選んだトランプの柄はスペードの3、エスはそれを見ないよう後ろを向く。
「覚えたかな?では、私に見えないようにここに置きたまえ」
しばらく待ったあと、振り向いたエスはそう言ってトランプの束を二つに割った片方を差し出し少年に選んだトランプを乗せさせる。その上に、もう半分の束を乗せると、エスは先程と同じオーバーハンドシャッフルでトランプをよく混ぜる。そして、一番上のトランプをめくり少年たちに見せた。
「引いたのはこれかな?」
「違うぞ!」
「全然違うよ?」
「あんなに混ぜたら一番上にくるわけないじゃないか!」
口々にエスの間違いを指摘する少年たち。エスがめくったトランプは、彼らが選んだトランプとは違うダイヤの8だった。
「おやおや、これは失敗かな?」
そう言いながらエスは表を向いたトランプを空いた手で半分隠し僅かにスライドさせた後、まるでトランプの束を揉むように両手でトランプの束を包む。そして、めくられたトランプを隠していた手が退けられると、少年たちから驚きの声が上がった。
「えっ!?」
「なんで?」
「フハハハハ、これこそ少年が選んだトランプかな?」
ダイヤの8だった絵柄が、エスの手に隠され再び現れたときにはスペードの3に変わっていた。
「なに!?どうやったの?」
「魔法か!?」
少年たちが驚き声をあげる背後で、セレスティーナも驚いた表情を浮かべエスの手元を見ていた。その様子から、すでにエスに対し警戒していはいないことがわかった。
「フハハハハ、魔法など使ってないぞ」
そう言ってめくられていたカードを裏返し、一番上の一枚を束の中心へと差し込む。その際、差し込まれるカードの絵柄は少年たちに見えていない。そして、エスは指を鳴らし一番上のカードをめくる。すると、再びスペードの3が現れた。
「なんで?トランプ全部3なんじゃないのか!?」
「でも、さっき見た時は普通のトランプだったよ?」
「やっぱ魔法使ってんだろ!」
「フハハハハ、疑り深い子たちだな。そこのお姉ちゃんに聞いてみたまえ、セレスティーナなら魔法を使っていたらわかるだろう?」
エスがそう言うと、少年たちの視線がセレスティーナに集まる。
「セレス姉ちゃん、こいつ魔法使ってんだよな?」
「えっ!?魔法は、使ってないよ。魔力なんてほんの少しも感じなかった…」
エスがその気ならセレスティーナ相手に魔力を感じさせないことも可能ではあったが、今は魔法どころか【奇術師】の力すら使っていない。僅かな魔力どころか悪魔の力すら感じなかったセレスティーナは、問いかけてきた少年にそう答えることしかできなかった。
「えぇ!じゃあ、どうやってんだ?」
「なんで?」
少年たちの驚きと期待が混じった視線を浴び、エスはスペードの3を手に取ると、今度は少年たちに絵柄が見えるように束の中に差し込む。そして、指を鳴らし再び一番上のカードをめくると、スペードの3が現れた。
「なんでだぁ!」
そう叫び、一番前にいた少年が頭を抱える。少年たちの驚く顔が見れ満足気に頷いたエスは少年たちに告げる。
「では、次で最後だ。よぉく見ていたまえ」
エスはスペードの3を半分に折り目をつけると、それを裏返し束の上から手に取る。そのカードには折れ目が付いており、先程のスペードの3であるとわかる。それを束の中心あたりに差し込み、トランプの束を少年たちの視線の高さに構える。その際、トランプのサイドを指で摘まむように持っていた。少年たちの視線がカードに集中し、しばらくすると一番上のカードが突如、山型に折れ曲がった。
「ほら、少年。柄を確認してみたまえ」
恐る恐る、一番近くにいた少年がその折れ曲がったカードを手に取り、柄を見てみるとそこにはスペードの3が描かれていた。
「「「ええー!」」」
少年たちが驚きの声に気づき、周囲にいた他の広場で遊んでいた子どもたちも何事かとこちらを見る。エスは驚く少年たちからトランプを受け取ると、自分の持つ束と共にポケットへとしまってしまった。
