奇術師、強欲を知る
「やれやれ、依然話しかけた時は応えなかったくせに、一方的に命令とは実に勝手だ。だが、言う通りにする以外、手がないか…」
エスは【崩壊】の力へと意識を向ける。しかし、脳裏を一抹の不安が過った。【崩壊】の力を使う度、自分の中の何かが変わってしまうような感覚を覚えていた。それはほんの僅かな変化ではあったが、確かに感じていた。だが、やむを得ないと思い、エスは【崩壊】の力を解放する。白く淡い光が体中を覆うと周囲に渦巻く【強欲】の力へと伝播していった。
エスの周囲を取り巻いていた【強欲】の力はエスの【崩壊】の力によってかき消された。
『能力まで消せるのか!?そのようなことはできなかったはずだ!』
「私に言われても困るな。できたからやった、それだけだ」
ふわりと床に降り立つエスは、そう言いながら【奇術師】の力を解放する。
「さて、【強欲】も通用しないとわかっただろう?話を聞かせてくれない、かっ!?」
余裕を見せるエスに対し、何かが飛んでくる。それはアヴィドが投げた強欲の剣だった。それを紙一重のところで後ろに体を反らし避けた。
「いきなり剣を投げてはいけないと、ご両親に教わらなかったか?」
『まだだ…。貴様は、その力はこの世界にあってはならんのだ!』
「どういう…」
アヴィドがエスに殴りかかる。それを躱し後ろに飛んだところへ、先程投げられた強欲の剣が上からエス目掛けて降ってくる。それが、エスの肩を掠めた。
「クッ…」
『当たったな』
肩を掠め僅かについた傷から、魔力や血といったものが抜けていく。抜けた魔力や血は空中に煙のように消えているようだった。自分を掠めた剣を見てみると、どこからともなく煙のような血と魔力が剣身に吸い込まれていた。内心では多少焦りつつも、エスは平然とした態度でアヴィドを見る。
「本当にそろそろ諦めてくれないものかね。疲れたぞ」
『貴様が死ねば終わりだ』
エスはため息をつき考える。
これは時間が経ちすぎるとマズい。情報が欲しかったが、さっさと奴を殺すしかないのか…
エスはふと、人外な姿をした悪魔とはいえ、自分と同じ転生者を殺すことになんの抵抗も感じていないことに気がつく。人としての感覚を失くしてしまっているのかとも思えたが、それ以外に方法はないと感じ覚悟を決めた。
エスはポケットから、たくさんの爆発の魔法が込められた魔結晶を取り出すと爆発寸前まで魔力を込め自分の周囲に浮遊させる。これは【強欲】対策でもあった。その後、魔器を取り出すと剣を生成し、アヴィドへと走った。
武器を構えて向かってくるエスに対し、アヴィドは【強欲】の力で奪おうと考えるが、エスの周囲に浮く魔結晶を見て躊躇してしまった。その隙を見逃すことなく、エスはアヴィドの懐へと潜り込んだ。
「さあ、何か言い残すことはないかね?」
『ただでやられるわけにはいかん!』
アヴィドが拳を振り下ろすが、それよりも早くエスの剣が下からアヴィドを切り裂いた。その傷目掛け、周囲の魔結晶が次々に飛び込んでいく。エスが後ろに飛び退いた瞬間、傷に飛び込んだ魔結晶が次々と爆発していった。
『グガアアァァァァ!』
腹から胸にかけて切られ、さらに爆発により抉られたアヴィドはフラフラしながらもエスを全力で蹴り飛ばす。不意を突かれたエスは、そのまま壁へと激突し粉塵を撒き散らす。その粉塵が納まる頃、めり込んだ壁からエスが肩の傷を抑えつつゆっくりと出てきた。胸の傷を抑えながらながらエスを睨むアヴィドに、エスも呆れた表情をしていた。
「丈夫だな。弾けて死んでくれると思ったんだが…」
『我とて、悪魔、だ。この、程度では、死なん』
「…そうか」
唐突に指を鳴らす音が響き渡る。その瞬間、アヴィドへとどこからともなく木箱のようなものが飛んでくる。その数は四つ、それぞれが腕と脚の付け根にぶつかると、そこを包み込むように飲み込み動きを止めた。
「まあ、一度座りたまえ」
エスはアヴィドの胴を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたアヴィドは始めに座っていた玉座へと叩きつけられる。アヴィドの目にはエスの足元に落ちている、四つの箱から生えた自分の腕と脚が見えていた。自分の胴の腕や脚の付け根を見ると、切断面は黒い布で覆われたような状態になっていた。試しに手を握ったり開いたりすると、床に落ちる手が動くのが見える。【強欲】の力で引き寄せられないか試すも、繋がっているという扱いなのか不可能だった。
『【奇術師】の力か。切断されたわけではないのだな…』
