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奇術師、救出する

「さて、どうしたものか。とりあえず二人を…」

「エス!」


 ターニャとグアルディアの手当てを優先しようと思ったその時、名前を呼ばれ振り向くとリーナとサリアが走ってくるのが見える。


「エス、これはどういうこと?」

「ターニャ!?」


 倒れているターニャを見つけたサリアは、すぐに駆け寄り持っていた道具で治療を始める。リーナは周囲を観察していた。


「アリスは?」

「どうやら連れ去られたらしい。奴ら、本来の目的はアリスだったようだ」

「恐らく、『色欲』の悪魔が関係してるのでしょうね。でも何故?」


 何故今なのか、それが理解できないと首を傾げるリーナ。そこへ、応急処置を終えサリアに支えられターニャが歩いてきた。


「エス、アリスは変な空間に連れ去られたぞ…」


 ターニャはそれだけ伝えると苦し気に俯いていた。


「変な空間?」

「ターニャが言うには、空中に亀裂が入ってその中に連れて行かれたみたいよぉ」


 苦しそうなターニャに変わり、サリアが答える。


「そうか。どうしたものか…。とりあえず、リーナとサリアは二人を頼む。私はもう一度カジノに行ってこよう。あそこなら、まだ『強欲』の悪魔が残ってるかもしれないからな」

「わかった。気をつけて」


 返事をしたリーナに頷き、カジノへ向けて歩き出した瞬間、エスの目の前の空間に亀裂が入る。それはみるみる広がっていき、人ひとりが通れるほどの大きさとなった。


『奇術師、貴様だけ来い』

「おお、なんとファンタジーな光景だ。ところで、どちら様かな?」

『来ればわかる。女はこの中だ』

「おかげで手間が省けて助かる。ところで、何故わざわざ招いてくれるのかな?」

『貴様の契約を破棄させるためだ』


 どうやら、アリスリーエルの呪詛封じのためにした契約が奴らにとっては邪魔だったみたいだな。これは好都合…。


「フハハハハ、いいだろう。大事な観光ガイドだ、契約を破棄するつもりもないが、招待に応じよう!」

『中に入ってまっすぐ進め』

「これはこれは、ご丁寧に…」


 目の前の亀裂へと足を踏み入れようとしたところで、エスは後ろから服を引っ張られ止められる。振り向くとリーナがエスの服を握っていた。


「なんだ?リーナも一緒に行きたいのか?」

「違うわよ!確実に罠じゃない、行く気なの?」

「罠?当然そうだろうな。だが、アリスを助けるには行くしかなかろう?」

「そう、だけど…」


 少し考えたエスは、何かを思いついたように手を鳴らす。


「大丈夫、大丈夫。リーナはサリアと共に二人を看病してやれ。では行ってくるぞ」

「ちょっと!」


 リーナの手を振り払い、エスは亀裂へと入っていく。その間際、魔導投剣を一本投げ地面へと突き立てていた。

 亀裂の中に入ると、そこはまるで城とも神殿ともとれるような造りをした内装の通路だった。エスは躊躇うことなく薄暗い通路を先へと歩く。途中に扉や分かれ道はなく通路を歩いていくと、目の前に大きな扉が現れた。


「気配を感じる、明らかにこの中だろうな。それに、あの声が言った通りアリスもいるようだ」


 両開きの扉を押し中へと入る。そこは通路と同じように薄暗く、神殿のような造りをしており、最奥にはエスの背丈の三倍はあろうかという巨体をした者が玉座のような物に座っている。その姿は、二つのカラスの頭が左右外側を向き融合したような頭をしており、頭の左右には外側を向くように嘴が生え、赤い目が二つエスを見ていた。胴は筋肉質な人間の男性、腕は肘から先が鳥の足のような外見をしているが、手は人間と同じく五本指で鋭い爪が生えている。下半身は羽毛に包まれ、足先は鳥の足と同じ造りになっていた。纏う雰囲気から『強欲』の悪魔の親玉だとわかった。その悪魔の左右には、象の頭に一本の角を生やした配下と思われる悪魔が二人立っている。その二人もエスの倍の背丈はあるようだった。

