奇術師、せしめる
ウェナトールはレマルギアの近くまで来ていた。脇には小さなラミアを抱えている。それは先程捕獲し、ウェナトールの持つ薬で体を小さくされたラミアだった。ウェナトールの力、【調教師】には捕獲に役立つ薬の調合も含まれる。それを利用し捕獲したモンスターや動物を運びやすいように作り出した、体を小さくする薬を使ったのだった。
「エスゥ、いったいどぉこにいるのかしらねぇ」
その目を怒りに染め街を目指し走る。既に空は夕焼けに染まっていた。
一方、先に帰ったエスはというとウェナトールを待つようにモンスター闘技場で寛いでいた。視線の先には闘技場内で戦う闘士の姿があった。
「おや?あれは、私が捉えた強盗団の者ではないか?フハハハハ、いい仕事が見つかったな」
知った顔を見つけ笑っていると、背後に殺気が立ち込める。危機を察知したエスはすかさず横へと飛び退き、闘技場の縁へと着地した。次の瞬間、エスが先程までいた場所に何かが叩きつけられ、床に亀裂が入る。床を割ったのは鞭、ウェナトールの使う鞭だった。
「エスゥ、見つけたわよぉ!」
「フハハハハ、早かったじゃないかウェナトール」
ウェナトールの持つ鞭が連続で振られエスを襲う。それをエスはいつものように躱していた。
「…やれやれ、先に帰ったくらいでそんなに怒らなくてもいいではないか。だいたい、捕獲は手伝っただろう?そういえば捕まえたモンスターはどうしたのだ?アレを連れてこんなに早く帰ってこられるとは思わなかったが…」
「もう檻に入れてあるわよぉ!」
「ふむ、どうやって早く帰ってきたのかは興味が湧くな。先に帰るんじゃなかったか…」
悪びれることのないエスの態度に肩を落とすウェナトールは鞭を腰へとしまう。
「さて、これで用は済んだか?」
「えぇいいわよぉ。一通りぃ準備したらぁ王都に向かうとするわぁ。今日明日ってわけにはぁいかないけどぉ」
ウェナトールの言葉にエスは頷くと、手を振りモンスター闘技場を後にした。
しばらく歩くと、前方にグアルディアを見かけ声をかけた。
「グアルディア、買い出しの方は終わったのか?」
「これはこれはエス様。準備は終わりましたのでいつでも出発できますよ」
「ならば、明日にでも出るとしようか」
「ではそのように準備しておきます」
グアルディアはそのまま宿へと向かう、それを見送ったエスは再び歩き出す。人で賑わう通りを歩いていくと、前方にアリスリーエルたちを見つけた。
「何をやっているのだ?」
どうやらアリスリーエルたちは見知らぬ男たちに囲まれているようだった。面白そうに思ったエスは、早速覚えたばかりの方法で気配を殺し声が聞こえる程度の距離まで近付いた。
「こいつらが、あの悪魔殺しの仲間か?」
「らしいぞ。誘き出す餌には丁度いいだろ?」
男たちの会話から、自分狙いの輩に囲まれているとわかった。
ふむ、私の客らしいな。これは後々、小言がうるさそうだ。仕方がない…。
そう思い、エスが男たちを止めようと一歩前に出たところでサリアの槍が男たちを薙ぎ払った。薙ぎ払われた男たちは、後ろへ尻もちをつく。牽制目的で薙ぎ払われただけだったようだ。しかし、先程までサリアは槍を持ってはいないようにエスには見えていた。
「全く、どうして冒険者になる男の方っていうのは、こんなのしかいないのかしら…」
大きなため息をつきながらサリアは槍を引き戻すと、槍はするすると小さく手のひらサイズの大きさとなり、それを腰のベルトへと刺した。
「いつの間にあんな力を?おっと、さっさと出て行かねばな…」
