奇術師、フラグを立ててみる
神都へと戻ったエスの目の前にはチサトが立っていた。朝食を取った店の中に出ては迷惑かと思い、エスは店の前に移動したのだが、どこに現れるかわかっていたかのようにチサトが先回りしていたのだ。少し驚いたエスだったが軽く周りを確認すると、勇者マキトたちはいるがエスの仲間たちは見当たらなかった。
「おかえりなさい。転移は上手くいったようですね」
「ああ、ところでアリスたちはどうした?」
「準備をしに教会へと走っていきましたよ」
「ふむ…」
エスは自分が現地で見た状況を鑑み、マキトたちの方へと話しかける。
「勇者君、仲間を連れて先に行っていたまえ」
「何故だ?」
「行けばわかる。そういう状況なのだよ」
そう言うとエスは指を鳴らす。どこからともなく現れた布がマキトたちを包み込んだ。
「…ちょっ、待て!」
マキトの言葉は聞き入れられることなく、布はマキトたち三人を包むと地面へと吸い込まれるように消えていった。
「…マキトたちも無事着いたようですね。流石は奇術師と言ったところでしょうか」
「ほう、前の奇術師もこんなことができたのか?」
「いえ、前の奇術師は転移などできなかったですよ。せいぜい、物を消したり出したりするくらいでしょうか」
「その程度でよく公爵になれたものだ…」
やれやれとエスが首を振っていると、教会方面から走ってくる者たちが見えた。
「エス!もう戻ってたの?」
「お待たせしました」
リーナとアリスリーエル、その後ろにサリアとターニャが続いていた。
「全員揃ったな。では、早速行くとしよう。想像以上に酷いようだしな」
エスが指を鳴らし、四人をマキトたちと同じように転移させる。だが、エスはその場に残ったままだった。
「さて、アリスとサリアから長時間離れてるとどうなるかわからん、手短に問うぞ」
「…何でしょう?」
「何故、あの状況を知りつつ放置した?」
「私はこの街から動けないのです。行けるのなら私が行っています」
「…そうか」
チサトの表情から何か自分の知り得ない事情があるのだろうと感じ、エスはそれ以上追及しようとはしなかった。エスはポケットから布を取り出すと自分の頭上へと放り投げる。
「では行ってこよう。聞きたいことも増えたしさっさと済ませて戻ってくるとしようではないか」
「お気をつけて」
そう言ってお辞儀をするチサトの目の前で、ふわりと落ちてきた布がエスへと被さる。しかし、布はそこに何もないかの様に地面まで落ちていくと、ポンッと音を立て消滅した。
エスが転移した先は、試しにと転移した場所と同じところだった。目の前には仲間たちが待っていたが、マキトたちは街の方へと既に向かったようだった。
「やっと来たか」
「エスさん、すぐに行きましょう」
ターニャとサリアの言葉に頷き、エスたちは街へと走った。
街へと到着すると既にマキトたちが『憤怒』となったモンスターや動物、人たちと戦っていた。
「遅いぞ!」
「それは申し訳なかったな」
モンスターの攻撃を捌きながら声をあげるマキトへと、エスはゆっくりと歩み寄る。
「さて、生存者は…」
そう言って周囲を見るエスに、マキトの仲間のエルフが首を振る。
「もういないわ。『憤怒』となったものが多すぎる」
「生命、反応、無し」
フードの少女が、エルフの言葉を補足する。それを聞き、エスも少々苦い表情を浮かべた。
「なんだろうな、やはり人いないと感情を得ることもできないからか…。腹が立つな」
「それが私たちの特徴だから仕方ないわ。それより、元凶を叩いた方がいいんじゃない?数が多すぎよ!」
周囲からこちらへと向かってくる『憤怒』たちを倒しながらリーナがエスの呟きに答える。アリスリーエル、サリアとターニャも応戦中だった。
「チサト様の言葉から察するに、元凶は教会にいると思われます。確か教会は街の中心部にあるはずです」
「なら皆で向かうとしよう」
アリスリーエルの意見に納得したエスたちは道中にいる『憤怒』たちを蹴散らしつつ教会を目指す。見た目から『憤怒』となったのは確実だと思われるが、あまりの弱さにエスたちは困惑していた。
「こいつらは本当に『憤怒』の悪魔なのか?弱すぎる気がするが…」
「数だけでたいして強くないわねぇ」
エスと同じことを感じていたのかサリアも同意する。仲間たちもそれは思っていたようだった。
