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奇術師、強盗団に囲まれる

 街道を走ること数日、エスたちは未だ馬車に揺られていた。ドレルに見せてもらった地図の通り、人食いの森からレマルギアまではそこそこの距離があった。途中の村々で休憩しつつ進むエスたちは、レマルギアまで後一日程度の場所まで来ていた。


「今日は野営するしかなさそうですね」


 御者台で呟くグアルディアの言葉を聞きエスは尋ねる。


「近くに村などはないのか?」

「はい、この辺りはレマルギアに近いためか治安が少々悪いのです。そのため、この辺りに暮らそうという者たちがおりません。それでも王国騎士団が目立った強盗団などを討伐しているのですが…」

「すべてを騎士団だけで討伐するのは無理だろう。金の集まる場所には、それを狙う輩も集まるというわけか。どの世界でも同じだな」


 その後もしばらく走り、野営に適した広場を見つけた。エスたちは馬車を止めると、野営の準備を始める。アリスリーエルとサリアが自分たちの周囲を囲むような気配を僅かに感じ取っていたが、エスにグアルディア、リーナが気に留めることなく準備をしているので、自分たちも無視して野営の準備を続けた。

 日も落ち、焚火を囲み夕食を済ませたところで、エスがグアルディアに尋ねる。


「グアルディア、盗賊や強盗などの対処はどうすればいいのだ?」

「わが国では、生きているのならその者たちを、死んでいるのならその首を近い都市へ持って行けば、専門の鑑定士が罪状を判断し罪状に見合っただけの報酬を受け取れます。ただし、罪状が無い者を殺してしまった場合は、連れて行った者が裁きの対象となりますので注意が必要です」

「ふむ、それでは初犯は罪状無しになるのではないか?」

「いいえ、犯罪を実行しようとした、その瞬間に鑑定可能な罪状が魂に刻まれると言われています。事実、犯罪を実行しようとしただけで鑑定士に見つかり捕まった者もいます」

「ほう、便利な世界だ。で、グアルディアとしては生きたままと殺してとどちらがオススメかな?」


 問いに隠された意味を正確に見抜いたグアルディアは、エスの望む答えを返す。


「そうですね。手間を考えると殺しての方が楽ですが、生きたまま連れて行けば報酬が増えますよ」

「ほほう!それはイイ!というわけで…」


 エスは付近の森の方へと視線を向ける。そこは、アリスリーエルとサリアが気配を感じていた場所だった。


「君たち、そろそろ出てきたまえ。覗き見とは趣味が悪い」

「チッ!気づかれたか」


 革鎧や甲冑などを着こんだ数人の男たちが、ぞろぞろと森から出てくる。その手には剣や斧が握られていた。その姿から明らかに強盗や盗賊の類であることがわかった。統一感のないその姿は、奪い取った装備を身につけていると予想できる。


「よく気づいたな。話がはえぇ、身ぐるみ全部置いてきな。ああ、あとその女たちもな」


 頭っぽい男がそう言うと、周囲の男たちは下品な笑い声をあげる。アリスリーエルたちが顔を顰める中、エスは立ち上がり男たちの前へと歩いていく。


「いやぁ、やっと出てきたか、待ちくたびれたよ。まあ、おかげで君たちの有用な利用方法も聞くことができたし良しとしよう。で、だ…」


 エスは歓迎するとでも言わんばかりに両手を広げ宣言する。


「是非、私のカジノ代になってくれ!」

「ハンッ!この人数差で頭おかしくなったんじゃねぇのか?」

「やれやれ、君らは気づいていなかったのか?馬車を止めた時からいることは知っていた。どうせ、グアルディアも知ってて、ここに止めたのだろう?」


 エスがチラッとグアルディアを見ると、立ち上がっていたグアルディアが一礼する。それは、やはり気づいていたかという意味が込められているように感じられた。再び男たちの方へと視線を向けたエスは大きくため息をつく。


「はぁ。しかし、ちょっとは楽しめるかと思ったが、君らではダメだな」

「何言ってやがんだ!」


 痺れを切らした一人が斧を振り上げエスへと迫る。エスは振り下ろされる斧を軽く横に避けると、その男の胸ぐらを掴み頭と思しき男めがけて投げ飛ばした。投げ飛ばされた男を蹴り飛ばした頭らしき男が声をあげる。


「テメェら!こいつらを捉えろ!男は殺して構わん!」

「ですが、お頭…」

「いいから早く行け!」


 先程のエスの行動で、手下たちは委縮していた。大人の男を片手で放り投げるような相手では、自分たちでは勝ち目がないと思ったのだ。しかし、頭の言葉に逆らうわけにもいかず、渋々武器を構えてエス目掛け走り出す。


