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奇術師、神都に到着する

 翌朝、エスの仲間たちは出発の準備を終え馬車へと乗り込んでいた。エスはというと独り、村人たちに囲まれていた。


「もう少しゆっくりされても…」

「神都とやらに行きたいのでな」

「是非とも、またいらしてください」

「近くに来た時は、是非そうさせてもらおう」


 村人たちにそう告げ、エスも馬車へと乗り込んだ。村人たちに見送られ、馬車は神都へと走り出す。村から神都までは馬車で約二日の距離だと村人たちから聞いていた。七聖教皇国の首都である神都に近いためか徐々に街道が整備され始めていたが、まだ平らにならされただけの土の道であった。林や草原を抜け、途中野営をしつつエスたちは神都を目指す。

 予定通り村を出て二日後の正午前、目的地である神都付近へと辿り着いた。


「神都が見えてきました」


 グアルディアの報告を聞き、エスは御者台の方へと視線を向ける。眼前には巨大な壁があり、それは白く日の光で輝いて見えた。壁に囲まれているため、神都の中の様子までは見ることができない。そんな壁を眺めていると、馬車は神都の入口へと差し掛かる。


「止まれ!」


 馬車の前に槍を構え制止させたのは白い鎧をきた兵士だった。


「神都に何用だ?見たところ商人というわけではないだろ?」

「ただの観光ですよ」


 応対するグアルディアと話していた兵士だったが、突然馬車から降りてきたエスに驚き、そちらへと槍を向ける。


「フハハハハ、驚かせてしまったかな?これは失礼、私はエス、奇術師エスだ。七聖教会、最高司祭からの招待を受けてきたのだが…。聞いていないかな?」


 槍を向けられても動じることなくそう告げるエスに、兵士はたじろいていた。


「か、確認するから待っていろ…」


 そう言うと、少し離れたところにいる兵士と何かを話し始めた。エスがそれをしばらく眺めていると、話しかけられた兵士が球形の何かを取り出し、それに話し始める。


「はたから見ると、おかしな光景だな」


 球体に話す兵士を見つめつつ、エスはそんな感想を漏らした。

 しばらくして、先程の兵士がこちらに走ってくる。上司にあたる聖騎士に何か言われたのだろうか、その顔には焦りの表情が浮かんでいた。馬車の近くまで来ると、兵士は深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。最高司祭様のお客様とは知らず…」

「気にする必要はないぞ。なあ、グアルディア」

「そうです。門を守る者として正しい行動でした」

「あ、ありがとうございます。これ以上の確認は不要ですので、どうぞお通りください」


 門を守る兵士たちの前を通り、グアルディアは神都の中へと馬車を走らせる。走り出した馬車へとエスは飛び乗った。

 神都の中は、一言で表すと白かった。建物の壁は白く、煉瓦やコンクリートといったエスの知っているような物とは別の何かで作られた家が建っており、屋根は薄いオレンジ色をしていた。


「いったい何で出来ているんだろうな…」


 そんな建物の素材に好奇心をくすぐられながらも、エスは馬車の中から周囲を見渡す。馬車の横をレマルギア同様に様々な種族の人々が行き交っていた。


「エルフ族がいる!エス、気をつけて…」

「ほうほう、どれどれ」


 リーナの忠告を無視し、エスはそのエルフ族を探す。前世の世界にあった描写の通り、長い耳に美しい見た目、何より体を巡る他の種族にはない強力な魔力がエスの目には見えていた。


「ほほう、あれがエルフ族か。美人だな」

「エス!見つかるわよ」

「大丈夫だ。相当な実力者にしか私たちは見つけられん」


 神都に近づいた際、エスは既に【強欲】の力で自分を含め仲間たちの悪魔の気配を奪い消していた。その際、エスの頭には奪ったものが一体どこに行ってしまうのかという疑問が湧いたが、今は気にしないことにしていた。