戦いつつ進み、エスたちは教会前へと辿り着く。エスは教会内からは別種の気配を感じ取っていた。
「よし、勇者君。教会に行きたまえ。邪魔が入らないように周りの雑魚は私が相手をしていよう」
「あ、ああ。それは構わんが…」
「あれだ、ここは私に任せて先に行け!」
「死亡フラグかっ!」
「フハハハハ、自分の尻くらい自分で拭いてこいと言っているのだ。どうやら君が持ってきた魔結晶はこの中にあるようだぞ」
「何!?行くぞ!」
それを聞くと、マキトは自分の仲間たちに声をかけ教会へと走っていった。
「よかったのですか?」
「エスのことだから我先に教会に突入するかと思ったのに…」
「君たちは私をなんだと思っているのかな?そんなことより、ほらお客さんが来たぞ」
エスが指差す先、たった今まで走ってきた道から『憤怒』となったものたちが押し寄せてきていた。
「いやぁ、ゾンビ映画さながらといった感じだな。実に壮観」
「いやいや、流石に多すぎだろ!」
「ターニャ、泣き言を言う前に構えなさい」
「ですが、これは流石に…」
ターニャを窘めるサリアの横で、アリスリーエルもあまりの『憤怒』の悪魔の数に不安を感じていた。そんな怯える仲間たちの前にエスが出る。そして『憤怒』の集団目掛け何かを放り投げた。
「エス様、何を…」
アリスリーエルが問いかけた瞬間、『憤怒』たちの中心で大爆発が起こり大多数が弾け飛んだ。
「フハハハハ、汚い花火だ!」
「あっ、あの魔結晶…」
アリスリーエルが気づいた通り、エスが投げたのは爆発の魔法を込めた魔結晶だった。エスは、その魔結晶へ大量の魔力を込め放り投げたのだった。爆発に巻き込まれた『憤怒』たちは木端微塵になっていた。その結果、押し寄せていた『憤怒』たちの数はかなり減っていたが、それでもまだ相当数が残っている。
「一ヶ所に集まるから悪いのだ。さあ、残りもさっさと片付けて勇者君たちの様子を見に行くとしよう!」
仲間たちがそれぞれエスの言葉に同意すると、武器を構えそれぞれ走り出す。アリスリーエルはその場で杖を構えると杖の先へと魔力を集中し始める。そんなアリスリーエル目掛け、元は狼だったと思われる『憤怒』の悪魔が数匹走ってくる。
「エス!そっちに行ったわよ!」
リーナの声に手を振り答えたエスはアリスリーエルの前に立つと、ポケットに手を入れ素早く何かを取り出し『憤怒』の悪魔へと投げた。投げられたそれは魔導投剣を複製したものだった。それが『憤怒』の悪魔たちの頭に突き刺さり命を奪う。
「おや?」
エスの視線の先では、魔導投剣を辛うじて躱した一匹がこちらに走ってくるのが見える。生き残った『憤怒』の悪魔はエスを無視するかのように脇を抜け、アリスリーエルへと向かおうとするも突然動きが止まった。
「どこへ行こうというのかね?私を無視するとは寂しいじゃないか」
エスは、脇を抜けようとした『憤怒』の悪魔の尻尾を片手で掴み、もう一方の手を額に当てながらそう呟いていた。
「ほら、もうじき派手なものが見れるぞ。その身で体験してきたまえ」
掴んだ尻尾を思い切り引っ張り、『憤怒』の悪魔をリーナたちが戦う頭上へと投げる。エスはアリスリーエルの魔力の流れから、既に準備が整ったことを理解していた。
「皆さん退避を!」
アリスリーエルの声を聞き、リーナたちはエスの元へと走る。次の瞬間、上空に現れる無数の電気の塊といった感じの球体から、凄まじい数の雷が落ち生き残っていた『憤怒』の悪魔を一掃してしまった。
「フハハハハ、凄まじい魔法だな。ド派手で実にファンタジーだ!」
「これだけ広ければ、大規模な魔法も使いやすいです」
「街は元々ボロボロだし、周りに人もいないし、アリスの選択に問題無し」
魔法の威力、派手さを見て喜ぶエス。アリスリーエルは僅かに疲れた様子を見せながらも笑顔を浮かべ、そんなアリスリーエルの魔法の選択にターニャも納得していた。
「とりあえず、この辺りには残ってなさそうね」
「それじゃぁ、教会に入りましょうか」
リーナが周囲を確認し、生き残りがいないことを告げる。それを聞き、サリアが教会へ行こうと言ったその時、教会内から爆発音が響き渡った
「ふむ、随分と派手にやっているようだな。さっそく混ぜてもらうとしようか。それにしても、死亡フラグというものも当てにならないものだな」
ぼやきながらエスは教会の入口へと歩き出す。それをアリスリーエルたちは追いかけた。