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奇術師、帰還する

 エスは暗闇の中に立つ、目の前には暗闇に薄っすらと浮かぶ扉のようなものが見えていた。両開きのその扉の隙間から光が差し込んでいる。エスは笑みを浮かべ、勢いよくその扉を開けた。


「きゃっ!」

「うわっ!」


 驚く声に混ざり、扉が何かに当たり当たったモノが床に倒れる音が聞こえる。それを気に留めることなくエスは両腕を広げた。


「フハハハハ、私、帰還!」

「エス様!?」


 エスが出てきたのはエスたちが泊まる宿の部屋のクローゼットだった。突然、クローゼットの扉が開きアリスリーエルとターニャが驚きの声をあげる。驚く面々を見て満足気に頷きながら、ふとエスは視界を足元に移す。


「おや?リーナよ。何故、床に寝ているのだ?」


 怒りに満ちた視線をエスに向けつつリーナはゆっくりと立ち上がった。


「あんたに突き飛ばされたのよ!」

「フハハハハ、それは失礼。しかし、その役はターニャがやるべきところだろうに…」

「なんだと!?」


 エスの言葉に、ベッドから降りて詰め寄るターニャ。その様子を仲間たちは呆れ顔で見ていた。


「エス様、無事で何よりです」

「ふむ、アリスも無事に戻れていたようだな」


 詰め寄るターニャの額を手で押し返しながら、エスはアリスリーエルに答えた。エスが周囲を見渡すと、ベッドで上体を起こしているグアルディアと視線が合う。


「グアルディアも生きているようでなによりだ」

「アリスリーエル様の治癒のおかげです。ところで、『強欲』の悪魔はどうなりましたか?」

「ああ、始末してきた」

「はぁ!?相手は『強欲』の悪魔たちの王、公爵級でしょ!?」


 結果を簡単に説明したエスに対し、再びリーナが声をあげる。


「やれやれ、そんな大声を出さなくても聞こえているぞ。嘘だと思うのかね?ほら、この通り…」


 エスは徐に手を伸ばす。その先にはサリアが立っていた。


「えっ!?」


 突然、声をあげるサリア。エスの手には女性物の下着が握られている。それはエスが【強欲】の力を使ってサリアから奪った物だった。


「エス、今のは!?」

「私の【奇術師】では相手に触れてないと奪えないが、触れなくても奪えるとは、【強欲】とは便利だな。フハハハッ!?」


 リーナに笑って答えるエスの目の前に槍が付きつけられる。そのあまりの速さに、エスもリーナも反応できなかった。突き付けたのは、どこからともなく槍を取り出したサリアだった。


「エスさん、返してくれるかしら?」

「はい、スイマセン」


 恐る恐るエスはサリアへ下着を帰す。それを奪い取ったサリアは槍を手元に戻すと部屋を出て行った。


「やれやれ、おっかないお嬢さんだ」


 サリアを見送りつつ首を振るエスへと、ため息交じりにリーナは再び問いかける。


「あなたが悪いんでしょ…。それで、なんでエスが【強欲】の力を持ってるの?」

「アヴィド、『強欲』の王から譲り受けたのだ。なかなか使い勝手が良さそうな力だな」

「譲り…受けた…?」


 何かを考え込んでしまったリーナをそのままに、エスは他の面々と話す。


「と、言うわけでもう『強欲』の悪魔が私たちを襲ってくることはもうないとは思う。安心して休みたまえ」

「そうですか。では、私は眠らせてもらいます」


 そう言ってグアルディアは横になった。エスの目からもグアルディアが無理をして周囲を警戒しつつ起きているのがわかった。眠るグアルディアを見ながらアリスリーエルがエスに囁く。


