奇術師、煽る
エスは怒り狂っているリンドへと走り出す。白い剣閃を使われては街に被害が出る可能性があるため、距離を詰めて使わせないようにしようと考えたからだ。それにマキトも続く。リーナはそれを見送ると、エスが防ぎ損ねた剣閃に対処するためリンドの様子を窺う。それと並行し、リンドに対する対応策を考えていた。
「やっぱり、殺す以外の方法を考えないといけないのよね…」
リーナはため息交じりに呟き観察を続ける。その視線の先ではエスとマキトが、リンドとの戦闘を開始した。
『シネェェェェェ!』
近づいたエスに対し、リンドは斬りかかる。その目は怒りに満ち、赤く輝いていた。それをステッキで受けようとしたところで、得体のしれない危機感を覚え横へと避ける。振り下ろされた剣はエスが手放したステッキを粉砕し地面を砕いた。
「気をつけろ!『憤怒』は身体強化されてんだ。ついでに、攻撃自体には全てを破壊するスキルが乗ってる」
「ほほう、それであの嫌な感じか。フハハハハ、相変わらず私の勘は冴えていたというわけか」
まあ、この体の記憶だろうがな…。
エスは自分の知らない記憶に感謝しつつ、リンドの攻撃を捌きながら現状を打破する手立てを考えていた。その間も、攻撃を直接受けることのないように立ち回る。マキトはというと、何故かリンドの剣を自分の剣で受け止めていた。リンドの剣を押し返したマキトが距離を取ったところへ、エスが近寄る。
「全てを破壊する能力があるのではなかったのか?」
「この剣はスキルを無効化できるんだよ」
「それは便利そうだ。どれ、貸してみたまえ」
エスは迫りくるリンドを無視し、マキトから剣を奪い取る。突然のあり得ない行動に、マキトも反応できなかった。剣を持ったエスは徐に両手で剣を持つと、左右に引っ張るように二つに増やし片方の剣でリンドの剣を受け止めた。
「ふむ、やはり柄の部分は無効化はできないか。剣身だけ複製できなかったらどうしようかと思ったが大丈夫だったようだな。よかったよかった」
リンドを蹴り飛ばし、うんうんと頷くエスを見ながらマキトが驚く。
「なんでわかったんだよ!」
「柄に無効化の力がないことか?少し考えればわかるだろう。柄にまで効果があったら、持ってる者はいちいち剣から手を放さなければ能力が使えないではないか」
「チッ、面倒なくらい頭が回りやがる…」
「勇者ともあろう者が、そんな言葉使いをするものじゃないな。ほら…」
エスはマキトへと、手に持った剣を一本投げて渡す。それは、マキトから奪ったオリジナルの方の剣であった。
「さて、これでリンド君の剣は受けられるな。勇者君は『憤怒』に飲まれた者の戻し方を知らないか?」
「殺す以外、方法はないはずだ」
「それは困った。私が殺してしまったら色々と面倒だ。最悪、彼のことは君に押し付けて他の聖騎士を呼びに行くとしようか」
「テメェ!」
エスの無責任な発言に、マキトが怒る。しかし、そんなやり取りを無視しリンドが二人へと再び襲いかかってきた。エスは手に持った剣でリンドの攻撃を受け流す。
「ふむ、自分の力ながら何故、物に宿る能力まで複製できるのが理解できんな。できたからできた、ということで良しとしよう。では、次のテストといこうか」
エスはリンドを押し返すと、剣を持たない手をリンドへと向ける。
「『憤怒』を奪う」
『強欲』の力を解放し、そう呟くとリンドの体にあったヒビが、まるで巻き戻し映像のように消えていく。
「ほほう、戻せたではないか。これで…」
「いや、ダメだ!」
『憤怒』を消せたと思ったエスだったが、マキトがそれをすぐさま否定する。二人の視線の先では、リンドの体に再びヒビが広がっていった。
「いやぁ残念。これで治ってくれれば万々歳だったのだがな」
「『憤怒』に限らず、悪魔の力は魂に根をはるように宿るものよ。魂自体を壊さないと消せないわ」
エスの隣りへと近付いたリーナがエスへと告げる。それは、殺す以外方法はないと改めて宣言するものだった。
「つまり『憤怒』を完全に取り除いたら魂が傷付き、結局死ぬということか。おお、さっきの行動は少々ヤバかったのだな」
リーナの言葉を聞き、エスは先程の自分の行動が一歩間違うとリンドを殺していたかもしれないと知る。だが逆に、『強欲』の力をもってしても、魂に根付く力を奪うことはできないと知ることもできた。
魂自体を奪ったらどうなるんだろうな?
