奇術師、最高司祭から依頼を受ける
用意された席に座るエス、その隣に仲間たちが座り、エスの正面にはチサト、その隣に勇者一行が座った。
「いやはや、実に奇遇だな勇者君」
「なんで悪魔のあんたがチサト様と一緒にいるんだよ…」
七聖教会最高司祭であり、この国のトップであるチサトと悪魔であるエスが一緒にいることに納得がいかない勇者マキトが頭を抱えつつぼやく。エスはそれを聞いて笑っていた。
「エスさんは、七大罪の悪魔の一柱であるアヴィドを滅ぼしたのです。七大罪の悪魔と敵対する私たちが歓迎してもおかしいところはないのではありませんか?」
納得がいかないマキトに対しチサトが説明をする。
「アヴィドを滅ぼした!?」
「ふむ、疑っている顔だな。証拠がいるなら、ほらっ」
そう言ってエスはポケットから布を取り出し、親指と人差し指で摘まみ立ち上がる。摘まんだ布をひらひらとさせた後、中へともう片方の手を入れスルスルと何かを取り出した。それは、黒色をした禍々しい剣であった。
「アヴィドの使っていた剣ですね」
「その通り!やつの形見として貰ったのだよ」
チサトの言葉をエスが肯定する。その剣を信じられないといった表情でマキトとその仲間たちが見ていた。あまりに異様な気配を放つ剣に、食事をしていた他の客たちも動揺していた。
「エスさん、その剣をしまってもらえませんか?常人には悪影響です」
「それは申し訳ない」
周囲を見渡したエスは剣を頭上へと放ると、手に持った布を巻きつかせ消し去る。その後、何事もなかったかのように布をポケットへとしまい席に座った。
「マキト、理解していただけましたか?」
「は、はい…」
七聖教会が敵対する七大罪の悪魔、その一柱であるアヴィドを滅ぼした相手を教会側が歓待するのは自然だとマキトも理解した。そんなマキトにチサトがさらなる事実を突き付ける。
「それに、エスさんやリーナさんは七大罪の悪魔とは別ですから、私たち教会側としては滅ぼす対象ではないのですよ」
「な、原初ですか!」
マキトが口にした聞き慣れない言葉にエスは首を傾げる。
「エス様、七大罪の悪魔が現れる前から存在する悪魔は原初と呼ばれることもあるそうです。もっとも、七大罪の悪魔が現れるより前を知る者がほぼいませんけど…」
エスが何に疑問を持ったのか察したアリスリーエルが説明する。それを肯定するようにチサトが頷いていた。
「アリスリーエル様の言う通り古くから存在する悪魔を原初と呼ぶことがあります。そして、あくまで私たち教会の討滅対象は七大罪の悪魔である。それを覚えておいてくださいねマキト」
「わ、わかりました」
未だ納得いかない表情のマキトだったが、チサトの言葉を渋々了承する。
「さて、折角の料理が冷めてしまいますし食べましょう」
手を叩いたチサトの言葉で全員が食事を始めた。居心地の悪い静寂の中、食事をしているとチサトが話し始めた。
「予定通りにエスさんとマキトを合流させられましたし、本来の目的を伝えましょうか」
「やれやれ、やはりそう言うことか…」
チサトが全てを見通している時点で、マキトたちとの合流は確定していたのだろうとエスは考えていた。そして、薄々何かあるのだろうとは感じていた。だが、マキトの方は思わず食事の手が止まる程驚いている。
「皆さんにちょっとした依頼をしたいのです」
「断る!」
「えっ!?いや、はえぇよ!」
即、チサトの言葉に被せるように否と答えるエスに対し、マキトがチサトに向けていた視線をエスへと移し声をあげる。
「エス様、話だけでも聞いてみましょう」
「どうせ、グアルディアが戻ってくるか、何か連絡がない限り私たちもやることはないしね」
「ふむ、そうか。で、依頼とは何なのだ?」
アリスリーエルとリーナの言葉を聞き、エスもとりあえず聞いてみようとチサトに続きを促した。
「どうやらこの国で良からぬことを企んでいる集団がいるようなのです。マキト、あなたが高純度の魔結晶を渡した集団ですよ」
「なんだって!」
大声を上げて立ち上がるマキトに店内の客の視線が集まる。エスも驚きはしたがチサトがこの場で話すということは、周囲に聞かれてはマズい相手がいないということなのだろうと思った。
「まあ、落ち着いて座りたまえ。続きを聞こうじゃないか」
エスも神都にくるまえに見た高純度の魔結晶、その採取された分がどこに行ったのか気になっていた。エスの仲間たちもチサトの言葉に耳を傾ける。
「ここから西にある街の教会、そこを任せてある司祭が何かを企んでいるようなのです。その背後関係の調査をお願いしたいのです」
「それは、調査だけですか?」
何かを察したマキトがチサトに問いかけた。
「必要とあらば、司祭を始末してください」
