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奇術師、もう一つの力を知る

 ゆっくりと開き、蓋は床へと落ちる。壺の口からは黒い靄の様なものが流れ出していた。


「なんか汚いな」

「そういう問題か?開いちゃったぞ」


 焦りを強くするターニャを無視し、エスは壺を観察していた。

 こんなところで同族に会えるとは。できれば悪魔について教えてもらいたいものだ。

 しばらく壺を眺めていると、壺の口から人の手の様なものが出てきた。その見た目は獣の様な毛に覆われ鋭い爪が生えている。ズルズルと壺から悪魔が這い出してくる。その大きさは明らかに壺よりも大きく、背丈は3mくらいはあると思われた。頭は山羊、体は人の男性で筋肉が隆起している。下半身も山羊、背には蝙蝠に似た羽根が生えていた。


「おおぉ、いかにも悪魔って感じの見た目だな。どうやってあの大きさが壺に入っていたのやら、実にファンタジー」


 エスは一人、目の前に現れた悪魔を見て子どものように喜んでいた。ターニャや牢の中の人質たち、そして呼び出したはずの賊たちも震えている。


『契約内容はこの男の殺害でいいのだな?』

「あ、ああ…」


 低く唸るような声で呼び出した賊に話しかける悪魔は目の前の男、エスを見据え再び口を開く。


『こやつの相手はその人数では足りんな』

「なに!?」

『貴様らの魂も頂くとしよう』

「そ、そんな…」

「ハハハハ、まさに『強欲』だな。それで、私は抗えばいいのかな?」


 驚く賊たちの言葉を無視し悪魔は笑う。エスは唐突に振り下ろされる悪魔の爪を軽やかに避け、目の前の悪魔へと問いかけた。


「私に悪魔について教えてくれないか?」

『それならば対価を寄越せ』

「ふむ、やはり要求してくるか。仕方がない、もっと話のわかるやつに聞くことにしよう」


 華麗に爪を避けながらステッキを取り出す。振り下ろされる爪をステッキで受け流そうとするが、これまで傷一つ付くことのなかったステッキはあっさりと破壊された。さらにバラバラになった破片は目の前の悪魔の体に吸い込まれていった。

 『強欲』だからな、物も奪い取るか…

 ステッキの破片を吸い込むことで何かに気が付いたのか、悪魔が突然動きを止めた。


『貴様、何故存在する?』

「何の話かな?」

『貴様たちは少し前に滅ぼされたはずだ』

「たち?だから何の話かな?私はこの世界に生まれてまだ二日といったところだぞ?」

『なんだと!?』


 何かを考える素振りを見せた悪魔は重い口を開く。


『どちらにせよ、貴様らは滅ぼす。それだけだ』

「物騒な話だ。しかし、はい、そうですかとやられるわけにはいかん。私はこの世界を楽しみたいのでな」


 再び激しく振り下ろされる爪を避けつつエスは考える。

 どうする?おそらく【奇術師】ではこいつは倒せない。ステッキが粉砕されたうえに、能力の性質上何かを傷つけるということができない。そういえばもう一つ能力があると領主の家で聞いたな、どうやったらわかるんだ?【奇術師】は転生直後に頭の中に使い方が浮かんできたが…