サリアの行動に驚いたエスだったが、気を取り直し男たちの背後へと近づく。気配を殺しているせいか、周囲の人どころか仲間たちも気づいていなかった。尻もちをついたまま男たちの背後に辿り着いたところで、ターニャがエスに気がつく。
「あっ!」
ターニャが声をあげると同時にエスは男たちの肩に手を置いた。
「君たち、私の連れに何かご用かな?私に用があるなら直接来たまえ」
「なっ!いつの間に…」
驚く男たちの一人が咄嗟に立ち上がり取り出した剣をエスへと振り下ろす。エスは振り下ろされる剣を摘まむと男から奪い取った。
「やれやれ、こんな腕前ではターニャにすら勝てないぞ。もう少し修行したまえ」
「私すらってどういう意味だ!」
エスの言葉にターニャが声を荒げる。
「ターニャは私たちの中で最弱、それに勝てない時点でお察しだろう?これなら、助けに入る必要もなかったか…」
「誰が最弱だ!ち、違うよな?」
途中から自問自答を始めたターニャを無視し、エスは奪い取った剣の剣身の部分をクルクルと巻くと、あり得ない形になった剣を持ち主へと投げて渡す。それを見た男は顔を青褪めさせていた。
「これも冒険者同士の諍いになるのだろうな。ということは、自分で何とかするしかないわけか…。はぁ、面倒だな」
首を振るエスへと他の男たちが立ち上がると詰め寄った。
「貴様が噂の悪魔殺しか!変な力を使うようだが、貴様を倒して俺たちの方が上だと知らしめてやる」
各々が武器を取り出すのを眺めつつ、エスは考えていた。
さてさて、アワリティアの連中を呼んでもいいが、それではバックの力だけの話になってしまうな。どうせ明日には街を出るのだ…。
「盛大に行こうではないか!はっ?つい声に出してしまった。フハハハハ」
考えていたことを途中から声に出しまったエスは声をあげ笑う。それを聞いた仲間たち、特にリーナは困ったような呆れたような、複雑な表情を浮かべていた。
「さあ、道行く皆さん。これより、面白おかしくこの者たちを撃退して見せよう!」
エスのその宣言を聞き、様子を窺いながら歩いてた人々も足を止めエスたちを見ていた。
「上等だ!」
男たちが苛立ちエスへと攻撃し始める。エスに剣を台無しにされた男は代わりになる武器は無いようで、端でその様子を見守っていた。周囲の人々がエスの様子を窺う中、エスは両腕を広げ笑みを浮かべると目にも止まらぬ速さで男たちの脇をすり抜け距離を取った。エスの姿を見失った男たちと周囲の人々の耳に、重い何かが地面に落ちる音が聞こえる。音の方を見るとエスが立っており、その足元には鎧が落ちていた。男たちが自分の体をを見て驚く。落ちていた鎧は男たちが身につけていた鎧だった。
「では、次いってみようか」
再びエスの姿が掻き消える。今度は男たちの服が剥ぎ取られ、下着一枚となっていた。
「さあ、まだやるかね?」
声のする方へと男たちは振り向く。そこには、笑みを浮かべ奪い取った服を振り回しているエスの姿があった。
「まあ、君たちに拒否権はなかったな。さて、もう一声!」
三度、エスの姿が掻き消える。前回までの動きから察した男たちは背後へと振り向く。そこには予想通りエスが立っている。その手には見慣れた男物の下着を持っていた。男たちは咄嗟に自分の下半身へと視線を移し、自分たちが何も履いていないことを知る。周囲からは嘲笑と、女性の悲鳴のような声が入り混じり聞こえた。
「フハハハハ、全裸で武器だけ握っているというのは、なんとも滑稽だな」
「裸にしたから勝ったとでも言いてぇのか!」
男たちは恰好を気にすることなくエスへと走り出す。エスは男物の下着を地面へと落とすと首を振った。
「やれやれ、粗末なものをそう見せびらかされても困るのだが…」
