奇術師、指輪を移動させる
向かい合うエスとウェナトール、少し間を置きウェナトールが話し始めた。
「殺されたって聞いてたけどぉ、随分元気そうねぇ。それにぃ、あなたなんか昔と違わなぁい?」
「違うだろうな。なにせ、私はこの世界で言うところの転生者らしいしな」
「あら?あなたぁ、異世界の記憶を持ってるのぉ?転生者と混じり合うなんて珍しいこともあるものねぇ」
「混じり合うだと!?」
ウェナトールの発言に、思わずエスは声をあげる。
「ええ、そうよぉ。前の奇術師とぉ今のあなたとがぁ、そうねぇ、魂というようなものかしらぁ?そんなレベルで混じり合ってるわぁ」
「何故、おまえにそんなことがわかるんだ?リーナは何も言ってなかったぞ?」
「私は調教師ぃ、捕獲も得意なのぉ。だからぁ生物の機微には敏感なのよぉ。ほんの少しの魔力の揺らぎだってわかるわよぉ」
「まあ、そういうものだと理解しておこう。それで、混じり合っていて何か問題でもあるのか?」
ウェナトールは顎に手を当てエスを観察する。その目には、すでに一つに重なり合っている魂のようなもの、それが揺らめくのが見えていた。
「ないわねぇ。あったとしてもぉ、かなり深く混じり合ってるみたいだからぁ、どうしようもないわぁ」
「ふむ、確かに今まで問題はなかったからよしとするしかないか…」
「そうよぉ、そんな細かいことよりぃ私が聞きに来たのはぁ別の案件なのよぉ?」
「別の案件?」
ウェナトールは、先程まで浮かべていた笑みを消し真面目な表情へと変わる。
「あなたぁ、この街に入ってぇ変な気配を感じなかったぁ?」
「話し方は変わらんのだな…。確かにこの街に入る時から妙な気配を感じている。まるでこの街にいるようで、別の空間にいるような、そんな気配をな」
「別の空間?あぁなるほどぉ、だからぁ気配の主が見つからないのねぇ」
「それだけならリーナにでも聞けばよかったのではないか?まあ、リーナはこの気配に気づいてなさそうだったが…」
「やぁねぇ、公爵級のあなたじゃなきゃぁ確信が持てないくらいにわかりにくかったのよぉ」
「どういう意味だ?」
「そのままぁ、相手も同じ公爵級かもしれないってことよぉ」
何でもないことののように告げるウェナトール。エスもそこまで驚くこともなく、話しを続ける。
「大方、街の特色から察するに『強欲』の輩がいるのだろう。向こうも私に気づいている可能性が高いと見るべきだな。それで、おまえは私にどうしてほしいのだ?」
「なにがぁ?」
「気配の確認に来ただけではあるまい?」
エスの言葉に、ウェナトールは笑みを浮かべ答える。
「できればぁ、気配の主を始末、もしくは追っ払ってもらいたいのよぉ。六脚熊との戦いを見てたけどぉ、今のあなたならぁ頼めそうだしぃ」
「そういえば、前の奇術師は戦闘が苦手だったようだな」
「そうよぉ、戦闘力だけなら伯爵級だったんじゃないかしらぁ?【崩壊】の力がなければぁ公爵になってなかったわねぇ」
「それほどか。だが、私の方から相手にちょっかいを出す気はないぞ。向こうから仕掛けてきたら話は別だが」
「それで構わないわぁ。どうせぇ向こうが見てるだけってことはないだろうしぃ」
これで話は終わりと、ウェナトールは席を立ち部屋の扉へと向かう。そして、エスの方に振り向き手を振った。
「それじゃぁ、よろしくねぇ。あとぉ、また闘技場に遊びにいらっしゃぁい」
ウェナトールは扉を開け部屋を出ていく。閉められる扉を見ながらエスはため息をついていた。
「やれやれ、のんびり観光もさせてくれんのか。まったく酷い世界だな…」
エスはゆっくりと窓の外を眺める。空は既に星空、しかし窓から見える街並みは明るく未だ喧噪に包まれてる。
「『強欲』の公爵級か。ドレルの話が確かなら転生者だったな。なんとなく、この街の造りにも関わっていそうな気がするな…」
しばらくの間、夜にも関わらず行き交う歩く人々を眺めていたが、ベッドに横になり休むことにした。
夜が明け、のんびりとしていると扉を叩く音が聞こえた。
「どうぞ」
エスの返事を聞き、扉を叩いていた人物が扉を開け入ってくる。
「エス様、おはようございます。皆、準備が終わって待っておりますよ」
入ってきたのはグアルディアだった。どうやらのんびりしすぎていたようで、すでに仲間たちは準備を終え待っているようだ。
「そうか、少しのんびりしすぎたな。すぐに行こう」
エスはグアルディアと共に仲間たちが待つ宿入口へと向かう。
「遅いわよ!」
入口に着くとエスの姿を見つけたリーナが文句を言ってきたが、他の三人は楽しそうに話をしていた。
「いやぁすまんすまん。さて、今日はどこへ行こうかね?」
「まったく…」
悪びれる様子のないエスにため息をつきながらリーナが答える。
「とりあえず、レマルギアに来たんだもの。カジノに行ってみましょ」
「宿の店員から、この街で一番大きいカジノの場所を聞いてあります。まずはそこに行きましょう」
