奇術師、荒稼ぎする
チップを増やしたり減らしたり、スロットを楽しむ仲間たちの元でエスは周囲を見渡していた。ふと吹き抜け部分から二階を見上げると、一階を見下ろしているフードで顔を隠した者が数人いることに気づく。フード姿の者たちはエスたちを見るわけではなく、一階で楽しむ人々を眺めていた。
「ふむ、予想通りか。こちらに手を出してこないなら無視だな」
気配からその者たちが悪魔であることは気づいていた。しかし、悪魔たちの関心が自分たちでなく他の人々に向いているため、エスは自分から関わらないことにした。
「エス、気づいてる?」
「フードを被った連中のことか?」
悪魔たちに気づいたリーナが、エスに話しかけた。エスも何についてか、すぐに検討がつき答える。
「なに、気にするな。こっちにちょっかい出してくるわけじゃないなら無視で良いだろう。自分から面倒に首を突っ込むことはあるまい」
「よく言うわね…。でも、そうね。折角楽しんでるんだし私も無視するわ」
それだけ言うと、リーナは再びアリスリーエルたちの元へと行きスロットを楽しんでいた。しばらくして、そこそこチップを増やしたアリスリーエルたちがエスの元へと歩いてくる。
「こんなに増えてしまいました。ターニャさんが随分当てていましたよ」
「ターニャは、昔から運が良かったわねぇ」
エスは自慢気なターニャの顔を見て苦笑いを浮かべる。
「そうだな、なら次はブラックジャックでもやりにいかないか?ちょっと試したいこともあるしな…」
「よくわからないけどいいわよ」
答えたリーナと、それに同意だと言うように他の仲間たちも頷く。
「では向かうとしよう」
カジノを楽しむ人々の合間を抜け、目的のブラックジャックをやっているテーブルへと到着する。ルール確認も兼ね、ゲームを楽しむ周りの人たちの様子を見る。
どうやら、元の世界とは細かなルールが違うようだが、基本的には同じか。おや?
エスが観察しているとディーラーをしている女性に対し、クレームをつける者がいた。
「おっかしいだろ!なんでテメェばっか勝ちやがる!なんかイカサマしてんじゃねぇのか?」
よくいるタイプのクレーマーだな。さて、ディーラーの対応は?
笑顔のままのディーラーは喚くクレーマーの言葉を聞いているだけだったが、そっとカードの束をクレーマーの前に差し出した。
「では調べてみてはいかがですか?」
クレーマーは乱暴にカードの束を手に持つと調べ始める。その最中、クレーマーがカードに目印をつけようとひっかいているのをエスは見逃さなかった。
おや?カードに傷がついていないようだな。
エスが気づいたように、カードにひっかき傷はついていなかった。傷をつけた当の本人であるクレーマーはそのことに気づいていない。舌打ちしながらカードの束を返したクレーマーはその後しばらく勝負を続け、チップをすべてなくしたのかとぼとぼと歩き帰っていった。
「カードに傷がついていなかったことに気づかなかったのか?」
「どうかしましたか?」
「いいや、なんでもない。さて、席も空いたな」
先程のクレーマーが座っていた席にエスは座る。そんなエスをディーラーは笑顔で迎えた。
「さて、始めに私にもそのカードを見せてもらえるかな?」
「どうぞ」
エスは目の前に置かれたカードを一枚手に取る。どうやら何かしらの魔法がかかっているようだった。
「これは魔道具的な物なのかな?」
「はい、劣化防止の魔法がかけられています。そのおかげで傷や汚れもつかなくなっていますよ」
遠まわしにカードに細工はできないと伝えるディーラーだったが、エスは構わずカードを見ていた。ファンを開くようにして見ていたカードを閉じるとカードの束をディーラーの前に置く。
「ありがとう、いいカードだ」
「では、プレイスユアベット」
ディーラーの合図を聞き、エスと左右に座る客が掛け金のチップを置く。
「ノーモアベット」
賭けを締め切り配られるカードを見守る。エスの両隣に座る客は配られたカードを確認すると唸っていた。エスはチラッとめくり、カードの内容を確認するとすぐに伏せた。他の客は追加のカードを要求している。
「エス様はその二枚で良いのですか?」
「アリスは見たのか?フハハハハ、まあ見ていたまえ」
先程、めくったカードの数字を見ていたアリスリーエルは心配そうにエスに尋ねる。その数字はダイヤの8とクラブの5、どう考えても21には程遠い数字だった。
ディーラーの合図で皆がカードを見せる。ディーラーの合計は19、他の客が18、17と並ぶ中、エスのカードはアリスリーエルが見たカードとは違い絵札が二枚、つまり合計20となっていた。
「フハハハハ、私の勝ちだな」
エスのカードを見て、アリスリーエルは驚きの表情を浮かべる。ディーラーも一瞬、驚いた表情を浮かべたがすぐに元の笑顔に戻っていた。客たちはテーブル上に視線が向いているため気づかなかったが、エスはその変化を見逃さなかった。
やはり、ディーラーがこちらの手を操作していたか。さっきのクレーマー君も災難だったな。これなら【奇術師】を使うことに罪悪感はわかないな。もとより、罪悪感なんてものは持ってなかったがな!
