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奇術師、賭け試合で儲ける

 闘技場へと入ると、上から覗く人たちが見える。その中に仲間たちの姿を見つけた。小さく手を振るアリスリーエルに手を振り返しながら闘技場の中を見てみると、壁の上部にまるで電光掲示板のような物が設置されており、そこには賭けのレートらしきものが表示されている。もちろんこの世界の文字でだが、どうやらモンスター側が圧倒的に人気で自分はかなり期待されていないことがわかった。


「フハハハハ、これはこれは。アリスたちが私に賭けていてくれれば、ぼろ儲けだな!」


 その表示に気落ちすることもなくエスは笑っていた。そんなエスに気づいた観客の何人かは、少々不安気な表情を浮かべたのをエスは見逃さなかった。


「ふむ、大方モンスター側に賭けたはいいが、私の余裕を見て焦ったのかな?だが、闘士が入場した時点で変更は不可だったはず。いやぁ残念残念。これは運営側もぼろ儲けできそうだな」


 しばらくして、モンスターが入場する扉が開き始めた。


「確か、モンスターが闘技場に入ってきたら開始だったな。さて、楽しもうじゃないか!」


 不敵な笑みを浮かべ、エスはゆっくりと開く扉の奥を見つめる。扉が完全に開くと、中から鋭い爪を持った手が壁にかけられる。それは一本、また一本と計四本現れ中からその手の持ち主がゆっくりと闘技場へと姿を現した。見た目はエスが知る熊の様だが、足先から頭まで立ち上がればエスの三倍はありそうだった。六脚熊は、四本の前足と後足で器用に歩き闘技場へと入るとエスを見つけ雄叫びをあげた。それを聞き、会場でも歓声があがる。


「確かに六脚だな。人食いの森で見た骨とはやはり違うか。アリスもいないと言っていたが、前足だけが多いのはいるというわけだな。実に面白い世界だ」


 そんなことを呟いていると、六脚熊は六本の脚を器用に使いエス目掛け勢いよく走り出す。そしてエスの前で止まると後足だけで立ち上がり、鋭い爪を持つ四本の前足を広げた。それは威嚇の行為であったが、エスは気にも留めず同じように腕を広げる。


「フハハハハ、イイ、強そうだ!では、始めようじゃないか」


 エスの言葉がまるで合図だったかと言わんばかりに、六脚熊は広げた四本の前足をエス目掛けて振り下ろす。エスはこれを後ろへ飛び退き回避した。


「流石に当たったら痛そうだ…」


 エスはポケットからハンカチを取り出し、さらにそのハンカチの中からステッキを取り出す。その一連の動作に見守る観客から歓声があがる。


「やはり観客がいるというのはいいものだな!」


 笑みを浮かべ取り出したステッキを使い、再びエスへと振り下ろされた六脚熊の爪を受け流す。防戦一方なエスに対し、観客からは野次が飛び始めた。


「いつまで遊んでるつもり?」

「まあ、エスさんのことだから、何か考えがあるんでしょうねぇ」

「あっ!」


 声をあげるアリスリーエルの視線の先では、エスが六脚熊に殴り飛ばされ壁に激突していた。観客からは歓声があがったが、すぐに静かになる。倒されたと思われたエスが何事もなかったかのように立ち上がると、服に付いた埃を払っていたのだ。六脚熊はそんなエスを警戒しているのか、距離を取って様子をうかがっている。


「フハハハハ、観客の皆さん、私がやられたと思ったのかね?残念、この通りピンピンしているぞ」


 観客へ自分は無事だとアピールするエス、視線を外したエスに対し六脚熊は飛びかかったが、エスはすぐに視線を戻す。


「そろそろ、遊んであげよう」


 エスは飛びかかってきた六脚熊を手に持ったステッキで殴り飛ばし、向かいの壁へと叩きつけた。そのままエスはステッキを振った勢いのまま一回転すると、六脚熊目掛けステッキを投げつける。飛んでくるステッキを伏せるように辛うじて避けた六脚熊が、再びエスへと走り出した。避けられたステッキはそのまま壁へと突き刺さる。向かってくる六脚熊を眺めながらエスは腕を頭上へと伸ばし指を鳴らす。それを合図にステッキが勢いよく壁から抜けると、エスの元へと飛び六脚熊の後頭部を強打、六脚熊は前のめりに倒れ込んだ。


「おや、そんなところにいるから当たるんだぞ?」


 そう言いながら笑うエスは六脚熊に当たり勢いが落ちたステッキを軽く掴むと、倒れている六脚熊の頭部付近へと歩み寄った。六脚熊は、後頭部に受けた衝撃のためかうまく起き上がれずもがいていた。


「見たことのない生物との戦い、なかなか楽しかったぞ。だが、所詮は獣と同じで頭は弱点なのだな。では、今度は別の誰かと戦って、観客をわかせてくれたまえ」


 エスは片足を振り上げると勢いよく六脚熊の頭へ振り下ろす。鈍い音とともに六脚熊の頭は地面へと叩きつけられ動かなくなった。足に伝わる感触から六脚熊は気を失っただけだとエスにはわかっていた。


「ふむ、とりあえず殺さずには済んだかな?再起できるかは知らんが…。これだけ観客をわかせられるのだ、生きてまた闘技場で活躍してもらわねばな、フハハハハ」


 動かなくなった六脚熊を見て、観客たちは握り締めていた賭けのチケットらしき物を闘技場へと放り投げ始めた。レートだけ見れば大穴のようなものだ。だが、エスの仲間たちからすれば当然の結果であった。まるで紙吹雪のように舞うチケットが降り注ぐ中、エスは観客に向け一礼すると、手に持ったステッキを手を合わせるように消し去った。少しして闘技場の鉄扉が開き、数人の係員と思しき人たちとウェナトールが入ってきた。