「人数はこっちが上だ、囲んでやっちまえ!」


 エスの背後では武器に手を伸ばす仲間たちがいたが、エスはそれを手で制す。何か意図があるのだろうと、仲間たちはエスを見守ることにした。


「元気があって大変よろしい。さあ、かかってきなさい」


 余裕を見せるエスに対し、警戒しつつも男たちは武器を振り下ろす。振り下ろされる剣や斧はエスの体をすり抜け、地面へと突き刺さった。


「なんだ!?」

「魔法か!?」

「武器がすり抜け…ゴフッ」


 エスは自分を攻撃してきた男たちを次々と蹴り飛ばし、頭と呼ばれた男の側へと転がした。


「チッ、役に立たねぇな。仕方がねぇ」


 頭の男が腰の剣を抜く。その剣は禍々しい装飾の施されており、剣身に絡みつくように黒い触手のような魔力が蠢いていた。


「まあいい。始めっから俺一人で片付けるつもりだったしな」

「あれは、魔剣です!気をつけてくださいエス様」


 剣を一目見てアリスリーエルがエスに注意を促す。だが、エスは魔剣という言葉にしか興味を持っていなかった。


「魔剣、魔剣か。イイ、実にファンタジーな一品だな。それを私にくれないか?」

「何言ってんだ?テメェはここで死ぬんだよ!」


 そう言って男は魔剣を掲げると、ゆっくりと下ろし剣先をエスへと向けた。


「『這いつくばれ』」


 男の言葉と同時にエスの体を見えない力が押さえつけようとする。しかし、エスは何事も無いように、ゆっくりと男の方へ歩き始めた。魔剣の力が効かず男は動揺する。


「『這いつくばれ』!『這いつくばれ』って言ってんだろ!なんで歩いてんだ!」

「なんだ、あいつの力の劣化版ではないか。いや、比べる意味が無いほどに弱い。実に期待外れだ。恐らくそれも、あいつが世に流した物なのだろうな」


 理解できないことを言いながら、ため息交じりにやれやれと首を振るエスを見て男は後退る。だが、エスはそんな男の様子など気にも留めずさらに近づいていく。


「テメェら、『起きて、ヤツを殺せ』」


 男は倒れていた仲間たちに魔剣の力で命令する。強制力が働いたのか、倒れていた者たちは苦しそうな表情を浮かべながら立ち上がると武器を構え、歩くエスへと向かってきた。


「ハッ、ハハハハ、使えるじゃねぇか」


 エスに効果が無かったため魔剣の力に不安を抱いていた男が安堵したように呟いた。向かってくる者たちをエスは軽く躱しながら男との距離を詰めていく。じわじわと近づいてくるエスに恐怖を覚えた男は、仲間たちに別の命令を下す。


「そいつはもういい、そっちの『女どもを捕まえろ』」


 命令を受け、男の仲間たちは焚火付近で様子を窺っていたアリスリーエルたちの方へと走り出した。グアルディアが一歩前にでると、男の仲間たちは足を止める。男の仲間たちとグアルディアの間には白い網状の結界が現れ、焚火周辺を円形に囲っていた。気を取り直した男の仲間たちが、次々に結界へと武器を振り下ろすが弾かれてしまう。


「何だコレは!」

「結界!?」

「魔道具か!」


 次々と声をあげる男たち、その様子に苛立つ頭の男はエスに向かって怒鳴り散らす。


「何だテメェら、何なんだよ!レマルギアに遊びに来ただけの貴族どもじゃねぇのか!?」

「どこをどう見たら私が貴族に見えるのだ…」

「高そうな馬車に執事まで連れて、貴族じゃねぇわけねぇだろ!」

「なるほど、確かにそうだな。つまり君は魔剣の力にものを言わせて貴族をターゲットに強盗を働いていたというわけか。フハハハハ、残念だったな。私はただの奇術師だ」

「ただの奇術師だと?その奇術師が、なんで魔剣の力に抗えるんだ!ありえねぇだろ!」

「はぁ、私には効かないという事実くらいは認めたらいかがかな?」


 相変わらず小馬鹿にした態度を取るエスに対し、怒りが頂点に達した頭の男が魔剣を振りかぶり襲い掛かる。ポケットからステッキを取り出したエスは、振り下ろされる魔剣をステッキで受け止めた。


「『切り裂け!』」


 男の言葉で、魔剣は受け止めていたステッキを切り裂き、そのままエスを肩から切り裂く。切断されたステッキが地面へと落ち、男は笑みを浮かべる。


「へっ、その棒きれには魔剣の力が通じたみてぇだな。ざまぁみろ」


 勝ち誇ったように魔剣を肩に担ぐ頭の男、その視線の先には肩から腹にかけて切られたエスが立っていた。顔を伏せているエスを、男は付き飛ばそうと手を伸ばす。だが、その手がエスに触れることはなかった。


「なっ!」


 伸ばした手はエスをすり抜け男はバランスを崩す。驚きの声をあげ、男は倒れないように足を前に出した。そしてすり抜けたエスを見るが、すでにその姿は消えていた。


「なんだ!?どこに…」

「やれやれ、ステッキを切られたときは、ほんのちょっとだけ焦ったぞ。ほんのちょっとだけな」


 声がした背後へと男が振り返ると、そこには切り裂かれた傷など無い無傷のエスが、笑いながら立っていた。


「しかし、その言葉は無機物にも通じるのだな。あいつと次に相対するときは気をつけるとしよう。さて…」


 驚き固まっている男の肩にエスは手を置く。そして、そのまますれ違いつつ男に声をかけた。


「始めに言った通りコレは貰っていくぞ」


 その言葉に我に返った男がエスを見ると、その手にはいつの間にか魔剣が握られていた。慌てて自分の手を見るが、そこにあるはずの魔剣はなかった。


「いっ、いつの間に!?」

「ふむ、たった今だよ。正確に言えば、肩に手を置いたときだ」


 訳が分からないといった表情をする男に対し、エスは魔剣の切っ先を向け言い放つ。


「『這いつくばれ』」


 言葉の通りに男は地面へと押し付けられる。それを眺めつつエスは魔剣をクルクルと振り回した後、地面へと突き刺した。エスは徐にポケットから結界の短杖を取り出すと、グアルディアの作った結界と男たちすべてを囲うほどの結界を作り出す。


「いやぁ、魔剣といい魔道具といい、実に便利な道具だな」

「なっ、何を、するつ、もりだ…」


 苦し気に呻きながら頭の男はエスに問いかけた。エスは笑みを浮かべ、両手を広げ答える。


「フハハハハ、そこそこ楽しかったぞ。それでは、君たちを捕えるとしよう。まずは頭の君からだ」


 エスは地面に押し付けられている男へとゆっくり近づいていった。


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