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奇術師、試食する

 エスたちの目の前にはドーム状の空間が広がっていた。そこは大小様々な結晶のようなものが壁や地面、天井から突き出ており、それらが七色に輝きドーム状の空間を明るくしていた。正面には巨大な湖、その奥の壁面にそこそこ大きな穴が開いており、そこから水が滝のように流れている。その湖の中にも結晶のようなものがあり、水面を七色に輝かせていた。


「これは、魔結晶の鉱床でしょうか…」


 アリスリーエルの呟きに答える者はいない。そっとターニャが付近にあった魔結晶へと近づく。


「おい、これ!かなり高純度の魔結晶だぞ!」


 その言葉を聞き、エスたちはターニャの元へと近づいた。


「ふむ、見ても私にはわからんが、そんなすごい物なのか?」

「見える限りの魔結晶の量であれば一国の軍隊すべてに魔道具を配備できますね。それにこの純度、かなり強力な物を…」


 アリスリーエルの答えを聞き、エスは周囲を見ながら魔結晶の存在による自分たちへの影響を考えていた。


「どうかした?」


 そんなエスの様子にリーナが問いかける。


「いや、勇者君はこの魔結晶を目当てに来たのだろうな。あそこを見てみろ」


 エスが指差した先で、不自然に欠けた魔結晶がいくつか確認できる。それを見て、リーナも納得していた。


「だが、素晴らしい!こういう光景が見たかったのだ!」


 エスは湖の方へと向き、両腕を広げると声をあげた。


「実にファンタジー、こんな光景は前世では見たことなどないぞ。ここまで来たかいがあったというものだ」

「それはよかったな…」


 そんなエスを呆れた顔でターニャが眺めていた。他の仲間たちは周囲を確認している。アラネアフェクスの幼体、もしくは成体がいてもおかしくないと思ったからだ。だが、そんな警戒も杞憂に終わる。


「生物の反応がありません。これだけ広いのに何故…」


 魔法を使い周囲の生命反応を探していたアリスリーエルが結果を伝える。それを聞き、サリアとリーナも警戒を解いた。


「アラネアフェクスに喰い散らかされた。ってのがオチでしょうね。とりあえず何もいないのであれば、探索してみましょ」

「そうねぇ。何かあるかもしれないし」


 リーナが予想した通り、洞窟内の生物はアラネアフェクスによって全滅していた。そして、食料を求め地上に出るために掘ったのが、エスたちが通ってきた穴だった。


「ろくでもないことに巻き込まれていないといいがな…」


 エスは離れて探索している仲間たちを見渡し、足元に落ちていた魔結晶の欠片を拾い上げながら呟いた。それは、まだ会ったことのない勇者の身を案じるものだった。欠片をポケットへとしまったエスは、僅かに浮かんだ面倒事の予感を振り払い仲間たちと同じように探索を始めた。