「あらぁまだ生きてるわねぇ。あなたたちぃ、この子運んどいてねぇ」


 六脚熊の様子を見ていたウェナトールが付近の係員たちに運ぶよう指示している。その様子を眺めていたエスの元へ一人の係員が近寄ってきた。


「おめでとうございます。受付にて賞金をお渡ししますので、こちらへどうぞ」


 エスは頷くと係員について歩いていく。闘技場を出る途中、ウェナトールの側を通った。


「仕事の後でぇ、またぁお話しましょぉ」


 すれ違いざま、小さく囁くようにウェナトールがエスに告げる。エスは嫌な顔をしつつも、頷き闘技場をあとにした。

 少しして、受付へと戻り賞金を受け取っているエスの元へ仲間たちが合流した。


「さすがね、六脚熊くらいじゃ相手にならないか」

「リーナ、観客は盛り上がっていたか?」

「ええ、とっても…」

「エスさん、わざと苦戦して見せたのねぇ?」


 サリアはエスが盛り上げるため、わざと六脚熊にやられたように見せたことを見抜いていた。それを聞き、笑みを浮かべエスは答える。


「当然だろう。ただ勝ってしまっては面白くもない。やはり演出は必要だ」

「ここで言うことじゃないわよ…」


 エスの言葉にリーナは頭を抱えていた。周囲ではその会話を聞いたらしい闘技場の客たちが、エスを睨んでいた。しかし、六脚熊を圧倒するようなエスに絡んでいく自信のあるものはいないようで、遠巻きに見ているだけだった。


「ところでエス様、賞金は貰ったのですか?」

「ああ、色を付けて金貨百枚だそうだ。思った通り運営側もかなり儲かったようだな」


 聞こえていたのか受付の女性が笑顔で頭を下げている。


「それでおまえたち、賭けはしていたのか?」

「はい、もちろんエス様に」

「私もエスさんに賭けてたわよぉ」


 アリスリーエルとサリアは答える。リーナとターニャは表情から賭けてはいなかったことがうかがえる。


「ならば二人とも儲かったのだな」

「うふふ、何か買おうかしら」

「賭けも楽しいものですね」


 楽し気に笑う仲間たちを見ながらエスは次の目的地を考える。


「さて、闘技場も堪能したし次はどこへ行こうか」

「そうですね。今日はもう宿に戻って、明日の朝から見て周るようにしませんか?」

「そうねぇ、人食いの森から距離もあったし、ゆっくり休んでからの方がいいんじゃないかしら?」

「そうだぞ。エスみたいに疲れないわけじゃないんだ」

「そこは、私だけでなくリーナも同じだと思うんだがな…」

「あら、私も疲れてるわよ?」


 今日のところは、宿に戻り休むこととなった。モンスター闘技場を出る間際、エスは思い出したように付近にいた係員に話しかけ、ウェナトールへ泊っている宿の場所について伝言を頼んでおいた。


「これで話があるならあいつの方から来るだろう…」


 そう呟き、モンスター闘技場出入り口で待っている仲間たちの元へとエスは歩いていった。

 グアルディアが待つ宿へと戻ると、そこには街の入口であった兵士たちと話すグアルディアの姿があった。


「どうした、何かあったのか?」

「いいえ、犯罪鑑定の方が終わったとのことで賞金を持ってきたようです」

「ほう、早かったのだな」


 そう言って兵士の方を見ると頭を下げつつ、周りに聞こえない程度の声で話し始めた。


「まさか、王都を救った英雄様とは知らず失礼しました」

「その英雄はやめてくれないか?結果、王都を救っただけで私は私のしたい事をしただけだ」


 やれやれと首を振るエスに対し兵士も苦笑いを浮かべる。


「外での特別扱いは無用ですよ。それでは金貨の方は受け取りましたので、詰所に戻りなさい」

「はい、ではまた何かありましたらご連絡を」


 それだけ言うと兵士は帰っていった。それを見送りグアルディアはエスたちに問いかける。


「それで、何か面白いものは見つかりましたか?」

「グアルディア、聞いてください。わたくし、生まれて初めて賭けというものをやってみました。金貨がこんなに増えましたよ」


 アリスリーエルはそう言うと、嬉々として賭けで得た金貨をグアルディアに見せる。それを見てグアルディアは驚いていた。勝つとわかっていた賭けではあったが、アリスリーエルは嬉しそうだった。


「まったく、相変わらずエスが目立つ行動とるし…」

「目立つのはいつも通りだろう?さて、グアルディア。今日は休んで明日、街を見て周ることになったんだが、おまえも明日はくるか?」

「そうですね…。たまにはご一緒しましょう」


 その後、宿の食堂で食事をしたエスたちは、それぞれ借りた部屋へと行き休んでいた。

 夜も更けたころ、エスの部屋の扉を叩く音が聞こえた。


「誰だ?」


 エスが扉を開けると、宿の店員とウェナトールが立っている。思わず扉を閉めようとするエスに、店員は慌てて説明を始めた。


「お、お客様に会いに来たという方を連れてきました。お知合いですか?」

「はぁい、来たわよぉ」

「はぁ、こんな時間に来なくてもよかろう。店員さん、ありがとうな」

「では、私はこれで…」


 一礼すると店員は戻っていった。それを見送り、ウェナトールへと視線を移す。


「立ち話もなんだし入れ」

「お邪魔するわねぇ」


 中へと入り、エスとウェナトールは部屋にある椅子に向かいあって座った。


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