奇術師、神都観光を始める
抜けを発見したので掲載 2020/02/26
禁書庫は窓など無く時間がわからない。エスはそんなことを気にすることなく本を読みふけっていた。そこからの知識でエスはこの世界について僅かではあるが理解した。
七大罪の悪魔の登場から数百年、知る人の少なかった元々の悪魔である奇術師たちは忘れられ悪魔といえば七大罪の悪魔を指す言葉となった。その後、奇術師たちを知らない者たちが七大罪の悪魔たちの眷属となり、奇術師たちを異端つまりイレギュラーと呼ぶようになったとわかった。
またエスたち悪魔と同様に、モンスターの中にも知性を持つものがおり、会話をすることも可能なものがいることも書かれていた。代表的なものとしてドラゴンだ。
「そういえば、人から変化したとはいえ以前出会ったリッチも会話ができていたな」
少し前に遺跡の奥で出会った者を思い出しながら、エスは更に本を読み進める。様々なモンスターのことが書かれていたが、読み飛ばす。
「やはり、こういったことは知らずに実物を見る方が楽しめるからな」
エスはその性格上、楽しむという点については努力を惜しまない。知識が邪魔して初めて見る生物やモンスターに対する感動が薄れることを嫌ったエスは、モンスターについて詳細に書かれた部分をパラパラとめくり飛ばしていった。他には特に面白そうなものは書かれておらず、次の本へと手を伸ばす。
エスが次に手にしたのは、神について書かれてると思われる本だった。ただしその本は、子どもが見るような絵本だった。
「流石に詳しい記述はないか…。神についてわかれば私が転生した理由もわかるかと思ったのだがな」
本に書かれている内容は、この世界は一人の神が管理しているということのみで、他には転生に関する内容などはなかった。あまり神について有益な情報が得られなかったエスは、ため息をつきつつ手に持った本を閉じ近くの机に置くと他の本を手にとる。何気なく手に取った古ぼけた本を開き、エスは驚いた。
「これは、誰かの日記か?しかし、この字は…」
そこに書かれていた文字はエスがよく知っている元居た世界の文字だった。エスは不審に思いながらもその日記を読み始める。そこには転生後の出来事が書かれていた。あの食べ物がおいしかった、この景色は素晴らしいといったただの日記であり内容から書いた者は女性ではないかと思われた。特にめぼしい内容は見つからず、他の本に変えようかと思いながらもページをめくったエスは目を見張った。
「これは!?事実なのか?」
書かれていた内容にエスは驚愕する。そこに書かれていたのは、何者かに神が殺されたという内容だった。日記はその内容を最後に白紙のページが続くだけであった。
「神が殺された、これは事実なのか?ふむ、あとは白紙…。何かあったのか?これだけでは情報不足だな…」
頭の片隅に何かが引っかかるような感じを覚えながらも、エスは他の本へと手を伸ばす。それと同時に禁書庫の扉が開かれた。扉を開いたのはアリスリーエルだった。
「エス様、もう深夜ですよ」
「ほう、そんな時間か」
「わたくしは、先に部屋に戻りますね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
去っていくアリスリーエルを見送った後、エスは自分も部屋へ戻って休もうと本を片付ける。そして、禁書庫を出てアエナがいると思しき場所へと向かった。そこでは、アエナが椅子に座り書類を眺めていた。
「アエナ、私も部屋に戻る。禁書庫は閉めてくれて構わないぞ」
「そうですか。何か面白いことはわかりましたか?」
「興味深いことは知ることができたな」
「それはよかったです。では、禁書庫は閉めてしまいますね」
「ああ、それではな」
エスは、アエナに借りていた魔道具を手渡すと、禁書庫の扉へと向かうアエナに背を向け書庫を後にした。
転移部屋への道中窓の方をふと見ると、来るときには気づかなかったが書庫がある階はかなり高い階にあることがわかった。なんとなく窓から神都の様子を眺めていると、背後から声をかけられる。
「こんなところで、どうかされましたか?」
エスが振り向くと、そこにはチサトが立っていた。全く気配を感じなっかったことに驚きながらもエスは答える。
「なんとなく外を眺めていただけだ。それにしても、実に高い建物だな」
「そうですね。元いた世界で言うと、30階建てのビルくらいはありますね」
「それほどか…」
想像以上の高さにエスは驚き再び外を見た。その隣にチサトが並びエスと同じように窓の外へと視線を移す。
「元の世界程ではありませんが、なかなかの夜景ではありませんか?」
闇夜に薄っすらと浮かぶ白い建物。魔法由来なのか、様々な色の明かりがあり幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「少々、ネオン街といった感じがしないでもないが、悪くはないな」
「ふふふ、ここまで来るのに数十年かかりましたからね」
チサトの言葉に、エスは思わず問いかける。
「数十年、一体何歳なのだ?」
「女性に歳を聞きますか?でも、この世界では寿命も老化もどうにかする方法があるので、あまり歳は意味ないかもしれませんね」
「まあ、確かにそうか…」
自分の眷属が得る力に不老長寿があることを思い出したエスはチサトの言葉に納得する。チサトがどこで不老長寿を得たのか気にはなったが、そのような重大な情報を漏らすとも思えずエスは黙って外を眺める。
「では私は書庫に行きますので、これで」
「ああ、私も部屋に戻って休むとしよう」
エスはチサトと別れ、転送部屋で自分に割り当てられた部屋へと向かった。
