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奇術師、探検する

 エスたちは自分はいざという時のために残ると言うグアルディアを村に残し、村長に教えられた森へと歩く。

 しばらく歩くと眼前に森らしきものが見えてくるが、まだ時間はかかりそうだった。周囲には動物たちが平和に草を食べている様子が見える。


「ねぇ、エスさん…」


 のんびりと周囲を見渡しながら森を目指し歩いている最中、サリアはエスへと声をかけた。


「どうした?腹でも空いたか?」

「そうじゃないわ。エスさんにしては珍しいと思ったの。わざわざ森にまで出かけるなんて…」

「そうね。面倒だと言って無視しそうなのに」


 サリアの疑問にリーナも同意する。アリスリーエルとターニャも、その表情から同様の疑問を感じていたようだった。エスは仕方がないといった様子で答える。


「ふむ、そんなに私らしくないか?まあ、面倒なのは確かなのだがな」

「なら、なんでだ?」


 今度はターニャがエスへと問いかける。


「やれやれ、知りたがりなお嬢さんたちだ。なに、アラネアフェクスだったか?やつらの親というものがどれほどの大きさなのか見てみたかったのが一つ。そのついでに勇者君に関する足取りが掴めればというのがもう一つの理由だな」

「本当にそれだけ?」


 リーナはエスの答えに納得がいかなかいといった表情をしていた。それを見てエスは笑みを浮かべる。


「フハハハハ、ここまでは建前みたいなものだ。最大の理由は、勇者君に借りを作れるかもしれないということ。もし、仮に勇者君のせいで村が襲われたのであれば、それの尻拭いをしてやった私たちを勇者君たちが攻撃してくる可能性を減らせると思わないか?」

「どういうこと?」

「私の前世の世界ではな、勇者は悪魔や魔王とやらと戦うと相場が決まっているのだ。ましてや、勇者君は転生者らしいしな。敵対する可能性が高い。それを事前に防げたらというわけだ」

「やっぱり、そんなことだと思った…」


 呆れたように呟くターニャの横で、リーナもため息をついていた。対照的にアリスリーエルとサリアは理由を聞き、納得した表情をしていた。二人はエス、つまり悪魔の眷属である。勇者がエスの言うように悪魔と敵対するのであれば自分も狙われるということを理解していたからだ。そんな話をしている間に、エスたちは森へと辿り着いた。


「なんだ、この匂い…」


 ターニャがそう言って、手で鼻と口を覆う。エス以外、仲間たちは顔を顰めどうように手で鼻と口を覆っていた。


「ほう、まるでバケツいっぱいのザリガニが死んだときのような匂いに似ているな。こちらの方が遥かに強烈だが…。さてさて、何がでるやら…」


 エスはそう言うと、森の中へと進んでいく。仲間たちもその後を追った。

 エスたちは森を歩く。とりあえず匂いの元を探そうと、匂いを辿るように歩いていた。あまりの匂いにアリスリーエルたちは口を開くことなく無言でエスについていく。しばらく進んでいくと突然目の前が開けた。そこは、何かが暴れたように木々が倒れており、その開けた場所の中心付近に途轍もなく大きな何かがある。一見すると巨大な岩にも思われるそれは、鋭い何かで真っ二つに切られていた。その姿は、エスたちが村で見たアラネアフェクスをさらに巨大にした死骸だった。


「これが匂いの原因か。フハハハハ、凄まじい大きさだな」


 エスが言うように、目の前のアラネアフェクスの死骸は地面に僅かに埋まっているにも関わらず、周囲の木々と同じくらいの高さをしており、その肉は酷く腐敗し悪臭を放っている。甲殻は腐ることなく残っており、それがちょっとした岩のように見えていたのだった。


「しかし、森の中だというのに周囲に気配が一切ないな。臭すぎて逃げたか?」

「エス様…」


 周囲を窺うエスにアリスリーエルが声をかける。


「この匂いは流石に耐えられません。死骸を焼き払ってしまいましょう」

「確かに匂いがきついが…。焼き払うにしても森が燃えてしまわないか?」

「大丈夫です」


 顔を顰めてはいるものの、その自信にあふれたアリスリーエルの表情を見てエスは提案を受け入れることにした。


「では、任せたぞ」

「はいっ!」


 アリスリーエルを残し、エスたちは後ろへとさがり距離を取る。それを確認したアリスリーエルは手に持つ杖をかざすと魔力を集中し始めた。アラネアフェクスの死骸を中心とし、円柱状に炎が吹き上がる。しばらく、その様子を眺めているとゆっくりと炎が消えていった。そこには、赤く焼けた甲殻だけが残っていた。


「流石に殻は焼き尽くせないか。だが、腐った肉がなくなったおかげで匂いはだいぶよさそうだ」

「そうね、流石にまだ匂うけど…」


 エスとリーナが話しているところへアリスリーエルが近づく。


「これで時間が経てば匂いも消えると思います」

「ふむ、よくやった」

「おぉい!こっちに来てくれ!」


 エスがアリスリーエルの頭をポンポンと叩いていると、周囲を探索していたターニャが声をあげる。エスたちが声のする方へと向かうと、ターニャとサリアが地面を見ていた。


「何だこれは?」


 二人が見ている場所を見ると、地面に巨大な穴が開いていた。それは、すぐ後ろで死んでいるアラネアフェクスが通れる程の大きさをしていた。


「アラネアフェクスが掘ったみたいね。この巨体が移動したなら周りの木も折れてると思ったの。でも、そんな様子もないから…」


 サリアの説明にエスは納得する。確かに見渡してみれば周囲の木々は倒れていない。こんな巨体が動いたのであればそこは木がなぎ倒されているはずだった。


「この穴、どっかに通じてるんじゃないか?」


 ターニャは穴の奥を見ようと覗き込んでいる。アリスリーエルが魔法により小さな光の球を生成し、穴の中へと飛ばすがどこまでも続いているように見えた。魔法の有効範囲外に出たのか、その光の球も消滅する。