 少しして背後の扉が閉まる。振り向くと、象頭の悪魔が扉を閉めていた。こちらは角が生えてはいない。


「いやぁ小人の気分だな。フハハハハ、おや、アリスよ元気にしていたか?」

「エス様!」


 周囲を見渡し壁際の檻に入れられたアリスリーエルの姿を見つけたエスはそちらへと歩く。見たところ特に怪我をしている様子はない。


「無事なようだな。なら少し待っていたまえ。誘拐犯と交渉してくるからな」


 それを聞き、笑顔を浮かべたアリスリーエルから玉座に座るカラス頭の悪魔へと視線を移す。


「君が『強欲』の悪魔たちの親玉かな?」

『我が名はアヴィド、『強欲』の悪魔を束ねる者だ』

「これはご丁寧に。私はエス、奇術師のエスだ」

『奇術師、ここで今一度死ぬがいい』

「エスだと名乗っただろうに…」


 アヴィドがゆっくりとエスへと手を向ける。すると、エスを想像を絶するほどの不快感が襲った。


「気持ち悪いな。何をしたんだ?」

『効かんか。実力も公爵級となったようだな。面倒なことだ』

「何をしたのか実に興味が湧くのだが…」


 エスの背後では扉を閉めた悪魔が崩れ落ちていた。よく見ると死んでいることがわかる。


「いやぁ、効かなくてよかったよかった。流石にろくに観光もできてないのに人生、悪魔生か、リタイアしたくないものだ。ところで命を奪う、それが君の力かな?」

『我が力【強欲】は、全てを奪う力だ』

「なるほど、魂もしくは命を奪った、といったところか」


 【強欲】か、なんとも面倒な力だ。それに、空間系の魔法が使える可能性も考慮しないといけないな。さて、アリスを連れて逃げるにはどうしたものか…

 エスがどうしたものかと悩んでいると、アヴィドが再び手をエスへと向ける。それを合図に、アヴィドの両側にいた一本角の象頭の悪魔がエスへ向けて走り出した。その両手には片手用の斧がそれぞれ握られていた。

 エスはどこからともなく両手にステッキを出現させ応戦するために構える。次の瞬間、片手のステッキが消えてなくなった。


「おや?」


 周囲を見ると、アヴィドがステッキを摘まみ眺めている様子が見えた。


『なるほど、【奇術師】の力で作ったステッキか』

「やれやれ、手癖の悪いことだ…」


 再びもう一本ステッキを出現させ悪魔たちと応戦する。斧をステッキで防ぎつつ、蹴り飛ばしていたが触れるたびに不快感がエスを襲っていた。


「なんだ?こいつらも触れると何かを奪うのか。まったく不愉快な連中だ」


 時折アヴィドにステッキを奪われつつも悪魔たちの相手をしていたが、面倒になってきたエスは片手にステッキを持ち構える。そこに再び不快感がエスを襲った。


『なんだ、ステッキではない?』


 アヴィドはエスのステッキを奪うため【強欲】の力を使っていたが、一本しかステッキを持っていなかったエスからステッキを奪えず困惑する。しかし、握り込んだ手の中には何かの感触があった。ゆっくり手を開くと、その何かは光を放ち爆発した。


『クッ、なんだこれは!』

「フハハハハ、それはただの魔結晶だ。爆発の魔法を付与したな。予想通りそちらに近い手から奪い取っていたのだな。どうかな?驚いてもらえただろうか?」


 先程片手にステッキを構えていた時、エスはこっそりと魔結晶を握り込み魔力を込めていた。それをアヴィドが奪っていたのだった。


「こいつらからは、不快感はあるものの何かを奪われているわけじゃないようだな。ならば手っ取り早く終わらせよう」


 エスはステッキを消すと、魔器を取り出し魔力で剣を作り出す。そして、素早く象頭の悪魔たちを十字に切り裂き四分割して仕留めた。


「これでよし、ではアヴィド君、少し話をしようじゃないか」

『まだそんな武器を隠し持っていたのか…』

「いくつかの質問に答えてはくれないだろうか?」

『…いいだろう』


 玉座に深々と座り直したアヴィドの前へとエスは歩み寄る。その際、奪われないよう魔器はしまっておいた。


「まず、何故アリス、いやアリスリーエルを攫ったのかな?」

『その女は、『色欲』の贄だ。』

「贄?」

『我等、悪魔が力を高めるために必要なものは貴様も知っているだろう』

「いやぁ、すまないな。私はまだ生まれたてでね、知らないことが多いのだよ」

『記憶を引き継いでいないのか。まあいい、呪いを受け未だ純潔を守っているとは『色欲』の贄として価値が高い。その女を使いあの女帝と取引をするために攫ったのだ。貴様と契約しているとは想定外だったがな…』