そんなことを考えながら、エスは隣のマキトを見る。
「そうなると、リンド君の対処は勇者君か他の聖騎士に任せるのが正解か。では、マキト君?」
「俺に押し付けんな!」
「まだ、何も言っていないだろうに…」
そんなやり取りをする二人の目の前で突如、リンドの胸から剣が生える。いつの間にかリンドの背後には一人の聖騎士が立っており、その人物が背中から突き刺した剣であるとわかる。次の瞬間、リンドは白い光の柱に包まれた。光の中リンドの体にあったヒビは消え、目に宿った赤い光も消えていった。リンドから『憤怒』の気配が消えると、その聖騎士は剣を引き抜き血を払う。そして、リンドをゆっくりと地面へ寝かせた。
「あれは…」
「勇者君、知り合いか?」
「あんたは知らないのか!」
そんなやり取りをしているところへ、その聖騎士は剣を鞘へと収めると兜を脱ぎ歩み寄る。その見た目は金髪の好青年といった風貌であった。
「奇術師、初めましてになるな。俺は『正義』一位カーティオだ」
カーティオと名乗る聖騎士と向かい合っていると、リンドが倒れたことに気づいた仲間たちがエスの元へと集まってきた。
「ようこそ、七聖教皇国の首都、神都へ。チサト様が教会でお待ちだ」
「それよりも、リンド君はそのままでいいのか?」
エスは僅かながらに息のあるリンドを見てカーティオに質問する。
「もちろん連れ帰る。魂が傷付いたから、助かることはないだろうがな」
カーティオが僅かに憂いを帯びた顔を見せたが、すぐに真剣な表情となる。
「奇術師、俺はおまえがすぐに街ごとリンドを消し去ると思っていたのだが、チサト様のおっしゃった通り滅ぼす必要はないようだな。まさか、街どころか住民も守るように動くとは思わなかったぞ」
「そうかね?私にとってはその方が利益があるから、それだけだがな。それよりも、見ていたのならさっさと助けてくれればよかったろうに」
「おまえを見極めてたんだ。すまなかったな」
カーティオはエスたちに背を向けるとリンドの側へと歩いていく。エスたちもそれについていった。
「リンド、何か言い残すことはあるか?」
倒れているリンドに優しく語り掛けるカーティオにリンドは視線を送る。
「奴らを…。『憤怒』の…悪魔を殺し…てください…」
「どうして『憤怒』なのだ?」
思わず疑問に思ったエスがカーティオの肩越しに問いかけると、リンドは困ったような表情を浮かべながら息も絶え絶え答える。
「家族の仇…ただ…それだけだ…」
「ふむ…」
リンドの言葉を聞きエスは少し考える。そして、リンドへと真剣な表情で話し始めた。
「君の望み私が叶えよう。安心したまえ、我々は契約を重んじる種族なのでな」
「フッ…まさか…悪魔が俺の…願いを聞くと…はな…」
「だから安心して逝きたまえ」
そのままリンドは目を閉じると息を引き取る。その表情は穏やかなものだった。息を引き取ったリンドを抱えカーティオは立ち上がるとエスたちへと向き直る。
「俺は先に教会へ向かう。おまえたちはゆっくり来るといい」
「では、そうさせてもらおう」
教会に向かい歩くカーティオの背を見送っていると、リーナがエスへと話しかけた。
「どういう風の吹き回し?あなたが面倒事を引き受けるなんて」
「なに、敵だったとはいえ折角知り合ったのだ。最後くらい願いを聞いてやってもいいだろう?」
「わたくしは、いいと思います」
「そうねぇ。タイミング的に『憤怒』はエスさんを狙ったのだろうし」
エスに同意するアリスリーエル。続くサリアが言った通り、『憤怒』の悪魔は自分を狙い、このタイミングでリンドを仕掛けてきたとエスは感じていた。
「そういうことだ。どちらにしろ、『憤怒』の連中との戦いは避けられないなら、リンド君には安心して逝ってもらおうと思って約束しただけのことだ」
「なんだ、またエスの気まぐれかと思ったぞ」
ターニャが言うように気まぐれでもある。しかし、エスは本気であった。これは正式な契約ではなく口約束。だが、エス自身この約束を破るつもりはなかった。エスは振り返り、マキトを見る。マキトの側にも仲間たちが戻ってきていた。
「さて、どうする?先程の続きをするかな?」
「いや、聖騎士が見逃した相手を俺が殺してはマズいだろ。だが、何かしでかすならすぐに滅ぼしてやるからな」
「そうかそうか、まあまあ大人な対応だな。君にはいろいろ言いたかったが…」
