奇術師、訓練場に現れる
食事を終え食堂内の装飾品を眺めていると、扉を開けチサトが入ってきた。周囲を見渡し微笑むその背後にはアエナが立っていた。
「皆様、食事はいかがでしたか?皆様が宿泊できるよう部屋を用意しました。しばらくは神都に留まられるのでしょう?」
「ふむ、少しは見て周りたいしな。ありがたく使わせてもらうとしよう」
「では、ご案内します。よろしくお願いしますねアエナ」
「はい。では、皆様こちらへどうぞ」
チサトに見送られながら、エスたちはアエナに続き食堂を後にする。部屋を出てすぐのところでグアルディアと合流した。
「おや、皆様どちらへ?」
「泊まる用の部屋を用意してくれたらしいのでな。案内してもらっているところだ」
「なるほど、船の準備も時間が少々かかるようですし、神都を観光するのもいいかもしれませんね。しかし、私はまだ食事の途中でしたが…」
「ふふ、後ほどお部屋の方へ運ばせますよ」
残念がるグアルディアをアエナがなだめつつ、エスたちは客室へと向かう。しばらく歩くと床に幾何学模様の描かれた扉の無い小部屋へと到着した。アエナに続きエスたちも中に入ると、全員が入ったのを確認したアエナが壁にあるボタンを押す。それはまるでエレベータの操作盤のような見た目であった。アエナがボタンを押すとエスたちの体が光に包まれる。エスだけはエレベータのようだとタッチパネルの様な操作盤を観察していたが、仲間たちは自分たちの身に起きていることに驚いていた。
光が収まるとエスたちは同じような小部屋に立っていた。よく見ると、先程の小部屋とは僅かに違う。扉の無い入口らしき場所から外をみると、先程とは景色が違う。
「転送魔法!?この人数を!?」
「いったい、どうやっているのでしょう?」
「驚きましたか?チサト様がお造りになった転送の間です。では、こちらへどうぞ」
小部屋の外の様子を見て、驚愕の声をあげるリーナ。アリスリーエルは仕組みが気になっている様子だった。アエナに促され、エスたちは転送の間と呼ばれた部屋を出る。その後、順番に部屋に案内され最後にエスに割り当てられた部屋に到着した。案内された客室は、神都の様子が一望できる程高い場所にあるのが窓の外の景色からわかる。内装も白を基調とした配色で、装飾品に至るまで如何にも教会といった内装だった。
「エス様はこちらの部屋です。教会内は自由に見て周って構いません」
「ほう、それはありがたい。早速、中を見せてもらおうかな」
「それでは、私はここで。ごゆっくり」
アエナは案内を終え戻っていった。エスが部屋から出ると、仲間たちは部屋でゆっくりしているようで出てくる様子はなかった。仕方がないと、エスは独り廊下を歩く。現在は結構高い位置であるのはわかるが、何階かまではわかっていない。とりあえず下を見に行ってみようと、エレベータのような小部屋へと向かう。中に入ったエスは、操作盤を眺め自分の知りたい情報がわからないことにがっかりした。
「ふむ、階ではなく施設名で書かれているのか。今、何階なのかはわからないな。しかし、これでは読めなかったら適当に押すしかなかったな。フハハハハ」
現在の場所はと見てみると、他の施設名の頭には小さな幾何学模様のアイコンの様なものがあるが、客室と書かれている場所にはそのようなものはなかった。
「つまり、ここは客室ということでいいのかな?この宿舎というのは聖騎士たちの宿舎ということか?ん、訓練場…」
エスは徐に訓練場と書かれたボタンを押し光に包まれる。光が消え、目の前には再び見たことのない廊下が現れた。
「さて、どんな場所かな?」
廊下へと歩き出したエスの耳に、何か木のようなものがぶつかり合う音が聞こえてくる。訓練中だと予想し、エスは音のする方へと歩いていった。さほど歩くこともなく、音の発生源を発見する。そこはかなり広い部屋となっており、その中で白い鎧を着た聖騎士たちが木剣で模擬戦を行っているようだった。その様子を眺めていたエスに背後から声がかけられる。
「おお、奇術師じゃないか。なんだ、見学か?」
かけられた声に振り向くと、そこにはカーティオが手を振り立っていた。
「その通り、ただの見学なのでお構いなく」
そう言って、面倒くさそうな表情で立ち去ろうとするエスの前にカーティオが回り込んできた。
「おいおい、ちょっと待てって。折角来たんだ、少し訓練に付き合っていけよ」
「何故だ?面倒ではないか」
「面倒とか面と向かって言うなよな。まあ、こいつらに上位者の戦いを見せたいというのもあるんだが…」
静かになった周囲を見ると、訓練の手を止めこちらを窺う聖騎士たちがいた。
「こいつらは三十位以下の聖騎士たち、見習いもいる。まあ、三十位以下は見習いに毛が生えた程度だけどな」
「それ以上の者はいないのか?」
カーティオの言葉に少し興味を持ったエスが問いかける。
「皆、だいたい何かしらの対応で神都にはいない。アエナのやつは、チサト様のお世話係みたいなものだから除外するが…」