「ありがとうございます。傷は治療できましたが、体力までは戻せませんので…」


 そんなアリスリーエルの言葉に、エスは頷いて応える。


「さて、私はもう少しやる事があるので出てくるぞ。おまえたちは宿でのんびりしていたまえ」

「ちょっと、どこに!?」


 声をかけるリーナや仲間たちに手を振りながら、エスは宿の部屋を出て行った。

 エスは宿を出ると空を見上げる。今は深夜だったようで、星空が広がっている。そのまま街を歩き、昼間に行ったカジノへと向かった。街を出るまでの間、他の『強欲』の悪魔たちがちょっかいを出してこないように釘を刺しておこうと思ったのだ。深夜だというのに多くの人で賑わう道を歩き、エスはカジノの入口へと辿り着く。周囲の店は営業しているようだが、目的のカジノは既に明かりが消えていた。カジノの入口前には店員と思われるスーツ姿の男たちが待っており、エスの姿を見つけると頭を下げた。


「お待ちしておりました。中へどうぞ」


 エスは何故自分が来ることがわかったのか不審に思ったが、元々中に入るつもりだったため、案内されるままカジノへと入る。中へ入ると、人間の体に様々な生物の頭を持つ『強欲』の悪魔たちが待っていた。


『新たなる王よ。我等の忠誠を…』

「ああ、そういうことか…。そういうのは要らないから。とりあえず、私の邪魔をするなと言いに来ただけだ」

『…邪魔、ですか?』

「そうだ!私の、世界を観光するという、素晴らしい目的を今後邪魔するんじゃない」


 予想外の答えに悪魔たちはざわつく。


『わ、わかりました。しかし、我々はこれからどうしたら?』

「今まで通りでよいのではないか?私の邪魔をしないなら、人から搾取しようが私は一向に構わんよ。それが、君ら悪魔という種族の生き方であろう?その生き方を咎めるつもりはない。まあ、私の仲間に手を出すなら容赦はしないがな」

『わかりました。ありがとうございます』

「…そうだな。ただ、多少でいいから儲けを分けてくれないか?旅路には色々と金が要り用だからな。フハハハハハ」


 エスの言葉に、その場にいた悪魔だけでなく人の店員たちも頷いていた。


「はぁ、やれやれ。てっきり仇だなんだと言われ、君たちも私を襲ってくると思ったのだが…」

『あなたは、【強欲】の力を引き継がれた。それに、今のあなたには我々が束になったところで勝てますまい。これからの王はあなただ』

「そうか、君らには【強欲】の力は感じ取れるわけか…」

『ただ、ここにいる者以外では王の座を奪おうとするかもしれませんが…』

「それはまた、面倒なことだ…」


 天井を仰ぎ目を閉じ、エスはしばし考える。予想外の展開だったものの話が早くて助かったと思っていた。アヴィドとの戦いで疲労し、すぐにでものんびりしたいというのが本音だったからだ。


「ふむ、用も済んだし私は宿に戻るとしよう」


 頭を下げる面々に背を向けカジノを出ようと歩き出したが、ふと足を止め振り向く。


「そうだ、知っていたら教えてくれないか?」

『何をでしょう?』

「この街から、勇者君が七聖教皇国に向かったと聞いたのだがいつ頃かわかるか?」

『…勇者?』

「あ、多分あの子ですね。ちょっと変わった子だったので覚えています」


 一人の女性店員が声をあげた。すると、次々に思い出した店員たちが現れた。


「私も覚えてる。随分と負けて仲間に怒られていたから印象に残ってるわ。確か、街を出たのは結構前ですよ」

「お金もろくに持ってないだろうから徒歩で教皇国へ行ったでしょうし、目的地はわからないけど順調に行けば、今頃神都へ着いたくらいじゃないかな?」

「神都?」

『教皇国の首都でございます』


 エスの疑問に答えたのは一番近くにいた悪魔だった。


「うむ、素晴らしい!いい情報をありがとう。それにしても神都か、また大層な呼び名だな」

『全くです…』

「よし、目指すは神都とやらだな」


 エスは見送る者たちに手を振り、カジノを後にすると宿へと向かった。


「…神の呪い、ますますチサトという者に会うのが不安になってくるな。まあ、この世界の宗教に興味はある。招待もされているしな、行ってみるしかないか…」


 そんな独り言を呟き、エスは星空を眺めながら未だ人が行き交う街を歩いた。


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