奇術師、手合わせを申し込まれる
エスたちの視界を布が覆いつくす。そして、視界を覆った布がなくなると、そこは神都の聖騎士たちがいる教会の訓練所であった。先程までの血と物や肉が燃える匂いの充満したキデンスとは違う神聖な空気に、エスの仲間やマキトたちは安堵の表情を浮かべていた。
「お疲れ様でした、皆さん」
そう言って出迎えたのはチサトだった。その背後には白いローブを着た二人の女性が付き添っていた。
「最高司祭直々に出迎えとはな」
「エスさん、マキト、依頼の達成ありがとうございました。ターニャさんをこちらへ、教会の術士たちを待機させておきました」
チサトに促されるまま、サリアはターニャを抱えチサトに付き添っていた女性たちと教会の中へと入っていった。
「準備万端だったということは、こうなることはわかっていたのか?」
エスの殺気のこもった質問がチサトに投げかけられる。エスの雰囲気に仲間たちだけでなく、マキトたちも緊張していた。エスの質問にチサトは首を横に振る。
「あくまで、私がわかるのは実際に起きた事象だけ。予知などはできないのです」
「そうか…」
エスが殺気を消したことで、周囲の緊張は解けた。
「とりあえず、ターニャのことを頼む」
「ええ、彼女たちに任せておけば大丈夫ですよ。それとマキト、魔結晶をこちらに」
マキトが仲間のエルフの少女へと視線を移し頷くと、エルフの少女がチサトへと近づき魔結晶を渡した。
「魔結晶の処分は私がしておきます。皆様には報酬をお渡ししますので、教会内でゆっくり休んでいてください」
頷いたエスが仲間たちを連れ教会内へ向かおうとしたところにマキトから声をかけられた。
「待ってくれ、奇術師。いや、エス。頼みがある…」
エスが振り向くと、思いつめた表情でこちらを見るマキトの姿があった。
「俺と手合わせしてくれないか…」
「ふむ、私にメリットがないな。というわけで他を当たりたまえ」
そう言って手を振りながら再び歩き出そうとしたところ、マキトがエスの前へと回り込み立ち塞がった。チサトもエスの仲間たちもその様子を窺っていた。
「この通りだ。俺は司祭に手も足も出なかった。勇者としてもっと強くならなくちゃいけないんだよ」
そう言って頭を下げ握る拳に力を入れるマキトを見て、エスはため息をつく。様子からして大人しく退くとは思えなかったからだ。
「やれやれ…」
呆れた素振りを見せながらも、エスは考えていた。ターニャを眷属として力の上がった【奇術師】の確認も必要であること、そして司祭との戦いでは【強欲】の力に頼りきりだったことを考え、マキトの頼みを利用しようと思いつく。
「勇者君ならいい練習台にできるか…。少しここを使わせてもらってもいいか?」
「ええ、構いません。では…」
チサトは手に持つ杖を掲げると、以前カーティオが見せたものとは比べ物にならない強度の結界が張られた。その結界の外へとチサトが歩いていく。
「アリスリーエル様、リーナさんこちらへ。どうやらマキトの仲間たちはマキトと同じ気持ちのようですよ」
声をかけられた二人がマキトの仲間を見ると、二人とも真剣な表情で頷いていた。それを見て、アリスリーエルとリーナはチサトと共に結界の外へと出ていく。
「そうですね、エスさんが力を使いやすいようにしましょう」
そう言ってチサトが再び杖を掲げると、周囲の風景が一変する。見渡す限り草原が広がり肌に当たる風から、どこかの平原に移動したかのようだった。
「ここはどこだ?」
「ふふふ、教会の訓練所ですよ。魔法で異空間にしてはありますが」
そう言われ、エスは周囲を見渡す。足に感じる地面や草の感触、そして肌に感じる風、それらがここが教会とは別の場所だと主張しているように感じていた。
「フハハハハ、魔法とは本当に凄いものなのだな」
そう言って、エスは仲間たちの方へと歩いていく。すると、途中で見えない壁にあたり手で触れ確認する。
「ほう、これは先程の結界か…」
「ええ、ですので存分に力を振るわれても大丈夫ですよ」
顎に手を当て何かを考えていたエスは、ふとリーナの方へと手を伸ばすと何かを引っ張るように指を引いた。
「えっ!?」
突如、リーナの体がエスの方へと引っ張られたかと思うと結界にぶつかったのか、エスの目の前でリーナの動きが止まった。リーナがぶつかった場所は僅かに光が揺らいだように見えた。
「痛っ!」
結界にぶつかったリーナが声をあげる。
「ふむ、外からも入ることができないのだな。フハハハハ、リーナ、愉快な姿だぞ」
「あとで覚えておきなさいよ…」
結界にぶつかった時に打ったのか、リーナは自分の頬をさすりながら笑っているエスを睨みつけた。
「さて、勇者君待たせたな。それで、三対一ということでいいのかな?」
「ああ、エスがいいならだけどな」
「構わんが、一つ聞かせてくれるか?何故、今手合わせなのだ?」
エスの質問から少し間を置き、マキトは神妙な面持ちで答える。
「早く強くなりたいんだ。勇者として、全てを守れるように」
自分よりも格上だった司祭を圧倒するようなエス、その強さを知り挑むことで何かを得ようとマキトは考えていた。それはマキトの仲間たちも同じ気持ちであった。