 美しく輝く湖をエスは覗き込む。水の透明度は高く、湖底にある結晶まで確認することができた。エスが水に手を触れてみると、水自体から魔力を感じる。


「この水、魔力があるのか…」

「結晶から染みだしたのだと思います。時折見つかる魔晶水と呼ばれる物かと…」


 エスの背後に来ていたアリスリーエルが、その呟きに答えた。


「それより、触れて大丈夫なのですか?人間だったら何かしらの悪影響が出るものですが…」

「いや、何ともないな。何なら泳いでみるか?」

「いえ、そこまでしなくても…」

「そうよ。私たち悪魔がこの程度の魔力でどうにかなるわけないわ。男爵級以下だったらわからないけどね」


 エスとアリスリーエルの会話にリーナが混ざる。エスはリーナの言葉を聞き、徐に水を手ですくうと口をつけた。


「エス様!」

「ちょっと、エス!」


 慌てるアリスリーエルとリーナを無視し、エスは水を味わうとため息をついた。


「なんだ、ただ美味いだけの水だったか…。なんかこう魔力的な味を期待したのだがな」

「なによ、魔力的な味って…」


 エスを見てリーナが肩を落とす。隣ではアリスリーエルが苦笑いを浮かべていた。

 しばらくの間、風景を楽しみつつ探索したが特に変わったものが見つかることはなかった。


「よし、では村に帰るとしよう。グアルディアも首を長くして待っているかもしれないしな」

「グアルディアのことですから、恐らくはのんびりしてるかと…」

「城では真面目そうだったのにねぇ」


 アリスリーエルの言葉を聞きサリアがグアルディアの印象を語る。エスも城で初めて見た時と今とではグアルディアに対する印象が変わっていた。


「あれが素なのだろう。いつも気を張っていては持たないからな。あれくらいが丁度いい」

「…そうですね」

「私たちも気楽に行こうじゃないか。なるようになるだけだ。フハハハハ」


 エスは笑いながら、さっさと外へと繋がる穴へと歩く。仲間たちは顔を見合わせると、小走りでエスを追いかけた。

 行きと同じく帰りも特に何事もなく地上へと辿り着く。空を見ると、すでに夕暮れになっていた。


「少し長居しすぎたようだな」

「急いで帰ろう。ってどうしたんだエス?」


 森の外へと向かうターニャだったが、穴を見たまま動かないエスを不審に思い声をかける。周囲に何か気配があるわけではなく、他の仲間たちも不思議そうにエスを見ていた。


「高純度の魔結晶か。面倒事の種になりそうだからな…」


 エスはポケットから何かを取り出すと、穴の奥へと放り投げた。しばらくして、轟音と共に地面が崩れ穴は塞がってしまった。仲間たちはそれを唖然として眺めることしかできなかった。


「ふむ、これでよし。では帰ろうか」

「…これでよし、じゃないわよ!」


 振り返るエスにリーナが怒鳴る。


「おや、何を怒っているんだ?後々、私の観光の邪魔になりそうだから塞いでおいただけだぞ?」

「何故、ですか?」

「高純度の魔結晶は武器にもなるのであろう?ここは聖騎士たちの国だ。こんな物埋めておくに限る。どうせ本当に必要なものなら掘り出すだろうし、時間稼ぎ程度にはなるだろう」


 仮に勇者に魔結晶の採取を依頼した者がいるのだとすれば、ここに高純度の魔結晶があることを知っている者がいるということ。そうでなかったとしても、勇者が魔結晶の欠片を持ち去っていると考えられる状況では、遅かれ早かれ誰かが知るだろうとエスは考えていた。そんなエスの言葉を聞き、仲間たちも納得する。聖騎士と敵対するのは何もエスだけではなく、自分たちも同じだということを思い出していた。


「では改めて帰ろうか。村にもひとつ楽しみを残しているしな」


 エスたちは村を目指し森を後にした。

 村に到着すると村人たちが慌ただしく何かの準備をしているようだった。そんな様子を眺めていたエスたちをグアルディアが出迎える。


「お帰りなさいませ。ご無事でなによりです」

「これはどういうことだ?」


 走り回る村人たちを眺めつつエスは問いかける。同じようにグアルディアも村人たちへと視線を向け説明する。


「エス様の目的のため、少々お手伝いを頼んだのです」

「ほう?」

「アラネアフェクスの脚を試食されるのでしょう?以前、リーナ様からエス様がアーナグイスを試食したとお聞きしましたので、今回も試食されるのだろうと思い、その準備をお願いしました」


 話しながら村の中央へ歩いていくと、そこには沢山の薪が用意され近くに数本のアラネアフェクスの脚が置かれていた。


「流石にこの大きさの脚を入れる鍋などないか…」


 蟹に似ているため茹でてみたいと考えていたが、脚の大きさはちょっとした丸太程度の大きさがあるため、エスは無理だろうと思っていた。


「鍋ならあるようですよ。どうやら村の収穫祭などで使う大鍋らしいですが、なかなかの大きさでしたので用意をお願いしておきました。それでも切らないと入らないとは思いますが…」


