奇術師、新しい奇術を試みる
「フハハハハ!イッツァ、イッリュージョン!」
マキトたちに向かい両手を広げ、エスは高らかと言い放った。
「何がイリュージョンだ!」
「マキト様!」
怒りに我を忘れマキトがエスへと斬りかかり、マキトを心配したエルフの少女がその後を追う。迫る二人をひらりと躱したエスは、後ろに飛びマキトたちから距離を取った。
「そんなに怒らなくてもいいだろう。始めに私は奇術師だと言っただろうに…」
マキトたちを煽るように言い放つエスが、黒焦げになったものを指差す。
「そこで燃え尽きているのは私の友達、身代わり木偶君だ。そして…」
エスはワルツを踊るようにくるりとその場で回転すると、等身大の木偶をどこからともなく取り出し、それをパートナーとして踊る。その木偶は球体関節の木製人形で、エスと同じ髪形のカツラと同じ服を着ていた。エスによって手放された木偶は、まるで人の様にその場に立ち、エスと同時にお辞儀をする。
「こちらは二号君だ。よろしくな」
再び斬りかかるマキトの剣によって木偶が切られ、光の粒子となり空中へと消えていった。それを大袈裟に悲しむような素振りを見せつつもエスは見ているだけだった。
「全く、酷いことをする。彼は生まれたばかりだったのだぞ?」
「この剣で消滅した時点で、ただのスキルだろうが!」
そのままマキトはエスへと斬りかかる。だが、その剣をエスは難なく躱しながらエスは平然と話す。
「やれやれ、一回騙された程度で熱くなりすぎではないか?少し落ち着きたまえ」
エスは剣を躱し生まれた隙を突き、マキトを彼の仲間たちの方へと蹴り飛ばした。
「大丈夫ですか?マキト様」
「マキト、落ち着く」
「あ、ああ、すまない」
マキトは仲間たちに諭され、落ち着きを取り戻す。その様子を見ながら、エスはうんうんと頷いていた。
「イイ仲間がいるではないか。熱い思いも大事かもしれんが、始めのような連携をするためにも、君はもう少し冷静さを保った方がいいな」
そして、エスは気づいたことをさらに続ける。
「その剣、そして自分の力を少々過信しすぎではないか?知られてしまっては対応されるのがオチだぞ。現に、私はその剣に触れることは一切していないだろう?」
「俺の剣をここまで躱したのは、あんたくらいだ」
「それが一番の問題だな。まあ、面倒だからあとは自分で考えたまえ。さて、ではそろそろこちらからも攻めるとしよう」
エスの姿が空中に溶けるように消えていく。次の瞬間、マキトとエルフの少女が後方へと吹き飛ばされる。残されたフードの少女が二人に視線を移したその時、自分の頭に置かれた手に気づき動きを止めた。視線だけを手の主がいるであろう方向へと向けると、予想した通りエスが立っていた。フードの少女が警戒し動きを止めている隙に、エスがもう片方の手で指を鳴らすと地面から展開された箱が閉じるように、突如現れた箱が少女を閉じ込めた。
「フィリア!」
「ほう、彼女はフィリアというのかね。安心したまえ、フィリア君は無事だ」
そう言ってエスが箱の、丁度顔の高さにある部分を開くと中でもがくフィリアの顔が見えた。
「ちなみに、勇者君の剣でこの箱を切れば箱は消える。だが、そのままフィリア君も切ってしまうかもしれないから大人しくしていたほうがイイぞ」
走り出そうとしたマキトに対し、エスはそう言って釘を刺す。実際には、箱に剣が触れた時点で箱自体は消えるだろうとエスは感じていた。だが、それに気づかせまいとマキトに嘘を吹き込む。
「クソッ!」
エスの言葉を信じたマキトは悪態をつく。その様子を見て、ひとまずマキトが近づいてこないとエスは確信した。
「では…」
「マキト!」
エスは声をあげるフィリアを無視し、箱を閉めフィリアの姿を完全に隠し両手を振ると剣を一本ずつ取り出した。そして、その剣を次々と箱へ突き立てていく。
「フィリア!」