 贄に関する答えではなかったが、エスは悪魔たちが力を高める方法の一つとして、その贄というものが必要なのだと理解する。


「眷属を増やす以外にも力を高める方法はあるのだな。ふむ、では次だ。実は私は転生者なのだが、君たち七大罪の公爵級の悪魔は皆転生者なのかな?」

『貴様も転生者か!なるほど、贄を知らないのも無理はないか。しかし、面倒な復活をしてくれたものだ…』

「も、ということは君らは転生者ということでいいのだな…」


 何かがつながりそうな気がしているが、今はまだそこまで思考を割けないと判断しエスは質問を続ける。


「つまり、贄としてアリスを利用するには私の契約が邪魔だから解除しろということだな。残念、さっきも言ったが大事な観光ガイドなのだ。解除などするわけがなかろう?」

『ならば、貴様を殺すだけだ』

「そうか、死んだら契約も破棄になるのだったか。ところで…」


 エスは薄暗い周囲を見渡し告げる。


「君はこの薄暗い中、見えているのかね?」


 瞬間、アヴィドはエス目掛けて飛びかかると、その巨大な腕で殴りつけた。


『我は鳥目などではない!』

「フハハハハ、短気なことだ。皮肉にそんな過剰反応しなくてもよいではないか」


 後方に飛び、アヴィドの攻撃を避けたエスが笑う。


『話は終わりだ。我は強欲の王アヴィド。奇術師、貴様を殺してやる』

「奇術師エスだ、お手柔らかに頼むよ」


 名乗りを上げるアヴィドに答えるように、エスは改めて名乗る。そして、かかってこいと言わんばかりに両手を広げた。

 さて、思えば全力で戦えるのは初ではないか?始めの頃は力も試し程度にしか使えず、王都では街に被害がでないよう加減し、ルイナイでは大半を街の移動と偽装に使っていたからな…。


「フハハハハ、楽しみだ。おっとその前に…」


 エスが指を鳴らすと、目の前に布の球体が現れる。布はするするとどこかに吸い込まれるように消えていくと、中から魔導投剣が一本現れ、それを手に取った。それは、空間の亀裂に入る際、地面に突き立てておいた魔導投剣だった。


「実験成功、さぁ次だ!」


 警戒し自分を観察しているアヴィドを放置し、エスは再び指を鳴らした。


「え!?」


 声をあげたのはアリスリーエルだった。捕えられた檻の中で座ったままのアリスリーエルをどこからか現れた布が包み込み、空中に消えていった。檻の中にいたアリスリーエルの姿は消えてしまっている。


『貴様、贄をどこへやった!?』

「なぁに、返してもらっただけだ。さぁ、続きを始めよう。私も私の全力というものを試してみたいのでな。これで心置きなく暴れられるというものだ。是非とも君も付き合ってくれたまえ。フハハハハ」


 笑うエスをアヴィドは睨みつける。しかし、楽し気に笑うエスはそんな視線を気にも留めていなかった。

 アリスリーエルを包む布がどこかへと吸い込まれていくと、周囲の景色が見える。それは先程までいた檻の中ではなく、レマルギアの宿の前であった。


「ここは、レマルギア?宿の前みたいですが…」


 周囲を見渡すアリスリーエルの視界に、抉られた地面が入る。


「いったい何が…」

「え?アリス?」


 アリスリーエルが声のした方を見ると、宿の前にリーナが立っているのが見えた。


「エスの力を感じたから来てみたら…。どうやらうまく救出できたようね」

「でも、エス様が『強欲』の悪魔と戦っています…」

「…そう、私たちは待つしかできないわ…」

「…はい」

「とりあえず中に入りましょう。アリスだけでも帰ってきてくれて助かったわ」


 リーナの言葉の意味がわからず、首を傾げるアリスリーエルだった。アリスリーエルは立ち上がると、リーナと共に宿へと入っていった。


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