「同じ、とは言えないが、似たような奇術を見たことはなかったかね?時間もあまりないが、ゆっくり話そうではないか」
『これでは動けん、我の敗北か。いいだろう、とは言っても貴様の望むことは教えられぬかもしれんがな』
そう言ったアヴィドの人で言うところの額の部分に、見たことのない紋様が浮かぶ。それを見たエスは背筋に冷たいものが走る感覚を覚えた。
「なんだ、それは!」
先程までの余裕をなくしたエスの視線から、何を言っているのか察したアヴィドは諦めたように答える。
『神の呪いだ』
「神?」
『我が契約を違えた時に、命を刈り取るための呪いだ。やはり、貴様に真実は話せないらしい』
突然の話にエスは困惑していた。しかし、それを気にすることなくアヴィドは淡々と話し始めた。
『つまり、我が貴様に真実を伝えようとすれば、神の呪いによって死ぬのだ』
「…教えられないというのは、そういう理由だったのか」
『予想外だ。転生者の魂を手に入れて、これほどの実力になっているとは…。【強欲】が通じない時点で我の勝ち目はなかったのかもしれんがな。だが、完全に混じり合っていないのであれば、まだ…』
目を閉じ何かを考えるように黙るアヴィドだった。エスはアヴィドが話し始めるのを静かに待つ。しばらくして、アヴィドが目を開ける。その瞳は何かを決意したようだった。
『奇術師、いやエスと言ったか。貴様に託すとしよう』
「何をかね?」
アヴィドの目の前に、【強欲】の力が集まる。それは先程の力の奔流とは違い、一ヶ所に集まると黒い球体のような形をとっていた。
『それは【強欲】の力そのものだ。エス、貴様にやろう』
「なに?」
『我に勝った褒美だ』
「そうか、ならばありがたく貰うとしよう」
エスが躊躇うことなく【強欲】の力へと手を伸ばす。その瞬間、頭の中に怒声が響き渡った。
《やめろ!》
それは、時折聞こえた声と同じだった。それを聞き伸ばした手を突然止めるエス、それを不審に思いアヴィドが声をかける。
『どうした?』
「ふむ、どうやら私の中の何者かはコレを手に入れるのが嫌なようだ」
『何者か?ほほう、それはいい…』
アヴィドは呟き、器用に嘴に笑みを浮かべる。エスは話がわからず困惑していると、アヴィドの額の紋様が淡く光り始め、だんだんと光が強くなっていった。
『クックックッ、どうやら気に障ることらしいな』
「どういうことなのだ?全く話が見えんのだが…」
『よく聞け、【強欲】の力を持って世界を見てこい。何故、自分が転生したのか、それを知るといい』
「ふむ、よくわからんな。だが、私の中の奴も問いかけには答えてくれなかったからな、嫌がらせになりそうだし力は貰っていくとしよう」
エスは【強欲】の力へと手を伸ばし触れる。それはエスの手に吸い込まれるように消えていった。
「これは、力というのは受け渡しが可能なのか…」
自分の手を見ながら話すエスの言葉を遮るように、アヴィドの額の紋様が光り輝く。
『どうやら、一矢報いることができたようだな。全能気取りの神め、貴様の思い通りにさせるものか。クックックッ、クハハハハ!』
一際、光が強くなったかと思うと床に落ちていたアヴィドの腕と脚が塵になっていく。まるで【崩壊】の力にあてられたかのように。
『エス、さらばだ。後は任せるぞ…』
アヴィドの胴や頭も同じように塵となる。エスは、消えていく最中、アヴィドは満足気な表情を浮かべているように感じた。アヴィドがいなくなった場所には額にあった紋様が空中に浮いていた。
「やれやれ、一体全体なんなのだ。詳しく説明してから消えてくれればいいものを。確か、神だったか?私の観光を邪魔するというのなら、貴様も敵だな」
浮かぶ紋様を睨みながらエスが言い終わると、紋様は薄れ消えていった。
「面倒ばかりが増えていくな。このファンタジーな世界をのんびり観光したいだけなのだが、今後も邪魔が入るのは避けられそうにないか…」
エスは盛大にため息をつく。そして、視界の隅に見えたアヴィドの使っていた剣へと視線を移す。自分の中の【強欲】がその剣を持っても問題無いと教えてくれている。
「これは消えずに残っているのか。まあ、貰っていこう。やつの形見みたいなものだな」
剣を手に持ち、空中に放り投げ指を鳴らす。剣をどこからともなく現れた布が包むと再び空中へと消えていった。そして周囲を見渡し、あることに気がつく。
「おのれ、アヴィドめ。ここからどうやって帰ればいいのだ?」
そこで、エスはふと思い出す。
「そうだそうだ、アリスを帰したじゃないか。同じように帰ればいいのだったな。フハハハハ、文句ばかり言ってすまなかったアヴィド君」
エスは腕を上へと伸ばすと、指を鳴らした。