リーナに続き、グアルディアも目的地の説明をする。どうやらエスがのんびりしている間に、どこに行くかは決まっていたようだった。
「ならば、すぐにでも行こうではないか。フハハハハ、この世界のカジノか、どんなところか楽しみだな」
そう言いながらも、エスは心の中で、恐らく前世の世界と大差のないカジノなのだろうと思っていた。街に入ってから見かける、前世の世界に近い建造物や道具、魔法という概念はあるものの使用目的や造形は間違いなく前世の世界の影響を受けているのがわかったからだ。
「それでは行きましょう。エス様、アリス様の護衛はお任せします」
「なんで私が?グアルディアがすればいいだろうに…」
すると、グアルディアがエスに近づき周りに聞こえない程度の声で囁く。
「いささか、嫌な気配を感じます。私では対応しきれない可能性が高いのでお願いします」
「ほう、おまえも気づいていたのか。まあ、ウェナトールにも言われているしな、任せておけ」
エスの言葉に、グアルディアは笑顔で頷くと皆を連れ宿を出て行く。エスもそれについていった。
昨日のモンスター闘技場への道とはまた別の道を歩き、目的のカジノへと向かうエスたち。道中、様々な屋台が出ており美味しそうな匂いが辺りに漂っていた。
「食べ物だけでなく小物を売る屋台もあるようだな」
「少し見てもいいですか?」
アリスリーエルの問いかけにエスが頷くと、ターニャと二人である屋台へと走って行った。その後ろをエスたちが歩く。
「どんな世界でも、こう祭のような雰囲気はワクワクするものだな」
「へぇ、エスでもそんな風に感じるのね。てっきり、エスがやりたいことだけが、楽しいと感じているのだと思っていたわ」
「まったく、酷い言われようだな…」
やれやれと首を振るエスに対しリーナは笑っていた。サリアもクスクスと笑っている。エスは笑みを浮かべつつ周囲を見渡す。
「…楽しいさ。そうだな、金にも今のところ困っていないし急ぐ用事もない。何か買っていくとするか」
「いいわね。私、食べ物がいいわ」
「あっちに果実のような物が売ってるわよ。行ってみましょ」
リーナはサリアに連れられ、二つ隣の屋台へと歩いていった。その姿を見送っていると、横からグアルディアが話しかけてくる。
「それでは私はリーナ様たちの方へついていきます。エス様はアリス様たちをお願いします」
「ああ」
リーナとサリアの元へ向かうグアルディアを横目に、エスはアリスリーエルとターニャの側へと歩いていく。二人はエスが近づいてくることに気づかず、並べられた品物に夢中になっている。エスも商品を見てみると、どれも高価なものが使われているわけではないが、何かの結晶体のようなものを使ったアクセサリーや、陶器などの雑貨が所狭しと置かれている。
「何か気に入ったものはあったか?」
エスが二人に声をかけると、驚いたかのように振り向いた。それが可笑しくエスは笑みを浮かべる。
「…ビックリさせんな!」
「欲しいといわけではありませんが、見ていて楽しいです」
再び品物を見始める二人と一緒に、エスも並べられた物を眺める。その中でひとつ、目に留まった物があった。それに手を伸ばす。
「これは使えそうだな。これを貰おうか」
エスが手に取ったのは特に装飾も施されていないシンプルな造りをした金属製の指輪だった。
「お、それなら銀貨一枚だ」
エスはポケットから銀貨を一枚取り出し店員へと渡す。そして、それを自分の右手の中指へとはめた。
「アリス、ターニャ、面白いものを見せてやろう」
振り向いた二人に指輪をはめた手を、手の甲を向けて見せる。そして、もう片方の手で一瞬だけすべての指を隠し再び指輪を見せる。
「あれ!?」
「えっ!?」
驚きの声をあげる二人は、一瞬何が起こったのか理解できていなかった。よく見ると、指輪が中指から人差し指へと移動していた。指輪をとってはめ直すような時間は明らかになかったが、指輪が移動してしまっている。
「フハハハハ、イイ表情だ。銀貨一枚以上の価値があったな」
「ビックリしました…」
「どうやったんだよ」
「それは秘密だ」
笑いながらエスは指輪を外すとポケットへとしまった。
「奇術用のいい指輪が手に入ったな。まぁ、所謂クロースアップマジックだからな。場面は限られそうだが…」
そこへ、他の三人も買い物をすませたのか合流してきた。リーナとサリアは、人数分の見たことのない果実を抱えている。サリアが、アリスリーエルとターニャの顔を見て首を傾げていた。
「どうかしたのかしら?」
「なぁに、ちょっとした奇術を見せてやっただけだ。それより、その持ってるものはなんだ?」
「これ?あっちで売ってたのよ。試食してみたら美味しかったから人数分買ってきたわ」
「ほほう、では食べながら進むとしようか」
エスたちは、果実をかじりつつカジノへ向けて再び歩き始めた。