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奇術師、追い詰められる

 リーナに連れられ、アリスリーエルが宿の一室に入ると酷い怪我をしたターニャとグアルディアの姿が目に飛び込んでくる。


「ターニャさん!グアルディア!」


 アリスリーエルは二人に駆け寄ると、すぐに魔力を集中し始める。二人を淡い緑色の光が包み込み、苦痛の表情を浮かべていた顔も穏やかな表情へと変わっていった。


「助かったわ。私やサリアじゃ薬での治療しかできなかったから…」


 アリスリーエルはリーナの言葉に応えることなく、治療に専念していた。


「あら、アリス。帰ってきたのね。エスさんは?」


 そう言いながら、桶に水とタオルを入れたサリアが部屋に入ってくる。治療が終わったのか、アリスリーエルは魔法の行使をやめ、サリアの方を向いた。


「これで大丈夫なはずです。エス様は、『強欲』の悪魔の王と戦っています」

「何ですって!?そんな大物がいたの?」


 驚いたリーナが声を荒げる。


「どちらにしても私たちは待つしかできないんじゃないかしらぁ?」

「そうですね。わたくしたちはエス様を信じて待つしかありません…」

「…もう奴らが動き出したのね」


 最後に呟いたリーナの言葉は二人には聞こえていなかった。

 一方、エスとアヴィドは一進一退の攻防を続けていた。アヴィドが武器を奪っても、エスはすぐさま新しい武器を用意する。そんなことを繰り返しながら、エスは徐々に自分の力を理解していった。

 これは相変わらず使い勝手のいい力だな。元となる物は必要だが、ノーコスト、ノータイムで量産できる。それに奇術で使うと認識できている物に関しては現物すらも必要ないと…。

 エスは迫るアヴィドに取り出し増やした魔導投剣を投げ牽制する。投げつけられる魔導投剣はアヴィドの巨体には僅かな切り傷を作る程度しか効果はなく、それを意に介さずアヴィドは迫りくる。


『そんなもので我は殺せぬぞ、奇術師』

「いやはや、せっかちな鳥だな。まあ、待ちたまえ。まだ色々と実験しているところなのだよ」


 【強欲】の力のせいで迂闊に魔器は使えない。あれは複製ができないからな。あと、この不快感は恐らく奴の力に抵抗している証拠なのだろう。さて、次は何を試してみるか…。

 エスは手に持つステッキを全力でアヴィドを突く。ステッキはアヴィドの肉を裂き、肩に突き刺さった。


『グガアアァァァァ!貴様、その力で他者を傷つけられないのではなかったのか!?』


 エスはステッキを引き抜くと、アヴィドから距離を取り顎に手を当て、どす黒い血が付いたステッキを眺めていた。


「ふむ、眷属を得て力がついたせいかな?前はすり抜ける程度だったはずだが…。【奇術師】の力で出現させた物で他者を傷つけることは可能と…」

『クッ、これ以上、力をつける前に殺してやる!』

「どうしても私を殺したいのだな。ギルガメッシュといい、理由を聞かせてもらってもいいかな?」


 アヴィドの拳による連撃を避けつつエスは問いかける。しかし、アヴィドは答えることなく攻撃を続けていた。


「やれやれ、ではもう一つ実験をしてみよう」


 エスは徐にアヴィドの体をすり抜け立ち位置を入れ替える。その際、内臓へダメージを与えようと試みたが失敗に終わった。


「【奇術師】の力で直接、というのはダメらしいな」


 一方的に攻撃しているにも関わらず、一切の手応えを感じないアヴィドは足を止め、そしてエスを指差し宣言する。エスは嫌な予感を感じ咄嗟に上へと飛び退いたが、それを追うようにアヴィドの指は動いていた。


『貴様の周囲にある空気、その動きを奪う』

「なっ!?」


 エスは空中で落ちることも移動することも出来なくなった。それだけではなく、呼吸も出来なくなっていた。

 声が、出ない。なるほど、空気の動きを止めたというわけか。なかなか賢い鳥じゃないか…。

 空中で固定されたエスを見上げながら、アヴィドは自分の横の空間に亀裂を生み出す。その亀裂へと手を入れると、中から黒い禍々しい外見をした剣を取りだした。その剣は脈動するかのように蠢いている。


『貴様のようなモノどもを殺すために用意した剣だ。覚悟するがいい』


 どうも、私が知らないことを色々と知っているようだな。聞き出したいところだが、あの剣は見た目以上にヤバい感じがする。どうにか逃げなければ…。

 エスが脱出方法を考えている間にもアヴィドは剣を振りかざし迫る。ふと視線だけ下へと向けると、アヴィドに奪われ放置されたステッキが散らばっているのが見えた。

 これはラッキー…

 散らばるステッキの一本が突然エスの元へと飛ぶ。そのステッキは固定された空気をすり抜けるように、エスを突きあげ天井まで押し上げる。予想外のエスの回避方法にアヴィドは驚き、振り抜いた剣は空を切った。