そんなことを考えつつ、エスはその後もゲームを続ける。時折、負けつつ気づかれぬよう【奇術師】の力を使い勝ちを重ねていく。エスが近くの店員から飲み物を受け取る程の余裕を見せていると、ディーラーの顔から笑顔が消えていた。
「いやあ、ラッキーラッキー。だいぶ稼がせてもらったよ」
そう言って席を立つエスに対し、仲間たちは呆れ顔になっていた。睨みつけるディーラーの視線を無視しつつ、エスはテーブルを離れていった。
「あんなに派手に荒して、目をつけられたんじゃない?」
リーナの忠告にエスは笑いながら答える。
「構わないさ。元々、そのつもりで荒稼ぎさせてもらったしな。ポーカーと迷ったが、やはりブラックジャックの方が楽でいい」
エスがいなくなったテーブルではディーラーが使っていたカードを持って、店の奥へと入っていくところだった。客の視線が届かない場所までくると、ディーラーは手に持つカードを確認し始めた。
「どういうことなの?魔法を使った様子もないけど、失敗しただけとは…」
そこへフードで顔を隠した人物が近づいてくる。その姿を見て、ディーラーは青褪め跪いた。フードの人物は一人、また一人と増えていき、五人がディーラーを囲んでいた。
「…申し訳ありません!この損失は必ずや他の客から…」
『損失は気にするな、相手が悪かっただけだ。アレの処分は我々がやる。貴様は仕事に戻れ』
「わかりました…」
立ち上がり一礼したディーラーは顔を青褪めさせたまま、再び担当するテーブルへと戻っていく。
『奇術師め、この街に来たのだな。アヴィド様に報告を』
近くにいたフードの人物の一人が頷くと、側の空間に亀裂が入り裂けていく。その中へと頷いたフードの人物は消えていった。
『我等は奇術師を監視する。店を出るまでは手出しするな』
残ったフードの人物たちは頷いた。
そんなやり取りが行われているとは知らず、エスたちはその後もカジノを楽しむ。現在は全員でルーレットを楽しんでいた。
「いやぁ、当たらないものだな」
「なんか、選んだ場所以外が当たってる気がするわねぇ」
「皆様、そろそろ宿に戻るとしましょう」
グアルディアがそう提案する。ふと、近くにあった時計を見てみると、すでに夕方だった。
「そうですね。ここだとちょっと時間がわかりませんでした。戻りましょう」
他の仲間たちも頷いていた。カジノの中では自由に飲み食いできたため、時間の感覚がなくなっていた。
「私はこのチップを換金してきますので、少々お待ちください」
そう言ってグアルディアは換金所へとチップの換金に向かう。店の出入口へと向かう仲間たちの最後尾をエスが歩いていた。
店を出てすぐにリーナがエスへと話しかけてくる。
「エス…」
「どうした?」
「つけられてるわよ」
「なんだ、そんなことか。店の中にいるときから監視されていたぞ」
「え!?そうなの?」
驚くリーナにエスはやれやれと首を振る。
「ブラックジャックで荒稼ぎした後くらいから監視されていたぞ。リーナよ、随分と楽しんでいたのだな?」
「ち、違うわよ!」
「さて、どうしたものか。このまま宿にまで連れて行くのは、宿に迷惑がかかってしまいそうだ」
そう呟くエスに、グアルディアが振り向き話し始めた。
「アリス様、ターニャ様は私が連れて宿へ向かいます。リーナ様とサリア様と三人で対応をお願いできますか?」
「そうだな。あいつらの実力からして、それでいいだろう。二人を頼むぞグアルディア」
「もちろんです」
エスはグアルディアの提案を受け入れ、リーナとサリアを連れて裏通りへと入っていく。その後を、つけてきていた気配もこちらへ向かってきている。その距離は徐々に縮まってきていた。
「フハハハハ、まるでカジノで荒稼ぎしたやつから身ぐるみ剥ぎにきた店の関係者だな」
「あながち間違いじゃないところが嫌なところね」
「ようやく姿を見せてくれるみたい」
サリアの言葉に背後を振り返ると、フードで顔を隠した人物が四人立っていた。場所は人気のない裏通り、どうやら人払いもされているようで、誰一人と通る者がいなかった。
『損失分を回収させてもらおう、奇術師』
そう言うと、フードの人物たちは剣を抜き構えた。リーナとサリアも応戦するために武器を構える。エスは両手に魔導投剣を取りだしていた。
「テンプレなパターンで実に愉快だ。私も君たちに聞きたいことがあったのだよ」
不敵な笑みを浮かべ、エスはフードの人物たちへと走り出した。