「ところで、あそこが七聖教会の総本山かな?」


 エスの視線の先には一際大きい、如何にも教会といった風貌の建物が見えていた。まだまだ距離はあったが、見えている大きさからそれが相当な大きさの建物だとわかる。


「でしょうね。直接行くつもり?」

「その方がいいだろう。招待されているのにその辺りで遊んでいては怒られてしまう。グアルディア頼むぞ」

「了解しました」


 グアルディアに、その建物へ向かうよう指示しエスは馬車から見える街並みを眺める。

 少し進んだところで、急に馬車が止まった。


「どうした?」

「いえ、前に飛び出てきた者がいたので…」


 グアルディアに問いかけたエスが、その答えを聞き馬車の前方を見ると、一人の少年とその背後に二人の少女が立っていた。少女のうち、一人はエルフ族だとわかる。少年ともう一人の少女は所謂、人と呼ばれる種族であった。


「おい!降りてこい!どうやって気配を消してるか知らんが、俺の目から逃れられないぞ悪魔!」


 エスはその少年の雰囲気から、普通ではない何かを感じ馬車から降りる。仲間たちも続々と馬車から降りてきた。周囲の人たちは悪魔という単語を聞き、何事かとエスたちと少年たちを注目している。少年はエスを見るなり、手に持つ剣をエスへと向けた。少年の仲間と思われる少女たちも各々の武器を取り出し構えている。


「貴様がリーダーか?ふざけたスキルの持ち主だな。そこの女性二人を眷属にして、神都まで乗り込んできて何を企んでいる」

「スキル?ああ、能力のことか。君は私の能力が見えるのかね?」


 そこまで言ってエスはふと思いつく。


「そうかそうか、君が噂の勇者君か。フハハハハ、こんなに早く見つかるとはな。しかし、タイミングの悪い…」

「俺は勇者マキト、貴様ら悪魔を滅ぼすものだ!」

「いやはや、絵に書いたような勇者君ではないか。面倒な少年だな」


 エスは【強欲】の力を解除し、悪魔の気配を元へと戻す。すでに隠す必要はないと思ったことと、いざ争いになった際に【奇術師】の力の方が、相手を傷付けずに制圧できるからだ。その解放された気配を感じとり、エルフ族の少女がマキトへと囁いた。


「マキト様、この悪魔二人は最低でも侯爵級です。ここで戦っては街に被害が…」

「安心しろ、俺が街も守ってやるさ」


 心配そうなエルフ族の少女に笑顔でそう答えるマキトを見て、エスはやれやれと首を振る。


「別に街を壊すつもりなど、私にはないのだがな…」


 小さく呟いたエスの言葉は勇者たちには届いていなかった。

 丁度、エスが【強欲】の力を解除した頃、目指していた教会から一人の聖騎士が走り出していた。その背を見送ったアエナが呟く。


「本当によろしかったのですか?あの者は…」

「いいのです」

「しかし、街に被害が出ては七聖教に不信感を抱く者が現れるかと」

「うふふ、大丈夫。あなたは心配せず私の手伝いをお願いしますね」

「はい…」


 振り向くアエナの視線の先では、最高司祭チサトが微笑みを浮かべていた。まるで全てを見透かすようなその目を見て、アエナは安心する。二人は何事もなかったかのように会食の準備を再開した。そのため、アエナはもう一人の聖騎士が教会から出ていくところを見ることはなかった。

 勇者と相対するエスは、どうしたものかと考える。招待されている手前、街に被害を出すのは論外である。そして、勇者を再起不能にしてしまうのも問題があった。


「おや?」


 遠方に妙な気配を感じたエスだったが、エスへと一瞬で間合いを詰めたマキトへと集中する。エスは振り下ろされるマキトの剣を摘まんで受け止める。


「やれやれ、どうして正義を振りかざす者はいきなり斬りかかるのだろうな?」

「それは貴様が悪魔だからだ!」

「そこを否定する気はないが…。まあいい、私も君には言いたいことがあったのだよ」


 エスは、摘まんだ剣を使えないように曲げてしまおうかと思ったが、妙な危機感を感じ剣を放す。咄嗟に剣を放したエスに驚き、マキトは仲間たちの元へと飛び退いた。


「よく放したな。あのまま掴んでいればよかったのに…」

「やはり何かあったか…。あれは!」


 勇者たちの遥か後方、妙な気配を漂わせる者が近づいてきているのが見えた。勇者たちはその者に気づいていない。その方向から、突如ルイナイで見たものと同じ、白い光がエス目掛けて放たれた。それは勇者たちどころか周囲の住人たちも薙ぎ払わんばかりの勢いで飛んでくる。エスは咄嗟に勇者たちの背後へと移動する。その動きを勇者以外の者は認識できていなかった。


