奇術師、モンスター捕獲の手伝いをする
エスはウェナトールの言っていた気配の主を始末したことを伝えようと思い、モンスター闘技場へと来ていた。辺りを見渡しウェナトールを探す。
「見えるところにはいないようだな。受付にでも行ってみるか…」
エスは賭けの受付へと足を運ぶ。すると、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。
「エスゥ、もぉやってくれたのねぇ」
声のする方を向くと、手を振り抱きつきそうな勢いで走ってくるウェナトールの姿があった。
「フンッ!」
走ってくるウェナトールを、エスは徐に殴り飛ばす。殴られたウェナトールは後ろへと吹っ飛ぶと床に仰向けに倒れた。ほんの少しの間を置き、殴られた頬をさすりながらウェナトールが起き上がる。
「痛ぁいじゃなぁい!」
「すまんな、どうもおまえは生理的に受け付けないらしい」
「本人にそれを言うぅ?傷つくわぁ」
傷ついた素振りも見せずウェナトールはゆっくりとエスへと歩み寄る。
「でぇ、どうするぅ?場所変えるぅ?」
「いいや、結果だけ伝えに来ただけだ。おまえの言っていた気配の主、『強欲』の王は死んだ」
「なんですってぇ!」
大声を上げたウェナトールに周囲の視線が集まる。ウェナトールはそんな人たちに笑顔で何でもないと手を振ると、周りに聞こえない声で話す。
「どういうことぉ?あの視線はぁ『強欲』の王だったってことぉ?」
「その通りだ。やつは死んだ、これでおまえの依頼も完了というわけだ」
「公爵級とは思っていたけどぉ、まさかぁ王だったとはねぇ。しかもぉ、それをエスがぁ倒したとぉ…」
「さて、おまえの望みは叶えたぞ。サルタールのところへ向かってくれないか?」
「そうねぇ、いいわよぉ。調教の技術もだいぶ教えられたしぃ、たまに来れば問題ないでしょぉ。ただぁ…」
言葉を切り、少し考えたウェナトールはエスを見つめる。
「今からちょっとぉ手伝って頂戴ぃ」
「急だな」
「王都に行く前にぃ、ここの名物になるようなのをぉ捕まえておきたいのよぉ」
「ふむ、街に人が来ればアワリティアも儲かるか。いいだろう」
「決まりねぇ、じゃちょっと待っててぇ」
そう言うとウェナトールは受付の中へと入っていった。
しばらくするとウェナトールが、先程は持っていなかった鞭やいくつかの薬品らしきものが入った試験管のようなものを、専用のベルトに刺し腰に付けた姿で現れた。
「また物騒な格好で現れたな」
「さぁ、今からぁ捕獲に行くわよぉ」
「はぁ、仕方がない…」
ウェナトールは受付にいた者に説明をした後、ため息をつくエスを連れモンスター闘技場を後にした。
レマルギアを出てかなりの距離を二人は走っていた。悪魔である二人は常人とは比べ物にならない速さでフォルトゥーナ王国と七聖教皇国の国境沿いを進む。国境と言っても明確に壁があったりするわけではない。しかし、現在エスとウェナトールがいるあたりは、荒野となっており多数のモンスターたちが生息している。中には、討伐不可と思われるモンスターも目撃される危険地帯だった。
エスは、そんな景色を楽し気に眺めながら走っていた。
「フハハハハ、すごいな。素晴らしくファンタジーな光景だ。なんだ、あのモンスターは?丸々太っていて旨そうだ!」
エスの視線の先には丸い体に小さな足と羽根を持ち、短い嘴で器用に地面をつつく鳥のようなモンスターがいた。その背後にある僅かな茂みには多数の足が生えた虎のような顔をしたモンスターが狙っている。
「ところで、目的のモンスターはどこなのだ?」
「この辺で見たって話はぁ、聞いたんだけどぉ」