「フハハハハ、物騒な依頼だ。しかし、チサトの力なら背後関係もわかるのではないか?」
「確かにわかりますが、確証を持つには誰かの目で確かめる必要がありますから。私はそこまでこの力に頼るつもりはありませんよ」
エスの問いかけにそう言ってチサトは笑った。
「確かに、便利だからとその力に頼っていては何も成長はしないな。勇者君もチサトを見習うんだな」
「俺だって修行してる!それより、これは俺だけじゃなくコイツと一緒に行くということなのですか?」
マキトがエスを指差しつつチサトを見る。
「ええ、必要なことなのです。聖騎士たちは今動けないのでお願いできますか?」
「わかりました」
マキトが頷くと、マキトの仲間たちも頷いていた。
「さて、私たちはどうしたものかな?」
「ここまできて断るなんて意地が悪すぎじゃないか?」
「エスだからねぇ、わからないわよ?」
ターニャの言葉をリーナが言外に肯定する。それを聞いたアリスリーエルとサリアも苦笑いを浮かべていた。
「では、報酬として神都での食事や買い物などの支払いは教会が持つ、というのはどうでしょう?」
「悪くない、いいだろう引き受けようではないか。ん?なるほど、その相談のために朝アエナと一緒にいたのだな?」
「…よくわかりましたね」
チサトの僅かに見せた魔法の実力からして護衛は不要というのは理解していた。そして朝、アエナと共にいた理由がただの見送りだけではなかったと今の話から読み取っていた。そのエスの言葉に、思わずチサトも驚く。
「フハハハハ、最高司祭様のそんな表情だけでも十分報酬ではあるな。で、おまえたちはどうする?」
エスは隣に座る仲間たちに問いかけた。
「もちろんついていきます」
「当然よぉ」
「姉さんが行くなら…」
即答するアリスリーエルとサリア、それに続きターニャも同行の意志を示した。
「私ひとり残っても仕方ないし、ついてくわよ」
やや不貞腐れた感じにリーナも同行すると答えた。
「それで、そちらはどうするのだ?」
「俺は行く。依頼で手に入れた物が悪用されるかもなんて黙ってられない」
「マキト様が行くならアタシも行きます」
エルフ族の少女がそう言うと、もう一人の仲間のフードを被った少女は無言で頷いていた。
「では、詳しい話はまた後程。今は食事を楽しみましょう」
その後、しばらく食事を楽しみ席を立とうとしたところで白い鎧を纏った聖騎士らしき人物が店内に駆け込んできた。
「チサト様!」
エスたちの座るテーブル横まで来ると、その聖騎士は跪き報告を始める。
「キデンスの街に多数の悪魔が出現しました。『憤怒』です」
「…予想より早かったですね。エスさん、マキト、急ぎキデンスへ向かっていただけますか?」
「キデンス?」
「先程お話しした西の街です。どうやら予想より動きが早まったようなので…」
聞いたことのない名前に思わず問いかけたエスは、その名前がチサトに言われた西の街の名であることを知った。
「ですが、馬を走らせても二日はかかりますよ!教会の転送陣で…」
「転送陣はすでに破壊されています」
聖騎士たちの移動に使われる転送陣が破壊されたことを聞き、街の場所を知るマキトは時間的にも間に合わないのではと感じていた。しかし、チサトは微笑みエスを見る。
「エスさん、あなたの【奇術師】の力で転移してくれませんか?」
「ふむ、一度行ったことのあるところしか行けないから無理だな」
「大丈夫ですよ」
そう言ってチサトはエスの手に自分の手を乗せる。その瞬間、エスの頭の中に見たことのない街の様子が流れ込んできた。まるで、戦争をしているかのように燃える街並み、逃げ惑う人たちを追う赤いヒビの入った人や動物、モンスターが見える。まるで、自分がたった今そこにいたかのような感覚をエスは感じていた。
「これは…」
突然の出来事に驚いていたエスだったが、それに構わずチサトは話を続ける。
「これで、転移できるのではないですか?」
「…ふむ、行ける、か?試してみないとわからんな。それにしても不思議体験だった。実にイイ、報酬としても申し分ないな」
「それはよかったです」
エスは立ち上がると、ポケットから人ひとり隠せるほどの布を取り出す。
「試しに行ってくる。すぐ戻ってくるから準備をして待っていろ」
頷く仲間たちを確認し、エスは自分に布を被せた。
自分を包む布を取り去ると、目の前にはチサトが見せた光景と同じ景色が広がっていた。あちらこちらから叫び声や悲鳴が聞こえている。
「転送陣とやらのこと、忙しなくて聞きそびれてしまったな。あとでチサトに聞いてみるとしよう。それにしても、大惨事だな。転移も成功したし、さっさと戻って全員連れてくるか」
先程取り払った布で再び自分を覆い隠し、エスは神都へと戻った。