奇術師、依頼を受ける
「やっと見つけた!」
背後から掛けられた声にエスが振り向くと、そこには見知った少女が立っていた。腰に手を当て胸を張っている。
「おやおや、どちら様でしたかな?」
エスは素知らぬ顔で掛けられた声に答える。
「夜会っただろう!」
目の前に立ち大声を上げた少女はターニャだった。その言葉を聞き、周囲の冒険者たちがコソコソと噂を始めた。
「確かターニャだったか。ほら、変なことを言うからみんなが誤解してるぞ?」
「え!?」
周囲の声が聞こえたのか、キョロキョロして真っ赤になったターニャだった。その姿を見ながらエスは問いかける。
「依頼が終わったのにまだ私に何か用か?」
「いや、用ってわけじゃないんだけど。冒険者になるって言ってたからさ、一応私も冒険者として登録してるし色々教えてやろうかと…」
「なるほど、先輩風吹かせようと必死に追いかけてきたわけか」
「なんでそうなるんだよ…」
「怒ったり恥ずかしがったり凹んだりと忙しない奴だな。気にするな、揶揄ってるだけだ」
「…もういいよ」
「それより、一つ依頼を受けようと思うんだが。先輩、手伝ってくれないか?」
そう言いながら、エスは手に持った依頼書をターニャに渡す。それを読み終わるのを待ち、ターニャから依頼書を受け取った。
「これ、内容に比べて報酬が…」
「重要なのはそこじゃないんだがな。とりあえず受けるときは受付に持って行くんだったか?」
「そうだ」
依頼書を持ち、先程登録作業をしてくれた女性のところへと向かった。
「この依頼を受けたいんだが。手続きとかは何かあるのかね?」
「依頼書を見せてください」
依頼書を渡すと受付女性は依頼の詳細を教えてくれた。
「依頼主の村にくる賊の撃退と捕らえられている村人の救出ですね。ただ、依頼内容の割に報酬が安いですがよろしいですか?」
「構わない。重要なのは賊の生死は問わないというところだ。私の能力では人は殺せないからな、恐らくモンスターも無理だろう」
「そんなんでよく冒険者になるなんて言ったな」
「別に殺さなくても手はあるだろう?それで、この依頼を受けたいのだが」
ターニャのぼやきに答え、そのまま女性に依頼を受けることを告げる。
「わかりました。こちらで把握している限りの情報をお伝えします」
受付女性からの説明で、賊は定期的に人質を一人連れ村へ来て食料や金品を要求する。一部の女性や子どもが人質として捕まっている。賊の隠れ家はわかっていない。賊の人数も不明ということだった。それらを聞き、エスは一つだけ質問をする。
「次に賊が村に来る日はいつかわかるか?」
「日数的には、明日の予定ですね。天候によってずれるそうですが大体日にちは決まっているそうです」
「了解だ。では明日にでも向かうとしよう」
それを聞き、ターニャが慌てだした。
「明日?賊が来る日に行くのか?」
「賊の隠れ家がわからないのだ。来るやつに聞くのが手っ取り早いだろう?」
「人質を連れてくるんだぞ?」
「それで?」
「人質が殺されたらどうするんだ?」
「そこは上手くやるさ。大丈夫大丈夫」
ポンポンとターニャの頭を叩き冒険者ギルドを出る。後ろを小走りについてきたターニャに予定を話す。
「明日の朝出発するぞ。準備をしておけよ」
「わかったよ。村に近い南門にいるからエスも早く来いよ」
「デートの誘いならもう少しいろいろと大きくなってから…」
「違う!」
怒った顔をしたまま歩き去るターニャを見送りエスは再び宿屋へと向かう。
「ついに冒険者デビューか」
明日から始まる依頼にワクワクしつつエスは歩いていた。
宿で一晩明かし宿を出る。今日は泊まる可能性が低いため宿代は払わなかった。南門へと歩いていると、門のところで腕を組み立っているターニャが見えた。
「待ったぁ?」
「ふざけるな!急いで行かないと賊が来ちゃうだろ!」
手を振りながらターニャへと走り寄るエスをターニャは殴ろうとした。しかし、エスは華麗に躱しターニャを素通りして門へと歩く。
「ほら行くぞ」
「遅れて来ておいて…」
不機嫌そうな顔をしたターニャを連れエスは南門をくぐる。少し歩いたところで、エスは徐にターニャを小脇に抱えた。
「え!?」
戸惑うターニャを眺めつつニヤリと笑うエスは一言告げる。
「舌を噛まないように気を付けろよ」
「どういうこ…ヒャーーーー!!」
ターニャの返事を待たずエスは村方面へターニャを抱えたまま街道を走った。悪魔となったエスは身体能力に物を言わせ、人ひとりを抱えたまま楽し気に笑いながら異常な速度で走る。途中ですれ違う旅人や冒険者がその姿を見てギョッとした表情をするのを楽しみつつ、受付で教えてもらった街道脇の道へと入り村を目指す。時間にして30分くらい走ったところで遠目に村が見えてきた。
「うむ、予定より少し遅いが賊が来る前には着けたかな。おや?」
小脇に抱えたターニャを見ると死んだようにぐったりとしていた。
「おい、生きてるか?大丈夫か?」
ターニャを少し持ち上げ頬をペチペチと軽く叩くと目を開けた。
「ホッ、死んだかと思ったぞ」
「そ、れは、こっちの、台詞だ…」
「言葉に元気はないが生きているようでなにより」
ターニャを降ろし二人で村へと歩いた。村人たちが慌ただしく走り、何かの準備をしているようだった。二人を見つけた村人が鍬や薪割り用の斧を構え警戒していた。
「私たちは冒険者だ。依頼を受け来たのだが、村長はいるか?」
「冒険者?おい、証拠を見せろ」
「油断せず警戒するのはいいことだ。これで証明になるかな?」
エスとターニャは冒険者カードを村人たちに見せると、村人の一人が村長を呼びに行った。丁度、その時村の西側が慌ただしくなってきていた。
「奴らがきたか。あんた達はここで村長を待っていてくれ」
そう言い残し斧を持った若者は騒がしくなっている場所へと向かっていく。
「よし、私たちも行こうか」
「村長を待たなくていいのか?」
「折角、隠れ家の情報が向こうから来てくれたんだ、逃す手はないだろう?」
エスは堂々と先程の若者が向かった方へと歩き出す。その後ろを溜息を付き、トボトボとターニャが歩いていた。この後起こるであろう騒動に頭を抱えながら。
「さあ、面白可笑しく解決しに行こうじゃないか!」