「ほほう、ならばカーティオは何故ここにいる?」
「俺は、リンドの対応で呼ばれていた…。今は少し休みを貰ったんでな、こいつらの面倒を見ているってわけだ」
「なるほど…」
エスは他の上位、できれば一位と呼ばれる聖騎士たちを見ておきたいと思っていたが、カーティオの話からここにいないと理解した。一位どころか三十位以下しかいないのであれば、ここにいる必要はないとエスは考える。
「ではな。訓練頑張ってくれたまえ」
「おい!話聞いてたのか?俺と少し手合わせしてくれ。公爵級との模擬戦もしてみたいしな」
そう言うカーティオの目は丁度いい相手が見つかったと言っているようだった。このままではここから離れるのは難しいと感じたエスは渋々、カーティオの提案を受け入れる。
「はあ、仕方がない…」
「そうか!なら準備するぞ、おまえら場所を空けろ」
カーティオの命令で聖騎士たちが部屋の壁へと移動する。エスはカーティオに連れられ部屋の真ん中へと移動した。カーティオが少し前に見た動作をし結界で自分とエスを囲う。他の聖騎士たちは結界の外に出していた。
「これでよし。とりあえずは、これを使え」
カーティオが投げ渡してきた木剣をエスは受け取る。
「ふむ、命のやり取りをするわけではないと…」
「これは訓練だし当然だ。それに客人を殺したとなったら、俺が裁かれるじゃないか」
「それで、何をしたらいいのだ?」
「手合わせと言ったろ?そうだ、おぉい模擬戦用の砂時計を持ってきてくれ」
カーティオに言われ結界外の聖騎士が走って別の部屋へと向かっていった。
「すまんな、少し待ってくれ」
「それは構わんが。これは木製ではないのか?結構重いのだな」
渡された木剣を軽く振りながらエスは問いかける。
「そりゃあな。軽い木で練習しても実際の剣は振れんだろう?」
「まあ、そうか。中に鉛でも入っているのか?」
「ああ、おまえは転生者だったな。その木は鉄と同じ重さのある木を使っている。鉄の様に重いだけで強度は木と同じなんだ。訓練にはもってこいだろ?まあ重いから当たれば最悪、骨折くらいはするがここは教会だ。すぐに治癒もできる」
「ほほう、リグナムバイタという木を知っているが、あれとは違って柔らかいのだな。フハハハハ、重さと柔らかさを両立とは実にファンタジーな木材だ!しかし…」
エスはため息をつき首を振る。
「私が転生者と知っているのか。チサト相手では私のプライバシーなどあったものではないな。これは、後で文句を言っておこう」
その後、エスが剣を振り感触を確かめていると、砂時計を手にした聖騎士が戻ってきた。それは小さな子供くらいの大きさがあり、一体何時間戦わされるのかとエスは心配になった。
「随分と大きいな…」
「心配するな、時間は任意で決められるからよ。まぁ三分くらいでいいだろう」
それを聞いた砂時計を運んできた聖騎士が何やら操作を始める。少しして、その聖騎士がカーティオに向けて手を挙げた。
「お、準備は整ったみたいだな。それじゃ、始めるとするか」
「気が乗らないが仕方ない。お手柔らかに頼むよ」
「それはこっちの台詞だな」
目にも止まらぬ速さでエスへと迫るカーティオの目の前から、一瞬にしてエスの姿が消える。咄嗟にカーティオはその場に踏みとどまり体を回しつつ背後へと剣を振るう。乾いた音を立て、カーティオの剣が止まった。そこにはエスが立っており、手に持つ剣でカーティオの剣を受け止めていた。
「いつの間に!?」
周囲の驚く声を他所に、エスがカーティオに話しかける。
「なんだ、バレていたのか?」
「おまえの性格上、ここに現れると思ってな」
「ふむ、予想されては驚きに繋がらん…。やはり手の内は多いに越したことはないか…」
ふわっと背後に飛び退いたエスは、剣を眺めながら考える。カーティオはその様子を窺い、攻め込むことはしなかった。僅かな間を置き、エスはカーティオに向け両腕を広げ宣言する。
「フハハハハ、気が変わった!カーティオよ、私に少し剣技についてご教授願えないかな?もっとこの世界を知らねば面白いことも思いつかなそうだ」
「なら、残りの時間全力で相手をしてくれ!」
「いいだろう!」
エスとカーティオはお互いに全力で走り出す。その姿は、周囲の聖騎士たちには殆ど見えていなかった。
しばらくの間、二人は時には躱し時には受け止め、激しい攻防を繰り広げる。そんな中、エスはカーティオの剣捌きを観察し続け、そしてそれを真似し始める。それに気づいたカーティオが呟いた。
「もう、覚え始めたのか…」
エスがカーティオから僅かに距離を取る。カーティオはそれ追ってはこなかった。
「フハハハハ、受け流しからの反撃など、私にはやり方すらよくわかっていなかった。剣の振り方ひとつとっても実に勉強になる。もっと勉強させてもらうためにも、私も少し授業料を払おうじゃないか!」
「何を!?」
驚くカーティオを他所に、エスは剣を持っていない手を頭上へと伸ばすと指を鳴らした。