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奇術師、走り回る

「少しだけなら構わんぞ」


 そう言いながら、ドレルは車庫の壁へと近づく。そこの壁だけ他と違い棚などは置かれていなかった。ドレルが壁に手を触れ魔力を流すと、まるで壁が変形するかのように開き外が見えた。


「おお、ファンタジーな光景だな」


 エスの感想に苦笑いを浮かべ、ドレルはバイクのような物を押しながら外に出て行った。エスもそれについていく。

 月明かりの下、エスはドレルと共に研究所の外へと出る。空は満天の星空、月明かりだけでも周囲の様子がわかる程に明るかった。その空を眺めるエスの傍らにはバイクのような物があった。


「ところで、これは何か名前があるのか?」

「儂らは魔導二輪と呼んでる」

「ふむ、なんとも味気ない名前だな」

「うるせぇ、試しに乗ってみるならさっさとしやがれ」


 エスは魔導二輪に跨り動かそうと試みる。だが、アクセルやブレーキといった物が一切付いていないことに気がついた。


「ドレル、これはどうやって動かすのだ?」

「あん、それは一種の魔道具だ。使い方はその辺の魔道具と同じで魔力を流して操作する。アクセルは魔力の強弱、ブレーキは念じればいい」

「ほう」


 ドレルに言われた通りに魔導二輪へと魔力を流すと、僅かに見えるギアの様な部品が回り始める。すると、魔導二輪は動き出した。ゆっくりと走りながら、エスは込める魔力量を調整する。ドレルの言う通り流れる魔力の強弱で速度が変わった。


「フハハハハ、これは面白い」


 エスが流す魔力を急激に増やすと、魔導二輪は急加速する。そして、そのまま森の中へと突っ込んでいった。


「おい!」


 慌てて声をあげるドレルだったが、その声はエスには届かない。


「素晴らしい加速だ!」


 そう呟きながら、エスは魔導二輪を乗りこなす。木々を避け走り、時には跳ね、木の幹に着地したりなどしながら森の中を縦横無尽に走り回る。エスはしばらく走り回った後、ドレルのいる場所へと森から飛び出すように戻ってきた。そして、ドレルの眼前でジャックナイフターンをし停止する。生まれ変わる前のエスだったらできなかった芸当だが、今の身体能力であれば問題なかった。


「フハハハハ、楽しかったぞ」


 そう言いながらエスはバイクから降りる。ドレルはエスが行った曲芸めいた運転に言葉を失っていた。


「お、おう、そうか。おまえ、前世でモトクロスの選手でもしてたのか?」

「前世も今も私は奇術師だよ。いやぁ楽しかった。コレ一台くれないか?」


 未だに驚いているドレルを無視しつつ、エスはそう言いながら魔導二輪を撫でる。その手に【奇術師】の力を宿しながら。


「ダメだ。それをおまえにやっちまったら、また使者どもの眼を盗んで作らなきゃならんだろ」

「そうか…」


 エスはドレルに気づかれないように、魔導二輪を複製しようと試みたが失敗していた。

 ふむ、【奇術師】でもあまりにも複雑な物は複製できないのか?そうなると、結界を生み出すあの短杖はそこまで複雑じゃなかったというわけか。まあ、結局アーティファクトでもなんでもなかったしな。

 エスの試みに気づかないドレルはというと、エスが降りた魔導二輪を確認していた。


「歪んでるとこもねぇな。もういいか?」

「ああ、満足だ。さて私も休むとしよう」

「そうだ!そういえば、儂もおまえに聞きたかったことがあった」

「ん?何かな?」


 魔導二輪からエスへと向き直ったドレルは真剣な顔で話す。


「王女をどうするつもりだ?王女はおまえを慕ってるようだし、サリアという嬢ちゃんもおまえを慕ってる。ハーレムでも作る気か?」

「ハーレム?ふむ…」


 ドレルの質問を聞き、エスは考え込む。そして気づく、自分には恋愛感情というものが欠落してしまっている事実に。


「だいたい、あれだけの美人たちを連れて何もないわけないだろ。王女を悲しませるつもりなら、儂らはおまえの敵になるぞ」

「…そうだな、悪魔になったせいか恋愛感情というものがなくなってしまってるようだ。性欲も、ほんの僅かに残ってるが無視できるレベルだな。フハハハハ、そんなことよりこの世界を楽しむことの方が私にとっては大事だ」

