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奇術師、最高司祭と対面する

 少年少女たちが振り下ろす剣を、エスは動かずにその身に受ける。剣はエスの体を切断し、その体はバラバラと地面に落ちた。地面に落ちた体の切断面は黒い布に覆われたようになっており、血の一滴も出てはいなかったが、少年少女たちはそれに気づくことなく勝ち誇っていた。


「なんだ、あっさりじゃねぇか」

「大したことなかったね」

「残念、それは残像だ。いやぁ、喜んでいるところ申し訳な…」


 少年少女が呟いた言葉に応えるように、背後から声が聞こえる。その声がエスのものだと気づいた少年が、気配のする方へ振り向きざまに剣を薙ぎ払うが、エスの姿は剣が触れると煙のように消えてしまった。


「ほう、幻惑系統の魔法か。僅かに発動時の魔力が感知できる程度とは…」


 その様子を眺めていたカーティオが感心したように呟くが、エスの仲間たちは違う感想を持っていた。


「わざとですね」

「わざとねぇ」

「なんのつもりなのかしら…」


 魔力そのものの探知が苦手なターニャにはわからなかったが、普段のエスを知る者にとっては、今のエスの魔法の使い方は雑と言えるものだった。それを聞き、カーティオが問いかける。


「どういうことだ?」

「エスの幻惑魔法なんて、私たちに感知できるものじゃないわ。だいたい、人を驚かすのが好きなエスがバレるようなことをすると思う?」


 リーナの答えを聞き、カーティオも納得する。奇術師、エスの性格については最高司祭であるチサトから聞いていた。その通りだとするならば、エスの仲間たちが言うようにわざとだと思えてくる。だが、理由がわからなかった。


「フハハハハ、残像と言ったな。あれは嘘だ」


 バラバラになったエスの体が、まるで操り人形のように何かに吊るされるように起き上がると、切断面がまるで切られていなかったかのようにくっついていく。


「な、なんなの?アンデッドなの?」

「私か?私は奇術師だよ」

「そういうことを聞いてんじゃねぇ!」


 わけがわからないといった様子で再びエスに斬りかかる少年少女たちだったが、軽々とエスに躱されていた。ただ一人、そんな仲間たちの後方から、少女がじっとエスを観察するように見ていた。


「ほう、なかなか優秀そうな子がいるじゃないか」


 自分に斬りかかる少年少女たちを次々と掴み、自分を観察する少女の後方へと投げ飛ばす。


「君たちは少し頭を冷やすといい。そんなことでは立派な聖騎士にはなれないぞ?ちょっとそこで大人しく見ていたまえ」


 エスは胸の前で手を叩きゆっくりと放す。手の間にはどこからともなくステッキが現れた。それを片手に、自分を観察する少女へと話しかける。


「君、名前は?」

「…セレスティーナ」

「セレスティーナか。では、セレスティーナ。安心して全力を出したまえ、私は君らより強いぞ?」


 セレスティーナは意を決して全力の刺突をエス目掛けて放つ。その刺突はステッキで軽く横へと反らされてしまった。だが、躱されることは織り込み済みだったと言わんばかりに、刺突の連打をエスへと放つ。


「君は剣ではなくレイピア、つまり細剣の類を使ったの方がいいのではないか?」


 全てを軽く受け流すエスを見て、セレスティーナは距離を取った。そして、剣を薙ぎに振り抜く。その瞬間、剣の軌道上に白い光の帯が現れエス目掛けて放たれた。それは、今まで見てきた聖騎士たちが使った技に比べたら弱々しいものではあったが、大概のモンスターであれば屠れる威力を秘めていた。


「ほう、見習いだが使えるか」

「あの子は練習熱心でしたからね。ただ、少し内気なのが心配でしたが…」


 カーティオが言うように、見習いでその技を使える者は稀であった。アエナは見習いたちの練習を見ていたためか、それほど驚きはしなかったものの、セレスティーナの内気な性格に関しては心配をしていた。