「いかがだったかな?その表情、楽しんでもらえたようで何よりだ。フハハハハ」
「なんだよ!もっとなんかやって見せろよ!」
「そうだそうだ!」
「構わんが、君たちは剣の訓練の最中だったのではないのかね?」
エスに言われ、ハッとした表情を浮かべた少年たちは、いつの間にか投げ捨ててしまっていた木剣を拾う。そして、一列に並ぶと再び素振りを始めた。
「フハハハハ、実に真面目でイイ子たちだ。セレスティーナよ、邪魔して悪かったな」
「それより…。魔法も力も使わずどうやったの?」
途中から、少年たちに混ざり夢中になってエスの奇術を見ていたセレスティーナだったが、エスが何をやっているのかまでは全くわからなかった。
「やれやれ、奇術を楽しむのにどうやったのかを知ろうとは無粋な事だ。まあ一つだけヒントをやろう。ダブルリフトと呼ばれる技術を使っただけだ」
「だぶるりふと?」
聞き慣れない言葉にセレスティーナは疑問符が浮かびそうな表情で首を傾げる。カードマジックにおける基本にして重要と言われる技術であるダブルリフト、エスも練習を繰り返し自然にできるようになっていた技術だった。それは、ヒントと言いつつもほぼ答えではあったのだが…。そんなセレスティーナの様子に、始めにエスに向けていた強烈な警戒心は見て取れなかった。
「ふむ、その表情だけでも素晴らしい報酬だ。だが、後は自分で考えるといい。考えることは大事だからな。フハハハハ」
考え込んでいたセレスティーナをしばらく眺めていると、素振りをしていた少年たちがこちらに手を振り始めた。
「セレス姉ちゃん、残ってた分の素振り終わったよー!」
「えっ!?すぐ行くよ」
少年たちに呼ばれ、セレスティーナは走ってそちらに行ってしまった。エスはそれを見送ると、少年たちに手を振り再び広場を歩き始めた。そんなエスに気づいた少年たちは手を振り返していた。
「まだまだ、腕は鈍っていないか。とは言っても体は別物なのだがな、フハハハハ。さてさて、次は何処へ行こうか…」
そう独り言を呟きつつ歩いていくと、漂ってくる肉を焼いた匂いに気がつく。
「この香りは、焼き鳥か?串に刺して焼く料理だし、この世界にあっても不思議ではないか…」
匂いに誘われるようにエスが歩いていくと、そこには予想した通り焼き鳥の様なものを売る屋台を発見した。匂いは焼き鳥と同じような感じだが、屋台に吊るされているものを見て自分の知る焼き鳥とは違うものだとわかる。エスはその吊るされたものを興味深げに眺めていた。
「これは…、以前見た丸い鳥に似ているな…」
屋台を切り盛りする男性が、吊るされた鳥を眺めるエスに声をかける。
「おお、兄ちゃんは黄丸鳥を知ってるのか?この辺じゃあんまり見かけねぇんだがな」
男性を見ると、いかにも頑固親父といった風貌をしていたが気さくに話しかけてきていた。
「ほう、これは黄丸鳥と言うのかね?見た目そのままの名前なのだな」
以前、ウェナトールの手伝いをしたときに見かけた巨大な丸い鳥の様なモンスター、それの小型版といった感じの鳥だった。羽毛はひよこの様な黄色をしており、愛らしい見た目をしている。それが数匹、脚を縛られ吊るされていた。
「折角だ、一本頂こうか。そうだ、支払いはこれで…」
「なんだ?って教会の許可証じゃねぇか。チサト様のお客だったのかあんた…」
「で、支払いはこれで大丈夫かな?」
「ああ」
男性はエスに手渡されたカードに、長方形の灰色をした石のような板を当てる。すると板の表面に緑色の文字が浮かび上がった。それを確認した男性はカードをエスに返す。
「それは?」
「これか?これは許可証を使ったかどうかを記録する道具さ。この記録を見せて教会に支払ってもらうんだ」
「ほほう。なかなか興味深い仕組みだな」
「そうか?確かに他の国じゃ見かけないけどな。ほらよ」
男性から一本の焼き鳥を受け取ると、それを口にしつつ歩き出す。焼き鳥の味はなかなかに美味だった。