 エスはもう一つの力のことを考える。現状を打破するためにはそれしかないと感じていたからだ。それに答えるかのように頭の中に思い浮かぶものがあった。


「これは?チッ、ここではマズいな」


 素早く取り出した布で殴りかかってきた悪魔を覆う。すると布は悪魔の姿を隠すと地面へふわりと落ちた。


「ターニャ、ここは任せるぞ。牢の者たちを出して賊を見張っておけ。私は外でヤツの相手をしてくるとしよう」

「う、うん。わかった。でも、大丈夫なのか?」

「ハッハッハッ、問題無い」


 エスは笑いながら答え自分にも布を被せる。先程同様に布は地面に落ち、そのまま燃え上がり消えてしまった。

 洞窟の外、何もない地面から布がスルスルと伸び膨らむ。その中からエスはゆっくりと出てきた。上空には悪魔が飛びながらこちらを見下ろしている。


『奇妙な術を使う。だが、そんなものでは私は倒せぬぞ。どうやら本来の力は使えない様子、今のうちに殺させてもらうとしよう』

「はぁ、せっかちなヤツだ。もう少し楽しんだらどうだ?」

『我の楽しみは奪うこと。貴様の命も奪ってくれよう』

「そうか、なら仕方ない。真面目に戦うとか御免被りたいのだがな…」


 悪魔との会話で時間を稼ぎつつ、自分に宿るもう一つの力へと意識を向ける。エスの頭の中に響き渡る何者かの言葉が、エスに眠るもう一つの力を明かす。


 《【崩壊】解放、【奇術師】封印》

 《能力同時使用不可》


 それは、録音されたシステム音声の様な声で淡々と告げる。エスは声の主が誰なのか疑問に思ったが、すぐに気持ちを切り替え悪魔へと跳躍する。

 もう一つの能力は【崩壊】か。名前からしてかなり物騒だな。


『死ね!』

「もっと違うことが言えないのか、やられ役たちは…」


 エスは右手に【崩壊】の力を集める。能力の使い方は何故かわかった。右手を白く淡く輝かせ、悪魔が振り下ろす爪をその右手で受け止めた。


『なんだと!?』


 その直後、エスは悪魔を地面へと蹴り飛ばし追撃のため悪魔の元へと着地した。悪魔の手は触れた場所から塵になっていく。それは徐々に腕も塵にしていき肘の辺りでその現象は止まる。


『これは【崩壊】か。すでに復活していたということか。イレギュラーな存在め!』


 悪魔は体に付着する土もそのままに憎々しい視線を向ける。


「はぁ、性に合わん。こんな力があったところで面白くも楽しくもない…」

『悪魔だというのに力を求めぬのか』

「私は元人だ、折角生まれ変わったこの世界を楽しみたいだけ。邪魔をするなら滅ぼすのも厭わないがな」

『フハハハハ、思考は我々と同じではないか』


 悪魔に言われ確かにそうかとエスは思ったが、今は気にしないようにする。


「さて、契約の破棄はどうすればいい?」

『契約は我が生きている限り有効だ』

「つまりは殺せと言うことか」

『そういうことだ』


 再びため息をつき、足元にあった石を拾い上げる。それを悪魔の顔に思いっきり投げつけた。【崩壊】の力を警戒していた悪魔は飛んでくる石を横へと躱す。視線を石からエスへと戻すと、エスの姿が見えなくなっていた。


『どこへ行った?』

「さぁ?どこだろうな」


 悪魔は咄嗟に背後を振り向くが誰もいない。確かに声は背後から聞こえていた。ふと脇腹に何かが触れる感触があった。視線を落とすと、そこにはエスが掌を悪魔の脇腹へと当てていた。


『どうやって?それも【崩壊】の力か?』


 一瞬で間合いを詰められ自分の脇腹へと触れられたことに困惑する悪魔だった。だが次の瞬間、脇腹に当てられたエスの手が淡く光り悪魔の体が塵になっていく。転生し悪魔となったのが影響をしているのか、今のエスには殺しに対する忌避感が薄れていた。


『ゴガアアアアアアアア!!』


 苦しみに絶叫をあげる悪魔からエスは距離を取った。


「やかましい、もう少し静かにしてくれないか?」

『何故だ…何故、貴様が側にいた…』

「投げた石に集中しすぎだ。もう二手、三手とミスディレクションを考えてたのに無駄になったじゃないか」


 異常な身体能力で投げられた石を無視するなど無理な話だ。しかもエスには【崩壊】の力がある。触れたら一撃で死ぬような力を、もしも石に込められていたらと思えば石に集中するのは仕方がなかった。


『ミスディレクションだと!?それも【崩壊】の力か』

「奇術の基本だ。おまえ、能力に頼り過ぎじゃないか?そんなんだからあっさり倒されるのだ。はぁ、わざわざ石に【崩壊】を込めなかったのに…」

『お…のれ…』


 憎しみのこもる視線をエスに向けるも徐々に塵となっていき、ついに悪魔の体は全てが塵となった。悪魔が消滅したことを確認し、エスは一段落ついたことを実感した。


「やれやれ、【崩壊】はまた封印だな。こんなものに頼る事態に遭遇したくないものだ。しかし、あいつの言葉からしてまた狙われるのだろうな。隠れて過ごすか?いや奇術師としての性ゆえ、そしてこの世界を楽しむためにも無理だな。まあ、とりあえず今はターニャのところへ戻るとしよう」


 独り言を呟きながらエスは賊の隠れ家であった洞窟へと歩き出す。


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