お前がやったんだろと言いたげな視線を送る仲間たちを無視し、エスは近付いてくる男たちを見据える。そして、ゆっくりと手を男たちへと向けた。すると、エスの掌から巨大な火球が男たち目掛け放たれる。火球が男たちを包み込んだその時、エスが開いた手を握ると火球は弾けるように消え、男たちの姿も消えてしまった。驚く周囲の人々を他所に、エスは剣を台無しにされ独り離れて様子を見ていた男へと近づく。エスを見る男の表情は恐怖に染まっていた。
「そう恐がらなくてもいいだろう。仲間たちに会いたいかな?」
そう言いながらエスは一枚の大きめの布を地面へと広げる。そして周囲にも聞こえるように言い放った。
「果たして、男たちは燃えつきたのか?それとも無事なのか?その答えを皆様にお見せしよう!」
エスは腕を上げ指を鳴らす。すると、地面の布を押し上げるように大きな何かが現れた。その何かを覆う布を取り払うと、黒い木製と思われる箱が姿を現す。そして、再びエスは指を鳴らし黒い箱が展開図のように開く。中から先程、火球に包まれた男たちが出てくると、それを見た周囲の人々から歓声が上がる。箱から出てきた男たちは何が起こったのかわからず、驚き戸惑っていた。
「フハハハハ、イイ!素晴らしい表情だ。周囲の楽し気な感情も素晴らしい。これは派手にやったかいがあるというものだ」
周囲の歓声にエスが喜んでいると、男たちは慌てて地面に落ちている自分たちの鎧や服をかき集め逃げ出した。全裸の男にぶつかられるのはごめんだと言わんばかりに、人々は道をあける。
「やれやれ、迷惑料くらいは払っていきたまえ」
エスは開いた手を走る男たちへと向けると手を握る。エスの手には男たちの人数と同じ数の小さな革袋が握られていた。
「フハハハハ、まいどあり」
奪い取ったのは男たちの財布、男たちはそれに気づくことなく逃げていった。
「エス、やり過ぎよ…」
リーナがそう言いながら近づいてくる。その後を他の仲間たちも歩いてきていた。
「いや、ちょっと楽しくなってしまってな」
「それにしても、エス様もどこかに行かれてたのですか?」
「ふむ、ウェナトールに用があったのでな。それも終わったからのんびり街を見て周っていたら、おまえたちが面白そうなことになっていたのが見えたのでな」
「そうだったのね。助けてくれてありがとぉ」
お礼を言うサリアだったが、エスは首を振る。
「助けなど要らなかっただろうに。あの程度の輩軽く追い返せただろう?」
「さあ、どうでしょう?」
そう答え笑うアリスリーエルを見て、エスは呆れたように首を振る。
「グアルディアが出発の準備をしてくれている。明日にはこの街を出るぞ」
「ええ、わかったわ」
エスは、代表して答えるリーナに頷くと仲間たちと共に宿へと帰った。道中、挑戦してきた冒険者たちを返り討ちにした情報がようやく広まったのか、エスたちにちょっかいをかけてくる冒険者はいなかった。宿に着くとグアルディアが出迎えた。
「皆様、お帰りなさいませ。エス様、準備は終わっております」
「早いな、流石はグアルディアだ」
「ありがとうございます。それにしても随分派手にやられたようですね」
エスが冒険者たちを撃退した話はグアルディアも聞いていたようだった。
「なぁに、少々遊んでやっただけだ。ほら、そいつらからの迷惑料だ」
そう言ってエスはグアルディアに男たちから奪った革袋を渡す。受け取ったグアルディアは中を覗いた。
「あまり入っていませんね」
「おおかた、カジノですったのであろう?旅の支度金にでも使ってくれ」
「そういうことなら、受け取っておきましょう」
その後、エスたちは宿で食事をすませると自室に戻り休むことにした。