「そうか、別の意味で嬢ちゃんたちが可哀想だが…。まあ、その言葉を信じるとしよう」


 そう言ってドレルは再び魔導二輪を弄り始めた。


「もう質問は終わりか?」

「ああ、すまんかったな」


 エスの方を向くことなくドレルは答えた。魔導二輪を弄っているドレルをそのままに、エスは開いたままになっている車庫へと向かって歩く。


「そうだ、私も一つ気になっていたことがある。この壁、何で出来ているのだ?湿っているような感触があるが…」


 研究所の中に入ろうとしたとき、ふと思いついたようにエスはドレルへと質問を投げかけた。研究所に着いたときに触れ、気になっていたことだった。


「その壁か?その壁には植物系の魔物が嫌う液体を融合させてある。壁自体はただのコンクリートだ」

「ほう、融合か…」

「まあ、ちょっとやり過ぎたみたいでな。研究所の周りには木が生えなくなっちまった。雑草くらいなら生えるけどよ」


 ドレルは豪快に笑いながらも魔導二輪に集中していた。知りたいことを知り、エスも満足したのか研究所の中に入っていった。それから二日程、エスたちは研究所で働く他の者たちとの交流や、魔道具の実験を手伝ったりなどしながら過ごした。時折、エスが行う奇術に研究員は大いに楽しんでいた。

 三日目の朝、エスは仲間たちと共に研究所内にある食堂へときていた。すでにドレルや他のドワーフたちは食事をしている。エスたちも空いているテーブルへと着き朝食を済ませると、中立都市レマルギアへ出発する準備を始めた。グアルディアが馬車の用意をしている間、エスは見落とした楽し気な物を探すかのように研究所内を歩く。ふと、そんなエスに背後から声をかけられる。


「おい、エス。面白いもんをくれてやる」


 声をかけたのはドレルだった。振り向くエスへと、ドレルは僅か15cm程度の棒を投げて渡した。エスはそれを受け取り眺める。それは、まるで剣などの柄の部分だけのようだった。渡された棒を観察するエスにドレルは説明し始めた。


「そいつは魔器と言ってな、おまえの持ってた魔導投剣と同じで魔国製のもんだ。流した魔力を使用者の思い描いた武器の形に具現化する。試してみろ」


 ドレルに言われるがまま、エスは魔器へと魔力を流す。流れ込んだ魔力はエスが思い描く武器の形へと具現化されていく。


「ハッハッハッ、いきなり思い描くのが斧とはな」

「強そうだろ?」


 エスの手には斧が握られていた。表面は金属のような質感になっており魔力が固まってできたとは思えない見た目になっていた。エスは軽く斧を数回振ってみた後、ドレルが王家に献上する魔道具のテストで見せた手法を真似て、魔器に込められた魔力を霧散させる。すると霧になるように斧の部分は消えていき、始めに握っていた魔器だけが残った。エスは再び魔力を流し今度は剣、所謂ショートソードを具現化させた。数回振り、また霧散させる。


「こんな便利そうな物貰っていいのか?」

「儂にはこれがあるからな。それに、そいつぁ魔力の強さがそのまま武器の強さに直結する。おまえにピッタリだろ?」


 ドレルは腰に下げた銃を叩きながら、そう答えた。


「ならば、ありがたく貰っておこう。投剣だけじゃ決め手に欠けていたからな、ありがたい」


 エスは魔器をポケットへとしまう。そこへ、リーナが現れた。


「エス、準備が終わったわよ」

「そうか」


 そのまま、エスはリーナに連れられ出発の準備が終わった馬車へと向かう。その後ろをドレルも続いた。

 馬車の側へと辿り着くと、既にアリスリーエル、サリアとターニャは馬車へと乗り込んでいた。リーナもそのまま馬車へと乗り込む。周囲には数人のドワーフたちが見送りに来ていた。馬車の傍らにはグアルディアが立ちエスへと一礼する。


「準備は整っております」

「では、出発するとしよう!次はカジノで豪遊だな」


 笑いながらエスも馬車へと乗り込んだ。グアルディアも御者台へと向かったが足を止める。そして、見送りに来ていたドレルの方へと向くと真剣な顔で話し始めた。


「ドレル、ルイナイに『傲慢』の悪魔が現れたように世界各地で悪魔たちの動きが活発になっていると報告を受けています。注意しなさい」

「おう、わかってる」

「また、あのような事が起こらないといいのですが…」

「そいつには同感だ」


 表情を曇らせる二人の脳裏には、十数年前に起きた悪魔たちと他種族との大規模な戦闘があった。聖騎士たちや世界各地の腕利きたちが対抗し被害自体はそこまで大きくならなかったが、一歩間違えばいくつかの国が滅んだかもしれなかった。突如、悪魔たちの長である七柱の悪魔が姿を消したことで戦闘は終わったが、姿を消した理由が未だ不明であった。

 グアルディアは御者台へと乗ると、そのまま馬車を走らせる。その馬車が見えなくなるまで、ドレルたちは見送っていた。

 人食いの森にたった一本だけある僅かな道、そこを馬車は走る。


「ほう、こんな道があったのだな」

「モンスターも近づいてこないわね」


 感想を漏らす、エスとリーナの言葉にグアルディアが応える。


「ドレルが植物モンスター避けを馬車に塗っていましたので、そのためでしょう。この森のモンスターにしか効果は無いようですが」


 なるほどと頷き、エスはのんびりと外を眺める。過ぎ去る木々を眺めながら、レマルギアへの期待を膨らませていた。


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