エスは手に持つ複製した剣を上空へと投げると、指を鳴らしそれを消滅させた。
「先約も待っていることだし、またの機会にするとしよう。では、またどこかでな」
マキトたちに手を振りエスたちは教会方面へと歩き出す。
しばらく教会への道を歩いていると、前方からグアルディアが馬車に乗って現れた。
「お疲れ様でした。お乗りください」
「おまえが一番楽をしていたな…」
「そんなことはございませんよ?」
やれやれと首を振りエスは馬車へと乗り込む。続く仲間たちもそんなグアルディアの言葉に苦笑いを浮かべていた。
エスたちを乗せた馬車は教会へと向かう。道中、住人たちは先程までの争いがなかったようにいつも通りの生活を送っていた。人々が行き交う通りを走り、馬車が教会前へと到着すると見知った顔が出迎えた。それを見てエスが馬車から飛び降りる。
「ようこそ、エス殿。お待ちしておりました」
「君は、確かアエナだったか?」
「はい、ルイナイ以来ですね。ルイナイでおっさんの出迎えが、と言っていたのを覚えておりましたので私が出迎えてみました」
「フハハハハ、それはそれは嬉しい限りだ」
アエナの言葉に喜ぶエスだったが、すぐに真面目な表情となる。
「ところで何故、神都ともあろう場所で悪魔となった聖騎士を放置していたのだ?」
「…それも含め、チサト様から説明があると思います。まずはこちらへどうぞ」
アエナに促され、エスたちは教会の中へと進む。馬車は教会外へと止め、下位と思われる聖騎士が警備をするとのことだった。街と同じように素材不明の物で作られた教会内をアエナに案内されながら進む。しばらくして、中庭らしき場所に面した廊下を歩いていると、エスたちを遮るように少年少女たちが立ちはだかる。白い鎧を纏ったその姿から、聖騎士であると思われた。
「アエナ様、その悪魔をどこへ連れて行かれるのですか?」
「チサト様のお客様ですよ」
「知っています。ですが、やはり悪魔は滅するべきです!」
腰に下げた剣へと手をかける少年少女たち。それを見てアエナも困った表情をしていた。
「この子たちは?」
「見習いの聖騎士です。その力を認められここで聖騎士としての修行をしているのですが…」
「ふむ、察するにちょっと調子に乗っちゃったお子様たちか」
「もう少し言い方というものがあると思いますが…。だいたい、その通りです」
エスとアエナが会話をしているのを待てなかったのか、一人の少年が剣を抜きエスへと向ける。
「おい悪魔!僕たちが滅してやる。勝負しろ!」
「フハハハハ、元気があってよろしい。しかし、この世界の子たちもなかなかにやんちゃだな。いいだろう、少し教育してやろうではないか」
「おい、エス!」
「エスさん!」
「エス様!」
少年少女たちを煽るエスに、アリスリーエルたちが声をあげる。リーナは独りため息をつき俯いていた。
「アエナ、少し遊んでやってもいいかな?」
「ええ、少しは実力をわきまえてもらうには丁度いいかと思います。ですが…」
「フハハハハ、安心したまえ。殺しも怪我もさせはしないさ」
「では、こちらで」
アエナに促され、皆は中庭へと進む。そこへ、カーティオが現れた。
「なんだ?また悪さしているのか、こいつらは…」
「はい、ですので…」
「奇術師に相手してもらおうってか。まぁ、こいつらにはいい薬になるだろ。なら…」
カーティオが手を叩くとエスと少年少女たちを囲むように立方体の結界が張られた。
「ほほう、素晴らしい。結界というものか?」
エスは張られた結界へと近づくと、コンコンとノックするように叩く。
「おいおい、建物に被害が出ないようにしているんだから割るなよ?」
「これは失礼、では私も手加減して相手してあげよう」
元々、全力など出す気はさらさらなかった。だが、そんなエスの言葉を聞き、少年少女たちは武器を構え怒りを露わにする。エスはただ、そのためだけに煽ったのだとも気づかずに…。簡単に乗せられてしまった少年少女たちを見てアエナもカーティオも頭を抱えていた。
「こらこら、『憤怒』は大罪だろう?落ち着いたらどうかな。さあ、まとめてかかってきたまえ。人生の先輩が教育してやろう。まあ、私はまだ一歳にもなってないがな!フハハハハ!」
高笑いするエスへと、剣を構えた少年少女たちが怒りに満ちた表情で走り出した。