『チッ、放置したのは失敗だったか…』


 アヴィドは忌々しく床に散らばるステッキを睨むと、そこへと手を向ける。次の瞬間、散らばっていたステッキは何かに押しつぶされるように砕け散った。


「ハァハァ、とりあえず呼吸はオッケー、体も動く。【強欲】か、なんとも便利な力だな」

『貴様の力も十分異常だろう…』


 再びエスを指差しアヴィドは宣言する。


『貴様の周囲にある空気、その動きを…』


 アヴィドの言葉の途中で、笑みを浮かべたエスの姿がスッと空中に消えていく。だが、アヴィドは勢いよく振り向くと空中を指差し宣言を続ける。


『奪う』


 何もない空中に姿を現し始めていたエスを指差していた。再びエスは身動きを封じられる。アヴィドは剣を振りかざし、身動きの取れないエスへと剣を振り抜き両断した。


『やったか…』

「フハハハハ、それは言ったらダメだと前世で習わなかったか?しかし、まさか背後にも目があるとは思わなかったよ」

『貴様、何故そこに!』


 アヴィドが声に驚き背後を見ると、エスが拍手をしながら立っていた。両断したはずのエスの姿は煙のように消えてしまう。アヴィドは目の前で拍手するエスへと飛びかかり剣を振り下ろすが、拍手をしていたエスも同じように煙のように消えてしまった。


『幻惑か…』

「正解だ。何か景品をあげなければな。フハハハハ」


 アヴィドは突然、何かに殴り飛ばされる。さっきまで立っていた場所をみると、徐々にエスが姿を現していた。その手には先程からよく使っているステッキが握られている。


「幻惑魔法を見破れるわけではないと…。さて、君には聞きたいことが山ほどあるのだが、話してはくれないのだろう?」

『貴様も知っているはずだ』

「ふむ、ならば諦めるとしよう」


 ステッキをアヴィドに向け、エスはもう一つ試してみたいことを試してみるが、


《能力同時使用不可》


 久し振りに聞く声が、エスが試したことが不可能だと教えてくれる。


「やはりダメか。これは眷属を得たからといって【奇術師】と【崩壊】の同時使用は出来るようになるモノではないということか…」

『何を一人でブツブツと!距離を奪う!』


 エスの眼前にアヴィドが瞬間的に移動する。アヴィドは既に、手に持った剣を振り上げていた。そして振り下ろされる剣をエスはステッキで軌道を反らそうと、剣の側面に触れる。その瞬間、エスは異常なまでの危機感を感じステッキを手放すと横へと飛び退いた。剣に触れたステッキは、触れた場所から勢いよく剣身に吸い込まれていった。


「いやはや、剣も『強欲』か」

『我が力を宿した剣だ。我にしか使えん。我以外が触れれば剣に飲み込まれるだけだ』

「そうか。その剣、ちょっと興味が湧いたが使えないのでは意味が無いな」


 ため息をついたエスは、アヴィドの横へと移動する。


「まぁ、先程の景品を用意してやったぞ。貰ってくれたまえ」

『何を!?』


 脇腹に触れたエスは、すぐにアヴィドから距離を取る。エスが飛び退くと同時に、エスが触れた脇腹が爆発した。僅かに抉れ出血する脇腹を抑え、アヴィドはエスを睨みつけた。


『貴様、一体何を!?』

「奇術だよ。前の世界では絶対にできないような奇術だがな。君の体にこれを埋め込んだのだよ。密閉空間に物を入れるなんて奇術はよくあるだろう?」


 エスは手に持った魔結晶をアヴィドに見せる。それを見てアヴィドは更に憎しみを込めた視線をエスへと向けた。それは爆発の魔法を付与した魔結晶だった。


「いやぁ、それにしてもこれは本当に役に立つ。帰ったらアリスに礼を言わないといけないな」

『脇腹を軽く抉っただけで勝ったつもりか。貴様はここで死ぬのだ!』


 アヴィドは剣を床へと突き立てると両腕を広げ、全身から恐ろしい程の力を放出する。それは【強欲】の力そのものだった。


『貴様自身には効かないが、悪魔も生きることができない状況になったら貴様も死ぬだろう?【強欲】の力よ、奇術師を取り巻くすべてを奪いつくせ!』


 溢れ出した【強欲】の力は目に見える程の力の奔流となってエスを飲み込んだ。【強欲】の力は周囲の空気や空間、時間に至るまで何もかもを飲み込んでいるようだった。力の発生源となっているアヴィドは腕を広げたまま動かない。


「これは、マズい状況だな。少々追い詰め過ぎたか…」


 力の奔流に飲まれ、身動きの取れなくなったエスは脱出方法を考える。このままでは、すぐにでもアヴィドの望み通りになってしまうと考え、【奇術師】の力を使い脱出を試みるもうまくいかない。手に持つステッキをアヴィドへと投げるも、途中でステッキそのものが消え失せてしまった。


「参ったな…」


 脱出する手が思いつかず、諦めかけるエスの頭の中に声が響く。それは時折聞いた声であった。


《【崩壊】を使って【強欲】の力を消滅させろ》


 その声は今までとは違い、話しかけるような流暢な言葉だった。


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