「えっ!?」

「いつの間に!」


 勇者の仲間たちが声をあげる中、振り返ったマキトは状況を理解し対応しようとする。しかし、それより早くエスはポケットからステッキを取り出すと、迫りくる白い光を下から持ち上げるように振り上げた。軌道をずらされた白い光は街を囲む壁へと衝突し横一文字に亀裂を作った。


「な、なんで聖騎士が…」


 マキトはその技から放ったのが聖騎士であると確信し動揺していた。エスも聖騎士が自分たちの拠点と言える神都で、住人を巻き込む攻撃をしたのか理解できなかった。そして、聖騎士と思われる何者かが近づきつつ再び白い光を放つが、再びエスはステッキを使い、今度は上空へと受け流す。


「問答無用か。それにしても気配がおかしい。おや、あれは…」


 近付いてくる姿を見て、エスがそれが誰かなのか気付く。


「ルイナイ以来か、久し振りだな。しかし、君も少々しつこいな」


 現れた聖騎士は何度か会ったことがあった、正義二十三位リンドだった。


「リンド君だったか。聖騎士ともあろう者が住人まで巻き込んで…」


 そう語り掛けるエスの言葉を遮るように、バキバキと音がリンドの体から聞こえてくる。鎧に隠れていないリンドの顔に首元から赤く光るヒビのようなものが顔全体に広がっていった。恐らくそれは全身に広がっていると思われた。


「何だあのヒビのようなものは?」

「エス!あいつ『憤怒』に染まってるわ!」

「なるほど、アレが『憤怒』の特徴というわけか」


 様子を見ていたリーナが、エスへとリンドの状況を告げた。


「『強欲』と『傲慢』以外は初対面だな。フハハハハ、おっと!」


 三度放たれた白い光をエスはステッキを使って軌道を反らす。リンドが壊れたように一つの言葉を繰り返していた。


『殺す!殺す殺すころすコロスコロスコロス…』

「おやおや、怒りのあまり言葉を忘れてしまったのかね?さて、この状況どうしたものか」


 エスが周囲を見渡すと住人たちが逃げまどっている姿が見える。中には転んで泣いている子どもの姿も見えた。


「アリス、サリアにターニャ、住人の避難を頼む」

「わかりました」

「わかったわ」

「わかった」

「グアルディアは馬車を頼んだぞ」

「了解しました」


 仲間たちはそれぞれの役割を果たすため移動する。何も言われなかったリーナがエスの隣りへと移動した。


「で、私はどうしたらいいの?」

「手伝いたまえ。『憤怒』は初めてだしな」

「わかったわよ」

「ちょっと待てよ!」


 エスとリーナがリンドの相手をしようと思っていると、マキトが突然声をあげる。


「今忙しいから後にしたまえ。君も、もう少し空気を読んではどうかな?」

「いや、なんで悪魔の貴様が街を守るんだ?」

「むしろ何故守ったらいけないのかがわからんな。私は私のやりたいようにやるだけだ」


 何より私たちにとって人は生きていてもらわねばいけないからな…。

 エスは本当の理由を心の中で呟き口にすることなくマキトへと答えた。


「まあ、とりあえず今はアレをなんとかする方が先だ。勇者君、君の相手はその後してあげよう」

「チッ、仕方ない…」


 エスはステッキを、マキトは剣を『憤怒』の悪魔へと変化したリンドへと向けた。


「さて、聖騎士を神都で殺してしまうわけにはいかないし、どうしたものか…」


 エスは意気揚々と何とかすると言ったものの、目の前のリンドへの対応に頭を抱えていた。


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