転送部屋を出て廊下を歩いていくと、エスの部屋の前で仲間たちが待っていた。その中にグアルディアはいないようだった。
「おや、寝たのではなかったのか?」
仲間たちに気づいたエスが声をかけた。その声に気づいたアリスリーエルが状況を端的に伝える。
「エス様、グアルディアが一度国の方へ戻ると言うのでどうしようかと…」
「で、その当人は?」
「もうすでに出ていったわよ」
リーナの捕捉を聞き、グアルディアがこの場にいない理由を理解した。
「グアルディアは何か言っていたか?」
「しばらく戻れないからエスさんに後を頼むって言ってたわ」
「なんか、すごい急いでたな」
サリアとターニャからも状況を聞きエスは考える。フォルトゥーナ王国で何かあったのであれば、自分たちも連れて行くだろうと思えるため、特別問題が発生したというわけではないと思えた。
「まあ、何か用があったのだろう。アリス、グアルディアと連絡は取れるのか?」
「いいえ…。あっ、城への連絡はできます!」
「それで聞いてみたらどうだ?」
「そうですね。ちょっと聞いてみます」
そう言ってアリスリーエルは自分の部屋に走っていった。グアルディアの件はこれでいいと判断したエスは残った仲間たちに考えていた予定を伝える。
「とりあえず今日は寝たまえ。明日は神都を観光しようではないか。フォルトゥーナ王国にはない何か面白いものがあるかもしれないしな」
「そうね。グアルディアのことだから大丈夫だろうし、私たちは詳しいことがわかるまで神都でのんびりしましょう」
エスの提案にリーナが賛成し、サリアとターニャも頷いていた。それを確認したエスは一つ頷く。
「では今日は解散だ。ほらほら、部屋に戻って寝たまえ」
エスに促され仲間たちは自分の部屋へと帰っていく。エスも自分の部屋へと入り一息ついた。そこへ、唐突にチサトが現れる。どうやら転移してきたようで、何もない空中から突然現れた。
「やれやれ、ノックも無しに入ってくるのはどういう了見かな?まったくプライバシーもあったものではないな」
「ふふふ、失礼しました。明日は神都を見て周るのですよね?」
「ふむ、その予定だが…」
「私も同行してもよろしいですか?」
「この国の最高権力者が同行か。いろいろ面倒がありそうだな…」
「心配なさらなくても大丈夫ですよ。ただ、案内するだけですから」
エスが仕方がないといった表情で頷くと、チサトは微笑み再び何もない空中へと消えていった。
「言いたいことだけ言って帰っていったな。いったいどこで観光すると聞いたのやら…。本当にすべて知られてると思った方がよいのだな」
チサトへの警戒心が高まるものの対処のしようがないため、エスは諦めそういうものだと割り切ることにした。ただでさえ、感知できない技量で魔法を使う相手に、エスは手の出しようがなかった。
「どうせ悪いことしようとすれば止めに来るだろうしな!気にするだけ無駄か、フハハハハ」
エスはベッドに横になると眠るわけではなく、今日知り得た情報を頭の中で整理するため静かに目を閉じた。
翌朝、エスは部屋から出るとすでに仲間たちが転送部屋の前に集まっていた。
「おはようございます。エス様」
「おはよう」
仲間たちと挨拶を交わし、エスは転送部屋へと入る。それに仲間たちも続いた。昨日、転送部屋で確認してあった正門と書かれたところを選択し起動する。
「そうそう、チサト自らが神都を案内してくれるそうだぞ」
「なっ!?」
驚いた声をあげたのはリーナだった。他の仲間たちも驚いた表情をしている。それを見ながらエスは笑い声をあげた。
「フハハハハ、イイ表情だ。早朝からイイものが見れたな。さて…」
エスが話す中、転送が終わり目の前には廊下が現れる。その廊下を歩いていくと、昨日通った入口が見えてきた。そこにはチサトとアエナが立っていた。
「皆様揃いましたね。では、神都を案内します」
「ふむ、そうだな。まずは美味いものを食べたいところだ」
「ふふふ、わかりました。では行きましょう」
先を歩くチサトにエスたちはついていく。アエナは門のところで止まるとチサトに一礼し戻っていった。
「アエナは来ないのか?」
「彼女には別件でお願いしてあることがありますので、私ではなくアエナの案内の方がよろしかったですか?」
「面倒事がなさそうという意味なら、その方が良かったかもしれんな」
「そう意味ではなかったのですけどね」
そう言いながら笑うチサトを先頭に、エスたちの神都観光は始まった。歩きながらエスはアリスリーエルへと問いかける。
「そういえば、グアルディアのことは何かわかったのか?」
「あっ!はい、どうやら船の準備に駆り出されたようです。ドレルからの指名だったみたいですよ」
「ほう、船はあいつが作ってるのか?」
「一部だけですが、彼らが作ってます」
「なら安心して船旅を楽しめそうだな。船に余計な機能をつけてなければだが」
丁度、エスとアリスリーエルが話し終わる頃、チサトが一件の店の前で足を止めた。
「まずこちらで朝食にしましょう」
そこはテラスのある喫茶店のような見た目をしており、朝食を食べに来ていると思しき者たちがいた。そして、テラスにある席に見覚えのある顔を見つけると、エスはその席へと歩いていってしまった。
「ちょっと待ちなさいって」
リーナの呼び止める声も聞かず、エスはテラスの席に辿り着くと座っている者に声をかけた。
「いやぁ昨日ぶりだな勇者君、ご一緒してもいいかな?」
突然声をかけられ驚いた表情を向けたのは勇者マキトだった。マキトの仲間たちも気配に気づいていなかったのか同様に驚いた表情をしている。
「フハハハハ、今日は朝からイイ表情ばかり見られるな。これはイイことがありそうだ」
チサトが声をかけたのか、店員がエスの元へと来ると全員が座れるように席を整えていった。