エルフの少女が声をあげるが、お構いなしにエスは剣を取り出しては突き立てるという行為を繰り返していった。カタカタと動いていた箱は、剣が刺さるたびにその動きを弱めていく。マキトはその光景を見て、ふと思い出す。前世の記憶にある、とあるマジックのワンシーンを…。エスは箱をくるりと回転させ、まんべんなく剣が突き立てられていることを二人に見せた。
「さあ、フィリア君はどうなってしまったのか!」
そう言ってエスは箱の前面を徐に開く。
「えっ!」
箱の中を見てエルフの少女が声をあげる。マキトはやはりといった感じの表情を浮かべていた。箱の中はもぬけの殻、フィリアの姿はどこにもなかった。そして、エスはマキトに対し上を指差して見せる。
「ほら、勇者君。大事な仲間だろう?優しく受け止めてあげたまえ」
エスの言葉を聞き、マキトは勢いよく頭上を見上げる。そこには落ちてくるフィリアの姿があった。咄嗟に、マキトは剣を投げ捨てると両手でフィリアを受け止めた。
「クッ。大丈夫か?」
「…ありがと」
マキトと抱えられ薄っすらと頬を赤らめるフィリアの様子を見つつエスは指を鳴らす。それと同時に無数の剣が刺さった箱がポンッと弾けるように煙を上げ消えた。
「ほら、いつまで抱きかかえているのだ勇者君。隣で仲間が嫉妬しているぞ」
そう言って笑うエスの言葉に驚きマキトがエルフの少女の方を見ると、エルフの少女は顔を赤らめ視線を反らした。フィリアを降ろし、マキトは剣を拾うとエスへと構える。それをエスは眺めているだけだった。エスに勝つため、マキトは覚悟を決めて自分の能力の全てを全力で行使する。それは限界を超える程の力だった。エスがその間、何もしてこないという妙な確信もあった。
そして、その発揮したマキトの力が自分たちを取り巻く周囲の違和感に気づかせる。
「チッ、そういうことかよ」
「マキト様?」
「どうした?」
「いつからかわからんが…」
仲間たちの言葉に応えることもなく、マキトがその場で剣を振り上げると剣が青白い光を帯びる。そして、何もない前方に勢いよく剣を振り下ろすと、ガラスが割れるような音と共に周囲の風景が砕けた。パラパラと落ちる砕けた風景の向こう側から現れたのは、先程と同じ草原の様な風景、その場所で椅子に座って足を組みマキトたちを観察していたエスの姿だった。
「素晴らしい、よくぞ見破った」
エスは立ち上がると拍手をしながらマキトたちへと近づいていく。
「どういう、こと…」
「俺たちはずっとあいつの見せた幻影の様な世界にいたんだ」
「正確には、私が【奇術師】と幻惑魔法の組み合わせで作った世界だな。楽しい夢は見れたかな?」
「いったいいつからだ…」
「始めにお辞儀をしただろう?あの時からだ」
エスが言うように始めに名乗り、お辞儀をしたその瞬間からマキトたちだけでなく、手合わせを見守っていたチサトやアリスリーエル、リーナまで自分の作り出した世界へ閉じ込めていた。
「それにしても、アリスとリーナは気づかなかったようだが、流石はチサトだな。発動した瞬間に気づかれてしまったようだ」
少し離れたところにいるチサトたちへと視線を移すと、微笑むチサトの姿が目に入った。アリスリーエルとリーナは、驚くその表情から、今まで気づいていなかったことが窺い知れた。
「私からも質問だ、勇者君は何故気づいたのだ?」
「おまえに勝とうと、【鑑定】も含めた俺のスキル全てを全力で発動した。そうしたら、自分の周囲に変な違和感を感じたから斬ってみただけだ」
「ふむ、スキルか。まだまだ完璧に騙せるわけではないか…。もっと研究が必要だな、いい勉強になったよ。さて、君らは随分とお疲れたみたいだが、まだやるかね?」
エスが言うように、マキトは全力でスキルを行使したことで肩で息をするほどに疲労していた。エルフの少女はまだ余裕がありそうだったが、フィリアに関しては先程の箱に閉じ込められてからの一件で、肉体的というよりは精神的に疲労している様子だった。
「いや、もう終わりでいい。俺たちの負けだ」
「そうかね、もう少し【奇術師】の力を試したかったのだがな。フハハハハ」
「付き合ってられるか…」