 グアルディアが視線を向けた方へとエスも視線を移す。そこには、かなり大きな鍋が置かれていた。アラネアフェクスの脚も半分に切れば入る程の大きさだった。


「フハハハハ、素晴らしい!ではさっさと準備して試食といこうではないか」


 エスは村人たちに指示し準備を進める。まずは脚を丸々一本火にかけ焼いてみる。大鍋には大量の水をため火にかける。焼くだけのものを試食する間に、茹でる準備をしておいた。目の前の火にかけられた脚は徐々に焼け、焼き蟹のような見た目になっていた。


「ほほう、これは期待できそうだ。しかし、なかなかの硬さだな…」


 焼けた脚の甲殻を叩きつつ呟くと、徐に魔器を取り出し剣を生成する。そして、脚を割るように横に振り抜いた。真っ二つにした脚を開いてみる。すると白い蟹のような身が現れた。その匂いは、蟹や海老のような匂いと土の匂いが混ざったような匂いであった。


「ふむ、土臭いな。まぁ見た目は蜘蛛のようだったし、虫に近いのかもしれないな」


 村人たちが見守る中、エスは白い身を一つまみ口に含む。その味は蟹に近く、触感は海老のようだった。それだけであれば満足いく味ではあったが、ただひとつ欠点があった。


「フハハハハ、鼻に抜ける匂いが土臭いな。これがなければ、まあまあ合格なんだが…」


 元が巨体故か大味で、美味というほどではなかった。だが、以前食べたアーナグイスに比べれば遥かに食べられるものだった。


「どれどれ…」


 エスの反応に興味が湧いたのかリーナが隣で一つまみ口に含む。


「食べれるじゃない。モンスターでも食べれるのがいるのね。これなら人が食べても問題無いとは思うわ」

「匂いがあれだがな…。アリスたちも食べてみるか?」


 エスに促され、アリスリーエルたちも恐る恐る一口食べてみる。


「おお、これなら食べても大丈夫だ」

「あら、予想よりは美味しいわ」

「毒もなさそうですね。これなら村の方たちも食べて大丈夫なのではないですか?」


 ふとエスが見守っている村人たちの方を見ると、村の子どもたちがそわそわしているのが見えた。それをエスが手招きする。


「食べたい者は食べてみたまえ。まあ、毒がないのは確認してはあるが心配だろう?だが安心したまえ、ここに治癒魔法が使える者もいるからな」


 アリスリーエルの肩に手を置き村人たちにそう宣言すると、子どもたちが勢いよく近くまで走ってきた。


「気をつけろよ。熱いからな」


 そう言ってエスが道をあけると、子どもたちは焼けた身へと手を伸ばす。子どもたちについてきた大人たちも恐る恐る一口とって食べてみる。不安そうな表情は一口食べた瞬間、驚愕の表情へと変化する。


「フハハハハ、イイ表情だ。さて、茹でていた方はどうなったかな?」


 大鍋を覗いてみると、そこには甲殻が赤くなったアラネアフェクスの脚があった。


「こっちは完全に見た目が蟹だな。さて、味は…」


 大鍋から茹でられた脚を魔器でバールのような形を生成し、ひっかけて取り出す。茹でられた脚も焼いたものと同じように、真っ二つに割り開いてみると、同じように白い身が現れた。


「まあ、調理法が違うから身の色が変わるといったことはないか」


 その身を一つまみ口にふくみ味わう。


「ほほう、茹でると土臭さが多少和らぐのだな…」


 その後は、村人たちから食材や酒類が振舞われちょっとしたお祭りになってしまった。


「いったい、モンスターと動物の違いは何なのだろうな?」

「さあね、神のみぞ知るってことじゃないの?」

「モンスターと動物の違いは、まだはっきりしていなかったと思います」

「教会の人なら何か知ってるかもしれないわねぇ」

「まあ、美味いものは美味いでいいんじゃいのか?」


 仲間たちとそんな会話をしつつ、エスは村人から受け取った酒を片手に夜空を見上げていた。


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