足を止めたウェナトールの隣でエスも足を止めると二人は辺りを見渡す。周囲のモンスターたちはエスの放つ悪魔の気配に警戒し威嚇はしているが近づいてこない。
「ちょっとぉエスゥ、あなた気配を消してくれないぃ」
「すまんな、どうやったらいいのだ?」
「そうねぇ…」
何かを思いついたような表情をするウェナトールが続ける。
「【崩壊】で気配だけ消せないのぉ?」
「なるほど、力を使ってか…」
ウェナトールの言葉を聞き、エスは考える。
正直、【崩壊】を使いたくはないのだが…。ん?そういえば…
エスは自分の気配に集中する、すると、一瞬でエスの気配どころか存在感も希薄になっていた。
「えぇ!ちょっとぉ何をしたのぉ?」
ウェナトールの驚愕の声に二人の様子を窺っていたモンスターたちが逃げ出した。
「おい、逃げてしまったぞ。よかったのか?」
「目的の子はぁいなかったからぁ大丈夫よぉ」
「そうか、とりあえず力を使って気配を消してみたのだが、これで大丈夫か?」
エスは【強欲】の力で自分の気配を奪っていた。【崩壊】とは違い細かに意識しなくても奪いたいものを奪うことができる【強欲】の方が楽に気配が消せる、この場合は奪えると思い試してみたのだ。結果、やりすぎたのか自分の存在感まで消えかかっている。恐らく気配の機微に敏感なウェナトールでなければ気づかなかっただろう。
エスは言う必要ないと思い、ウェナトールに【強欲】の力を隠しつつ簡単に説明した。
「えぇ問題無いわぁ」
気配をほぼ感じないエスの状態を見て、安心したウェナトールは目的のモンスターを探し始める。
「この辺りにはぁいないみたいねぇ。移動しちゃったのかしらぁ」
「いったいどんなモンスターなのだ?」
「そういえばぁ言ってなかったわねぇ。蛇のモンスター、ラミアよぉ」
「ラミア?」
「人間の女性の上半身にぃ、蛇の下半身、腕が猫のようになってるモンスターよぉ。ラミアって呼び名も一部で言われているだけだったんだけどねぇ。特に名前がついてなかったからぁラミアって呼び方が定着しちゃったわぁ」
「ほう、で、それを捕まえる目的はなんだ?」
「えぇ?見た目よぉ、冒険者なんてぇ男が多いんだものぉ。上半身だけでも女性の裸体ならぁ戦いたいんじゃないぃ?挑戦者も増えてぇ店としてはいい感じよぉ」
ウェナトールの話す理由に、頭を抱えるエスだった。
「まぁ、こんな世界だ。モンスターにまで娯楽を求めるのは致し方ないか…」
そう言ってエスは割り切ると、周囲を窺う。前世でも聞いたことあるようなモンスターだから、すぐにわかると思っていた。その予想は間違っておらず、一目でラミアとわかる姿のモンスターをかなり遠方に見つけた。
「ふむ、この視力が前世であったのならな…。おい、ウェナトール。いたぞ」
エスの指差す方へとウェナトールも視線を動かす。そこには探していたモンスター、ラミアが這っていた。
「あらぁほんと。それにしてもぉ、よくあんな遠くのを見つけたわねぇ」
偉い偉いとでも言いたそうなウェナトールを小突き、エスはこの後の計画を聞く。
「で、見つけたらどうするのだ?」
「追いかけるわよぉ。もちろん、気配を消したままねぇ」
ラミアへと走り出したウェナトールをエスも追いかける。気配に関しては、【強欲】の力を解かない限りは問題無いとエスは無意識のうちに理解していた。
しばらくして、這っていたラミアに追いつくとウェナトールが勢いよく飛び上がった。そして、腰にぶら下げた鞭を手に持ち振り上げる。
「見つけたわよぉ。さぁ、私の下僕になりなさぁい!」
ウェナトールに気づいたラミアが、体を横にくねらせ鞭を躱す。ウェナトールの鞭は地面を打っただけだった。
「背後からの奇襲で声を出す馬鹿がいるか?いや、今ここにいたな。これは失礼」