まだまだ試したりないというエスを見て、マキトは座り込むと苦笑いを浮かべていた。
エスとマキトたちの様子から、勝負がついたことを察したチサトは異空間を閉じ結界を解除する。風景が変わっていく様をエスは興味深げに眺めていた。チサトたちは、エスたちの元へと歩いていく。
「お疲れ様でした。マキト、何か掴めましたか?」
座ったまま、息を整えているマキトにチサトが声をかける。
「はい、あとは自分でもう少し考えてみます」
「エスさんは…。ふふふ、まだ、足らないようですね?」
空を仰ぎ、何かを考えている様子のエスを見てチサトが笑う。
「ふむ、【鑑定】などを欺かないと完全に驚かせるというのは難しそうだと思ってな。もう少し【奇術師】の力は研究が必要だ。それにしても、下準備が要らず色々できる。マキトの言葉でスキルだったか、改めて実に素晴らしいものだな。フハハハハ」
改めて感じる利便性。時も場所も選ばず、道具の用意も必要ない。そして、何より下準備などの面倒事も要らない【奇術師】の力による奇術。もはや奇術とは言えないのではないかという疑問はあったが、エスにとっては人を驚かせることが目的のため、それは些細な問題だった。眷属を得て能力が上がった今なら、前世で想像していたが実現するための仕掛けが思いつかなかった奇術もできるのではないかと感じ心を躍らせていた。その一つとして試したものが、今回の【奇術師】と幻惑魔法で作った世界だった。
「アリスもリーナも気づかなかったのか?」
「はい、全然気づきませんでした」
「私もよ。何よアレ…」
「そうかそうか、それは何より。なら最終目標はチサトを驚かすところだな。フハハハハ」
「ふふふ、楽しみにしてますよ」
笑い合うエスとチサトだったが、敵対している様な妙な雰囲気が二人を包んでいた。それもそのはず、エスは先程もチサトも騙すつもりだったのだが、予想していたとはいえ真っ先に見破られ、少々悔しく思っていたのだった。
「さあ、ひと休みしよう。流石に疲れたな」
「では、皆さん中へどうぞ。マキトたちの部屋も用意してありますよ」
エスたちはチサトのに続き教会へと入ると、転送部屋を使い各々の部屋へ移動し休憩することにした。
休憩していたアリスリーエルの部屋の扉が叩かれる。普段のような街の宿屋などであれば警戒し扉を開けることなく対応するが、ここは七聖教の総本山ということもあり、それほど警戒することなく扉を開けた。
「お休みのところごめんなさい。アリスリーエル様、あなたに教えておきたいことがあります」
そこに立っていたのは最高司祭、チサトであった。
「教えておきたいことですか?」
「ええ、キデンスでの戦いは見ていました。私の予想が甘かったお詫びに、あなたに私たちが持つ治療術に関する魔法の全てを教えようと思うのです」
チサトの言葉から予想が甘かったというのが、ターニャが死にかけたことだとアリスリーエルは理解した。
「それは教会が秘密にしている魔法ではないのですか?」
「そうです。ですが、見合ったものをと考え、それが適切だと判断しました。それに、旅では必要になるでしょう?」
「そうですね…。ですが、何故わたくしなのでしょう?魔法であればエス様もリーナさんも使えると思いますが…」
「適正のあるのがアリスリーエル様だけなのです。どうでしょう?」
僅かに迷ったアリスリーエルだったが、先のターニャを思い出し決心する。
「わかりました。是非教えてください」
「ええ、ではこちらへ。私の部屋に案内します。安心してください、罠だったりはしませんよ」
アリスリーエルの警戒心に気づいたのか、チサトはクスクスと笑いながらそう言った。
「そうですか…」
「あなたに何かあったら、フォルトゥーナ王国を敵に回すことになってしまいます。それより先に、エスさんに神都ごと消されかねませんから」
チサトの脳裏には、ターニャが傷付けられ激昂したエスの姿が浮かぶ。それを聞いて安心したアリスリーエルはチサトと共に転送部屋へと歩いていった。