「フハハハハ、暑苦しいやつだ」
「何ですって!」
エスの言葉に怒りを露わにしたのは、マキトの仲間のエルフの少女だった。
「悪い意味で言ったのではないのだがな…」
怒るエルフの少女に、やれやれと首を振りながらエスはゆっくりと歩く。そして、マキトたちから一定の距離をとると素早く手を振る。振られたその手には、どこから取り出したのかステッキが握られていた。それを見てマキトたちも、各々が武器を構えた。
「君らが強くなれば私が面倒事に巻き込まれることも減るだろう。それに向上心があることは非常に素晴らしい、私は好ましく思っているのだよ」
エスはそう言って笑みを浮かべマキトたちを見る。三人とも非常に真剣な表情でエスを見ていた。そんな三人にエスはまるでステージ上で客に向かってするようにお辞儀をする。
「それでは少しだけ全力でお相手しよう」
その言葉にマキトは改めて剣を構え直すとエスへと向けて走り出した。エスはそれを眺めながら【奇術師】の力を存分に発揮するべく力を解放する。
「まずは、お手並み拝見…」
「火よ!」
エルフの少女の掛け声と共に魔法がエス目掛けて放たれる。それは直径1メートル程度の火球だった。エスがステッキの一振りで火球をかき消すと、火球と共に走ってきたのか、その影からマキトがエスへと斬りかかった。エスは咄嗟に背後へと飛ぶが、妙な危機感を感じ上へと視線を向ける。すると、二本の短剣を手にしたフードの少女がエス目掛けて飛びかかってきていた。エスは幻影を身代わりに、素早く三人から距離を取る。先程までいた場所を見ると、フードの少女の短剣が幻影のエスを切り裂きかき消していた。
「お互いの力を認めて連携しているのがよくわかるな…。ふむ、これは一対三というのは思いのほか大きなハンデだったのではないか?」
ほんの僅かな危機感を感じながらも、エスは笑みを浮かべたままマキトたちを見る。
「いやぁ、私はここでやられてしまうのではないかな?」
「冗談だろ?今の連携であんたが異常なのはよくわかったぞ」
マキトが言うように、エルフの少女の火球はかなりの威力を誇っており、ステッキの一振りでかき消すことができる者などそうそういないレベルの威力だった。そして、不意を突いたはずのフードの少女の一撃も防御するのではなく幻惑魔法を使い幻影を囮に逃げるなど、かなり実力差と余裕がないとできない芸当だと感じていた。フードの少女の一撃を仮に防御したとしても、マキトの追撃がそこに届くはずだったのだ。その一切を、エスはあっさりと躱して見せたのだから、マキトが警戒するのも無理はなかった。
「さて、受け身だけというのは性分ではないからな。今度は私から行かせてもらおうか」
そう言っておもむろに手に持っていたステッキをマキト目掛けて投げる。かなりの速度で迫るステッキをフードの少女が横から叩き落とそうと短剣で斬りつけると、ポンッという音を立てステッキが弾けあたりに煙幕が広がっていった。
「チッ、罠かよ」
「フハハハハ、警戒が薄いぞ勇者君」
マキトの呟きに答えたエスの声を頼りにフードの少女が懐から取り出した投げナイフを投げるが当たった気配は無かった。
「風よ!」
今度はエルフの少女の魔法により煙幕が散らされ視界が戻る。辺りが見えるようになり、確認するもエスの姿が見えなくなっていた。そんな三人の様子をエスは上空に立ち眺めていた。
「あれは詠唱というものなのか?一言だけだから詠唱とも言えないか…。ふむ、魔法には詠唱なんてものは必要ないと思ったのだがな。それにしてもエルフ少女の魔法の威力が高いな、眷属としての力があるアリスリーエルといい勝負だ。それにフードの動きもいい、これは油断していたら本当にやられてしまうぞ。フハハハハ、おっと!」
思わずエスがあげた笑い声に気づいたフードの少女が投げたナイフが、エスの目と鼻の先を掠めていく。
「いやはやびっくりしたぞ。言ってる側から油断していてはダメだな」
地面へとふわりと降り立つエスの着地目掛けて、今度はエルフの少女が魔法を放った。その魔法を補うようにマキトも同時に魔法を放つ。
「炎よ!」
「付与:光熱」
エルフの少女が放つ炎が着地するエスへとあり得ない速度に加速して進む。その炎はマキトの力も加わり白炎へ姿を変えていた。白炎の高熱により周囲の草が灰と化し地面を抉っていく。白炎はその勢いのままエスを飲み込んだ。
「エス様!」
慌てたアリスリーエルがエスの名を叫ぶ。マキトたちも直撃するとは思っていなかったのか動揺していた。炎が消えると、まだ火のついたまま、真っ黒く焼け焦げたエスが膝を突き地面へと倒れる。誰もが唖然としてそれを見ているところに、ひとりの人物が駆け寄ると、布で火を消そうとし始めた。それを見て、我に返ったマキトたちが声をあげる。
「「「えっ!?」」」
その声に気がついたのか、火を消そうとしていた人物がマキトたちに声をかけた。
「ほら、手伝いたまえ。早く火を消さないと…」
「なんで、あんたがそこにいんだよ!」
火を消していたのは、たった今黒焦げになったはずのエス本人だった。