「こいつは穴を掘るのか?」

「ええ、水辺に穴を掘って生息しているわ。森の中に死骸があるのに違和感があったのだけど…」

「なるほど、水辺から穴を掘ってきた可能性があるというわけか」


 サリアの説明を聞き、エスは考える。


「よし、入ってみるか」

「そうね、何かあるかもしれないし」


 エスの言葉にリーナが頷く。


「村を襲った幼体のこともわかるかもしれないしな」

「とりあえず行ってみましょう」

「では、明かりを用意しますね」


 ターニャ、サリアとそれぞれ続くように同意する。そして、アリスリーエルが洞窟内を照らすための光を杖の先へ灯し、エスたちは穴の中へと入っていった。

 穴の中はアラネアフェクスが這ったためか地面は平らになっており、比較的歩きやすかった。穴の端には足を突き立てたらしき穴も見受けられる。穴自体に特に問題はなく、エスたちはそのままゆっくり奥へと進んでいった。エスは、すでに勇者への借りという名目を忘れ、穴の先に何があるのかに興味が移っていた。


「だんだん、空気がひんやりしてきたな」

「そこまで深くは潜ってませんが…」


 アリスリーエルが言う通り、穴の入口から少し下へと降りた後はずっと水平に歩いてきていた。途中下に降りることも上に登ることもなく、一本道をただ歩いてきただけであった。しばらくして先頭を歩くターニャが突然足を止めた。


「なんだ、便所か?」

「違う!そうじゃなくて横穴があるぞ」


 ターニャが指差す方向に確かに同じ大きさの横穴があった。エスたちが歩いてきた穴自体は更に奥へと続いて、僅かに光が見えていた。


「ふむ、まっすぐ行けば何かあるみたいだな。横道も気になるし、どうしたものか…」

「エスさん、ここ見てくれる?」


 サリアに呼ばれエスは壁を見る。そこには今まで歩いた穴にあったモノとは違う小さな穴がいくつも開けられていた。その大きさは村に現れた幼体の足の大きさと同じであるように思われた。


「幼体はここを通ったのか…」

「そうだと思うわ」

「ということは、この先にあの幼体たちに関係のある何かがあるわけね」


 エスの言葉をサリアが肯定する。その横で横穴の奥をリーナが見つめていた。


「どうします?行ってみますか?」

「とりあえず行ってみよう。あんまり深そうなら戻ってくればいいさ」


 アリスリーエルがエスに問いかける横で、ターニャがそう言い放った。エスもターニャの意見に賛成し頷いた。


「そうだな、とりあえず見に行ってみよう。さあ、何が出るかな?」


 エスたちは横穴へと足を踏み入れた。

 歩くこと数分、横穴に入りすぐに行き止まりへと辿り着いていた。そこは白い部屋になっており、いくつもの白い繭のような物が垂れ下がっていた。よく見ると、壁は糸がびっしりと張られているため白くなっており、繭は全て内側から破られたように割れていた。


「これは、アラネアフェクスの産卵所だったか…」

「そのようね。ここで生まれたのが村を襲ったんでしょ」


 エスたちは何かないか白い部屋を探索するが、幼体がいた痕跡があるのみで特に何も見つからなかった。


「何もないか。これ以上、アラネアフェクスの幼体が出てくることもないようだし戻って本来の道を進むとしようか」


 エスの言葉に皆が頷く。元の穴へと戻ろうと歩いていくとサリアが声をあげた。


「これ!」


 エスたちがサリアの見ている場所を見ると、行きには気づかなかった壁にべっとりとつく体液のような物があった。


「これ、アラネアフェクスの体液だな」


 ターニャが体液を観察しながらそう告げる。それは、村で見た幼体たちの体液と同じ色をしていた。それを聞き、アリスリーエルが推理する。


「村の幼体たちに傷はありませんでしたし、勇者一行がここで成体と遭遇したのでしょうか?」

「恐らくそうだろうな。そして、地上まで出て倒したのだろう。こんなところで暴れたら穴が崩れて生き埋めになってしまうしな。多少は賢いようだな勇者君も」


 エスもアリスリーエルと同意見だった。


「成体が殺され、その腐臭で周囲のモンスターやら動物がいなくなってしまった。そこに生まれたばかりで腹の減った幼体たちが地上に出て、食料を探すうちに村に辿り着いたというのが真実だろう。やれやれ、勇者君たちが死体をちゃんと処理しておけば起きなかった事故だな」


 エスはやれやれと首を振りながらも、これで勇者対策のカードが一枚できたと喜んでいた。


「さて、目的は達したわけだが…」


 つい先ほどまで忘れていた目的を達成したとエスは言う。そして、二つの穴が交わる方を見つめる。


「奥に見えた明かりも気になるな。そちらも行ってみないか?」

「ええ、行ってみましょう。何があるのか、わたくしも興味があります」


 アリスリーエルもエスと同じく通ってきた穴の奥が気になっていた。リーナたちも否はなかった。

 横穴から出ると、僅かに見える明かりを目指し穴の中を進む。ここまで、特にモンスターどころか蝙蝠のような動物たちにも遭遇することもなかった。


「何もいないのだな…」


 エスはそんな感想を漏らしつつ、奥を目指し歩く。仲間たちも周囲を気にしながら先を目指していた。少しして、エスたちは穴の先開けた場所へと到着する。


「これは…」


 その眼前に広がる風景を見て、エスたちは息を呑んだ。


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