「何ですってぇ!」
ウェナトールの鞭が、今度は横薙ぎにエスへと向かう。それを上体を反らすことでエスは躱した。そのエスのすぐ上で、パシンッという乾いた音を立てると鞭はウェナトールの元へと引き戻されていた。
「おまえ、今完全に当てる気だったな?」
「あらぁ?そんなことないわよぉ」
ウェナトールはそう言って笑いながらも目だけは笑っていなかった。
「それより、逃げられるぞ」
スルスルと這い、逃げようとしているラミアを指差すエス。それを見て、ウェナトールがエスに告げる。
「エス、気配を解放してくれるぅ?」
「何故だ?まあいいか…」
疑問に思いつつも、エスは抑えていた気配を解放する。それと同時に【強欲】から【奇術師】へと切り替えた。エスの気配が解放された瞬間、ラミアは這っていた体を起こすとエスに対し威嚇するかのように腕を上げ睨みつける。
「おや、私が何かしたか?」
「思った通りねぇ。逃げられないとぉ覚悟してぇ、ヤル気になったみたいよぉ」
「おまえ、私を利用しっ!?」
ウェナトールへと抗議しようとした瞬間、エスの目の前に蛇の尾が勢いよく叩き込まれる。それを躱すと、エスは再びウェナトールを睨みつける。
「私を利用したな?」
「いいじゃなぁい、減るもんじゃないしぃ」
「命は減るものだろう…」
ため息をつくエスへとラミアが掴みかかった。ラミアの両手をエスの両手が掴む。エスとラミアの体格差のため、現在のエスの視界にはラミアの豊満な胸があった。
「ふむ、絶景ではあるのだが…。流石にモンスター相手では魅力も九割減だな」
「一割はあるのぉ?そんなことよりもぉ、そいつをこっちにぃ投げてくれなぁい?」
エスがウェナトールの方へと顔を向けると、少し離れたところで地面を指差しているのが見えた。その手には、腰から抜き取ったと思われる試験管らしきものが握られている。エスは体全体に力を込めると、ラミアを上空へと放り投げた。地面から離れたラミアが空中でもがくが、追うように飛んできたエスがラミアをウェナトールが指定する場所へと蹴り飛ばした。
「それでいいか?」
「ありがとねぇ」
地面に仰向けに叩きつけられ、気を失ったように動かないラミアの上にウェナトールが乗り、手に持った試験管のようなものの蓋を取り外した。
「大丈夫よぉ。美味しくはないかもだけどぉ」
そう言って笑いながら中身をラミアの口へと流し込む。突然、口の中に何かを流し込まれ意識を取り戻したラミアが暴れ出した。もがくラミアから距離を取るように飛んだウェナトールがラミアに話しかける。
「さぁ、いい子だから言うことききなさぁい。まずはぁ、そこにぃ伏せ」
もがくラミアの動きが止まったかと思うと、素早く地面に伏せた。ウェナトールはそんなラミアに近づき頭を撫でる。
「いい子ねぇ。それじゃぁ、あなたの新しいぃおうちに行くわよぉ。エスもぉ、帰るわよぉ」
レマルギア方向へと歩き出したウェナトールの後をラミアがゆっくりと這ってついていく。それを見ながらエスは独り呟いていた。
「やれやれ、ファンタジーらしからぬ薬物による調教とは…。まあ、ただの薬物というわけでもないだろう。さて、私も帰るとしよう」
そう言って、ポケットから人ひとり隠れそうな大きさの布を取り出し上空へと投げる。そして、ウェナトールへと叫んだ。
「ウェナトール、先に帰って待っているぞ。遅くなるなよ」
言い終わると同時に降ってきた布がエスに覆いかぶさる。すると、中にいた人がいなくなったように布は地面へと落ち燃えて消えていった。
「あああぁぁぁぁ!あんのやろうぅ!私を置いて先に帰りやがったぁ!」
状況を理解したウェナトールの、いつもと違う口調の怒声が荒野に響き渡った。