「な、なんだセレスティーナのやつ。なんでアレを使えるんだよ」

「練習試合で一度も使ったことなかったじゃない」


 そんな声が後ろで見ている少年少女たちから掛けられるが、セレスティーナはエスの動きに集中していた。エスはというと、飛んでくる白い光を後ろへと高く飛び上がり避ける。その着地を狙って、今度は白い光が一直線にエスの着地地点へと放たれた。


「おお、刺突でも使えるのか!アエナ、あいつ俺の部下に欲しいな」

「それを決めるのはチサト様ですよ」


 結界傍まで飛び退き空中にいたエスの耳に、そんなカーティオとアエナの和やかな会話が聞こえてきた。だが、今は戦闘に集中する。このままでは着地時にセレスティーナの攻撃を受けてしまう。エスは咄嗟にカーティオの張った結界を壁に見立て、そこに足をつけると地面と水平に直立した。次の瞬間エスの目の前、つまり地面とエスとの間をセレスティーナの放った白い光が通過し結界に当たり四散する。


「いやぁ残念、私は奇術師と言うことを忘れ、おっと!」


 エスの言葉を遮るように、セレスティーナが剣を構え突進してきた。エスは地面へと降り立つとステッキを上へと投げる。そして、セレスティーナの剣を指で摘まみ受け止めた。


「お見事。私でなかったら殺れていたかもしれないな。フハハハハ」


 投げたステッキは動けずにいる少年少女たちの目の前に落ちると、地面に当たりポンッと音をたて花弁を散らし弾けて消える。動きの止まったエスとセレスティーナ、それを見計らいカーティオが手を一回叩く。すると、結界が溶けるように消えていった。それを見て、セレスティーナは剣を引き鞘へと収める。そんなセレスティーナをアエナが称賛した。


「素晴らしい戦いぶりでした。相手が彼でなければ倒せたでしょうね。あとは気持ちの面ですね」


 アエナの称賛に、セレスティーナは無言で頭を下げる。


「おまえらは熱くなり過ぎだ。僅かな魔力の揺らぎすら感知できてなかったな。もう少し修行を厳しくする必要があるか?」


 カーティオにそう言われ、セレスティーナ以外の少年少女たちは俯いていた。


「いやぁ、いい汗かいた。やはり、子どもというのは元気があってこそだな」

「お疲れ様でした」


 かいてもいない汗を拭いながら近づくエスに、アリスリーエルが労いの言葉をかける。


「エスさんはどうして彼らの相手を?」

「ただの気まぐれ、ではないな。こんな世界だ、子どもであってもすぐに死ぬこともあろう。力があるからと調子に乗っていてはどこかで命を落としてしまうのは間違いない。だから、それに気づいてもらおうと思ったのだ。一人でもそれに気づいたのであれば、煽ったかいがあったというものだな」

「悪魔のくせにお優しいことで」


 サリアに答えるエスの言葉を聞き、ターニャは皮肉を言う。その表情に嫌悪感はなく、微笑みが浮かんでいた。


「さて、無駄に時間を取っちまったな。こいつらにはいい薬になった」


 並んで歩く少年少女たち、その一人の少年の頭に手を置きカーティオが近づいてくる。少年少女たちに先程までの元気はなかった。


「子どもたちの無礼をお詫びします。さあ、チサト様もお待ちなので、皆さまこちらへ」


 アエナに促され、エスたちは中庭を後にした。

 しばらく歩いていくと、白い鎧を纏った者たち何人かとすれ違う。皆、エスたちを見ても動揺することなく歩いていた。そのことからも、エスたちが来ることは周知されていたと理解できた。この時エスは、自分は無害な悪魔であると言われているのだろう、その程度に考えていた。そんなことを考えながらアエナの後を歩いていると、突然アエナが足を止める。その横には大きめの扉があった。


「中でチサト様がお待ちです。皆さま、中へどうぞ」

「おや、アエナは入らないのか?」

「はい、私はここまでの案内だけです。それでは」


 そう言うとアエナは一礼し、そのまま廊下を奥へと歩いていってしまった。


「ふむ、仕方がない。では、入るとしようか」


 エスの仲間たちが頷くのを見て、エスは扉へと手をかける。そのまま勢いよく扉を開くと、中はエスの記憶にある城の食堂といった感じの部屋だった。その部屋の奥、長いテーブルの向こう側で微笑む黒髪の女性が目に入る。穏やかな物腰とは別に、凄まじいまでの力をその姿から感じていた。それに加え、エスは妙に懐かしい感覚を覚えていた。


「ようこそ、七聖教皇国へ。私はチサト、この七聖教会で最高司祭をやっております」

「これはこれは、私は奇術師のエスだ」

「知っていますよ。フォルトゥーナ王国王女、アリスリーエル様。サリアさん、ターニャさん、グアルディアさん。それにリーナさんは悪魔でしたね」


 それを聞き、エス以外は驚愕の表情を浮かべていた。初対面の相手が自分の名前を知っていたという事実に純粋に驚いていたのだ。特に、アリスリーエルの素性を知っている時点でただ事ではなかった。リーナはそこまで驚いている様子ではなかったことをエスは気づいていたが、今は無視することにする。


「聖騎士たちに調べさせたのか?」

「いいえ、知っていた、それだけです」


 エスの短い質問に、チサトも端的に答える。そんなチサトを見て、エスは警戒心を強めていた。


「そう警戒されずとも、何もしたりはしませんよ。さあ、好きな席に座ってください。皆さまのためにお食事を用意しました」


 チサトの言う通り、テーブルの上には人数分の豪華な食事が置かれている。しかも、今この時に来るのがわかっていたかのように、出来たてとわかる程に湯気を立てているものもあった。


「まあ、座るとしよう。折角の食事が冷めてしまっては勿体ないしな」


 エスの言葉に仲間たちは頷き、それぞれ好きな席へと向かった。エスはというと、チサトに近い席へと座った。皆が座ったのを確認し、チサトも席へと座る。


「ではどうぞ、召し上がってください」

「ふむ」


 チサトに促され、エスは目の前の肉料理に手を付ける。それを口に含み驚いた。レマルギアで食べた雪羊の肉は美味であったが、今食べた肉の味はそれを軽く超えていた。


「美味い!」


 思わずそう口に出したエスだった。周囲を見ると仲間たちも食事を楽しんでいる様子だった。毒を盛られている様子もない。もとより、エスとリーナに毒は意味がなかったが、仲間たちは別である。多少心配していたものの、無事な様子を見てエスは食事を楽しむこととした。

 ある程度食べたところで、エスはチサトに疑問をぶつける。


「チサト、様とお呼びした方がよいのかな?」

「チサトで構いません」

「では、チサトに聞きたいのだが、何故私たちを招待したのだ?」

「ただ、興味があっただけです。転生者であるエスさん、あなたに」


 チサトの言葉に別の疑問がエスの頭に浮かぶ。


「この世界で、転生者など珍しくもないのであろう?」

「時折いますが、悪魔に転生した者はエスさん、あなた以外知りません」

「ほう、『強欲』のアヴィドは転生者ではなかったのか?」

「そうですね。まずは、簡単に説明した方がよいでしょうか」


 チサトは手に持っていたフォークとナイフを置き、姿勢を正すと説明を始めた。


「この世界に転生する方は皆、生前と同じ姿、人として転生します。エスさん、あなたという例外を除いて…。七大罪の悪魔たち、彼らの公爵級の者たちは元々人だったのですよ」

「なんだと…」

「かなり昔の話なので知っている方はいませんけどね」


 そう言って微笑むチサトにエスと仲間たちは驚きの表情を向けていた。


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